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第8話 最強の一撃


地下闘技場。


観客席を埋め尽くした人々の視線が、闘技場の中央に集まっていた。


そこに立つのは、二人。


一人は、身長二メートルを超える大男。

全身を覆う筋肉。太い首。丸太のような腕。

その手には、人間の胴体ほどもある巨大な鉄槌が握られていた。


もう一人は、十六歳の少年アルト。


「おいおい、今度はあのガキを潰す気か?」


「相手は鋼鉄の処刑人、バルドだぞ!」


「鳴き声なんかで勝てるわけがねえ!」


観客たちが笑う。


バルドは鉄槌を肩に担ぎ、アルトを見下ろした。


「お前が例の鳴き声のガキか」


「そうだよ」


「俺の武器を見ろ。これで何人も頭を叩き潰してきた」


「そうなんだ」


「怖くないのか?」


アルトは鉄槌を見つめた。


「ううん。ちょっと興味がある」


「……何?」


「それ、いい武器だね」


バルドは鼻で笑った。


「面白いガキだ。すぐに黙らせてやる」


試合開始の鐘が鳴った。


バルドが動く。


ドンッ!


一歩踏み込んだだけで、闘技場の床が鳴った。


アルトは横に飛び退く。


直後、鉄槌が振り下ろされた。


轟音。


床の石材が砕け、破片が飛び散る。


「おおおおおっ!」


観客が沸いた。


アルトは冷静に相手を見ていた。


(速い。重い。そして、振り下ろす瞬間に全身の力を乗せている)


まともに受ければ終わりだ。


アルトは口を開いた。


「キュイイイイイッ!」


鳴き声が闘技場に響く。


バルドの腕がわずかに沈んだ。


「何だ? 今の……」


「攻撃力が落ちたはずだよ」


「それがどうした!」


バルドは鉄槌を振り回した。


アルトは身をかがめて避ける。


鉄槌が頭上を通過した。


風圧だけで髪が揺れる。


(やっぱり強い。攻撃力を下げても、あの重量と速度は脅威だ)


バルドは振り返り、再び鉄槌を構えた。


「逃げてばかりか!」


「うん。今はね」


アルトは鉄槌を観察した。


(まずは、あれを振動させる)


アルトは鉄槌に向けて波を放った。


キィィィン……。


鉄槌がかすかに震える。


しかし、バルドは気づかなかった。


アルトはさらに周波数を変えた。


キィン。キィン。キィン。


反応がない。


(違う。固有振動数に合っていないのか?)


今度は低い周波数。


ゴォォォン……。


鉄槌がわずかに揺れた。


だが、バルドは平然としている。


「何をしている? そんな音で俺を倒せると思っているのか!」


バルドが踏み込んだ。


アルトは逃げる。


鉄槌が横薙ぎに迫る。


間一髪でかわしたが、鉄槌の先端がアルトの脇腹をかすめた。


「ぐっ!」


身体が吹き飛ぶ。


床を転がり、壁際で止まった。


「アルト!」


観客席の奥で、レオが叫んだ。


アルトは口元の血を拭った。


(駄目だ。空気を伝えるだけじゃ、鉄槌を十分に揺らせない)


(それに、相手は武器を握っている。手で振動を抑え込んでいるんだ)


ここで、アルトは気づいた。


物体の振動は、周囲の物質にも伝わる。


そして、振動を抑えるものがあれば、振動は小さくなる。


これを減衰という。


鉄槌そのものを揺らすことはできても、バルドの手が振動を吸収してしまう。


(なら、手に伝わる振動を利用すればいい)


アルトは立ち上がった。


バルドが鉄槌を持ち上げる。


「もう終わりだ!」


鉄槌が振り下ろされた。


アルトは逃げなかった。


鉄槌が床に激突する、その瞬間。


「キュイイイイイッ!」


アルトは床に向けて波を放った。


ドォンッ!


鉄槌が床を叩く。


その衝撃が、石材を伝わって広がった。


アルトはその振動に、自分の波を重ねた。


ドンッ!


ドンッ!


ドンッ!


同じタイミングで、何度も。


鉄槌が床を叩くたび、振動が重なる。


バルドの腕に異変が起きた。


「なっ……!」


手が痺れる。


鉄槌を握る指が、わずかに緩んだ。


「何をした!」


アルトは答えない。


さらに波を重ねる。


バルドは鉄槌を持ち上げようとした。


しかし、手に伝わる不快な振動が止まらない。


「くそっ!」


バルドは鉄槌を地面に叩きつけた。


その瞬間、アルトは波を変えた。


ドンッ!


バルドの手が大きく弾かれた。


鉄槌が宙を舞う。


観客席が静まり返った。


巨大な鉄槌が、闘技場の壁に突き刺さる。


「な……」


バルドは自分の手を見つめた。


武器を失った。


アルトは息を切らしながら、ゆっくりと立ち上がる。


「武器ってさ」


「……何だと?」


「持っている人間だけのものじゃないんだよ」


アルトは床に手をついた。


「地面も、空気も、鉄も。全部つながっている」


バルドの顔が歪む。


「ふざけるなあああっ!」


バルドが拳を振り上げ、突進してきた。


アルトは動かない。


「キュイイイイイッ!」


鳴き声。


バルドの拳がアルトに迫る。


しかし、その拳は以前のような威力を持っていなかった。


アルトは身体をわずかにずらし、拳をかわす。


そして、バルドの胸に手を添えた。


「もう一つ、試したいことがある」


「何を……!」


アルトは波を放った。


ドンッ!


バルドの身体が震えた。


「ぐっ……!」


アルトは波を止めない。


ドンッ、ドンッ、ドンッ。


バルドの足が揺らぐ。


彼は膝をついた。


「ば、馬鹿な……」


アルトは一歩下がった。


「身体も、物体なんだ」


観客は誰も声を出せなかった。


鉄槌を振り回していた巨漢が、十六歳の少年の前に膝をついている。


勝負は決まった。


審判が叫ぶ。


「勝者、アルト!」


歓声が遅れて爆発した。


しかし、アルトは喜ばなかった。


自分の手を見つめていた。


(今のは……何だ?)


鉄槌を床に叩きつけたとき、衝撃が伝わった。


そこに自分の波を重ねた。


だが、最後にバルドの身体へ放った波は違う。


(身体の内部にまで、波を伝えられる……?)


アルトは考え込んだ。


波は、物体の表面だけを揺らすわけではない。


条件次第では、内部にも伝わる。


そして、人間の身体もまた、無数の組織と液体でできた物体だ。


(もし、もっと正確に波を操れたら……)


そのとき、闘技場の上階から声がした。


「素晴らしい」


観客たちが一斉に振り向く。


貴族席の中央に、一人の男が立っていた。


「実に素晴らしい能力だ。あの少年を、私のところへ連れてこい」


商人が慌てて頭を下げる。


「かしこまりました!」


男はアルトを見下ろしていた。


「鳴き声か。いや、違うな」


口元に笑みが浮かぶ。


「この世界には、まだこんな力が眠っていたのか」


アルトは男を見上げた。


その目には、興味と欲望が入り混じっていた。


アルトは直感した。


あの男は、自分を奴隷として買いたいのではない。


もっと別の目的がある。


「レオ……」


アルトは小さくつぶやいた。


「僕たち、ここから出る方法を急いで考えた方がいいかもしれない」

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