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第3話 鳴き声の正体


「何をしやがった!」


監督官が怒鳴った。


アルトは地面に倒れたまま、何も答えられなかった。


自分でも分からない。


ただ、確かなことが一つあった。


監督官の拳が弱くなっている。


「ふざけやがって!」


監督官が再び拳を振り上げた。


アルトは反射的に目を閉じた。


しかし、拳は届かなかった。


監督官の腕が震えている。


「くそっ……!」


監督官はもう一度、拳を握りしめた。


「何だこれは!」


周囲の奴隷たちも異変に気づいていた。


「監督官、どうしたんだ?」


「腕でも痛めたのか?」


「黙れ!」


監督官は怒鳴った。


「お前ら、こいつを押さえろ!」


近くにいた奴隷二人がアルトに近づいた。


アルトは慌てて後ずさる。


「待ってください!」


「うるせえ!」


一人が拳を振り上げた。


アルトはとっさに叫んだ。


「キュイイイイイッ!」


男の拳がアルトの肩に当たった。


だが、痛みは予想よりもずっと小さかった。


男は目を見開いた。


「何だ……?」


もう一人が殴りかかる。


アルトは再び鳴いた。


「キュイイイイイッ!」


その拳も弱々しく、アルトの身体を揺らす程度だった。


アルトはようやく理解し始めていた。


自分の鳴き声を聞いた者は、攻撃する力が弱くなる。


それが能力の正体なのかもしれない。


「まさか……」


アルトは自分の手を見た。


何も変わっていない。


身体が強くなったわけでもない。


剣が出てきたわけでもない。


ただ、相手が弱くなっている。


「ふざけるな!」


監督官が叫んだ。


「お前ら、何をぼさっとしている!」


しかし、誰も動かなかった。


監督官は自分の拳を見つめている。


そして、アルトを睨んだ。


「お前……何をした?」


アルトは立ち上がった。


足は震えている。


身体は痛い。


それでも、今までとは違った。


初めて、目の前の男を見上げることができた。


「僕の能力です」


監督官の表情が変わった。


「何だと?」


「僕の能力は、鳴き声です」


「そんなことは知っている!」


監督官は怒鳴った。


「Eランクのゴミ能力だろうが!」


アルトは答えなかった。


そのとき、監督官が腰の鞭に手を伸ばした。


アルトは叫んだ。


「キュイイイイイッ!」


監督官の手が止まった。


鞭を握る力が弱い。


何度握り直しても、思うように力が入らない。


監督官は後ずさった。


「お前……」


初めてだった。


監督官がアルトを恐れていた。


その日の夕方。


アルトは採掘場の隅に座っていた。


周囲の奴隷たちは、遠巻きに彼を見ている。


「なあ、さっきの何だ?」


「お前、本当にあの監督官を弱らせたのか?」


「どうやったんだ?」


アルトは答えなかった。


自分でもまだ分からない。


「俺たちも助けてくれよ」


一人の男が言った。


「お前の能力なら、監督官に勝てるんじゃないか?」


アルトは男を見た。


「僕にも分かりません」


「でも、さっきは……」


「まだ、何も分からないんです」


男は舌打ちした。


「使えねえな」


その言葉に、アルトは少しだけ笑った。


つい昨日まで、自分も同じような扱いを受けていた。


誰かに助けを求めても、誰も助けてくれなかった。


今度は自分が助けを求められる側になった。


しかし、簡単に約束することはできない。


ミナとの約束を思い出した。


「いつか、必ず」


アルトは小さくつぶやいた。


翌朝。


監督官は採掘場に姿を現した。


いつものように鞭を持っている。


しかし、昨日までの余裕はなかった。


「おい、鳴き声」


アルトは顔を上げた。


「来い」


監督官はアルトを詰所に連れていった。


中には二人の男がいた。


一人は鉱山の責任者。


もう一人は商人だった。


「こいつです」


監督官がアルトを指差す。


「妙な能力を使いやがる」


商人はアルトを観察した。


「能力名は?」


「鳴き声です」


「鳴き声?」


商人は笑った。


「ずいぶん珍妙な能力だな」


責任者が尋ねた。


「どんな効果がある?」


監督官は答えた。


「俺の攻撃力を下げやがった」


商人の表情が変わった。


「攻撃力を?」


「そうだ。俺の拳がまともに振れなくなった」


商人はアルトに近づいた。


「もう一度やってみろ」


アルトは首を振った。


「嫌です」


監督官がアルトの頬を殴った。


「誰が拒否していいと言った!」


アルトは地面に倒れた。


商人はそれを見て笑った。


「なるほど。これは面白い」


責任者が尋ねた。


「商品価値はあるか?」


「あるかもしれない。だが、効果を確かめる必要がある」


商人はアルトの顎を持ち上げた。


「お前、今日から少し違う仕事をしてもらうぞ」


アルトは嫌な予感がした。


「どんな仕事ですか?」


商人は笑った。


「戦闘実験だ」


その日の午後。


アルトは鉱山の地下にある訓練場へ連れていかれた。


そこには、鎖につながれた大男がいた。


身体はアルトの倍近くある。


腕には無数の傷跡があり、背中には大きな焼き印があった。


「こいつは元傭兵だ」


商人が説明する。


「暴れすぎて普通の仕事には使えなくなった。だが、まだ力はある」


大男はアルトを見た。


「そいつを殴れ」


商人が大男に命じた。


「え?」


アルトは聞き返した。


「お前の能力を試すんだ。そいつに攻撃させろ」


「嫌です!」


「なら、お前が殴られるだけだ」


商人は淡々と言った。


「どちらにしても実験はする」


大男がゆっくりと立ち上がった。


アルトは後ずさる。


「やめてください!」


大男は何も言わない。


ただ、拳を握った。


アルトは叫んだ。


「キュイイイイイッ!」


大男の拳がアルトの目の前で止まった。


大男は自分の腕を見つめた。


「……なるほど」


初めて、大男が口を開いた。


「お前の声か」


商人が目を輝かせた。


「素晴らしい!」


責任者も驚いている。


「本当に攻撃力を下げているのか……」


商人は笑った。


「これは売れるぞ」


アルトは二人を見た。


自分の能力を認めてもらえた。


そう思った。


しかし、商人の次の言葉で、その期待は消えた。


「こいつを闘技場に出そう」


「闘技場?」


「そうだ。強者の攻撃を弱める能力者。見世物としても、実験材料としても価値がある」


商人はアルトの頭を撫でた。


「よかったな。ようやくお前にも使い道ができた」


アルトは何も言わなかった。


自分の能力が役に立つと分かった。


だが、それは自由になれるという意味ではなかった。


むしろ、今まで以上に利用されるということだった。


商人は出口へ向かった。


「準備しろ。三日後に出発だ」


アルトは拳を握った。


ミナのことを思い出す。


そして、初めて考えた。


この能力を使えば、ここから逃げられるのではないか。


いや。


逃げるだけでは足りない。


自分を売った者たち。


笑っていた者たち。


自分を道具として扱う者たち。


全員に、同じ目に遭わせてやりたい。


アルトは小さく口を開いた。


「キュイ……」


誰にも聞こえない、小さな鳴き声だった。


第3話 終

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