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第44話 終わらない神


宇宙を覆う神々の光が、ゆっくりと形を変えた。


炎の神が消えた場所を中心に、巨大な円環が広がっていく。


円環は幾重にも重なり、星々を包み込んだ。


その内側では、星の動きが止まっていた。


燃え盛る星は燃え盛る直前の姿に戻り、崩れかけた星は崩壊する前の姿に戻る。


生まれたばかりの星も、死にかけた星も、すべてが同じ状態に固定されていく。


「なんだ、あれは……」


ゲンダが空を見上げる。


「時間を止めているわけじゃない」


アルトが答えた。


「時間は流れている。ただ、変化した結果を認めていないんだ」


「結果を認めない?」


「どれだけ変化しても、最後には元の状態に戻される。あいつの権能は、永続だ」


円環の中心から、一柱の神が降りてきた。


白い衣をまとった男だった。


年齢も性別も判然としない、整いすぎた顔。


その背後には、無数の円環が浮かんでいる。


『我が名は不朽』


『始まりも終わりも、我の前では意味を持たぬ』


不朽神が片手を上げた。


その瞬間、倒れた炎の神の残骸が動き始めた。


散った光の粒が集まり、亀裂が塞がり、炎の神の姿が再構成されていく。


「なっ……!」


カイが身構える。


だが、炎の神は以前と同じ姿に戻ったわけではなかった。


目に光がない。


ただ、燃えるという現象だけが繰り返されている。


アルトはその姿を見つめた。


「死んだものを蘇らせたんじゃない」


『その通り』


不朽神が答える。


『終わりを認めなければ、終わりは訪れぬ。お前が死を与えたところで、我がその結果を否定すればよい』


アルトの口元から笑みが消えた。


「それが、お前たちのやっていることか」


『我らは世界を維持している』


「違う。世界を閉じ込めているんだ」


『永遠に続くことの何が悪い』


不朽神の背後で円環が回転する。


『星は燃え続け、命は朽ちず、神々は永遠に存在する。争いも、喪失も、別れもない。これ以上の幸福があるか』


アルトは静かに答えた。


「お前は、何も知らないんだな」


『何?』


「終わらないことが、どれほど苦しいかを」


アルトの身体から黒い波紋が広がった。


「俺は一度、死を消した。あの世界では、傷ついた身体も、壊れた星も、燃え尽きた炎も終わらなかった」


「永遠に続く生は、地獄だ」


その言葉に、不朽神の表情がわずかに変わった。


『ならば、お前は我らを殺すというのか』


「そうだ」


『なぜだ』


不朽神は両腕を広げた。


『我らは死を拒絶しているだけだ。生き続けたいと願うことが、なぜ罪になる』


アルトは答えた。


「生き続けることは罪じゃない」


黒い波紋が強くなる。


「他のすべてを犠牲にして、自分だけが終わらないことを選ぶ。それが罪だ」


不朽神の背後にあった円環が、一斉に回転を速めた。


『ならば、お前の死を否定してやろう』


宇宙が震えた。


最初に異変に気づいたのはリナだった。


「アルト、後ろ!」


不朽神の円環から、無数の光が放たれていた。


光はアルトの身体を貫く。


しかし、血は流れない。


傷口が開いた瞬間、傷が閉じる。


閉じた瞬間、再び開く。


同じ変化が何度も繰り返されていた。


「これは……!」


セナが息を呑む。


「傷が治っているんじゃない。傷ができる前の状態に戻されている!」


アルトは自分の腕を見た。


「俺の身体に起きた変化を、全部なかったことにしているのか」


『死を与える者よ。お前自身が死を受け入れられるか試してやろう』


不朽神が指を鳴らした。


アルトの身体が消えた。


いや、消えたのではない。


アルトが存在する直前の状態へ、巻き戻されたのだ。


だが、その直前にもアルトは存在していた。


さらにその前にも。


不朽神はアルトの存在を、過去の状態へと次々に引き戻していた。


「アルト!」


リナが叫ぶ。


アルトの姿が何重にも重なり、無数の残像になっていく。


しかし、その残像は過去のアルトではなかった。


不朽神によって固定された、存在の履歴そのものだった。


「くそっ、どれが本物だ!」


ゲンダが叫ぶ。


「全部よ!」


リナが答えた。


「全部がアルトで、全部が過去の状態なの!」


リナの視界に、無数のアルトが映る。


彼女は一つひとつを観測した。


幼いアルト。


奴隷だったアルト。


魔王を倒したアルト。


神々と戦ったアルト。


そして、死になったアルト。


「見つけた……!」


リナは手を伸ばした。


「アルト! あなたは過去のどれでもない!」


彼女が選んだのは、現在のアルトだった。


無数の残像の中から、一つだけが強く輝く。


その瞬間、アルトの身体が現在へ引き戻された。


「助かった、リナ」


「まだよ!」


不朽神が再び円環を回す。


今度はアルトだけではない。


リナたちの身体にも、同じ現象が起き始めた。


ゲンダの手が工具袋に触れる。


その動作が何度も繰り返される。


セナが息を吸う。


吸った息を吐く前に、また吸い始める。


カイの境界が出現し、消え、また出現する。


全員が、同じ動作を繰り返すだけの存在に変えられようとしていた。


「リナ! 観測を続けろ!」


アルトが叫ぶ。


「分かってる!」


「ゲンダ、構造を見ろ! あの円環を支えているものを探せ!」


「任せろ!」


ゲンダは両手を広げた。


空間に浮かぶ円環を、巨大な機械として捉える。


円環は回転している。


その回転は、どこからか力を受けている。


「回転軸がある……!」


ゲンダの目に、一本の線が見えた。


「いや、違う。軸じゃない。回転そのものを維持している支点がある!」


彼は両手を握った。


空間に一本の構造線が走る。


その線が円環に触れた瞬間、回転がわずかに乱れた。


「今だ!」


アルトが動いた。


不朽神は、円環の回転が乱れたことに気づいた。


『何をした』


「お前の力がどこから伝わっているか、教えてもらった」


アルトは片手を前に出した。


彼の周囲に、無数の波が生まれる。


音波ではない。


光でもない。


空間を伝わる弾性波でもない。


あらゆる変化の伝達を表す、アルト独自の波だった。


波は円環の表面を走り、回転の周期を読み取っていく。


「お前の円環は、同じ状態を維持するために回り続けている」


アルトの指が動いた。


「回転には周期がある。周期には位相がある」


円環の回転が速くなる。


「なら、位相をずらせばいい」


アルトは波を放った。


波は円環の回転と逆方向に進み、二つの波が重なる。


干渉。


山と山が重なれば振幅は大きくなる。


山と谷が重なれば振幅は小さくなる。


アルトは円環の全周に、わずかに異なる位相の波を送り込んだ。


一周するたびに、回転の周期がずれていく。


円環の回転が乱れ始めた。


『馬鹿な……!』


不朽神が両手を広げる。


円環の乱れが修正される。


しかし、アルトの波は止まらない。


「お前は変化を否定することで永遠を作っている」


アルトの身体から黒い波が広がった。


「なら、その否定が続くことを終わらせる」


黒い波が、円環の中心へ向かう。


不朽神は初めて後退した。


『やめろ!』


「終端波」


アルトの声が響く。


「お前の永遠に、終わりを与える」


黒い波が円環に触れた。


回転が止まった。


その瞬間、宇宙のあらゆる場所で、固定されていた変化が一斉に動き出した。


止まっていた星が動き始める。


燃えかけていた星が燃える。


崩れかけていた星が崩れる。


そして、再構成されていた炎の神の残骸が、今度こそ完全に消滅した。


不朽神の身体にも亀裂が走った。


『なぜだ……』


神の声が震える。


『我は永遠だ。終わりなど、存在しない』


アルトは近づいた。


「お前の永遠は、誰かが維持していたものだ」


『違う……!』


「世界は変わり続ける。お前はその変化を拒み続けていただけだ」


アルトの手が、不朽神の胸に触れた。


「もう終わりだ」


黒い波が神の身体に入り込む。


だが、その瞬間だった。


不朽神の胸から、別の光が溢れ出した。


黒い波が押し返される。


アルトは目を細めた。


「……何だ?」


不朽神の身体が、再び元の姿に戻っていく。


亀裂が塞がる。


失われた光が戻る。


円環が止まったまま、神の身体だけが修復されていた。


『私は、死を拒絶しているのではない』


不朽神の声が響く。


『死そのものが、私には届かぬのだ』


アルトは一歩下がった。


神の身体の奥に、何かが見える。


それは光でも、波でもなかった。


不朽神という存在を、永遠に存在させるための、奇妙な結びつき。


神の身体と、宇宙そのものがつながっている。


アルトはそれを見抜いた。


「そういうことか」


『理解したか』


「お前自身が永遠なんじゃない。お前は宇宙に永遠を押しつけられている」


『我こそが永遠だ』


「違う。お前は永遠という仕組みにしがみついているだけだ」


不朽神は笑った。


『ならば聞こう』


その声が、宇宙全体に響く。


『お前が死を作ったのなら、なぜ私が死ななければならない?』


アルトは答えなかった。


不朽神は続けた。


『私は生きたい。終わりたくない。お前はその願いを否定するのか』


アルトの手が止まる。


その問いは、かつて自分自身が抱いていたものだった。


永遠に生きることは地獄だ。


そう知った。


しかし、だからといって、他者に死を押しつけていいのか。


その答えを、アルトはまだ持っていなかった。


セナが口を開いた。


「アルト」


彼女は不朽神を見つめていた。


「その神は、死を恐れているのね」


「そうだ」


「なら、あなたが死を与える理由を、もう一度考えて」


アルトはセナを見た。


「俺は、世界の循環を守るために戦っている」


「なら、世界の循環を止めているものを終わらせなさい。恐れているという理由だけで殺すのではなく」


アルトは再び不朽神に向き直った。


「お前は生きたいのか」


『そうだ』


「自分が生きるために、他の命の終わりを奪うのか」


『永遠は、すべてに与えられるべきだ』


「それは永遠じゃない」


アルトの瞳に、黒い光が宿る。


「ただの停滞だ」


彼は手を下ろした。


「お前の命を終わらせる」


不朽神の背後で、止まっていた円環が再び回り始めた。


『ならば、やってみろ』


円環が一斉に開く。


その内側から、無数の神々の影が現れた。


不朽神は、まだ一柱にすぎなかった。


その背後には、同じように永遠を求める神々が、無数に存在していた。


そして、彼らの中心に、ひときわ巨大な影が浮かび上がる。


『不朽よ。戻れ』


その声を聞いた不朽神が、頭を垂れた。


『……始祖神』


アルトは、その巨大な影を見上げた。


始祖神。


神々の永遠を支える、最初の存在。


その姿は、星々の光を集めてもなお、全体を捉えきれないほど巨大だった。


『死を名乗る者よ』


始祖神が告げる。


『お前は、世界の循環を語る』


『ならば見せてやろう』


『循環の果てに、何があるのかを』


宇宙の星々が、一斉に黒く染まった。


アルトは仲間たちを振り返った。


「みんな、来るぞ」


ゲンダが工具を握り直す。


リナはゴーグルをかけ直した。


セナは深く息を吸う。


カイは境界を展開した。


アルトは再び前を向く。


神々の戦争は、まだ始まったばかりだった。

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