第13話「すべてを貫く波」
「レオ!」
アルトは瓦礫の山に駆け寄った。
反射波から推測した場所。
そこには、大きな石材に押しつぶされそうになりながら、倒れているレオの姿があった。
「レオ! しっかりしろ!」
「……アルト?」
かすかな声が返ってきた。
生きている。
「今、助ける!」
アルトは両手を瓦礫に向けた。
石を持ち上げようとする。
だが、重すぎる。
「くっ……!」
身体強化の能力など持っていない。腕力でどうにかできる重量ではなかった。
「待てよ……」
アルトは瓦礫に手を触れた。
石の内部に波を送り込む。
表面で反射する波。
内部を通り抜ける波。
それぞれの反応を感じ取る。
石材の厚さ、亀裂の位置、内部の空洞。
「ここだ!」
アルトは一点に波を集中させた。
石の内部で振動が強まる。
ピシッ。
小さな亀裂が走った。
もう一度。
今度は周波数と位相を調整する。
ピシッ、ピシピシッ!
石材に亀裂が広がり、ついに大きな塊が崩れ落ちた。
「レオ!」
アルトはレオを引きずり出した。
「お前……何をしたんだ?」
「説明は後だ。立てるか?」
「なんとか……」
レオの肩を支え、アルトは周囲を見渡した。
そのときだった。
「ほう」
聞き覚えのある声。
アルトの身体が硬直した。
振り返る。
そこには、魔王が立っていた。
「瓦礫を砕いたか。少しは使い方を覚えたようだな」
「……お前」
魔王は笑っていた。
「だが、それで何ができる?」
アルトはレオを安全な場所へ移動させた。
そして魔王に向き直る。
「試したいことがある」
「ほう?」
「今までの僕は、波を放つことばかり考えていた。でも、違った」
アルトは両手を広げた。
「波は、ぶつけるだけじゃない。調べることもできる」
魔王は興味深そうに目を細めた。
「それで?」
「お前の身体を調べさせてもらった」
「何?」
「さっきから、少しずつ波を送っていた。お前に気づかれないように、弱い波を何度もな」
アルトは魔王の胸を指さした。
「お前の身体は、場所によって波の反射の仕方が違う。表面だけじゃない。内部にも、波の伝わり方が違う部分がある」
魔王は何も答えなかった。
「人間の世界には、超音波検査という技術がある」
アルトは説明を始めた。
「人間の耳には聞こえないほど高い周波数の音を身体に送り込む。すると、身体の内部にある組織の境界で波が反射する。その反射波を調べれば、身体の内部を画像にできる」
超音波は音波の一種だ。
音波は、空気や水、固体などの媒質を伝わる振動である。
周波数が高くなると、波長は短くなる。
波の速さを (v)、周波数を (f)、波長を (λ) とすると、
v=f×λ
波長が短いほど、小さな構造を識別しやすくなる場合がある。
ただし、周波数を高くすれば何でも解決するわけではない。
一般に、周波数が高い音波ほど物質に吸収されやすく、遠くまで届きにくくなる。
つまり、細かいものを調べようとすると、深い場所まで届かなくなるという問題がある。
医療用の超音波検査では、観察したい深さに応じて周波数を選ぶ必要がある。
そして、超音波にはもう一つの使い方があった。
それは、観測ではなく攻撃。
高密度焦点式超音波。
HIFUと呼ばれる技術だ。
複数の超音波を特定の場所に集中させることで、その一点に大きなエネルギーを与える。
医療では、身体の表面を大きく傷つけずに、内部の狙った領域を加熱するために使われることがある。
「つまり……」
アルトは魔王を睨んだ。
「波を一点に集中させれば、外側から攻撃しなくても、内部に直接エネルギーを与えられる!」
魔王の表情が変わった。
「面白い」
「今までの攻撃は、表面で消されていた。でも、僕はもう、お前の表面を狙わない」
アルトは両手を握りしめた。
「お前の内部を狙う!」
「やってみろ」
魔王は両腕を広げた。
「その程度の小細工で、私を傷つけられると思うのならな」
アルトは目を閉じた。
まず、魔王に向けて微弱な波を放つ。
反射波を受け取る。
胸部。
腹部。
腕。
脚。
それぞれの位置から戻ってくる波を分析する。
一度では分からない。
だから、周波数を変える。
方向を変える。
波長を変える。
何度も観測し、反応を比較する。
そして、魔王の身体の内部に、波の伝わり方が周囲と異なる領域を見つけた。
「見つけた……!」
アルトはその場所に意識を集中させた。
波を発生させる。
今度は一つではない。
異なる方向から、複数の波を送り込む。
それぞれの波の位相を調整する。
目標地点では波の山と山が重なるように。
目標地点の手前では、できるだけエネルギーが集中しないように。
波の干渉を利用して、一点にエネルギーを集める。
「いけえええええええっ!」
キュイイイイイイイイイイイッ!
空気が震えた。
だが、音は魔王の身体に届く前に消えた。
魔王は笑っている。
「無駄だ!」
その瞬間。
魔王の胸が、わずかに跳ねた。
「……?」
魔王の笑みが消える。
アルトは目を見開いた。
効いた。
今までと違う。
波が魔王の内部に届いたのだ。
「ぐっ……!」
魔王が一歩、後退した。
その胸元に、黒い亀裂のような模様が走る。
「何をした……?」
初めてだった。
魔王が驚いた声を出したのは。
アルトは息を切らしながら答えた。
「お前の身体の中に、波を集中させたんだ」
魔王は自分の胸に手を当てた。
「外側は無傷だ。だが……内部に衝撃が走った」
「そうだ。お前がどれだけ外側の波を消せても、僕はお前の内部を狙った」
アルトは笑った。
「波は、表面を叩くだけのものじゃない!」
魔王の周囲に、黒い魔力が渦巻き始めた。
「……小賢しい」
魔王の声が低くなる。
「人間ごときが、私の身体に触れたというのか」
「触れたさ」
アルトは一歩踏み出した。
「お前の身体の中までな!」
魔王が右手を振り上げた。
巨大な黒い衝撃がアルトに迫る。
アルトは横に跳んだ。
衝撃が背後の瓦礫を吹き飛ばす。
「まだだ!」
アルトは今度は地面に波を放った。
地面を伝わる弾性波。
魔王の足元で波が広がる。
しかし、魔王はそれを消そうとした。
「無駄だと言ったはずだ!」
「分かってる!」
アルトは叫んだ。
「だから、地面を攻撃しているんじゃない!」
地面に伝わった波を、魔王の身体に集中させる。
さらに、複数の方向から波を重ねる。
魔王の足元で、石材が砕け散った。
その衝撃が、魔王の身体に伝わる。
「ぐっ!」
魔王の膝がわずかに沈んだ。
アルトは続ける。
「波は、伝わる場所によって性質が変わる! 反射もする! 吸収もされる! だからこそ、僕はお前の身体を調べた!」
アルトの周囲に、無数の波が生まれる。
「ただ強い波をぶつけるだけじゃない!」
両手を突き出した。
「お前に届く波を作る!」
再び、魔王の身体が揺れた。
今度は胸部。
続いて腹部。
さらに脚。
魔王は腕を交差させた。
「小僧……!」
その身体から、黒い光が噴き出す。
アルトの波が次々と消されていく。
だが、魔王の動きは明らかに鈍くなっていた。
「はあっ……はあっ……!」
アルトの息が荒くなる。
波を観測し、分析し、狙った場所に集中させる。
それを同時に行うのは、想像以上に負担が大きかった。
しかし、確かな手応えがある。
魔王に攻撃が通じている。
「なるほど……」
魔王がゆっくりと顔を上げた。
「確かに、先ほどの攻撃とは違う」
その身体から、黒い魔力が立ち上る。
「だが、忘れるな」
魔王の目が赤く輝いた。
「お前が観測しているのは、私が見せているものにすぎぬ」
次の瞬間。
アルトが感じ取っていた反射波が、すべて消えた。
「なっ……!」
魔王の身体から、何も返ってこない。
位置も、内部構造も、何も分からない。
「観測できぬものを、どうやって狙う?」
魔王の姿が揺らいだ。
「くっ!」
アルトは咄嗟に後ろへ飛んだ。
直後、目の前の地面が爆発した。
魔王の攻撃だった。
「まだまだだな、小僧」
魔王は笑った。
「だが、今の一撃は認めてやろう」
アルトは荒い呼吸を繰り返しながら、魔王を見つめた。
初めて、魔王に傷を与えた。
それは間違いない。
だが、魔王はまだ立っている。
そして今、観測そのものを封じられた。
アルトは拳を握った。
「……いいさ」
顔を上げる。
「次は、お前が隠しているものまで暴いてやる」
魔王は楽しそうに笑った。
「期待しているぞ」
崩壊した闘技場に、再び静寂が訪れた。
アルトはまだ知らない。
自分が今、魔王に与えた傷が、三百年前の勇者でさえ到達できなかった領域への第一歩だったことを。




