森を出たんだが
アリサに召喚されて、一年――。
『――ゴギャァァッ!!』
「ち、てめえら不味い癖に……」
――今、俺は魔物に追われていた。
トカゲ人間の魔物が5体。
俺の背後から追って来る。
(――どこか戦いやすい場所はないか?)
俺はできるだけ戦いやすい場所を探しながら、走り続けていた。
『ゴギャギャギャギャァ!!!』
魔物の奇怪な雄叫びと共に、後ろの足音がさらに近付く。
「――ん?」
その時、俺の進む先に俺の武器だらけの岩場を見つけた。
(あそこなら――やれる)
“土魔法”ならそれのすべてが俺の武器となる。
「――よし」
そこに辿り着くと、俺は反転し、敵を見据えた。
敵――五体のトカゲ人間の内、二体が石のナイフを、三体が槍を装備している。
『ゴギャギャギャギャッ!』
俺が動きを止めたと見ると、まず二体が俺にその鋭いナイフを振り上げ、飛びかかってきた。
「……くっ!」
俺はそれを避けるようにバックステップ。
それと同時に土魔法を発動し地面の岩を槍のように鋭く突き出して、その腹を狙った。
――ぐじゅッ!
『――アギャッ!』
唐突に現れた大地の槍を、トカゲ人間は防御できない。
そのまま腹から血を噴き出し、気を失う。
(――ナイフ持ちは倒した。あと三体)
『アギャァァアアアア!!!』
俺が土魔術を発動した瞬間も、当然他のトカゲ人間も動いている。
トカゲ人間のその半月状の紅く輝く目は、ぎろりと俺を凝視していた。
『――アギャッギャッ!』
一番近くのヤリ持ちのトカゲ人間が、先ほど倒した奴らを蹴って飛び上がり、その勢いを殺すことなく俺に槍を突き出してくる。
俺の魔術の一瞬を突いた、槍の攻撃。
「――ッ!」
視界が、スローモーションのように。
槍が一本、迫る。
――死ぬ、死ぬ、死ぬ。
避けなくては。
――体は動くか?無理だ、反応できない、間に合わない。
なら魔法を。
「――シィッ!」
複雑なイメージは無理と直感的に判断。
迫りくる槍、やり、ヤリ――《《弾き飛ばす》》。
これだけをイメージする。
『アギャッ!?』
――ビュゴッ!
空間魔術は成功。
槍は俺の額を貫くことなく、耳の横を通りすぎた。
――反らせた!
「――ッラァ!」
体制が崩れるトカゲ人間。
俺はその隙を逃すことなく、トカゲ人間の目に突き入れる。
『……ァ、アギュギュ……』
びくびく、と俺の手の中で震え、抵抗を止めるトカゲ人間。
残り二体のトカゲ人間もまた、そんな俺に攻撃するのを躊躇。
丁度味方の陰に俺が隠れる形になっているからだ。
(――その時間で十分)
俺は火属性魔法を選択。
熱量を作り出し、眼に突き刺した指を通して、内側からトカゲ人間を焼く。
『――ガギャァァァァァッ!!!』
俺の腕の中で痙攣するトカゲ人間。
それで俺は死んだな、と判断した。
そして、仲間が死んだと悟った瞬間、生き残りのトカゲ人間が、死んだ仲間もろとも俺を串刺しにしようと槍を突き出した。
(――勝ったな)
俺は袖から二本のナイフを空間魔術により投擲――。
『ガギャギャッ!』
――槍が俺に届くよりも早く、それらはトカゲ人間の頭を貫いた。
***
「ふぅ……意外と危なかったな」
俺の周囲に広がる魔物の死体を見ながら、ほっと息を吐き、冷や汗を腕で拭う。
相変わらず、魔物は突然襲って来る。
森の中は常に警戒しなくてはならない。
俺は再度気を引き締め、その先に向かっていった。
***
アリサにこちらの世界に召喚されて、はや一年。
俺はアリサと離れて単独で魔獣を狩るのを許されていた。
というのも、それはいつものように訓練後、リビングのソファーでぐったりしていた時だった。
「なぁ、アリサ。今後の予定とかあるのか?具体的に?」
アリサはテーブルの向かいで、新作料理のレシピを書き上げていた。
ちなみにそのノートのタイトルは、『エドと私の愛の料理本♡』。
その名を聞いただけで、甘ったる過ぎて吐いてしまいそうである。
アリサはメモを止め、眼鏡の奥から不思議そうな目で俺を見つめた。
「あると思う?」
「今の感じで生きていく感じか」
「今の感じで生きてく感じよ」
アリサのドヤ顔。
「で、も……エドがしたいこととかあるのなら、別だけどね……」
アリサは赤く染まった頬に手を当て、いやいやと体を揺らす。
「…………」
俺はそれに抗議の視線を送るが、甘々な視線に却下された。
俺は、アリサとできるだけ一緒にいたいと思っている。
それが俺達二人にとって、最も幸せな形だからだ。
――だがもし、何かトラブルがあって離れ離れになるなど、一時的とはいえそれぞれが一人で生きて行かなくてはいけない状況になったら?
正直全く想像できないが、そのような場合のために、最低限一人で命を繋げるよう、時々一人で狩りに出かけることにしたのだ。
***
最初の時なんてアリサは出発時、まるで『初めてのお使いに行く子を見守る母』のように心配していた。
「エド、本当に一人で大丈夫?
忘れ物とかしてない?
お弁当は?予備の武器は?遭難時用のテントは?予備結界は?
あとあれ、えーと、そう!『いつでも場所がわかる君』は?
あれの下の方の紐を引っ張ればすぐに私にその位置を知らせてくれるから、危ないと思ったらすぐに使うこと。
あとあれと、これと……」
「ありがとう、アリサ。助かる……」
ちなみに、その日の内には出発できなかった。
***
そして今回。
「だいぶ進んだな……」
もうすでに、今まで一度も踏み込んだことのない森の領域へと進んでいた。
今日の朝、俺はアリサに遠出するから数日は戻らない、と言っておいた。
表向きは遠くまで一人で行ってみたい。
それだけの理由だ。
だが俺はアリサには言っていないが、別の目的があった。
それは――。
『人の集落を見つけること』
もし、アリサと俺だけではどうにもできないことが起こった場合。
例えば俺達二人よりも強い魔獣が現れ、逃げるしか選択肢がなくなったり、どちらかが一向に回復の兆しが見えない病にかかり、医者が必要になった場合。
そんな本当の危機が迫った時のために、俺は単独で街に行けるよう、そして誰かに助けを呼べるようになっておきたかったのだ。
***
俺は地図とコンパスを頼りに、『魔神獸の森』を抜けることを目指し進んで行く。
以前ドラゴン狩りへ行った方向とは全くの逆だ。
アリサの研究所は『魔神獸の森』の出入り口付近にあったのか、数時間でこの森を出ることに成功する。
それにもかかわらず、この一年間研究所の辺りに全く人が来なかった――そう考えると、この森が外の人間からどれほど脅威に思われているのか想像がつく。
「おお……」
森の外は美しく、そして広い草原が広がっていた。
「ついに森から出られたか……。さて、村を目指さないとな」
俺は魔獣の危険に満ちていた森を無事抜けだせたことに安堵しすると共に、自分の目的を果たすために歩み始めた。
***
それからしばらくの時間草原の真ん中を進んで行くと、整備された街道があった。
「よかった……!」
人の痕跡を見れただけで、アリサ以外の人間の存在を改めて実感。
ほっ、と安心する。
それからも俺は街道を進んでいった。
***
どれ程の時間が経っただろう――日が落ちて、辺りはだんだん暗くなって来た。
(――もうこんな時間か)
だが幸いなことに、村はもう見えていた。
「あれがこの世界の村か……」
中世ヨーロッパの田舎にあるような村。
村の周囲は高めの柵で囲われ中の様子はわからないが、その周囲の小屋、水車などをみれば、何となく文明レベルが推測できた。
(少し村の人と話をしてどのような雰囲気の人達か調べてしまおう。いざというときにどのような助けが期待できるか。そしてどれ程の戦力がいるのか。もしかしたら予想外にいい人たちばかりで、今日タダでどこか納屋にでも泊めてもらえるかもしれない)
俺はそんな淡い希望を抱きながらその村の門に向かった。
――夕方にもかかわらず、一つも灯りがついていないことに気付かずに。




