おんぶなんだが
「その……妾はどうな感じだったのじゃ?」
ベロニカはあの後、一時間ほどで目を覚ました。
魔力も少しずつ回復しそれが肉体の修復を始めたようで、少しづつ体の調子も取り戻しつつあるらしい。
「……難敵だったぞ」
「何をいうか。お主傷一つないではないか」
じと、とした目で俺を胡散臭げに見るベロニカ。
ベロニカの目は魔獣化の影響か、右目は赤だが、左目は黄色のままだった。オッドアイ、というやつだ。
「気にすんな」
「……むぅ」
ベロニカは不満げに唇をとがらせる。
「何はともあれ」
ポン、とその少女の頭に手をのせる。
「無事お前の顔が見れてよかった、ベロニカ」
「……むぅ」
今度は照れたむぅ、だ。かわいいな。
ベロニカの肉体は、その魔力の低下と共に徐々に人へと戻っていった。
しかしその肌は褐色のままなのは変わらない。
夢で俺と会った時のような、アリサと同じ病的な白い肌ではなかった。
どちらかと言えば、今のベロニカの肌はいわゆるダークエルフ的なチョコレート色だ。
「話は変わるが、ベロニカには研究所ではなく、この遺跡で隠れていてほしい。もちろん食料と飲料水はおいて行く。それでいいな?」
「お主がそうすべきだと思うのなら、妾はそうしようぞ。それに突然エドガーが他の女を拾ってきたとなったら、あの娘らも驚くじゃろうからの」
かか、とベロニカは俺を横目で見て愉快そうに笑う。
「……そんな歳でもないだろうが、お前」
と、そんなベロニカに呆れる俺。
「……はぁー、わかってないのぉ、エドガーよ」
「……何がだ」
「こんな幼い見ためでも妾は未亡人じゃぞ?お主、こうぐっとくるものがないのか?今の状況だって、狭い部屋にお主と妾二人きり。その上、妾はお主に何をされようと助けを呼ぶことも抵抗することもできん。
……ほらほら、どうじゃ?滾って来たじゃろ?ここで一つ、年上の女性の魅力に溺れてみては?」
ベロニカはどうじゃ?、というように人差し指をぺろりと舐め、上目遣いで俺に意味ありげな視線を送る。
「知るか。年上の魅力も何も、見た目は年下だろうが……」
「むぅ……」
俺に一瞬で足蹴にされ、不満げに唸るベロニカ。
悪いが、もう少し成長した大人なお姉さんが好みなんだよ、俺はな。
「つれん男じゃのぉ……ほれ」
ベロニカは手を俺に差し出す。
「……何だ?」
「起きたばかりで足が動かず歩けんのじゃ。どこか寝床まで運んでくれぬか」
「……わかった」
しぶしぶと俺は背を差し出す。
「ほら掴まれ」
「すまんの」
よいしょ、とベロニカは俺の背によじ登る。
「ふぃ~~。落ち着くのじゃ~~」
と俺の背にがっちりとしがみついたベロニカは満足気だ。
「……それはよかった」
「ほら、何をしておる、エドガーよ!さぁ妾のためにキリキリ歩かんか!」
そういってばしばしと俺の肩を叩くベロニカ。
……普段とは違った高い視点にテンション上がった、ガキみたいである。
ここは適当に合わせておこう。
「はいはいわかりましたよ、ベロニカお嬢様」
「お?わかっとるの、お主!お嬢様!妾にピッタリじゃの!」
――間違えた。ベロニカはますます調子に乗る系だ……!
「あ、やっぱじゃじゃ馬姫に変更な」
「な……!じゃじゃ馬じゃとぉ!?どこがじゃじゃ馬かいうてみい!」
「自分に聞け」
「じゃが姫もよいぞ。エドガーよ。眠り姫である妾を助けたお主はさながら騎士じゃな」
「未亡人の癖に何言ってんだ……」
どうにも調子が良い、我が姫であった。
***
「……くく」
「なんだよ」
ベロニカをおんぶしたまま遺跡を進んで行くと、ベロニカが愉快そうに笑いだす。
「いやぁ、お主もあの夢を見たからわかっておると思うが、やはり似ているとおもってのぉ」
似ている、か。
ベロニカの死んだ夫、エドガルドに。
「偶然だろ、そんなもんは」
「ふふ、まぁよい。あ、そこじゃそこそこ。そこを左じゃ」
「へいへい」
俺が気の抜けた返事を返すと、ジトッとした視線を背中から感じた。
「気の抜けた返事じゃのぉ。こう、背中がむずむずするわい!」
癇癪を起した子供のように、ばたばたと足を動かすベロニカ。
「うぉ!暴れんなって!わかった、わかったから」
「その扱いもなんか嫌なのじゃ!もっと敬意をもって接せられたり、優しくされたりしたいのじゃ!」
「とんだわがまま姫だな、お前は!」
「――ぁ」
その時俺は何かに躓き、体のバランスが大きく崩れる。
背中のベロニカを諭していた俺は床を見ていなかった。
そのため、床を走っていた一本のパイプに足を引っ掻けてしまったのだ。
――まずい。
体をひねるように体勢を崩してしまった俺は、上半身を捻じ曲げ、ベロニカを抱き締めるように背中から地面に落ちた。
――ドス。
「――ぅぐ!」
背中に重い衝撃。
息が一瞬詰まる。
「す、すまぬ、妾のせいで!大丈夫か、エドガー!」
耳元で響く、ベロニカの叫び声。頭がふらふらする。だがなんとか意識は保っていた。倒れた俺の上にベロニカが覆いかぶさったような状態。
ベロニカは俺にぴったりと体を密着させ、その柔らかい体の感触と、体温が直に俺に伝わって来る。
「大丈夫だから、俺の上から離れてくれ……」
「ぅぬ……すまぬ……まだ体にうまく力が入らぬのだ……」
「そういえばそうだったな……」
ベロニカは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
俺にしがみつくように俺にべったりと張り付いたべロニカの肩を、掴んで向こうに押し返す。
ベロニカはとても軽かった。
――魔術の真祖、そして魔女と呼ばれるような人物だとしても、俺からしたらそれはただの一人の少女。
今も不安そうに俺を見つめている、ただの少女だ。
俺はベロニカの前にしゃがみ込み、また背を差し出した。
「ほら、今度はおとなしくしてろよ?」
「……あぁ、すまなかった」
しょんぼりしているベロニカ。
――俺はあまり気にしてないんだがな。
それならまぁ、少し罰を与えよう。
「謝んなよ。――ベロニカを無視しきれなかった俺も悪い」
厳しめな言葉をぶつけられたベロニカは、びくり、と体を震わせ、俺の肩を掴んでいた手をぎゅっと握りしめた。
「……な!うぅ……そ、そうじゃなぁ……」
半べそをかくように、俺の背でいじいじとしだすベロニカ。
俺はそれ以降一言もしゃべらず、その沈黙を保ったまま歩いて行く。
その間、ベロニカも無言。
ぅぅ……と唸って両手両足でがっちりと俺にしがみつきながらも、申し訳なさそうにいじけていた。
――そろそろいいか。
「……反省したか?」
「……し、した!したのじゃ!」
突然、それまでの態度が嘘のように弁明を始めるベロニカ。
た、単純すぎる……!
「そ、そうか。ま、さっきの無視云々は嘘だ。適当に反省してくれてるなら許すさ」
「も、もちろん反省したのじゃ!」
「すぐに反省できるベロニカはいい子だな~~!」
「そうじゃろそうじゃろ!どうじゃ参ったか!」
俺の背で胸を張り、本当に嬉しそうにはしゃぐベロニカ。
――だが、ベロニカは気付いているだろうか。
俺の行動はただ子供をあやしているのと大差ないということに。
そしてそれに自分がまんまとのせられていることに――!
というか、本体に戻ってベロニカの精神年齢がだいぶ下がったような気がする。
「その、なんだ。それもベロニカのいいところだから、大切にな」
「――?何のことじゃ?」
「いや、いいんだ」
違う意味で俺は心を痛めながらも、俺は探索を進めていった。




