第20話「神々の軍勢」
神界全域に警報が鳴り響いていた。
最上位管理者への攻撃を確認。
反逆者アルトを排除せよ。
無数の門が開き、そこから神々が現れる。
アルトは周囲を見回した。
「……ここが神界か」
そこには、想像していたような白い雲も、金色の宮殿もなかった。
広がっていたのは、巨大な構造物の群れだった。
空には無数の球体が浮かんでいる。
それぞれの球体の内部には、世界があった。
青い海を持つ世界。
赤い大地が広がる世界。
生命の存在しない岩石だけの世界。
巨大な植物が大陸を覆う世界。
その一つ一つが、透明な膜に包まれていた。
膜の表面には、無数の文字と数字が流れている。
人口。
資源量。
平均寿命。
生産量。
魔力量。
出生率。
死亡率。
すべてが記録されていた。
アルトは目を細めた。
「これ、全部……世界なの?」
「そうだ」
神が答えた。
「私が管理している世界の一部だ」
アルトは別の方向を見た。
そこには、巨大な建造物がそびえ立っていた。
無数の管が伸び、光が流れている。
管の内部には、人間のような姿をしたものが浮かんでいた。
「何、あれ」
「生命の管理施設だ」
「生命?」
「各世界に誕生する生命の設計、管理、調整を行う」
アルトは黙った。
さらに遠くには、巨大な倉庫のような建物があった。
その内部には、無数の光が収められている。
「死者の魂だ」
神は説明した。
「死後の魂は分類され、必要に応じて再利用される」
「再利用……?」
「記憶を消去し、別の生命として再配置する。魂の資源を無駄にする理由はない」
アルトは倉庫を見つめた。
人間が死ぬ。
魂が回収される。
記憶が消される。
そして、別の人間として生まれる。
それもまた、管理の一部なのだ。
「君たちは……」
アルトは神を見た。
「こんなことをずっとやっていたの?」
「そうだ」
「何千年も?」
「時間の概念が生まれる以前からだ」
神は淡々と答えた。
「世界は管理されなければならない。放置すれば、資源は枯渇し、生命は絶滅し、文明は崩壊する」
「だから、管理する」
「そうだ」
「そして、僕も殺す」
「そうだ」
アルトは小さく笑った。
「分かった」
そのときだった。
数千の神々が、一斉にアルトへ向き直った。
炎を司る神。
雷を司る神。
空間を司る神。
重力を司る神。
生命を司る神。
死を司る神。
それぞれが異なる権能を展開する。
「反逆者アルト」
神々の声が重なった。
「管理者への攻撃を停止せよ」
アルトは右手を上げた。
「嫌だね」
次の瞬間。
神々が一斉に攻撃を開始した。
最初に動いたのは炎の神だった。
その背後に、巨大な太陽が出現する。
太陽から放たれた熱と光が、アルトへ押し寄せた。
「燃え尽きろ」
アルトは動かなかった。
周囲の電磁波を操作する。
可視光は屈折し、赤外線は反射され、熱放射の進行方向が変わった。
太陽の光が、アルトを避けるように曲がっていく。
「なっ……!」
炎の神が目を見開いた。
アルトは指を動かした。
太陽の表面に、無数の波が走る。
「熱を奪うんじゃない。君の放射を操作しているんだ」
太陽の光が一瞬で消えた。
いや、消えたのではない。
放射されるはずだったエネルギーが、別の方向へ押し流されたのだ。
アルトが手を握る。
太陽が収縮した。
そして、爆発した。
炎の神の身体が光の中に消えた。
「一柱」
アルトはつぶやいた。
直後、雷の神が動いた。
神の頭上に無数の雷雲が現れる。
数え切れないほどの稲妻が、あらゆる方向からアルトを襲った。
しかし、雷は届かなかった。
電場と磁場の変化。
電磁波の伝播。
電荷の移動。
それらの波をアルトは読み取り、操作した。
稲妻は空中で軌道を変え、互いに衝突する。
雷の神の周囲で、巨大な電気の嵐が発生した。
「自分の力に焼かれるといい」
アルトが手を振る。
雷の神は、自らの雷に包まれて消滅した。
続いて、重力の神が手をかざした。
アルトの周囲の空間が歪む。
上下左右の概念が崩れ、アルトの身体が一点に押し潰されようとする。
「重力で押し潰すつもり?」
アルトは周囲を観測した。
空間そのものが歪んでいる。
単なる力ではない。
時空の幾何学的な構造が変化している。
「なるほどね」
アルトは両手を広げた。
周囲の空間に、波が広がる。
歪みの伝播を読み取り、重力場の変化に干渉する。
押し潰されていた身体が解放された。
「君の力も、世界に作用している現象だ」
アルトは重力の神を見た。
「なら、僕の領域だ」
重力の神の身体に、無数の振動が走る。
神の鎧が砕け、身体が崩れた。
神々の表情が変わる。
彼らは初めて理解した。
この少年は、単に強いのではない。
神々が扱う現象そのものに干渉している。
「全員で攻撃しろ!」
誰かが叫んだ。
数千の神々が、一斉に権能を解放した。
空間が裂ける。
時間が歪む。
炎が渦巻く。
氷が降り注ぐ。
雷が走る。
無数の刃が飛び交う。
アルトは両手を広げた。
「いいね」
周囲の波が重なり合う。
反射。
屈折。
干渉。
共振。
集束。
神々の攻撃が互いに干渉し、軌道を変え、威力を失っていく。
炎は氷にぶつかり、雷は空間の裂け目へ吸い込まれ、刃は互いに衝突して砕け散った。
アルトはその中心で、静かに立っていた。
「次はこっちの番だ」
無数の波が神々へ向かって放たれた。
神々の身体が次々と砕ける。
ある者は鎧を失い、ある者は腕を失い、ある者は光の粒子となって消えた。
数千いた神々の軍勢が、わずかな時間で半数以下にまで減っていく。
しかし。
「……まだいるのか」
アルトの前に、一柱の神が立っていた。
その姿は、他の神々と違っていた。
鎧も武器もない。
白い衣をまとい、ただ静かにアルトを見つめている。
「私は因果を司る神」
「因果?」
「お前が何をしようと、結果は変わらない」
因果の神が指を動かした。
その瞬間。
アルトの胸に、穴が開いた。
「……っ!」
痛みが走る。
血が飛び散った。
アルトは自分の胸を見た。
何が起きた?
攻撃は見えなかった。
波も感じなかった。
防御も間に合わなかった。
因果の神は静かに言った。
「お前は私の攻撃を受けた」
「……いつ?」
「結果が先に確定した」
神が再び指を動かす。
今度はアルトの右腕が切断された。
アルトは即座に距離を取った。
しかし、距離を取ったという事実よりも先に、切断されたという結果が存在していた。
「なるほど……」
アルトは血を押さえながら、神を見た。
「攻撃が当たる過程を無視しているのか」
「そうだ」
「避けても、反射しても、攻撃が命中したという結果が先に決まる」
「理解が早いな」
「つまり、普通の波では防げない」
「その通りだ」
因果の神が手を上げた。
アルトの身体に、次々と傷が生まれる。
腹部が裂ける。
脚が砕ける。
背中に穴が開く。
アルトは膝をついた。
「お前の能力は、現象を操作するものだ。だが私は、現象が起きた結果を操作する」
因果の神は淡々と告げた。
「お前が何をしようと、私が決めた結果から逃れることはできない」
アルトは顔を上げた。
「……それは、面白いね」
「何?」
「君は、結果を決められるんだね」
「そうだ」
「じゃあ、君が決めた結果は、どうやって世界に反映される?」
因果の神は答えなかった。
アルトは続けた。
「結果が決まる。世界がそれに従う。そういうことだよね」
「そうだ」
「でも、結果が世界に反映されるなら、その間には何かがあるはずだ」
アルトの目が光った。
「情報だ」
因果の神の表情がわずかに変わった。
「君が決めた結果が、世界に伝わる。世界がその結果を受け取る。ならば、その伝達には何らかの構造がある」
「……」
「僕は波を作れる。波を観測できる。波を操れる」
アルトは立ち上がった。
「君が結果を決めるなら、僕はその結果が世界に届く仕組みを探す」
周囲に無数の波が広がった。
因果の神が指を動かす。
アルトの心臓が止まった。
だが、次の瞬間。
心臓が再び動き始めた。
「なに……?」
因果の神が初めて驚いた。
アルトは笑った。
「結果が決まるなら、別の結果を重ねればいい」
アルトは周囲の波を操作し、因果の神が確定させた結果に干渉した。
命中したという結果。
切断されたという結果。
停止したという結果。
それらを伝える情報の構造を、無理やり歪めていく。
「そんなことが……!」
因果の神の身体に亀裂が走った。
アルトは手を握った。
「君の因果にも、干渉できる」
神の片腕が吹き飛んだ。
因果の神は後退した。
「お前は……何者だ」
「ただの反逆者だよ」
アルトは答えた。
「僕の人生を、勝手に決めないでくれる?」
そのとき。
神界全域に、新たな警報が鳴り響いた。
先ほどまでの警報とは違う。
低く、重く、神界そのものを震わせるような音だった。
戦闘を続けていた神々が、一斉に動きを止める。
因果の神も、片腕を失ったまま顔を上げた。
「……まさか」
神界の奥。
無数の建造物のさらに向こう側。
巨大な黒い扉が開き始めた。
扉の表面には、無数の文字が刻まれている。
その一つ一つが、世界の管理に関する命令だった。
管理者権限。
第一防衛線、崩壊。
第二防衛線、起動。
軍事管理機構、接続。
神々は一斉に跪いた。
アルトだけが立っていた。
扉の向こうから、巨大な影が現れる。
それは神の姿をしていなかった。
無数の腕。
無数の眼。
無数の口。
その全身に、世界の情報が流れていた。
神々を従える存在。
神界そのものを動かす存在。
その声が響いた。
「反逆者アルト」
空間が震えた。
「お前の存在を確認した」
アルトは見上げた。
「君が次の相手?」
「私は神界軍事管理機構。神々の戦力を統合し、世界の秩序を維持する存在」
「へえ」
「お前を世界から削除する」
アルトは血に濡れた口元を拭った。
そして、笑った。
「やっと面白くなってきたね」
神界の奥で、巨大な歯車が回り始めた。
第二次神界戦争が始まろうとしていた。




