契約
「ここでいいか、ベロニカ」
「……うむ。見晴らしも良いし、何より風が心地よい。礼を言うぞ、エドガー」
窓から身を乗り出し、その空に溶けてしまいそうなくらい真っ白な髪を風になびかせながらベロニカは嬉しそうにそう言った。
あれから少したって体の調子を取り戻したベロニカと俺は遺跡内を歩き回った。
最終的には、一番高い、ビルっぽい建物の最上階。
そこを一時的な隠れ家としてベロニカは選んだのだった。
「そりゃよかったよ、と」
――ドサドサ。
俺はマジックバックより非常食を取り出していく。
この遺跡で見つけた缶詰や飲料水などだ。
「それにしても珍しいものがみつかったものよのお」
ベロニカは缶詰の一つを手に取り、底をコンコン、と叩いた。
缶詰、と言う物自体がこの世界では珍しいのだろう。
こういう物があったりシェルター的なものがあったりなど、実はこの聖遺物は結界ではなく、古代使われた、非常時の仮住宅的なものなんじゃないかと俺は思う。魔獣を封じ込めたり魔獣が入れなくなったりと言った結界的な仕組みは、その一つに過ぎないのかもしれない。
「毛布やらは部屋ごとに備えてあったから、それを使ってくれ。後なんか必要なものはあるか?」
「いや、これだけあれば十分じゃろう」
ぽす、とベロニカはベットに腰を落とす。
そしてポンポン、とその隣を叩くと。
「ほれ」
ちょいちょい、と手で俺を招く。
「……はいはい」
俺もベロニカの隣に腰を下ろした。
――バサバサバサ。
風で窓のカーテンが大きくなびく。
ぽかぽかと優しい日差しが俺達を照らしていた。
「……それにしてもいい部屋だな、ここ」
「そうじゃのぉ……」
俺は上半身を後ろに倒し、ベッドに寝っ転がった。
全身に太陽の光を浴びる。
とても心地がいい。
「……妾も」
ベロニカも俺の横に倒れてきた。
そのまますりすりとベットに上を這うように移動し、俺の頭を抱きかかえるように俺に寄り添う。
暖かい日差し。
心地よい風。
そして信頼している者の温もり。
俺はだんだんと眠くなってきた。
「……眠ってよいぞ、エドガー。帰る時間になったら、妾が起こしてやる」
耳元でベロニカが優しく囁いた。
その甘い誘惑に、俺は身を任せることにする。
「……頼む」
無事ベロニカを解放できたことによる安心なんかもあったのだろう。
そのベロニカへの返事を最後に、いとも簡単に俺は意識を手放した。
***
「すぅ……すぅ……」
「ふふ……」
浅い寝息。
妾の腕の中で、まるで赤子のように眠りに落ちたエドガーを見てクスリと笑った。
すりすり、とその男の頬を撫でる。
そのまま手を下ろしていき、唇、顎、首筋。
そして鎖骨、鳩尾、臍へと指を這わせる。
「……エドガー」
妾の前には無防備な寝顔。
それをちらりと見ると、私はエドガーの体を舐めまわすように観察する。
そのとってもとっても美味しそうな肉体を。
――うっすらと赤くなった頬。
その皮を裂いて、薄くも脂肪と筋肉のバランスが絶妙な部位を口いっぱいに頬張りたい。
――喉仏の出た首筋。
その動脈にかぶりつき、そこから勢いよくあふれ出す新鮮な動脈血で喉を潤したい。
――厚い胸板。
そこを覆う筋肉、骨をしゃぶりながら、その内臓を賞味したい。その心の臓は、一体どれ程美味であろうか。
――ゴクリ。
肉欲が昂っていく。
妾はまどろみの中、自身の喉が大きく鳴るのを感じた。
――ああ、どれ程甘美であろうか。
この男を妾の物にできるのならば。
その髪の計一本から骨の一片まで、妾の腹に収めることが出来るならば。
それは人間のままでは到達することが出来ない悦楽であり、段階だ。
妾のように魔物の肉体と、ヒトのココロを合わせ持つことで初めて存在が許される、あまりにも冒涜的で、暴力的で、絶望的な快楽。
――妾は夢想する。
この愛する男を貪り尽すことを。
まずは何処から口にする?
その一番妾を惹きつけてやまない、首筋にかぶりつくか?
それともメインは最後に取って置き、強靭な筋肉で覆われた、四肢の先から食していくか?
ぽたぽた、と唾液が垂れた。
その大量の粘液は妾の口からあふれ出し、エドガーの顔をびちゃびちゃ、と汚していく。
「……ゴク……エ……ドガー……!」
はぁ……はぁ……はぁ……。
自身の息がかつてないほどに早く荒くなっていくのを感じる。
まるで愛しい男を初めて受け入れた時のようだ。
未知なる体験への期待。そして恐怖。
それらが混ざり合い、影響を及ぼし合って、何か恐ろしいものに変貌していく――。
「……すま……ぬ……エドガー……もう無理じゃ……我慢できぬ……!」
妾の目はもう、エドガーの首筋、一点から離れない。
すっと顔を寄せ、まずはその匂いを吸い込んだ。
「……ッ!」
匂いの信号が、頭の中で弾け巡った。
――これは絶品だ。今すぐにでもそれにしゃぶりつき、貪り食え。
脳が一瞬で判断し、そう司令を出す。
だがそうはしない。
かろうじてその衝動を我慢する。
これほどまでに妾を惹きつけるご馳走を、すぐに食したりはしない。
生娘でもあるまいに。
まずは。
――ちろ
舌を僅かに唇よりのぞかせ、その首筋を一舐めする。
「……んぅッ……!……くぅッ……!」
匂いとは比べ物にならない程の刺激が、舌から脳へ、そして背筋から全身へ暴れまわった。
止まらない。絶望的なほど甘く背徳的な、快楽の味。
脳髄からつま先まで、その痺れは暴れ狂う。
指先はぷるぷると興奮で震え、背筋はビクビク、と痙攣を起こし。
腹の底からはとめどなく蜜が溢れ出し、その足の指は快楽に耐えんがため、ぎゅっと握られている。
――もっともっと匂いを嗅ぎたい!その皮膚を舐めまわしたい!皮に歯を立て突き破り、その骨をしゃぶりつくしたい!肉と血を口いっっぱいに頬張ってそのまま飲み干したい!
「……へぁ……あへ……あひひひ……ひひ……ひひひひひ!」
もう自分が何を考えているのかもわからない。口からはおかしな笑い声が止まらなかった。
べちょり、べちょり、と舌を大胆に動かして、その首筋を少しの遠慮もなく舐め上げていく。もはやエドガーの首筋は妾の唾液でびちょびちょになっていた。
「……もうたべよう……たべてしまおう……うひ……エドの……!」
そしてついに、我慢の限界が来た。
妾は口を大きく開ける。
狙いは妾のよだれでべとべとになった首筋。
ぬらぬらと外の光で輝いている。
それを一思いに噛み千切る――!
「……あ―――んッ♡」
――ゴリ。
「……ん?」
――おかしい。
本当なら妾は今その首筋に喰らい付いて、喉を大量に溢れ出す血で潤しながら、その首の骨を噛み砕いていたはずだったのに。
妾が口にしていたのは、ただの細い一本の肉の棒。
――エドガーのヒトサシ指だった。
ま、よいか。
「……んぐッ♡」
――べキリッ!
妾は勢いよくその歯を突き立て、その肉を突き破り、骨を折り、その先端を噛み千切った。
「グゥぅぅぅぁぁぁぁぁあああァァァァァァァ!!!」
妾の頭をガンガンと震わせるほどの野太い悲鳴。
エドガーが苦痛に目を覚ましたのだ。
「……ぐちゅぐちゅ♡……んぐんぐ♡……おはよう、エドガー♡まずはお前の指を頂いたぞ♡」
「べ……ベロニカァ!!!」
妾はエドガーの指の味を堪能していたのだが、エドガーは今までにない程力強く妾をにらみつけて来た。
その力強い瞳にどんな感情が含まれているかはわからない。
「くそ……がァ……!」
エドガーは腕をこちらに伸ばし、妾の背をがっちりと捕まえる。
そしてそのままと妾が下、エドガーが上になるようにベッドへと押し倒すような形になった。
「……おっとぉ♡大胆じゃのぉ、エドガーよ♡」
「お前は……黙っていろぉ!」
ギラリ、と魔物のような荒々しいその目で妾を睨み付けた。
そのまま妾の腕を肘とベッドで挟み込む。
「だが妾はこんな程度では捕まらんぞ?」
「くッ!」
エドガーの顔を掴み、向こうへとぐいと押した。
魔獣の肉体であるこの妾の腕力は人族を軽く凌駕する。
いとも容易く、エドガーの肉体を退けることに成功した。
「させ……るかぁ……!」
次のエドガーの行動。
それは――。
「……ぇ……!」
エドガーの顔に押し付けられた妾の親指を、エドガーもまた噛むことだった。
その瞬間、僅かにニヤリ、とエドガーが笑ったような気がする。
そのままエドガーは。
その顎をガチリ、と閉めた。
――当然、妾の指の関節を噛み千切りながら。
「キャぁァァァァァアァァアア♡」
突然の刺激に妾の口から洩れるのは悲鳴ではなく、嬌声。
妾にとってはこの痛みが、愛する人からぶつけられた本気の痛みが。
苦痛ではなく快楽に変わってしまう。
「あ……あぁ……♡……あぁぁ……♡」
親指の先からぼどぼどと妾の血が溢れ出す。
妾はそれを感じるとともに、交わるときに気をやってしまった時に感じるものを上回るほどの、依存してしまいそうなほどの快楽が、指先から全身へと広がっていく。
「どうだ……俺の気持ちが少しはわかったか、ベロニカ」
「ああぁ……♡……あくっ……うくぅ……♡」
――なんと気持ちがいいのだろう。ただ一方的に食すのではなく。
お互いに食し合うことがこんなに気持ちが良いことだったなんて……!
「……♡……もっと……もっとするのじゃぁ……♡……エドガー♡」
「……そういくかよ」
エドガーは乱暴に妾のぼろきれのような服を掴むと、一思いに破り捨てる。
露わになってしまった、妾の乳房。
そこのちょうど真ん中に、エドガーは妾に食いちぎられた人差し指を押し付けた。
ペッとエドガーの口から妾の親指が吐き出される。
それと同時に、灼熱のような人差し指から垂れる血が妾の肌を汚していった。
「……我、汝を支配するものなり」
ぶつぶつ、とエドガーは詠唱を紡ぐ。
未だにだらしなく快楽でビクビクと痙攣し続けている妾は、それを意識の外で聞くことしかできない。
そのままエドガーの指が妾の肌を走り、そこから溢れる熱い血で五芒星が描かれる。
「我が血肉を以て、今契約をここに成す!」
妾の胸に描かれた血の五芒星がそれまで以上に強く強く、輝きだし。
大量の魔力が――エドガーの魔力が妾の中に入って来るのを感じる。
「ァァァァぁァアアあああああ!!!」
今度のものは絶叫。自身を塗り替えていくような苦痛。それが妾を支配する。
――熱い熱い熱いぃぃぃぃ!
このままでは死んでしまう!妾のすべてが焼き爛れてしまう!
妾への攻めはそれだけでは終わらない。
エドガーは妾の親指の傷跡に、自身の人差し指の傷跡をぐちゅり、と遠慮なく組み合わせると、そこからも大量の魔力が妾に流し込まれる――!
「ァァァアああァァぎゃあああああ!!!」
――苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い苦しい熱い――!!!
「汝、我が魂の隷奴なり」
「あ……」
す――と妾の体から痛みが抜け落ちる。
それは証明だった。
妾がエドガーの物となったことへの。
――よかった。エドガーが躊躇しなくて。
その言葉とエドガーの泣きそうな顔を最後に。
――強制的に妾の意識は刈り取られた。




