村での出会いなんだが
「好意的な人ばかりだといいんだけどな……」
俺はそう呟きながら門へと向かう。
その間に俺は『言語相互変換機』を腕に巻き付けていた。
腕時計のような形のこの魔道具は、話し相手と言語が違っても何となく言葉のニュアンスがわかったり、伝わるのだ。
装着するだけでこの機能。
便利な物がある世界である。
俺はもちろんアリサからこの世界の主流な言語について教えを受けてはいたが、まだそのコミュニケーションには不安があった。
そのため、アリサには内緒でこの魔導具を持ち出していた。
(アリサは俺を召還する時に、一応この魔道具を用意していたとのことだ。結局アリサの日本語は完璧だったので、使うことはなかったらしいが)
***
門に辿り着く。
門の両端の柱の上に、見張り台があった。
魔獣や、この村にやってきた人を確認するためにあるのだろう。
「おーい、誰かいないか?」
たどたどしくこの世界の言葉で呼びかける。
鳴れていない発音に若干の不安を感じる。
……意思疎通はこの『変換機』に望みを託そう。
しかし、俺の呼びかけに返事はなかった。
(もしかして村の皆は何か忙しいのか?それで門付近に誰もいないのかもしれない)
楽観的にそう考え、俺は門の前でしばらく待つ。
「誰も来ないな……」
見張り台にも相変わらず誰も来ない。
そこはその間ずっと空っぽである。
――流石におかしい。
見張り台はあるが、見張りがいない。
(ここはあの森とも近い以上、他の村と比べても魔獣の危険が多いはず。
それなのに、全く警戒していないのか?たまたまか?)
……それにしても、見張りがいない時間が長すぎる。
そしてさらに俺は気付く。
――それは、その村の恐ろしいまでの静けさ。
まるで誰も生活していないかのような。
(この村から村人がより大きな街に移動した?既にこの村はゴーストタウンなのか?)
――いや、それはない、少なくとも誰かは最近いたはず。
なぜなら、俺の足元に、真新しい馬車の車輪の後のようなものが残っている。
俺はだんだんと大きくなる焦りを感じていた。
「――ッ!?」
ぶわっと風が吹く。
その時、俺は風で運ばれてきた匂いに顔を歪めた。
それはムッと鼻を突く異臭。
――間違いない、血の匂い。
そこでようやく俺はこの村に何か異常事態が起きたのでは、という考えに辿り着いた。
俺はガンガンと、思い切り門を叩く。
「おい!誰かいないのか!返事をしてくれ!」
――返事は静寂のみ。
「クソッ、誰か返事してくれ……!」
(仕方ない、この扉をぶっ壊す!)
俺は母親が死の知らせを聞いた時と同様の焦燥感を感じながら、強引に門を押し開け、村に入った。
そして、俺を迎え入れたのは――。
「誰もいない……」
静寂。
門から真っ直ぐ広場へと、馬車の車輪の跡が道の真ん中に刻まれていた。
俺は周りを観察しながら、恐る恐る進んで行く。
「……」
心臓がバクバク、と激しく脈打っている。
広場に着いた――まだ誰とも会っていない。
だが、この村で何かがあったのは確実だった。
広場の中心の噴水は、バラバラに砕かれていた。
そして、その下からは、赤い液体が広がっている。
「う、嘘だろ……?」
砕かれ歪なオブジェとなった、それの裏に回り込む。
そこで俺が目にしたものは――。
「――うッ」
白目を剥いて死んでいる、腹を捌かれた老人。
目の前が揺らぎ、胃から何かがこみ上げる。
――俺は吐いた。
***
それから俺は村で何が起こったのか知るために、調べて回った。
家の中には、子供を庇ったのか、何かを抱え込むようにして背中から斬られた母親と思わしき女性。母親ごと斬られている、その子供。
何かから家族を守ろうとしたのか、農具を握ったままその頭をなくしてしまった男。
裏通りには。
死体が重ねるように置かれ、死体の山が出来上がっている。
この村の長の家かわからないが、一番大きな建物の3階の壁には、苦悶に顔を歪めたおっさんが張り付けにされていた。
――その村は死で満ちていた。
何体の死体を見たか。
どれ程の悲惨な死にざまを知らされたか。
何度吐いたか。
わからない。
わからない。
何も、わからない。
「誰か……誰か……」
俺はその村を歩き回った――生存者がいることを祈って。
誰でもいい、何でもいい。
生きていてくれる人がいることを願っていた。
一晩中、俺は探した。
月の光が怪しくその村を包み込んでいた。
納屋、倉庫の中。
広場の隅。
裏通り。
ゴミ捨て場。
井戸の中。
暗闇の中、喉が潰れても叫び続けた。
「誰か!誰か生きている人はいないのかぁぁぁぁ!」
――その晩、生きている人間を見つけることはできなかった。
***
夜が明ける前に、俺は死体のないベットを拝借し仮眠をとった。
余りの精神的なショックに頭がどうにかなりそうだった。
俺はベットに倒れこむ。
つかの間の安らぎ。
俺は泥に沈むように眠った。
もちろん、どんな危険があるかわからないため、土魔法の壁で俺の部屋の入口は全て閉じていたが。
それから数時間か。
俺は起きると土の壁を取っ払う。
その時、俺は虚ろな目をしていただろう。
だが、そこで俺は確かに聞いた。
――カタカタカタ……。
かすかな、何かが揺れる音。
「――ッ!」
風で何かが揺れているのか、生きている何かが揺らしているのか。
俺はのろのろとその音が聞こえる方向に向かう。
――カタガタガタッ!
「――まさか」
次第に音がはっきりしてきた。
俺の目から徐々に光が戻り、歩みを早めていく。
――ガタガタガタガタ!!
俺は表通りに出ると、その音の鳴る場所を探した。
この時既に、俺の中では確信が生まれていた。
――何かが、いや誰かが生きている!
俺の足がどんどん速くなる。
いつのまにか俺は走っていた。
「――どこだ!どこにいる!いるのなら返事をしてくれ!」
全力で走り、声の限り叫ぶ。
(誰かがいるのか?何でもいい、人でも犬でもなんでも――!)
そして、辿り着いた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
――南京錠のかかった、タンス。
それが音の元だった。
「待ってろ――」
迷わず土魔法でそれを捻じ曲げる。
――俺は必死だった。
誰かの命を助けられるかもしれない、という思いが俺を突き動かしていた。
――バキッ!
鍵が割れる。
俺は勢いよく扉を開いた。
そこには――。
「はぁっ……あぁ……よかった……」
――いた。
確かにいた。
縄で縛られ、目を布で覆い隠されて拘束された、ぼろを身にまとった獣耳の少女がいた。
その少女はもぞもぞと動いている。
――生きている。
彼女を見つけることのできた俺は――泣いた。
縋りつきながら、声を上げて泣いた。
いつぶりだっただろう、こんなに泣いたのは。
間に合ったことが何より嬉しくて――後悔せずに済んで。
俺はこの時、救われた気がしたのだ。




