第6話 (1~5話あらすじ) 覚醒。世界を揺らす力
これまでのあらすじ(第1~5話)
【第1話:Eランク】
・能力鑑定で「鳴き声」と判定され、Eランクになる。
・騎士団長に見捨てられ、奴隷商人に売られる。
・鉱山奴隷となり、過酷な労働を強いられる。
・老人奴隷が死亡し、絶望する。
【第2話:優しさの代償】
・幼い少女ミナと出会い、親しくなる。
・ミナを助けようとするが、監督官に虐待される。
・翌朝、ミナは姿を消す。
・怒りから鳴いた瞬間、監督官の攻撃力が低下する。
【第3話:鳴き声の正体】
・鳴き声を聞いた相手の攻撃力を低下させる能力だと判明。
・強者にも効果があることを実験で確認。
・商人に目をつけられ、闘技場へ送られる。
・自分を踏みにじった者たちへの復讐を決意する。
【第4話:見世物】
・王都地下闘技場で剣闘士ガルドと対戦。
・能力で攻撃力を下げ、工夫して勝利する。
・しかし自由にはなれず、商人に利用され続ける。
【第5話:勝者の値段】
・貴族の前で、同年代の奴隷レオと戦わされる。
・勝利するが、敗者のレオは食事を与えられない。
・アルトはレオを助けると決意。
・二人で闘技場から脱出する約束をする。
【現在の状況】
・アルト:王都地下闘技場の地下牢にいる。
・レオ:同じく奴隷。アルトの協力者。
・商人:アルトを商品として利用している。
・能力:鳴き声を聞いた相手の攻撃力を低下させる。
・目的:闘技場からの脱出、奴隷たちの解放、裏切り者への復讐。
【未回収】
・騎士団長がアルトを売った本当の理由。
・父の死の真相。
・ミナの生死。
・鳴き声の能力の限界と弱点。
地下牢の中。
アルトは自分の両手を見つめていた。
これまで、自分の能力は相手の攻撃力を下げるものだと思っていた。
だが、本当にそうなのだろうか。
最初に能力が発動したとき、監督官の拳が弱くなった。
剣闘士ガルドの攻撃も弱くなった。
しかし、よく考えてみれば、妙だ。
なぜ自分の声を聞いただけで、相手の攻撃力が下がるのか。
声とは何だ?
アルトは小さく息を吸った。
「キュイイイイイッ!」
牢の壁がわずかに震えた。
そのときだった。
「……波か」
アルトの頭に、一つの言葉が浮かんだ。
音とは、波である。
声を出すと、声帯が振動する。
その振動が周囲の空気に伝わり、空気の圧力を変化させる。
空気の圧力が高くなる部分と、低くなる部分が交互に生まれ、それが周囲へ伝わっていく。
これが音波だ。
音は、空気そのものが遠くまで移動しているわけではない。
空気の粒子は、その場の近くで前後に振動している。
その振動が隣の粒子へ伝わり、さらにその隣へ伝わる。
こうして、音のエネルギーが運ばれていく。
水面に石を落としたときの波紋に似ている。
ただし、水面の波と音波では、揺れているものが違う。
水面の波では水面の高さが変化する。
音波では空気の圧力と密度が変化する。
波とは、何かの変化が空間を伝わっていく現象なのだ。
アルトは考えた。
自分の能力は、音を出す能力ではない。
音を出すことは、波を作ることの一例にすぎない。
では、波とは音だけなのか?
違う。
水にも波がある。
地面にも波がある。
光も波として振る舞う。
電波も波だ。
地震が起きたとき、地面の内部を伝わる振動も波である。
熱も、温度の変化として周囲に広がっていく。
世界には、数えきれないほどの波が存在している。
そしてアルトは、その波を作ることができる。
「波には、いくつかの重要な性質がある」
アルトは牢の床に指で線を引いた。
まずは振幅。
振幅とは、波の大きさを表す量だ。
水面の波なら、水面がどれだけ高く、あるいは低くなるか。
音波なら、空気の圧力がどれだけ大きく変化するか。
振幅が大きいほど、波の作用も大きくなる。
次に波長。
波長とは、波の山から次の山までの距離だ。
波の周期的な形が、どれくらいの間隔で繰り返されるかを示している。
そして周波数。
周波数とは、一秒間に波が何回繰り返されるかを表す。
単位はヘルツ。
一秒間に百回繰り返される波なら、100Hz。
一秒間に千回なら、1000Hzだ。
周波数が高いほど、同じ伝播速度なら波長は短くなる。
波の速さを (v)、周波数を (f)、波長を (λ) とすると、
v=f×λ
この関係は、波を理解するうえで基本となる。
例えば、音速を秒速340メートルとする。
周波数が340Hzなら、波長は1メートル。
周波数が3400Hzなら、波長は0.1メートルになる。
つまり、周波数を変えるだけで、波の細かさを変えられる。
アルトは顔を上げた。
「僕は、波の大きさだけじゃなく、細かさも変えられるのか?」
波には、もう一つ重要な性質がある。
それは重ね合わせだ。
二つの波が同じ場所を通るとき、その変位は足し合わされる。
例えば、同じ方向に山と山が重なれば、波は大きくなる。
これを強め合う干渉という。
反対に、山と谷が重なれば、波は小さくなる。
これを弱め合う干渉という。
条件が合えば、二つの波が互いを打ち消し合うこともある。
これを破壊的干渉という。
アルトは床に二本の波形を描いた。
「波を重ねれば、大きくも小さくもできる……」
つまり、自分が作った波を別の波と組み合わせれば、単独ではできない現象も起こせるかもしれない。
例えば、音波を重ねて特定の場所だけ音を大きくする。
逆に、音を打ち消すような波を作る。
あるいは、特定の方向にだけ波を集中させる。
波は、ただ発生させればいいわけではない。
どう組み合わせるかによって、結果が変わるのだ。
さらに、波には共振という現象がある。
物体には、それぞれ揺れやすい周期がある。
ブランコを想像すればいい。
ブランコが前後に揺れているとき、その動きに合わせて力を加えると、少しずつ揺れが大きくなる。
逆に、タイミングが合わなければ、あまり揺れは大きくならない。
これが共振の基本的な仕組みだ。
建物にも、橋にも、機械にも、それぞれ固有の振動数がある。
その振動数に近い周期で力を加え続けると、振動が大きくなることがある。
アルトは自分の手を握った。
「もし、相手の身体が揺れやすい周期を見つけられたら?」
筋肉も、骨も、血液も、身体を構成する組織はすべて物質だ。
物質には弾性があり、振動する性質がある。
もし身体に適切な振動を与えられるなら、相手の動きを乱すこともできるかもしれない。
ただし、人体は単純なブランコではない。
筋肉や関節は複雑に動き、振動を吸収する。
どんな周波数でも簡単に共振するわけではない。
それでも、可能性はある。
「……まだある」
波は、進むだけではない。
反射する。
屈折する。
回折する。
反射とは、波が何かにぶつかり、跳ね返る現象だ。
音が壁にぶつかって反響するのも反射である。
屈折とは、波が異なる媒質に入ったとき、進む方向が変わる現象だ。
水中に差し込んだ光が曲がって見えるのも、光の屈折による。
回折とは、波が障害物の裏側に回り込んだり、狭い隙間を通った後に広がったりする現象だ。
音が壁の向こう側まで届くのは、この性質が関係している。
波は、障害物があれば必ず止まるわけではない。
障害物の形や大きさ、波長によって、進み方が変わる。
アルトは考えた。
「壁の向こうにいる相手にも、波を届けられる……?」
音なら可能だ。
地面を伝わる波なら、壁とは別の経路で伝えられるかもしれない。
波の種類を変えれば、攻撃の届く場所も変わる。
そして、世界には音波や水面波だけでは説明できない波も存在する。
光だ。
光は電磁波の一種である。
電磁波は、電場と磁場の変化が空間を伝わっていく現象だ。
目に見える光だけではない。
電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線。
これらはすべて電磁波であり、違いは主に周波数や波長にある。
電磁波は真空中でも伝わる。
つまり、音のように空気を必要としない。
アルトは息を呑んだ。
「空気がなくても伝わる波がある……」
もし自分が電磁波を作れるなら、音が届かない場所にも作用できる。
光を作れば、暗闇を照らすこともできる。
強い光を一点に集めれば、物体を加熱することも考えられる。
ただし、光を作ることと、物体を自在に加熱できることは別だ。
どれだけのエネルギーを持った光を、どの範囲に、どれほどの時間照射するか。
そこまで考えなければならない。
アルトは自分の能力を見つめ直した。
これまで自分は、鳴き声で相手の攻撃力を下げてきた。
しかし、それは波の可能性のほんの一部だった。
音波。
水面波。
地震波。
電磁波。
振動。
干渉。
共振。
反射。
屈折。
回折。
波を理解すればするほど、できることは増えていく。
そして、アルトは気づいた。
自分の能力には、まだ誰も気づいていない可能性がある。
能力鑑定で測定されたのは、ただの鳴き声。
だが、本当の能力は違う。
世界を構成するさまざまな変化を、波として生み出す力。
それが「鳴き声」の正体だった。
アルトは小さく笑った。
「僕は、何でも揺らせるんだ」
そのとき、隣の牢からレオの声が聞こえた。
「……何をぶつぶつ言ってるんだ?」
「ちょっと、自分の能力について考えていた」
「能力?」
「うん。僕の能力は、鳴き声じゃなかった」
アルトは壁に手を当てた。
「波だよ」
第6話 終




