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第24話「つながりを断つ者」


神界の空に、無数の線が広がっていた。


アルトの周囲から伸びる線。


それは神界の床へ、壁へ、天井へ、そして軍事管理機構の巨大な身体へとつながっている。


「君の身体と腕。その関係を切った」


アルトが言う。


軍事管理機構の右腕は、床に転がっていた。


切断面からは血も流れていない。


ただ、腕と身体がつながっていた関係が失われた。


「新たな能力を確認。対象の接続関係に干渉する能力と推定」


「そう。僕もまだ詳しくは分かっていないけどね」


「分析を開始する」


軍事管理機構の無数の眼が、アルトを見つめた。


その瞬間。


床に転がっていた腕が消えた。


そして、軍事管理機構の背中から、新しい腕が生えた。


「……あれ?」


「私は単一の肉体ではない」


軍事管理機構の声が響く。


「神界全域に分散した管理機能の集合体である。お前が切断したのは、私の一部分にすぎない」


「なるほど。身体を切り離しても、別の場所から補充できるわけか」


「理解したようだな」


「じゃあ、全部切ればいい」


アルトが右手を振った。


神界の空に広がっていた線が、一斉に動く。


軍事管理機構の身体から、無数の線が切断された。


腕が落ちる。


眼が消える。


口が閉じる。


巨大な身体が崩れていく。


「どう?」


アルトは笑った。


しかし。


次の瞬間、神界の各地で警報が鳴り響いた。


「管理機能の一部停止」


「代替経路へ切り替え」


「予備管理機構、起動」


崩れた軍事管理機構の身体が、再び形を取り戻していく。


「……まだ動くのか」


「私の機能は、一つの身体に依存していない」


アルトは舌打ちした。


「面倒だな」


軍事管理機構の背後に、巨大な球体が浮かび上がった。


それは神界が管理する世界だった。


その表面には、無数の線が走っている。


線の一本一本が、世界の内部につながっていた。


人間。

動物。

植物。

海。

大地。

空。


そして、それぞれの間にある無数の関係。


アルトは目を細めた。


「何をするつもり?」


「お前の能力を解析した」


「へえ」


「お前は関係に干渉する。ならば、お前自身を構成する関係も切断可能である」


アルトの周囲に、黒い線が現れた。


その線が、アルトの身体に向かって伸びる。


「お前の身体と意識」


一本の線が切れた。


アルトの視界が揺れた。


「お前の意識と記憶」


もう一本。


「お前の記憶と過去」


さらに一本。


アルトの頭の中から、何かが抜け落ちていく。


「……何をした?」


「お前を構成する関係を切断している」


アルトは自分の手を見た。


何かを忘れている。


何を?


思い出せない。


自分は誰だった?


何のために戦っている?


「……僕は」


アルトの身体が揺れた。


軍事管理機構が告げる。


「お前をお前として成立させる関係を切断すれば、お前はお前でなくなる」


アルトは歯を食いしばった。


「……そういうことか」


自分の身体と意識。


記憶と自分。


過去と現在。


確かに、それらはつながっている。


そのつながりがあるから、自分は自分でいられる。


ならば、そのつながりを切られれば。


「僕は、僕じゃなくなる」


「肯定する」


アルトの膝が床についた。


アルトの頭の中


真っ白な教室。


黒板の前に、先生役のアルトが立っている。


机には、生徒役のアルト。


「先生」


「何だ?」


「関係って、そんなに大切なんですか?」


「例えば、お前の目の前にリンゴがあるとする」


先生役のアルトは、黒板にリンゴを描いた。


「これがリンゴだ」


「はい」


「では、これは何だ?」


先生役のアルトは、リンゴの絵を消した。


「何もありません」


「そうだ。では、次にこれを見ろ」


今度は、人間の絵を描いた。


「これは人間だ」


「はい」


「では、人間を人間として成立させているものは何だ?」


「身体です」


「身体だけか?」


「心?」


「では、心とは何だ?」


生徒役のアルトは黙った。


先生役のアルトは、黒板に絵を描いていく。


身体。

記憶。

経験。

感情。

他人との関係。


「人間は、ただの肉の塊ではない」


「でも、身体がなければ人間じゃないんじゃないですか?」


「では、記憶を失った人間は人間ではなくなるのか?」


「そんなことはありません」


「では、腕を失った人間は?」


「もちろん人間です」


「では、友人を失った人間は?」


「……人間です」


先生役のアルトはうなずいた。


「そうだ。何か一つの関係が失われたからといって、すべてが消えるわけではない」


「じゃあ、どこまで失ったら人間じゃなくなるんですか?」


「分からない」


先生役のアルトは、黒板に大きく書いた。


存在は、一つの関係だけで決まるわけではない。


「お前をお前として成立させているものは、無数の関係の集まりだ。身体と意識、記憶と経験、過去と現在。どれか一つが失われても、お前はすぐには消えない」


「じゃあ、全部切られたら?」


「そのとき、お前はどうなる?」


生徒役のアルトは答えられなかった。


先生役のアルトは、黒板の絵を指さした。


「ここが重要だ。関係を切ることは簡単だ。しかし、何が失われるのかを理解せずに切れば、取り返しがつかない」


「……」


「お前は今、関係を切る力を手に入れた。だが、切るべき関係と、残すべき関係をどうやって決める?」


アルトは目を伏せた。


先生役のアルトは続けた。


「それを決めるのは、能力じゃない」


「じゃあ、何ですか?」


「お前自身だ」


何を切るべきか


アルトは目を開けた。


軍事管理機構の黒い線が、まだ自分の身体に絡みついている。


「僕の記憶を切ったつもり?」


「お前の記憶と自己認識の接続を切断した」


「確かに、少し混乱したよ」


アルトは立ち上がった。


「でも、僕はまだここにいる」


「なぜだ?」


「全部を切られたわけじゃないからだ」


アルトは自分の胸に手を当てた。


記憶がある。


父の言葉。


騎士団長に見捨てられた日。


鉱山で出会ったミナ。


レオとの約束。


魔王との戦い。


神との対話。


すべてを覚えているわけではない。


だが、確かに自分の中に残っている。


「僕を僕として成立させているものは、一つじゃない」


アルトは軍事管理機構を見た。


「君は、僕を構成する関係を切れば僕が消えると思った」


「その通りだ」


「でも、君は一つ間違えている」


アルトは右手を上げた。


「関係には、強いものもあれば、弱いものもある。切れても別の関係が残るものもある」


軍事管理機構の眼が動いた。


「何をするつもりだ?」


「君の身体を切るんじゃない」


アルトは、軍事管理機構の背後に浮かぶ巨大な球体を指さした。


「君と、君が管理する世界の関係を見せてもらう」


アルトの目に、世界の姿が映った。


神界軍事管理機構は、単独で存在しているわけではなかった。


神々から情報を受け取る。


世界の状態を計算する。


管理方針を決定する。


神々へ命令を送る。


そして、世界に変化を反映させる。


その繰り返し。


巨大な管理システム。


世界と神々と機構は、無数の線でつながっていた。


「見つけた」


アルトはつぶやいた。


「君は、世界を管理している。でも、世界とつながっていなければ、管理できない」


「当然だ」


「情報を受け取るための関係。命令を伝えるための関係。世界に変化を起こすための関係」


アルトの指先に、一本の線が現れた。


「君が世界を支配できるのは、君と世界がつながっているからだ」


「その関係を切断するつもりか?」


「いや」


アルトは首を振った。


「切ったら、世界まで壊れるかもしれない」


軍事管理機構が沈黙した。


アルトは続ける。


「僕は、君が世界に命令する関係だけを切る」


その瞬間。


一本の線が切れた。


神界の空が揺れた。


「管理命令の伝達に異常」


「世界への反映機能、停止」


「再接続を開始」


軍事管理機構の身体が大きく震えた。


「何をした!」


「君と世界の関係を、全部切ったわけじゃない」


アルトは答えた。


「君が世界に命令するための関係だけを切った」


軍事管理機構の腕が動かなくなる。


無数の眼が閉じていく。


「そんなことが……」


「できるんだよ」


アルトは笑った。


「君は世界を管理する機構だ。でも、世界そのものじゃない」


神界に静寂が訪れた。


軍事管理機構は完全に停止したわけではなかった。


情報を受け取ることはできる。


世界の状態を観測することもできる。


だが、命令を世界に反映させることができない。


神々は動揺した。


「機構が停止したのか?」


「いや、完全停止ではない」


「では、何が起きている?」


アルトが答えた。


「君たちの上司が、世界に命令できなくなったんだよ」


因果の神が、片腕を失った身体で前に出た。


「貴様……!」


アルトは因果の神を見た。


「まだ戦うの?」


「当然だ! 機構が停止しても、我々には個別の権能がある!」


因果の神が右手を掲げる。


アルトの身体に、再び傷が生まれた。


「ぐっ……!」


「因果は管理機構だけのものではない!」


因果の神が叫ぶ。


アルトは傷口を押さえた。


「そうだったね」


アルトは小さく笑った。


「君たちは、まだ自分で戦えるんだった」


彼は右手を上げた。


因果の神の身体に、無数の線が現れる。


「今度は、君の攻撃と君自身の関係を切る」


因果の神の手が止まった。


「な……!」


「君が結果を確定させても、それを自分の攻撃として実行する関係がなければ、意味がない」


因果の神の身体が崩れた。


「馬鹿な……!」


「君の力は強いよ。でも、君も世界の中にいる」


因果の神は、光の粒となって消えた。


軍事管理機構は、停止したままアルトを見つめていた。


「対象の能力を再評価」


「新たな脅威を確認」


「脅威評価……算出不能」


アルトは、巨大な球体を見上げた。


神界が管理していた世界。


その中には、まだ人間が生きている。


彼らは何も知らない。


神々が何を考え、どのように世界を管理していたのか。


自分たちの命が、帳簿の数字として扱われていたことも。


「……君たちがやってきたことは、全部間違いだったのかな」


アルトはつぶやいた。


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


神界軍事管理機構は答えない。


アルトは、手のひらを見つめた。


関係を切る力。


世界を壊すこともできる力。


誰かを自由にすることもできる力。


「僕は、何を残せばいいんだろう」


そのとき。


神界の外側から、声が響いた。


「お前は、切ることしか考えていない」


アルトは顔を上げた。


第22話で聞いた、あの声だった。


「……また君か」


「管理機構を止めた。神々を倒した。だが、それで何が変わった?」


「人間を管理する仕組みが止まった」


「その後は?」


「……」


「管理されなくなった世界は、どうなる?」


アルトは答えられなかった。


声は続けた。


「管理を止めることと、自由を与えることは同じではない」


アルトは拳を握った。


「分かってるよ」


「本当に?」


「……」


「お前は、何を切り、何をつなぐ?」


アルトは、神界の向こうに広がる世界を見た。


そして、初めてこう思った。


自分は神を倒したかった。


神界を壊したかった。


だが、その後に何をするのか。


何を残すのか。


それを、一度も考えていなかった。


「……考えるよ」


アルトは答えた。


「今度は、ちゃんと」


声は消えた。


神界の空には、切断された無数の線が漂っていた。


その中に、一本だけ。


誰にも切られていない線があった。


それは、神界のさらに外側へと伸びていた。

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