第19話「神殺し」
「ようこそ、管理者の側へ」
神の言葉が、静寂の中に響いた。
アルトは俯いたまま、動かなかった。
人間は消耗品。
虫と同じ。
家畜と同じ。
管理し、繁殖させ、利用し、必要がなくなれば処分する。
それが正しいのかもしれない。
人間は自分たちの都合で他の生命を扱ってきた。
ならば、人間だけを特別扱いする理由などない。
アルトはそう考えた。
「……一つ聞いていい?」
「何だ?」
「僕がここまで考えたこと。全部、君は予想していたの?」
神は答えた。
「もちろんだ」
「僕が人間を守ろうとしたことも?」
「予測していた」
「自分の行動に矛盾を感じたことも?」
「予測していた」
「人間を消耗品だと認めたことも?」
「そうだ」
アルトは顔を上げた。
「じゃあ、僕が今、君を殺したいと思っていることも?」
神は微笑んだ。
「それも予測している」
その瞬間。
アルトの周囲に、無数の文字が浮かび上がった。
文字は光となり、空間を埋め尽くす。
それは神の管理記録だった。
アルトの名前。
能力鑑定の結果。
騎士団長による売却。
鉱山での労働。
ミナとの出会い。
ミナの死亡。
闘技場での戦闘。
魔王との戦い。
そして、神との対話。
すべてが記録されていた。
「これは……」
「お前の人生だ」
神は指を動かした。
記録の一部が拡大される。
そこには、アルトが初めて能力を発動した瞬間があった。
『キュイイイイイッ!』
「お前が能力を発現させたことも、魔王を倒したことも、私と対話することも、すべて管理記録に存在している」
「……」
「お前は特別な存在ではない。私の計画の中で生まれ、成長し、変化した一個体だ」
神は続けた。
「そして、お前が私の思想に疑問を抱き、最終的に同じ結論へ至ることも計算していた」
「何のために?」
「後継者を作るためだ」
神の背後に、巨大な門が現れた。
門の向こうには、無数の世界が広がっている。
星々。
大陸。
海。
無数の生命。
そのすべてが、神の管理下にあった。
「私は永遠に管理者であり続けることはできない。管理には判断が必要だ。判断には思考が必要だ。思考には変化が必要だ」
「だから僕を?」
「そうだ。お前は私に反発した。私を否定した。だが、最終的には私と同じ結論に到達した」
神はアルトを見た。
「お前は優秀な後継者だ」
アルトは笑った。
小さく。
静かに。
そして、次第に笑い声が大きくなった。
「はは……」
神は不思議そうに見つめる。
「何がおかしい?」
「いや……」
アルトは顔を上げた。
「面白いなと思って」
「何がだ?」
「僕はずっと、自分で考えていると思っていた」
「実際に考えていた」
「でも、その考え方も、結論も、君の計画の一部だった」
「そうだ」
「僕が君を否定したことも?」
「そうだ」
「僕が君に反逆することも?」
「そうだ」
アルトの笑顔が消えた。
「じゃあ、僕には何もないじゃないか」
「何?」
「僕の怒りも、悲しみも、憎しみも。全部、君のものだ」
「お前の感情はお前のものだ。しかし、その発生と変化は予測できる」
「違う」
アルトは首を横に振った。
「それは違うよ」
「何が違う?」
「僕が何を考えるか、君が予測できることと、僕の考えが君のものだということは違う」
「予測できるものに、自由など存在しない」
「……そうか」
アルトは、ようやく理解したようにうなずいた。
「君は、僕を管理していたんじゃない」
「何?」
「僕という存在を、最初から君の所有物だと思っていたんだ」
神の表情から、笑みが消えた。
アルトは続けた。
「人間を家畜だと言ったね。虫と同じだと」
「ああ」
「なら、君は何なんだ?」
「私は管理者だ」
「誰が決めた?」
「私だ」
「なぜ?」
「私が世界を管理しているからだ」
「それは理由になっていない」
アルトは一歩踏み出した。
「君は、自分が管理者であることを当然だと思っている。人間には自由がないと言いながら、自分には自由があると思っている」
「私は人間ではない」
「そうだね」
アルトの声が低くなる。
「でも、君も一つの個体だ」
神の周囲に浮かぶ文字が、わずかに揺れた。
「君も世界の中に存在している。君も何かに依存している。君も何かを必要としている。君だって、交換可能なんじゃないの?」
「私を代替できる存在はいない」
「じゃあ、君を殺せばいい」
沈黙。
アルトは右手を上げた。
「僕の人生を返せ」
「何?」
「僕の人生を、君の帳簿から消せ」
「それは不可能だ」
「なら、帳簿ごと燃やす」
神は首を横に振った。
「愚かなことを。お前は自分が何をしようとしているのか理解しているのか?」
「理解しているよ」
「私を殺せば、世界の管理機構が停止する。生産は崩壊し、秩序は失われ、無数の生命が死ぬ」
「それでもいい」
「お前が守ろうとした人間も死ぬぞ」
「それでもいい」
「お前自身も消滅する可能性がある」
「それでもいい」
アルトは笑った。
今度は、まったく楽しそうではなかった。
「だって、君がいる限り、僕の人生は君のものなんだろ?」
神が手をかざした。
「交渉は終了だ」
その瞬間、空間に赤い文字が浮かび上がった。
管理者候補:アルト
状態:反逆
処置:強制排除
「お前は自分の存在を過大評価している」
神の声が響いた。
「私に逆らうことはできない」
「そうかな?」
アルトの周囲に、光が集まった。
「僕は波を操る」
神の目が細くなる。
「それがどうした?」
「音も、光も、電磁波も、物質を伝わる振動も。君が世界を管理するために使っている情報も、全部波だ」
「……」
「君が何を考えているか、何を計算しているか。どんな命令を出しているか。それを伝えているものも、すべて波だ」
アルトは指を鳴らした。
世界が震えた。
「君の管理システムも、例外じゃない」
神の背後にある巨大な門が軋んだ。
「やめろ」
初めて、神の声に焦りが混じった。
「その先は管理領域だ。お前が干渉してよい場所ではない」
「誰が決めた?」
アルトの瞳が光った。
「君か?」
次の瞬間。
神の背後にあった門が、内側から砕け散った。
無数の光が降り注ぐ。
神の管理領域。
世界を監視する無数の眼。
生命の誕生と死を記録する帳簿。
運命を計算する演算機構。
そのすべてが、波の奔流に飲み込まれていった。
神は初めて後退した。
「貴様……!」
「さあ、始めようか」
アルトは右手を神へ向けた。
「神殺しだ」
そして、神界全域に警報が鳴り響いた。
最上位管理者への攻撃を確認。
全神格に通達。
反逆者アルトを排除せよ。
無数の門が開いた。
そこから現れたのは、神々だった。
炎を司る神。
時を司る神。
空間を司る神。
生命を司る神。
死を司る神。
重力を司る神。
因果を司る神。
神々はそれぞれの領域を背負い、アルトを取り囲んだ。
その数、数千。
神は言った。
「最後の機会だ。跪け」
アルトは神々を見回した。
そして、笑った。
「多いね」
両手を広げる。
「ちょうどいい」
世界が、再び震えた。
「全員まとめて相手をしてあげるよ」
神界戦争が始まった。




