アリサとエリー2
エドガーがあの金髪の小娘の世話を初めて、数日。
アリサ達はその様子を当然、常に観察していた。
エドが世話役に任命されてからと言うもの、アリサとエリーは、映像を映し出す魔道具の一つ、受信用の水晶でセルティとエドの絡みを見る……いや、監視するのが日課だった。
「それにしてもなかなかの拾い物だったわね……」
くすり、とアリサは笑う。
セルティという、風の魔導士の弟子。
ここに連れてきた当初は気丈な態度であったが、少しの間あの部屋に閉じ込めていただけで、あそこまで弱り切った様子を見せるようになった。
見知らぬところで、強者に自分の生殺与奪を握られているというその状況のストレスがそれを引き起こしたのか?
――いや、違う。
ここに来た時には既に、もうセルティの精神は擦り切れてボロボロだったのだ。
「それにしても、こんなに腐抜けちゃうなんて思いもしませんでした」
エリーが水晶を覗きながらポツリとつぶやく。
確かにセルティはエドガーと出会ってから、ガラリとそれまでの態度を変えて、こちらに全く反抗してこなくなった。
それ故に、セルティとエドガーが出会った、次の日。
その時すでに、アリサはセルティに何かがあったことに気付いていた。
「ふふ……しょうがないわ。エドは私達みたいな濁り切った女にさえ、甘い甘い蜜を吸わせてくれるんだもの……」
エドガーもう薄々気付いているはずだ。
私達が外見通りとはかけ離れた、醜く貪欲で、厭らしいココロを内に秘めていることなど。
だがエドガーは私達に対しての接し方を変えることはない。
そんな内面さえもを受け入れ、そして愛してくれているのだ。
そのあまりにも甘すぎる、優しさに。
愛の暖かさに。
心地よい温もりに。
今までそれらをまともに与えられてこなかったような、それらにずっと飢えていたような私達みたいな女には、一度味わってしまったら忘れることできない、そういう類の物。
水晶に映る少女もまた、私達と同じだ。
エドガーから与えられる、いやエドガーが与えてくれる蜜を、必死に味わおうとしている。
私達と全く同じの、ただの醜い女。
もう脳髄まで、エドガーという泥沼にどっぷりと浸かり込んでいた。
「……これならもう、裏切りの心配はいらないわね」
「まぁ、そうですけど……」
そう言いながらむすっとしているエリーを、アリサは不思議そうに見つめる。
「どうしたの、エリー?不満げな顔して……」
「すこしくっつき過ぎじゃないですか?エドもまんざらではない顔をして……」
今まさに、セルティがエドガーの背中にぴったりとくっつき、恋人のように耳元で言葉を交わしている。確かに気になるだろう、エリーには。
「くすくす……妬いているのね、エリー」
「……」
エリーはむっと黙ったまま何も言わない。
アリサはセルティを保護した後森を探索してみたが、結局、この少女と共に訪れている人物はいないだろうという結論に落ち着いた。
この森に来ていたのは、この少女のみだったのだ。
風の魔導士も、その弟子たちもいない。
――見捨てられた。
この少女の言う通りなのだろう。
また、アリサは森のいくつかの場所に、人間の魔力を探知するレーダーのようなものを設置しておいたいた。当然魔物が寄らないような簡易的な魔術を施してある。魔獣が必ず襲う人間ではない、無機物にそのような処理をするのはアリサにとって難しいことではない。
というのも、万が一セルティの追っ手が来た時の対策ためだ。
セルティはもう、半ば私達の仲間のようなもの。
……私達が愛する男がそう考えるならばそうなのだ。
それに、本能がセルティも私達と同類だと囁いている。
だが、今回はセルティがたまたま、エドガーに依存してしまう素質があったから、上手くいっただけ。
つまり、他のニンゲンはそうはいかない可能性――殺さなくてはいけない可能性は高い。
――絶対に守り抜く。
この楽園を。
そして、三人もエドガーへの愛に狂えられる女が傍にいるのだ。
ならば、こんなに歪で、そして理不尽に満ちた世界であっても、一人の男くらいなら幸せにしてあげられるはずだ。
――いや、してみせる。
***
しばらくして、エドガーがセルティに別れを告げ、部屋から出て行く。
セルティのその背中を見守る表情は、ただただ切なそうだった。
それまでエドガーの座っていたところをそこに残った温もりを掻き集めるように撫でて、寂しそうに虚空を見つめていた。
「……ほんとすっかりエドに入れ込んじゃってるわね。当分は使い物になりそうもないわね……」
そのすっかり病んでしまっているセルティをみて、ため息をつく。
「といっても、私達もあんな感じじゃないですか?」
そう言い残して、エドガーの疲れを労いに、とリビングから出て行くエリー。
「まぁ、同じようなものよね、私達は」
そう頬を少し緩ませて笑いながら、アリサも自室へと戻ろうとしたその時――。
アリサはそれに気付く。
「――これは――!」
部屋に張り付けられた魔神獣の森の地図の数点が、赤く輝いてた。
それは魔獣が近付くことのないレーダーが、何者かによって破壊された証。
――つまり、楽園への逃亡者ではなく、間違いなく楽園への侵入者が、この森にやって来たのだ。




