第42話 死を殺す
暗闇だった。
音もない。
光もない。
アルトは立っていた。
「……ここはどこだ?」
「死者の来る場所だ」
背後から声がした。
振り返ると、一人の男が立っていた。
黒い服を着た、どこにでもいそうな男だった。
「お前が死か?」
「そう呼ばれている」
「俺を殺したのか?」
「お前は自分で死んだ。宇宙を始めるために、自分の命を使ったのだ」
「勝手に決めるなよ。俺は宇宙を始めたかっただけだ」
「その結果、お前は死んだ」
「なら、戻せ」
「できない」
「死のくせに?」
「死は、終わらせるものだ。始めるものではない」
アルトは男を睨んだ。
「じゃあ、お前を倒せば戻れるのか?」
「倒す?」
男は小さく笑った。
「お前は自分が何と戦おうとしているのか、わかっていない」
「説明してくれよ」
「生命が生まれれば、いつか終わる。星が生まれれば、いつか消える。あらゆるものには終わりがある。私はその終わりだ」
「ずいぶん偉そうだな」
「偉いわけではない。ただ、避けられないだけだ」
男が一歩近づいた。
その瞬間、アルトの身体が崩れた。
右腕が消える。
続いて左腕。
「おいおい」
アルトは自分の身体を見た。
「何をした?」
「終わらせている」
アルトは波を起こそうとした。
しかし、何も起きない。
音も、振動も、光も生まれない。
「お前の能力は、変化を操るものだろう」
男が言った。
「だが、私の前では、その変化も終わる」
アルトは消えかけた右腕を見た。
「なるほどな」
「理解したか?」
「お前は、俺が起こした変化を終わらせている」
「そうだ」
「じゃあ、試してみるか」
アルトは男に向き直った。
「お前自身を調べさせてもらう」
「無駄だ」
「まだ何もしていないだろ」
アルトは目を閉じた。
波は生まれない。
音もない。
光もない。
だが、アルトにはもう一つの能力がある。
物と物、状態と状態を結びつける関係を操作する力。
波を発生させられないなら、波を使わずに関係を探ればいい。
アルトは男の存在を観察した。
死という存在。
死という概念。
生命の終わり。
その三つは、同じものではない。
男は死そのものではない。
死という概念を、この宇宙で実行するための存在だ。
「……見つけた」
アルトが呟いた。
「何を見つけた?」
「お前と、死という概念を結びつけている関係だ」
男の表情が変わった。
「やめろ」
「できるんだな」
「お前にはできない」
「さっきまで俺の能力を説明してくれていたのは、お前だろ」
アルトは手を伸ばした。
「俺は関係を切ることができる」
「それを切れば、何が起きるかわかっているのか」
「知らない」
「死がなくなる」
「そうか」
「生命が終わらなくなる。宇宙の秩序が崩れる」
「それは困るな」
「ならばやめろ」
アルトは男を見た。
「でも、お前を残しておく理由にはならない」
「お前は自分が何をしようとしているのか――」
「うるさい」
アルトの指が動いた。
「俺はまだ、終わっていない」
その瞬間。
男と、死という概念を結びつけていた関係が切れた。
男の身体に亀裂が走る。
「馬鹿な……」
黒い服が崩れ、輪郭がほどけていく。
「私を殺せば、死そのものが……」
「わかってる」
「宇宙から、死が失われるのだぞ!」
「わかってるって言ってるだろ!」
アルトは手を離さなかった。
男の顔が崩れた。
最後に残った口が、何かを言おうとした。
しかし、声は出なかった。
男は消えた。
死が、死んだ。
その瞬間、宇宙全体に異変が起きた。
遠い星で、寿命を迎えた生物が倒れた。
しかし、息を引き取らない。
傷ついた身体は壊れたまま、意識だけが残っている。
老いた星は崩壊を始めたが、最後の瞬間を迎えられない。
燃え尽きるはずの炎が、燃え尽きない。
終わるはずのものが、終わらない。
リナたちは、目の前の光景に言葉を失っていた。
「何が起きてるの……?」
セナが空を見上げた。
「生命活動が……終わらない?」
ゲンダが顔をしかめる。
「そんな馬鹿なことがあるか」
カイは遠くの星を見ていた。
「宇宙そのものが、おかしくなっている」
その頃、暗闇の中でアルトは立ち尽くしていた。
死は消えた。
その瞬間、宇宙全体に異変が起きた。
寿命を迎えた生物が倒れた。
しかし、息を引き取らない。
傷ついた身体は壊れたまま、意識だけが残っている。
老いた星は崩壊を始めたが、最後の瞬間を迎えられない。
燃え尽きるはずの炎が、燃え尽きない。
終わるはずのものが、終わらない。
「……何だ、これは」
アルトは宇宙を見渡した。
死がなくなった。
生命は終わらない。
苦痛も、老いも、破壊も、終わらない。
「これじゃ……」
アルトは息を呑んだ。
「永遠に続く生は、地獄だ」
死を殺した。
その結果、宇宙から終わりを奪ってしまった。
生まれることはできる。
生きることもできる。
だが、終わることだけができない。
「俺は……間違えたのか」
アルトの前に、ひとつの小さな光が浮かんだ。
それは、かつて死が立っていた場所から生まれた光だった。
光はアルトの胸に吸い込まれた。
無数の声が聞こえる。
終わらせてくれ。
もう休ませてくれ。
助けてくれ。
宇宙中の生命が、アルトに訴えていた。
アルトは膝をついた。
「わかった……」
彼は自分の手を見た。
「死が必要なんだな」
その瞬間、アルトの身体に黒い衣が現れた。
死の役割が、彼の中に流れ込んでくる。
アルトは立ち上がった。
「俺が、死になる」
宇宙のどこかで、ひとつの命が静かに終わった。




