↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/57

第16話「魔王討伐軍」


魔王が討たれた。


その報せは、瞬く間に世界中へ広がった。


三百年にわたり人類を恐怖に陥れてきた魔王が、ついに滅びたのだ。


人々は歓喜した。


だが、その歓喜は長く続かなかった。


魔王を倒した者が、新たな魔王になった。


その名はアルト。


かつてEランクと鑑定され、騎士団から追放され、奴隷商人に売られた少年だった。


人類は恐怖した。


新たな魔王が、かつての魔王よりも強い可能性がある。


そして各国は、決断した。


新たな魔王が世界を支配する前に、討伐しなければならない。


王都。


大聖堂の会議室には、各国の代表が集まっていた。


「魔王アルトを討伐する」


王が宣言する。


「各国の騎士団、魔導師団、聖教会の戦力をすべて投入する。総勢三万。これをもって魔王を討つ」


「三万でも足りるでしょうか」


一人の将軍が尋ねた。


「魔王は一人だ」


王は答えた。


「数で押し切る」


その場にいた者たちは頷いた。


だが、誰もが内心では不安を抱えていた。


三百年前の魔王は、世界の半分を滅ぼした。


そして今度の魔王は、その魔王を倒した存在なのだ。


「勇者はどうだ?」


王が尋ねる。


「出陣の準備は整っています。聖剣もすでに覚醒しています」


「賢者は?」


「参加します。大魔法の準備も完了しています」


「よし」


王は立ち上がった。


「人類の総力をもって、魔王を討つ!」


その頃、アルトは魔王城の玉座に座っていた。


「魔王様」


一匹の魔物が跪いている。


「人間たちが軍を集めているようです」


「へえ」


アルトは興味なさそうに答えた。


「何人くらい?」


「約三万です」


「三万か。多いね」


「いかがいたしましょう。こちらも魔物の軍勢を集めますか?」


アルトは少し考えた。


「いや、いいよ」


「よろしいのですか?」


「僕一人で行く」


魔物は顔を上げた。


「しかし、魔王様!」


「大丈夫。ちょっと話をしてくるだけだから」


アルトは玉座から立ち上がった。


「それに、人間たちにも見せてあげたいんだ」


「何を、でございましょう?」


アルトは笑った。


「僕の能力が、どれくらいすごいのか」


王都郊外。


三万の軍勢が集結していた。


騎士団。


魔導師団。


聖教会の聖騎士。


各国から集められた精鋭たち。


その中央には、一人の若い男が立っていた。


勇者だ。


手には聖剣。


その刀身は、太陽のように輝いている。


「魔王が来るぞ!」


兵士の声が響いた。


全員が前方を見た。


荒野の向こうから、一人の少年が歩いてくる。


黒い外套。


額には黒い紋章。


武器は持っていない。


護衛もいない。


ただ一人。


「……あれが魔王?」


兵士の一人が呟いた。


「子供じゃないか」


「ふざけるな。あれが三百年前の魔王を倒したというのか?」


アルトは軍勢の前で立ち止まった。


「こんにちは」


その声は、驚くほど穏やかだった。


「僕がアルトだよ」


勇者が一歩前に出た。


「魔王アルト! 人類の平和のため、ここでお前を討つ!」


「そうなんだ」


アルトは首を傾げた。


「僕、君たちを襲うつもりはないんだけど」


「魔王の言葉など信じられるか!」


「そっか」


アルトは少し残念そうにした。


「じゃあ、仕方ないね」


勇者が聖剣を掲げた。


「全軍、構え!」


三万の兵士が一斉に武器を構える。


「弓兵、放て!」


空が矢で埋め尽くされた。


数千本の矢が、一斉にアルトへ降り注ぐ。


だが。


アルトは動かなかった。


矢は彼の頭上数メートルで、すべて停止した。


一本残らず。


空中に浮かぶ無数の矢。


アルトはそれを見上げた。


「すごい数だね」


指を軽く動かす。


矢が一斉に向きを変えた。


「返すよ」


矢が弓兵たちの頭上を通り過ぎ、彼らの背後の地面に突き刺さった。


兵士たちは悲鳴を上げた。


「何だ今のは!」


「矢が止まったぞ!」


「魔法か!?」


アルトは答えなかった。


次に魔導師団が動いた。


「火炎魔法、発動!」


巨大な炎の球がいくつも生まれる。


「氷結魔法!」


鋭い氷柱が空を覆う。


「雷撃魔法!」


無数の雷が地面を走る。


三属性の魔法が、一斉にアルトへ襲いかかった。


だが、アルトの前で炎は消え、氷は砕け、雷は地面へと流れていった。


「そんな……」


魔導師の一人が呟く。


「魔法が効かない?」


アルトは手をかざした。


すると、魔導師たちの杖が一斉に震え始めた。


「な、何だ!?」


杖の内部に組み込まれた魔石が、共振を始める。


次々と杖が砕けた。


「馬鹿な! 魔石が!」


「魔法が使えない!」


アルトは小さく頷いた。


「なるほど。魔法も波として扱えるんだね」


まるで新しい発見をした子供のようだった。


「怯むな!」


勇者が叫んだ。


「全軍、突撃!」


三万の兵士が一斉に走り出した。


地面が揺れる。


砂煙が舞う。


その先頭に勇者がいた。


聖剣を構え、一直線にアルトへ向かう。


「魔王おおおお!」


聖剣が振り下ろされる。


しかし、剣はアルトに届かなかった。


勇者の腕が止まった。


「なっ……!」


剣の刀身が細かく震えている。


アルトはその剣を眺めた。


「綺麗な剣だね」


「離せ!」


「でも、ちょっと振動させると……」


聖剣に微細な振動が走る。


ピシッ。


刀身に亀裂が入った。


「嘘だろ……」


ピシッ、ピシピシッ。


次の瞬間。


聖剣は粉々に砕け散った。


勇者は剣の柄を握ったまま、呆然と立ち尽くした。


「聖剣が……」


アルトは勇者の横を通り過ぎた。


「ごめんね。悪気はなかったんだ」


その背後で、聖剣の破片が地面に落ちた。


「大魔法を使う!」


賢者が叫んだ。


彼の周囲に、巨大な魔法陣が展開される。


空が暗くなる。


雲が渦を巻き、地面が震え始めた。


「全軍、退避!」


兵士たちが後退する。


魔法陣の中心に、巨大な光球が生まれた。


「消え去れ、魔王!」


光球が放たれる。


その瞬間。


アルトが空を見上げた。


「大きいね」


そして、指を一本立てる。


光球の表面に、無数の波紋が広がった。


「でも、ちょっと無駄が多いかな」


アルトが指を動かす。


光球が変形した。


巨大な光の塊は、細長い帯となり、空中で何重にも折り畳まれていく。


そして。


賢者の頭上に、巨大な光の輪が形成された。


「な、何をした!」


「波を重ねただけだよ」


アルトが指を弾く。


光の輪が一斉に収縮した。


ドォォォォン!


大爆発。


賢者の魔法陣が消滅し、地面に巨大なクレーターができた。


賢者はその場に倒れた。


「そ、そんな……」


アルトは首を傾げた。


「今の、結構強かったね」


三万の軍勢は、完全に混乱していた。


矢は通じない。


魔法は通じない。


聖剣は砕かれた。


大魔法も無効化された。


それでも、兵士たちは逃げられなかった。


後方には王の軍旗。


前方には魔王。


その間に挟まれ、誰も動けない。


アルトはゆっくりと歩いた。


「もう終わり?」


その声に、兵士たちが震えた。


「まだだ!」


一人の男が叫んだ。


「魔王を倒せ!」


だが、その声は弱々しかった。


アルトは男を見た。


「君たち、僕を倒したらどうするつもりだったの?」


誰も答えない。


「僕が死んだら、世界は平和になる?」


沈黙。


「それとも、次の魔王が現れるのを待つの?」


兵士たちは目を伏せた。


アルトは空を見上げた。


「僕はね、もう誰にも奪われたくないんだ」


その言葉とともに、地面が震えた。


アルトの周囲に無数の光点が生まれる。


「でも、君たちが僕を殺しに来るなら、話は別だよ」


光点が増えていく。


「HIFU」


アルトの周囲に、幾千もの焦点が形成された。


今度は魔王の身体ではない。


軍勢の前方、広大な荒野の地面。


「高密度焦点式超音波。複数の波を一点に集束させる」


アルトが手を下ろす。


「見ていてね」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


大地が爆ぜた。


轟音とともに、軍勢の目の前に巨大な亀裂が走る。


土砂が空高く舞い上がり、地面が大きく陥没した。


兵士たちは全員、その場に立ち尽くした。


誰も死んでいない。


しかし、誰一人として前に進めなかった。


「これ以上は進ませないよ」


アルトは言った。


「次は、君たち自身に当てる」


そのとき、軍勢の後方から一人の老人が歩み出た。


白いローブ。


胸元には鑑定士の徽章。


老人はアルトを見つめ、震える声で呟いた。


「そんな……」


アルトは老人を見た。


「……あれ?」


老人の顔を思い出す。


「君、もしかして」


老人は膝をついた。


「アルト様……」


かつて、能力鑑定の日にアルトをEランクと判定した鑑定士だった。


「あなたは……あのときの少年……」


アルトは頷いた。


「久しぶり」


老人の顔が青ざめる。


「そんなはずはありません。あの能力は、確かにEランクだった。攻撃力も、防御力も、身体強化もない。魔力反応もほとんどなかった……」


「うん」


アルトは笑った。


「君の鑑定ではね」


老人は地面に額をつけた。


「申し訳ありませんでした!」


「謝らなくていいよ」


「え……?」


「君は間違ってないんだ」


老人が顔を上げる。


アルトは続けた。


「君は、僕の能力を測った。でも、僕の能力が何なのかは分からなかった」


老人は何も言えなかった。


「僕も分かってなかったんだから」


アルトは軍勢を見渡した。


「でも、もう分かったよ」


額の黒い紋章が輝く。


「僕の能力は、世界中の波を操る力だ」


その場にいた全員が、アルトを見つめていた。


三万の軍勢。


各国の精鋭。


勇者。


賢者。


そして、かつてアルトをEランクと判定した鑑定士。


誰もが理解した。


自分たちが相手にしているのは、もはや人間ではない。


アルトはゆっくりと背を向けた。


「今日は帰るよ」


「ま、待て!」


王の使者が叫んだ。


「お前はこれからどうするつもりだ!」


アルトは振り返らなかった。


「どうもしないよ」


「人類を支配するつもりか!」


アルトは少しだけ考えた。


「今のところはないかな」


そして、最後に言った。


「ただ、僕の邪魔をしないでね」


その瞬間、アルトの姿が消えた。


残された三万の兵士たちは、誰一人として歓声を上げなかった。


勝利したわけでも、敗北したわけでもない。


ただ、圧倒的な力の差を見せつけられた。


人類は初めて知った。


魔王とは、何なのか。


そして、自分たちが新たに生み出してしまった存在が、どれほど恐ろしいものなのかを。


魔王城。


アルトは玉座に戻っていた。


「魔王様」


配下の魔物が跪く。


「人間たちはどうなりましたか?」


「帰っていったよ」


「全滅させなかったのですか?」


アルトは笑った。


「だって、全員殺したら話ができないでしょ」


魔物は深く頭を下げた。


アルトは玉座の背もたれに身体を預ける。


「さて……」


彼は窓の外を見た。


「次は、何をしようかな」


世界はまだ知らない。


新たな魔王が、人類を滅ぼすことよりも、世界そのものを変えることに興味を持ち始めていることを。


その少年の名は、アルト。


かつてEランクと呼ばれた、世界最強の魔王だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。