俺達の関係なんだが
そして、俺とセルティの毎日が始まった。
基本的にセルティが不自由ないように、俺は朝から夜までセルティと一緒にいることにした。
……というよりは、俺は不安だったのだ。セルティを一人にしておくことが。
あの部屋でセルティが一人で何をしていたのか、どのように過ごしていたのか。
容易に想像がつく。
あの一人虚ろな目で天井を見上げるセルティを、見て、知ってしまったから。
故に、彼女をなるべく一人にはさせたくはないと思った。
もう孤独という痛みを感じてほしくなかったのだ。
***
「セルティ?起きてるか?」
コンコン、と空いた手でドアをノックする。
「はい、どうぞ入って下さい」
すると、すぐに向こう側から落ち着いた感じのセルティの声が聞こえてきた。
「おはよう、セルティ」
俺が朝ご飯をのせた盆を持ってはいると読んでいた本をパタリ、と閉じ、セルティは金色に輝くツインテールを揺らしながら、俺の方まで駆け寄って来る。
そして。
「エドガーさん。……今日もよろしくお願いします」
顔を僅かに赤く染めながら、少し恥ずかしそうに笑うのだ。
***
セルティがご飯を食べ終わると、俺達は話をする。
お互い、まだ知らないことだらけだ。
俺はもっともっとセルティのことを知りたいと思っていたし、それは向こうも同じのようだ。
ベットに腰かけた俺の後ろから、セルティがいつものように俺を抱き締める。そしてセルティは俺の背にもたれかかるように体重をかけ、そのまま頬を擦りよせた。
背後から、なんとなくセルティの甘い匂いとやわらかな感触が伝わって来る。
「エドガーさんも、魔術師なんですか?」
「……ああ」
俺の耳元でセルティが囁く。
「ふふふ、それなのに風の魔導士さえ知らなかったなんて、よほど不真面目なお方だったんですね」
耳にかかるセルティの熱い吐息と、その優しくもからかうようなその言い方に、なんとなく背筋がむずむずとするのを感じた。
「……強くなることだけしか考えてこなかったんだ。正直知識の方はほとんどない。これでも実力は相当ついてる方だと思ってる」
セルティから漂う、甘い香り。
うちの石鹸の匂い、だ。
「……そうなんですか。それでしたらもう私よりも強いかもしれないですね」
クスリと笑う。
そしていったん腰においていたその手を、今度は俺の首に腕をまわした。
「れろ……」
俺に耳たぶに、ぬるりとした感触。
セルティが、俺の耳を舐めたのだ。
そのままゆっくりと耳全体を雑にぺろりと舐めた後、そのまま耳の穴へとチロチロと舌の先を進める。
「……やめてくれ、セルティ。そこはあまり綺麗なとこじゃない」
「そんなことはありましぇんよ、えろがーさん。
……でもあなたがそう言うならやめます」
そう言ったセルティだったが、今度は俺の耳たぶをカプリ、と唇に挟むと、歯でやさしくコリコリと甘噛みをし始めた。
「……ッ!」
ぞくぞく、と震える俺の背筋。
いつの間にかセルティは俺の顔を覆うように手を回し、動けないようにとかっちり固定している。
(……今だけだ)
俺の頭はしっかりとセルティが支えてくれていた。俺はそれにゆったりと身を任せる。
「……はむ……」
セルティはそのうち片手で俺の目を隠し、もう方は俺の顎のラインを優しくなぞり始める。
暗闇の中、柔らかい唇と、ほどよい歯の刺激、そして耳たぶの先をにゅるにゅると優しくなぞる舌の感触にどうしても意識がいってしまう。
「ん……ふむ……んぐ……」
しばらくこりこりとその感触を楽しめたのか、ちゅるりと唇から俺の耳たぶを解放した。
「……もう十分だろ、離してくれるか?」
今度は俺の首筋を顔を寄せようとするセルティを俺は静止する。
「……そういうなら、ひとまずここで解放してあげます」
そういってゆっくりと俺の背から離れるセルティ。
まだ俺の耳は熱かった。
***
「……エドガーさんは、どうしてここにいるんですか?」
しばらくして俺の隣にすわったセルティは上機嫌だった。
口調はいつものように落ち着いた、というかクールな感じだが、その目尻は緩んでいる。
そして、その手はしっかりと俺の右手を握りしめていた。俺の握り返す反応を楽しむように、ぎゅむぎゅむと力加減を変えながら。
俺はセルティにアリサとの出会いのことをどこまで話していいのか、と考えると、一番無難な答えを選んだ。
「ここの主の、アリサの弟子なんだ」
「へぇ、弟子、ですか。あの銀髪のほうの?」
「……まあ、そうだな」
俺の反応を見て少し考え込むようにセルティは黙り込み、しばらくして彼女は口を開いた。
「つまり、エドガーさんは、その人の所有物ってことですね」
『理解しました!』というエリーに、俺は苦笑いを浮かべる。
「しょ、しょゆうって……そんな歪な関係じゃない、俺とアリサは」
「そうですね、間違えました――」
そしてぺろり、と自分の唇を一舐めして、セルティはいう。
「エドガーさんがあの人を所有している、でした」
「……」
「あれ?言い返さないんですか?」
それまでいじっていた俺の手を解放し、セルティは俺の胸に手を当て、身をぐいと近づける。
その目は面白そうに俺の反応を観察すると同時に、こう語っていた。
(――あなたも本当はわかっているんでしょう?あなた達はもう、戻れないって)
「……ちがう、そんな関係じゃない。俺とアリサは対等だ」
「……ふふ。本当に対等なんですか?」
「……何が言いたい」
でも、とセルティは言う。
「私みたいになっちゃってますよ、あの二人」
「セルティ、みたいに?」
「はい」
そして俺に妖しく笑いかけると――。
「だから、エドガーさんなしでは生きられなくなってるって言ったんです」
なぜか嬉しそうに、セルティは俺にそう言った。
***
夜は流石にセルティから離れて、自分の部屋に戻る。
そして、考えるのだ。
自分はどうすればいいのか。
セルティに何をしてあげられるのか。
セルティとどう接するのが、セルティの、いや、二人のためになるのか。
そして今日、一つ考えることが増えてしまった。
(――今までのアリサとエリーとの接し方は、正しかったのか?)
俺はアリサとエリー、二人の理不尽に苦しむ少女を助けたかった。
救いたかった。
だから二人の力になろうとして、そして二人とも心からの笑顔を浮かべてほしくていろんな意味で戦ってきたつもりだ。
(――だが、それはとても歪なものになってしまっているのではないか?)
疑心暗鬼。
アリサやエリーに対してではない。
ひたすらに湧き上がって来る自分自身への不安と、今まで無視して来た三人の関係の不協和音に、押しつぶされてしまいそうだ。
“エドガーは全く間違ってはいない。心配するな”
脳に響く、自信に満ちた、少女の声。
(いつからだ?この声が聞こえるようになったのは――)
最近、いや、セルティと会ってからか。
――つまり、俺がだんだんと自分に自信が持てなくなってきてからこの少女の声が聞こえるようになった、ということ。
自身に対する信頼を日々失っていく俺とは対照的に、その少女が俺に語り掛けて来る頻度も多くなってきていた。
(……俺は間違っていたんじゃないか、と最近思うんだ)
“そうか?アリサもエリーも幸せそうに暮らしているではないか。何を疑うことがある”
俺が心で語り掛けると、その謎の声の主は俺と話が出来たことを嬉しいかのように声が弾む。
(あんたが俺達の何を知ってるっていうんだ?俺のことを、アリサのことを、エリーのことを。そしてセルティの事の何を知ってる?何でそう言い切れる?)
“――知っているとも。全部な”
そしてかか、と愉快そうに笑うと。
“そんなに苦しむことはない。お前が思うように行動すればよい。それであの女子たちは救われる。それでいいのではないか?”
(お前がそれを言うんじゃない。お前はアリサでも、エリーでも、セルティでもない。本当のことは何も知らないはずだッ!)
“かか、エドガーがそう言うのなら、そう言うことにしておこうか。それではもうゆっくりと休むがいい。我が最愛の弟子よ”
それを最後に、その声は響いてこなくなった。
「……言われなくても、俺の好きなようにしてやるさ」
俺は空に向かってそう呟くと、泥に沈み込んでいくように眠りについた。




