村から帰るんだが
その次の日。
俺達は村中をもう一度見て回った。
エリーのように誰かがまだ生き残っていないか。
襲撃者の手掛かりはないか。
……生存者は、やはりいなかった。
そして襲撃者の手掛かりも同様、ほとんどない。
あったのは死体のみだった。
村の人々は主に刃物で殺されていた。
たまにハンマーか何かで殴ったような跡がある。
しかし、魔法が存在するこの世界では、それは何の手掛かりにもならない。
また、魔物が襲撃したのであればこの村では見つけた瞬間に鐘が鳴らされるらしいが、それはなかった、とエリーは言った。
この村外部の人間の襲撃で間違いないだろう。
そして、それ以上のことはわからなかった。
***
俺達は一通り調べ終わると、その村の死体を埋葬するため運べそうな死体だけを広場に運び、火魔法で焼いた後、土魔法で埋葬する。
そうして広場に作られた墓地に、俺は両手を合わせた。
(せめて安らかに逝ってくれ)
エリーは冷めた目でそれを見る。
「物好きだね、ご主人様。誰一人知らないのに。それに、人間なんて死んだらただの肉塊じゃん」
しかし、エリーに何と言われようが俺は気を変えない。
「これが俺の決まりだ」
……エリーの言う考えがこの世界では一般的なのか、それとも俺の価値観が変なのか。
俺達は静かに佇む。
***
俺達は村から出た。
結果として、当初の目的とは全く違った結果となった。
正体不明の殺戮者達。
――アリサの研究所にも危険は及ぶかもしれない。
早く帰らなくては、アリサの元へ。
「エリー、俺と一緒に来てくれないか?研究所に着けば少なくとも寝床と食べ物は用意できる。それに……」
「おとなしく従うよ。ご主人様に抵抗しても、勝てそうにないし」
「……」
エリーの投げやりな返事に、俺は不満気に彼女を見た。
そんな困った俺を見つめ返しながら、ニヤリ、と笑うエリー。
「連れてくの?連れてかないの?」
「……連れてく」
俺はエリーの手を引き、『魔神獸の森』へと向かった。
***
――変な男。
エリーがエドガーに抱いた感想はそれに尽きる。
殺戮が起きた時、エリーは部屋に閉じ込められていた。
「おい、あいつの価値はどれくらいだって?」
「はっきりはわからねえが、一生遊んで暮らせる額が貰えるって話だぜ?」
元々、エリーはある貴族の『持ち物』であった。
しかし、『次の飼い主』の元へと送られる道中、馬車が事故に合い、命からがら逃げだしてきたのをこの村の人々に掴まったのである。
すぐに近くの村に情報が行ったのだろう、エリー達逃げ出した奴隷は皆、懸賞金が掛けられた。
どれも『レアもの』であったからだ。
そして、自分の黒く長い髪、狼の耳、そして奴隷の証である首輪。
その珍しい容姿を間違える者はいなかった。
エリーは、長い逃亡生活の末、食料確保のためゴミ漁っていたところを村人に見つかってしまったのである。
もともとニンゲンから逃げ続け、しかも一人で生きていくことなど無茶な話だったのだ。
ましてや自分には安心できる寝処も、安定した食料供給元もない。
――折角逃げ出すことが出来たのに、あの地獄から。
真っ暗闇の中、エリーはまた以前の生活に戻ることを覚悟し、絶望していた。
だがそれからしばらくして。
体内時計で約半日。
外で突然、男、女、子供、老人の絶叫、悲鳴が聞こえてくる。
その異常事態に、朦朧としていたエリーの意識は次第に鮮明になっていった。
(――何かが起きてるのは間違いない。けど一体何が?)
周囲の状況を把握しようと耳に意識を集中させていると――。
――ズシャリ!
エリーは、靴が床を擦る音を聞いた。
(――近くに誰かいる!)
既に悲鳴は聞こえなくなっていた。
村人たちはただ静かになっただけか、それとも死んだのか。
少しずつその足音は近付いてくる。
ズシャリ……ズシャリ……ズシャ。
(――止まった。近くにいる!)
必死に自身の震えを噛み殺す。
(――死ぬ!死ぬ!殺される!)
エリーは本能的に死を恐怖していた。
どれ程の時間が経っただろうか。
しばらくしてその足音は遠ざかって行った。
そして、馬車がこの村を去る音。
この村を襲撃した一団は目的を果たせたのか、去って行ったらしい。
エリーは命を拾った安心に、その暗闇の中、気を失った。
***
しばらくして、エリーは目を覚ました。
辺りが明るいか暗いかもわからない。
意識がはっきりしない。
(――死ぬのかな、あたし、このまま)
心残りは、ない。
みんな、死んだ。
家族も村の皆も、全部。
そんな世界で生きる意味などない。
虐げられ続けて生きる意味など――!
エリーが生きるのを諦めかけた時――彼女は、思い出した。
――約束を。生きているかもしれない妹との約束を。
(まだ、だめ。まだ死ぬわけにはいかない)
エリーは全身を揺らし、音を立てる。
自分の存在を誰かに気付いてもらうため。
(――気付いて!誰でもいい!誰か!誰か!)
「――誰かいるのかッ!」
しばらくして、誰かが人を探す声が聞こえた。
襲撃者とは全く違う、焦っているような足音。
鍵が外され、暗闇の中に光が射す。
そして、その男は自分に縋りついて泣き始めた。
流石の私もこれには困惑した。
(――変な奴だ)
だが、それは自分の生存を喜んでくれているようだった。
そこでエリーは一瞬、この男は自分の味方かと考える。
(――ニンゲンはこんなに獣人のために必死になってくれない。もしかしたら獣人の仲間かも――!)
だが、目隠しを外された自分の前にいたのは――ニンゲンだった。
「あ……」
生きたかった。生きたいと思った。
でも私、また奴隷にされちゃう。
確かに妹に会いたい。
でもそこまで辿り着くにはどれだけ時間がかかるの?
(――無理だ。それどころか、死んだほうがましだった)
そう思った瞬間――この世界の絶望を思い出してしまった。
(――もうこの男に殺されようと、どうでもいい)
その男を思いのままに殴った。
引っ掻いた。
足蹴にした。
奴隷の獣人がニンゲンを攻撃している状況。
殺されるだろうと思った。
そして、もうどうでもいいとも思った。
どうせ私には復讐しか残っていない。
それも、成功しないだろう。
全てを忘れて暮らそうとしても、大した幸せなんてありはしない。
エリーはただ叫びながら、その男を攻撃し続けた。
でも、その男はエリーを殴り返さなかった。
黙って彼女の攻撃を受け続けたのだ。
(……この男は、私の気持ちを分かってくれるの?)
その男の悲しそうな眼差しに心が揺れ、涙が出てくる。
とっくの昔に枯れ果てたと思っていた涙が、その時は際限なく出てきた。
その男にされるがまま、雨の中、抱き締められていた。
***
ニンゲンのくせに、獣人の私を蔑むような目で見ない男。
奴隷である私を抱き締めてくれた男。
――わからない。この人のことが。
私はこの男に興味を持った。
それと同時に、この人のことを深く知ってしまったら、私はこの人にどのような感情を抱くのだろう――そう恐怖する。
――いや、そんなこと関係ない。
私には、もう家族はいらない。
それは弱さにしかならない。
私は、目的のためだけに生きる、『獣』だ。
せいぜいこの男を利用してやる。
そう自分に何度も言い聞かせながら、エリーはその男について行く。
この男を利用することに対する罪悪感か、それともこの絶望しかない世界にほんの少しだけ残っていた、エリー自身の希望か。
モヤモヤとしたものを胸に抱えたエリーは、その気持ちが何かわからなかった。




