少女を見つけたんだが
あれから、しばらく泣いたら落ち着いた。
……何とも恥ずかしい。
このケモ耳黒髪少女も、明らかに俺の様子に怯えていた。
というか、動けないよう拘束されている状況でいきなり男に泣かれたのだ。
怯えないわけがない。
「すまない、驚かせたな……今その拘束を解くぞ」
俺はその少女を傷つけないよう慎重に縄を切っていく。
「――ほぅ……」
目隠しも取り改めて彼女を見ると、その可愛らしさに思わず溜め息が出た。
ふかふかと狼の様に豊かな黒髪と、そこから生える立派な狼の耳。
しゅっと細い顔の輪郭に、ぷっくりとした柔らかそうな唇。
――そして、俺はその少女の目つきに驚いた。
「……」
――深い深い虚ろな、絶望に満ちた目。
そこに、村人が殺されてしまったことへの悲しみはなかった。
そして自分が殺されてしまうかもしれないという怯えもない。
自分は助かったという安堵も、もちろんない。
――何かが決定的にズレた、俺を責めるような目。
とにかく、こんな中学生ほどの少女がしていい目ではないとははっきり言えた。
「君、大丈夫か?」
「……」
俺の問いに、返事はない。
彼女の毛並みの美しいケモ耳がピンっ、と立つ。
明らかに俺を警戒していた。
「心配するな、俺は君に危害を加える気はない。俺は旅人だ。たまたまこの町へ来て、泊めてもらおうと思っていたんだが……」
「――嘘」
少女は俺の言葉をすぐさま否定。
ますます鋭く俺を睨む。
「……ここが何処か知ってる?最果ての村、イールト。旅人が訪れるような村じゃない」
「……それは」
「あなたは何なの?」
「……」
(これを言うと不安がらせるだけだと思ったんだが、仕方がない……)
警戒を解こうとしない彼女に、俺は正直に話すことを選択する。
「……わかった、正直に言う。俺はあの森……『魔神獸の森』からやってきた。
そして村に着いたと思ったらこんな状況だ。何が何だかわからない」
「……ふん」
どうでもいい、と鼻を鳴らす。
そして、彼女は言った。
「殺ったの?この村のクズどもを」
「――クズ?」
「……想像できない?人間しかいないの村の中で、獣人が一人」
そして、首についている首輪を指す。
「……わたしは奴隷だよ。この村でたった一人の」
狼の耳の少女が自嘲気味に笑った。
――奴隷。
使役されるためだけに存在する、物と同等の存在。
(この世界にその制度があるとはアリサから聞いていたが、こんな少女まで……?)
俺はその少女に目線を合わせる。
できるだけ安心させるように。
「……君を助けたいんだ、そのためにも俺を信じてほしい」
「――私を助けたい?ふざけないでッ!それに信じられるわけない、人間なんてッ!」
「本当だ、俺が来た時にはこの村はもう……」
「――うるさいうるさいうるさい!そんなことは聞いてない!」
少女は頭を抱えるように、首を振る。
「獣人の私にニンゲンのあなたが信じろ信じろ……。よほど頭が悪いのか、それとも獣人を知らない貴族のおぼっちゃまかな?」
少女が俺を馬鹿にするようにクスリと笑う――暗い眼で見つめたまま。
「そっちこそ話をそらすな。それはこの状況とは関係ない」
確かに俺が世間知らずであることを否定はしない。
だが、知らなくてはならないことがあるのだ。
「……この村で何があったんだ?誰がこの村の人間を殺したんだ?」
そう聞く俺の目を、ずいっ、と彼女は覗き込む。
「……本当に私を助けに来たの?」
「助けたいさ」
(――冷たい瞳だ)
目と鼻の先の彼女の瞳。
ダイヤモンドのような美しい瞳からは、焦点が失われている。
「……なんで?」
「なんでって……この状況で助けるなんて当たり前だろ」
助けなど必要なかったと、いう彼女の態度。
それに狼狽える俺。
「……私も殺さないの?」
「――何?」
殺す――私も?
(この少女が最後の生き残り、か……)
「殺すわけないだろ?」
「私を奴隷にするんだもんね」
「……」
少女の言葉を、無言で流す。
いちいち取り合っていては話が進まない。
「やはりここの村の人間は殺されたのか?」
「……そうだよ。殺された、みんな。わたしは聞いてただけだから知らないけど」
「聞いてた?……タンスの中でか?」
「わたしは運悪く閉じ込められていたから。死に損なっちゃった」
間違えちゃった、という風に彼女は軽く言う。
そして、彼女はじっと俺を見た。
「……あんたがもし、悪魔なのなら。この村をこんなにしてくれた悪魔なのなら――」
彼女は、言う。
「――何で私も殺してくれなかったの?」
「――!」
息が、詰まる。
――ガシリッ!
少女が俺の腕を掴んだ。
「――ねぇ、何で何で何で?」
「――ぃッ!」
ぎりぎり、と締まる彼女の手に、思わず声を上げる。
「――殺して!殺してよ!私も!あなたならすぐに殺せるでしょ!
もう嫌!いやなの!支配されたくない!裏切られたくないッ!」
少女は俺を引っ掻いた。
その目は狂気に囚われたまま。
どろり、と濁ったその瞳。
苦しそうに潜められた眉。
彼女の表情が、俺の心を破壊する。
「――落ち着け!」
俺は少女の腕をつかみ、抑え込もうとするが――その少女は一向に暴れるのを止めようとはしない。
「――辛いのッ!死んだ家族のために、殺された家族のために生きていくのはッ!
何で私達獣人はこんな思いをしなくちゃいけないの?こんな耳があるから?見た目が醜いから?臭いから?」
(もうやめてくれッ!)
彼女の叫びが、俺の心を壊す。
一言一言、それが俺に突き刺さる。
「どうしてわたし達は獣人ってだけでこんなにも辛い思いをしなくちゃいけないの?
どうしてわたしの妹は、両親は殺されてしまったの?あんなに、あんなに優しかったのに……!」
俺はただ首を振る。
そんなことはない、と。
そんな風に思うのは間違ってる、と。
ギッと彼女は俺を指差し、叫んだ。
「――どうせ次はお前がわたしのご主人様になるんだッ!」
「――ッ!」
――そんなことを言わないでくれ。
「――わたしをまた裏切るんだッ!」
――そんなことはないんだ。
「――誰もわたしを助けてくれないんだッ!」
いるんだよ。
君を救いたいと思う馬鹿な男が、ここに――。
「――またわたしのこころを壊すんだ……ッ!」
「――しないッ!俺はそんなことを絶対にしないッ!」
俺も叫ぶ。
彼女の心に届くように、彼女の側にいられるように。
「――俺は、絶対に君にそんな思いはさせないッ!」
「――ぅ……っ!」
俺の剣幕に彼女は口を噤み――そして、ぽろぽろ、と涙をこぼした。
「……お母さん、もう生きていたくない。私頑張れない。もういや、もう嫌だよ……」
その少女は、俺に縋りついて泣いた。
――ぎゅぅ。
ただ、俺は黙ってその少女を抱き締める。
「……ぅ……ぅぅ……」
少女は一瞬びくりと体を震わせると、そのまま俺の胸に顔を押し付け――。
「……もう、大丈夫、大丈夫だ。絶対に俺が守る……」
今の俺にできることは、黙ってこの少女をこの世界から守ること――それだけだった。
――ぽつり。
俺達の足元に、水滴。
「……」
上を見上げた。
その家の屋根は破壊されていて、空が見えた。
真っ暗な空。
――雨だ。
――ぽつぽつぽつ。
床のシミの数が、どんどん増えて、次第に勢いが強くなる。
――ザぁァァァ……。
俺達はそのまま雨に打たれていた。
しかし、どちらもその場から動こうとはしなかった。
しようとも思わなかった。
二人ともその雲に覆われた空を見上げながら、黙って泣いた。
この世界に、この少女のために、俺は泣いた。
……その一日だけでどれ程泣いたのだろうか。
その日、雨は村にしみついた血を洗い流したが――その少女と俺の心を洗ってはくれなかった。
***
辺りはもう暗い。
俺達は、俺が昨日眠った家に移動した。
火属性魔法で暖炉に火をともす。
ケモ耳の少女は暖炉の前で毛布にくるまっていた。
俺も暖炉の傍の椅子に座る。
「君、おなかは減らないか?」
「……わたしは大丈夫、次のご主人様」
彼女は、ぼそりと呟いた。
「……その呼び方はなんだ」
その少女は虚ろな目のまま暖炉の日を見つめながら答える。
「……あんたが次のご主人様でしょ?
獣人は人間の所有物。玩具。道具。農耕具。
人間がそう言ってたよ」
「――ッ!」
それを聞いた俺の中で、ぶちり、と何かが切れた。
「なぜそうなる!?俺にそんな気はない!
君をそんなくだらないものに縛り付ける気はッ!」
「……いい人だね、今回の私のご主人様は」
それっきり口を閉じる少女。
俺はマジックバックから魔獣の干し肉を何枚かと、パンを取り出し、投げた。
「……っと」
彼女はそれをキャッチ。
「いいから食べてくれ」
「……それは命令?」
その少女は俺を試すように言った。
「命令はしない。俺は君に絶対に」
「じゃあ食べない」
「食べなさい」
「食べない」
「食べてくれ」
「……」
無言。
そこで俺はなんとか少女に食べてもらう方法を考える。
「……」
しかし、残念なことに小学生のようなアイディアを俺は採用してしまう。
「……なら俺も食べない」
「……は?馬鹿なの?」
その少女は目を丸くした。
その驚いた反応が、初めてみるその少女の表情が少し面白かった。
と同時に、彼女の悲しさや怒り以外の表情を見れて嬉しかった。
「ああ、食べない。君と一緒に飢え死にする」
俺はニヤッ、と笑って、彼女の食べ物を指差した。
「このまま君が食べないなら、『一緒に死んでほしいくらい、君が人間の俺を好きになってくれた』って思い込みながら死んでやるからな」
俺が堂々と宣言すると、その少女はしばらく呆気にとられたような顔をして――。
「……くす」
――笑った。
「……何それ、絶対そんなの許さない。わかった食べるよ、馬鹿なご主人様」
少女は、パンにかぶりついた。
「だから、その呼び方を止めてくれ。俺はエドガー。ちゃんと名前がある」
「わかったよ、ご主人様。私はエリー。そう呼んで」
「……だからその呼び方はやめろって」
笑顔のエリーを見れて、心がすっと軽くなる。
だが、その後もエリーは俺のことを『ご主人様』と呼ぶのを止めなかった。
彼女と俺の間には、まだ絶対的な壁があったのだ。




