第43話 終わりを知る者たち
宇宙には、星が生まれ始めていた。
まだ数えるほどしかない光の粒が、暗闇の中でゆっくりと輝いている。
その光を眺めながら、アルトは立っていた。
黒い衣が風もない空間で揺れている。
リナが、彼の背中に声をかけた。
「ねえ、アルト」
「なんだ?」
「あなた、これからどうするつもり?」
アルトは振り返った。
「神を殺す」
あまりにもあっさりした答えだった。
ゲンダが眉を寄せる。
「……また神と戦うのか」
「ああ」
「前にもやったんだろ。神々と戦って、神界の管理機構まで潰したって」
「そうだな」
「それで、今度は何が違う?」
アルトは少しだけ考えた。
「俺が変わった」
セナが尋ねる。
「死になったから?」
「それもある」
アルトは手のひらを見つめた。
「俺は、死を消した。永遠に生きられる世界を作ってしまった」
「それが、どうしていけなかったの?」
リナの問いに、アルトは答えた。
「終わらないものは、次に進めない」
彼は、遠くに浮かぶ星の光を見た。
「生き物は生まれて、成長して、やがて死ぬ。死んだものは土に還り、その一部が次の命を作る。星だってそうだ。生まれて、燃えて、終わる。その残骸から新しい星が生まれる」
「循環、か」
ゲンダがつぶやいた。
「そうだ。終わりは、ただの消滅じゃない。次の始まりにつながっている」
アルトは続けた。
「ところが神々は違う。あいつらは死を拒絶している。自分たちは永遠に生き、永遠に支配し、永遠に同じ秩序を保とうとしている」
「それが腐敗している、と?」
「そうだ」
「神々にも事情があるんじゃないかしら」
セナは慎重に言った。
「永遠に生きたいと思うこと自体は、悪いことじゃない。死にたくないと思う人間を、私は責められない」
「俺も責めていない」
「でも殺すの?」
「殺す」
アルトの返答に、セナは黙った。
「神々が永遠に生きることが問題なんじゃない。自分たちが永遠に生きるために、世界の循環を止めていることが問題なんだ」
アルトは拳を握った。
「終わるべきものが終わらない。古いものが場所を占領し続ける。新しいものが生まれる余地がなくなる。神々は世界を守っているんじゃない。自分たちの居場所を守っているだけだ」
リナが小さく息を吐いた。
「でも、あなたが死を与えるの?」
「ああ」
「誰が終わるべきか、あなたが決めるの?」
アルトは答えなかった。
リナは続ける。
「それって、以前の神々と何が違うの? 自分が正しいと思ったことを、世界に押しつけるんじゃない?」
「……」
「あなたは、世界のために神を殺すと言った。でも、世界のためって、誰が決めるの?」
アルトはリナを見た。
「その問いには、簡単に答えられない」
「珍しいね。あなたが答えに困るなんて」
「俺は死になった。だからといって、何が正しいかまで分かったわけじゃない」
アルトは視線を落とした。
「ただ、ひとつだけ分かった。終わりがなければ、始まりもない。俺はそれを知ってしまった。だから、もう永遠を守るために世界を止める連中を見過ごすことはできない」
ゲンダが腕を組んだ。
「で、神を殺した後はどうする?」
「分からない」
「おいおい」
「神々がいなくなった世界がどうなるか、俺にも分からない。神が支えていたものが崩れるかもしれない。星が壊れるかもしれない。新しい問題がいくらでも出てくるだろう」
「それでも殺すのか」
「それでもだ」
アルトはゲンダを見た。
「世界が間違った循環を続けているなら、まずそこを止める。壊れたものは、俺たちで直せばいい」
ゲンダは鼻で笑った。
「簡単に言ってくれるな。直すのは俺たちか」
「そうだ」
「神を殺すのはお前。後始末は俺たち。ずいぶん割に合わんな」
「嫌なら来なくていい」
「馬鹿言うな。誰がそんな仕事をお前一人に任せるか」
ゲンダは工具袋を叩いた。
「神が作った仕組みだろうが、世界を動かしているのは仕組みだけじゃない。歯車が一つなくなったら、別の方法で動かせばいい。俺はそういう仕事をしてきた」
「私も行くわ」
セナが言った。
「神々の戦争で、どれだけの命が失われるか分からない。あなたが死を与える存在になったからといって、私は救える命を見捨てるつもりはない」
「セナ……」
「死が必要なのと、助けられる命を助けないことは別よ」
アルトは静かにうなずいた。
リナはゴーグルを額に上げた。
「私は世界を見る。あなたが神を殺した後、何が変わったのか。何が失われて、何が生まれようとしているのか。見届ける人間が必要でしょ」
最後に、カイが口を開いた。
「俺はどうする?」
「お前は能力を失っただろ」
「そうだな。境界を作る力は、あの世界が閉じたときに消えた」
カイは自分の手を見た。
「だが、俺はもう一度戦いたい。お前の後ろに隠れているだけじゃ、ここまで来た意味がない」
アルトは仲間たちを見渡した。
「……分かった」
そのときだった。
遠くの星々が、一斉に瞬いた。
いや、瞬いたのではない。
星の光が、同じ周期で明滅し始めたのだ。
アルトの表情が変わる。
「来たか」
「何が?」
リナが空を見上げる。
無数の光が、星々の向こうからこちらへ近づいていた。
それらは星ではなかった。
人の形をした光。
神々だった。
その先頭に立つ巨大な存在が、宇宙全体に声を響かせた。
『死を名乗る者よ』
声だけで星々が震えた。
『お前が新たな死となったことは知っている』
『だが、我らは終わらぬ』
神々の背後で、無数の光が輪を描く。
星々の動きが止まり、空間そのものが固定されていく。
『この宇宙の秩序は我らが維持する』
『終わりなど必要ない』
アルトは一歩前に出た。
「やっぱりな」
『何がおかしい』
「お前たちは何も変わっていない」
アルトの右手に、黒い波紋が広がった。
「なら、終わらせる」
神々の光が一斉に膨張した。
次の瞬間、宇宙が白く染まった。
無数の光線が、こちらへ殺到する。
アルトが腕を上げる。
音もなく、彼の前に波紋が広がった。
光線が波紋に触れた瞬間、進行方向がずれる。
反射ではない。
光線を構成する波の位相が、わずかにずらされたのだ。
本来なら一点に集中するはずだったエネルギーが分散し、神々の攻撃は宇宙空間に散っていく。
「波の位相をずらしたのか……!」
ゲンダが叫ぶ。
「いや、もっと深い」
アルトは前を見たまま答えた。
「攻撃が一点に集まるという関係を切った」
そのとき、神々の一柱が前に出た。
巨大な炎の神だった。
炎は星よりも大きく膨れ上がり、周囲の空間を焼き尽くす。
『死など、我には届かぬ!』
炎の神が両腕を広げる。
燃焼を終わらせることのできない炎。
消火も冷却も意味をなさない、永遠に燃え続ける神の炎だった。
アルトは右手を握った。
「燃焼は、反応だ」
炎の内部に無数の波が走る。
「熱が伝わり、分子が運動し、反応が連鎖する。お前はその連鎖を永遠に続けている」
アルトの指が動く。
「なら、連鎖の終点を作る」
黒い波が炎の内部に入り込んだ。
一瞬、炎全体が脈打つ。
次の瞬間、燃焼反応が停止した。
炎は消えた。
いや、消えたというより、炎であり続ける変化が終わった。
神の身体に亀裂が走る。
『な、何をした……!』
「死を与えた」
神の身体が崩れ、光の粒となって散った。
その光は、二度と集まらなかった。
アルトは振り返る。
「みんな、下がっていろ」
「それは嫌だと言ったはずだ」
ゲンダが前に出る。
その瞬間、神々の攻撃が再び迫った。
今度は光ではない。
空間そのものが折り畳まれ、仲間たちを押し潰そうとしていた。
「くそっ!」
ゲンダが地面に手をついた。
そこには地面などない。
だが、彼の手の下に、無数の線が浮かび上がった。
空間を構成する線。
力を伝える線。
構造を支える線。
ゲンダの目に、それらが機械の内部構造のように見えた。
「なんだ、これは……!」
彼は直感した。
壊れた機械を直すとき、必要なのは壊れた部品を力任せに戻すことではない。
どこから力が伝わり、どこで歪み、何が全体を支えているのかを知ることだ。
ゲンダは両手を広げた。
「支点を作る!」
空間に一本の線が走る。
折り畳まれようとしていた空間が、その線を境に踏みとどまった。
まるで巨大な梁に、一本の補強材を入れたかのように。
「おおおっ!」
ゲンダの周囲に、構造線が広がっていく。
壊れかけた空間を、彼は支え始めた。
リナが目を見開く。
「ゲンダさん、あなた……!」
「説明は後だ!」
リナの視界にも変化が起きていた。
彼女には、神々の攻撃が見えていた。
光の軌跡だけではない。
攻撃が生まれる前の、無数の可能性が見えている。
右から来る攻撃。
左から来る攻撃。
そもそも攻撃が発生しない未来。
そのすべてが重なっていた。
「こんなにたくさん……!」
リナはゴーグルを外した。
「私は、どれが本物かを選ぶんじゃない」
彼女は手を伸ばす。
「どの可能性を、この世界に残すかを決める!」
無数の可能性のうち、一つが強く輝いた。
神々の攻撃が、仲間たちの手前で別の方向へ逸れていく。
リナが選んだ可能性が、現実になったのだ。
セナはその光景を見て、倒れた神の残骸に近づいていた。
炎の神の身体は、光の粒となって崩れている。
しかし、その一部がまだ微かに脈打っていた。
「まだ終わっていない……?」
セナが手を伸ばす。
その手に、奇妙な感覚が流れ込んだ。
生と死の境目。
鼓動が始まる瞬間。
鼓動が終わる瞬間。
傷が塞がる過程。
細胞が生まれ、役割を終えて消えていく過程。
彼女には、それらが一本の流れとして感じられた。
「私は……命を診てきた」
セナはつぶやく。
「生きているか、死んでいるか。それだけじゃない。今、どこへ向かっているのかを見てきた」
彼女の手のひらに淡い光が灯る。
「この命は、まだ終わるべきじゃない」
残骸の一部が、ゆっくりと形を取り戻した。
だが、炎の神そのものが蘇ったわけではない。
セナは、終わりかけていた命の一部を、ほんの一瞬だけ次へつないだのだ。
「セナ、それは……」
「一時的な処置よ。永遠にはできない。でも、次へつなぐことはできる」
そのとき、カイの足元に黒い亀裂が走った。
神々の攻撃が、仲間たちのいる空間を切り離そうとしている。
カイは両手を広げた。
「今度は、俺の番だ」
失われたはずの力が戻ってくる。
しかし以前とは違っていた。
彼が作るのは、ただ波を反射する境界ではない。
生と死。
内と外。
こちらと向こう。
異なるものが接する、その境目だった。
「境界は、隔てるためだけにあるんじゃない!」
カイの前に巨大な境界面が出現する。
神々の攻撃がそこにぶつかり、波だけが反射される。
空間を切り裂く攻撃のうち、仲間たちに届く部分だけが遮断された。
「通すものと、通さないものを決める。それが俺の力だ!」
四人の力が、同時に広がった。
構造を支えるゲンダ。
可能性を観測するリナ。
命の流れを診るセナ。
境界を制御するカイ。
アルトはその光景を見つめていた。
「……そうか」
彼は笑った。
「俺だけが死を持っているわけじゃないんだな」
リナが叫ぶ。
「何言ってるの! あなたが勝手に死になったんでしょ!」
「そうだったな」
「だったら、勝手に全部背負わないでよ!」
ゲンダが笑う。
「お前が神を殺すなら、俺たちはその後を支える。そういう話だったろ!」
セナがうなずく。
「終わらせることだけが、循環じゃない。つなぐことも、支えることも必要よ」
カイは境界の向こうを見据えた。
「行くぞ、アルト。今度は俺たちも一緒だ」
アルトは仲間たちを見た。
彼らの力は、神々を殺すための力ではない。
世界が壊れたとき、それを支え、次へつなぎ、新しい可能性を残すための力だった。
死が終わりを与えるなら、彼らはその先を担う。
アルトは再び神々へ向き直った。
「聞こえたか、神々」
黒い波紋が、彼の足元から宇宙全体へ広がっていく。
「お前たちの時代は終わりだ」
神々の光が、一斉に燃え上がった。
『ならば、全宇宙を巻き込んででも、お前を消し去る!』
アルトは静かに答えた。
「やってみろ」
その背後には、四人の仲間が立っていた。
神々の永遠を終わらせる戦争が、始まった。




