第4話 見世物
鉱山を出発して二日目。
アルトは鉄の檻に入れられ、馬車で運ばれていた。
檻の外には商人が座っている。
「おい、鳴き声」
「……何ですか」
「お前、自分の能力の価値が分かっているか?」
アルトは答えなかった。
「攻撃力を下げる能力。実に面白い。普通の人間なら、相手を強くすることばかり考える。だが、お前は相手を弱くできる」
商人は満足そうに笑った。
「これは使い方次第で大金になる」
「僕は道具じゃありません」
「道具だよ」
商人は即答した。
「お前を買った。お前の能力も買った。お前の人生は俺のものだ」
アルトは檻の隙間から外を見た。
自由な空が広がっている。
あの空の下を、自分の足で歩く日は来るのだろうか。
三日目の夕方。
馬車は巨大な建物の前で止まった。
そこには大勢の人間が集まっていた。
歓声。
怒号。
賭けの声。
建物の壁には大きく文字が刻まれていた。
『王都地下闘技場』
商人が檻の鍵を開けた。
「降りろ」
アルトは外へ出た。
目の前には巨大な円形の闘技場が広がっていた。
観客席には何千人もの人間が座っている。
「本日の特別試合!」
司会者の声が響いた。
「鉱山からやってきた新人奴隷! 能力はなんと『鳴き声』!」
観客が笑った。
「何だそりゃ!」
「鳥でも呼ぶのか?」
「金返せ!」
アルトはうつむいた。
また笑われている。
何度聞いても慣れない。
「対するは、連勝記録を持つ剣闘士!」
闘技場の反対側から、一人の男が現れた。
大柄な男だった。
筋肉質の身体に、傷だらけの鎧。
手には幅広の剣を持っている。
観客席から歓声が上がった。
「ガルド! ガルド!」
男は剣を掲げた。
「今日は簡単な仕事だな」
司会者が笑った。
「果たして鳴き声は剣に勝てるのか!?」
観客が爆笑した。
試合開始の鐘が鳴った。
ガルドはゆっくり歩き出した。
「おい、坊主」
アルトは身構えた。
「お前、何ができるんだ?」
「……何も」
「正直でいいな」
ガルドは笑った。
「すぐ終わらせてやる」
次の瞬間、剣が振り下ろされた。
アルトは横へ飛び退いた。
剣が地面に叩きつけられる。
砂埃が舞った。
「逃げるだけか?」
アルトは息を切らしていた。
速い。
鉱山の監督官とはまるで違う。
一撃でもまともに受ければ終わりだ。
「キュイイイイイッ!」
アルトは鳴いた。
ガルドの動きがわずかに鈍る。
しかし、止まらない。
「何だ?」
ガルドは首をかしげた。
「今のがお前の能力か?」
再び剣が振られる。
アルトは地面を転がって避けた。
「なるほどな。力が入りにくい」
ガルドは剣を握り直した。
「だが、この程度なら問題ない」
アルトは驚いた。
監督官のときとは違う。
あの男は鳴き声を聞いただけで、拳を振るうことさえ難しくなっていた。
だが、ガルドは違う。
能力を受けても、まだ戦える。
鍛えられた身体と技術があるからだ。
「どうした? もう終わりか?」
ガルドが迫る。
アルトは後退した。
観客席から笑い声が起こる。
「逃げるな!」
「鳴いてみろ!」
「もっと鳴け!」
アルトは歯を食いしばった。
ガルドの剣が再び迫る。
アルトは鳴いた。
「キュイイイイイッ!」
剣が肩をかすめた。
痛みが走る。
しかし、致命傷にはならなかった。
アルトは地面に転がりながら考えた。
攻撃力が下がっている。
つまり、相手の攻撃は弱くなっている。
それでも、自分より強い。
ならば。
攻撃を受けなければいい。
避け続ければいい。
そして、相手が疲れるのを待つ。
アルトは立ち上がった。
「まだやるのか?」
ガルドが笑う。
「いい根性だ」
ガルドが踏み込んだ。
アルトは鳴いた。
「キュイイイイイッ!」
剣が振り下ろされる。
アルトは今度、逃げなかった。
両手を伸ばし、剣の側面をつかんだ。
衝撃が腕に走る。
重い。
だが、止められた。
「なっ……!」
ガルドの目が見開かれた。
アルトは剣をつかんだまま、全身で押し返した。
ガルドの足が一歩下がる。
もう一歩。
そして、体勢を崩した。
アルトは剣を横に払い落とした。
金属音が響く。
剣が地面に転がった。
「しまった!」
ガルドが拳を振り上げる。
アルトは鳴いた。
「キュイイイイイッ!」
拳が頬に当たった。
だが、弱い。
アルトは倒れなかった。
そのままガルドの胸を両手で押した。
ガルドは後ろへよろめき、地面に尻もちをついた。
闘技場が静まり返った。
アルトは荒い息を吐いていた。
勝ったのか?
自分が?
「勝者!」
司会者の声が響いた。
「勝者、鳴き声のアルト!」
観客席から歓声とブーイングが入り混じった声が上がった。
アルトは信じられないという顔で、自分の手を見つめた。
初めてだった。
自分の力で、誰かに勝った。
試合後。
商人がアルトの前に現れた。
「よくやった」
アルトは何も言わなかった。
「お前の能力、想像以上だ。まさか剣闘士を倒すとはな」
「僕は自由になれますか?」
商人は笑った。
「何を言っている?」
「勝ちました。約束通り……」
「誰が自由にすると言った?」
商人の笑顔が消えた。
「お前は商品だ。売れる商品を手放す馬鹿がどこにいる?」
アルトは拳を握った。
「次の試合は明後日だ」
商人は続けた。
「今度はもっと強い相手を用意してやる」
アルトは商人を見つめた。
「嫌です」
商人は足を止めた。
「何だ?」
「もう、あなたの言いなりにはなりません」
商人はしばらくアルトを見つめた。
そして笑った。
「面白い。少し勝ったくらいで調子に乗ったか」
商人は近くの兵士に命じた。
「こいつを地下牢に入れろ」
アルトは抵抗しなかった。
ただ、心の中で決めていた。
もう二度と、誰かに自分の人生を決めさせない。
その夜。
地下牢の隅で、アルトは膝を抱えていた。
闘技場での勝利。
あれは偶然ではない。
自分の能力は、本当に戦闘で使える。
そして、もう一つ気づいたことがある。
ガルドは強かった。
監督官よりも、ずっと強かった。
それなのに、鳴き声の効果は確かにあった。
相手が強くても、自分の能力は通用する。
アルトは小さく口を開いた。
「キュイ……」
誰にも聞こえない鳴き声。
その声は、地下牢の石壁に吸い込まれていった。
第4話 終




