第12話「世界を聴く」
瓦礫の中に、アルトは座り込んでいた。
目の前には、崩れ落ちた闘技場。
かつて大勢の観客で埋め尽くされていた場所は、今や巨大な墓場のようになっていた。
「僕は……何も知らなかった」
波を作ることができる。
音も、光も、赤外線も。
周波数も、波長も、振幅も変えられる。
それなのに、魔王には何一つ通用しなかった。
波を作ることと、波を理解すること。
その間には、想像していたよりも遥かに大きな隔たりがあった。
「レオ……」
アルトは瓦礫の向こうを見た。
レオは、あのとき魔王に吹き飛ばされた。
生きているのか。
どこにいるのか。
目視できる範囲には、姿がない。
「くそっ……!」
立ち上がろうとしたとき、アルトは足元の石に手をついた。
その瞬間、ふと思った。
波は、何かを壊すためだけのものなのだろうか。
「……待てよ」
アルトは顔を上げた。
「波って、情報を運ぶんじゃないか?」
波は、物体を揺らす。
しかし、それだけではない。
波は、情報を運ぶこともできる。
例えば、音。
人間は声を出し、空気を振動させる。
その振動が耳に届き、鼓膜を揺らす。
脳がその振動を処理することで、言葉として認識できる。
つまり、人間は音波を利用して情報をやり取りしている。
遠くにいる人間の声が聞こえるのも、音波が情報を運んでいるからだ。
「そうか……」
アルトは瓦礫に手を置いた。
「波は、伝えるだけじゃない。調べることにも使えるんだ」
そのとき、頭の中に一つの知識が浮かんだ。
前世の記憶。
医療機関で行われる超音波検査。
人間の身体に超音波を送り込み、内部から返ってくる反射波を利用して、身体の中を画像にする技術だ。
超音波とは、人間の耳には聞こえないほど高い周波数の音波である。
音波を身体に送り込むと、組織と組織の境界で一部が反射する。
例えば、筋肉と脂肪の境界。
血液と血管の境界。
臓器と周囲の組織の境界。
それぞれの境界では、音波の一部が反射し、残りは奥へと進んでいく。
反射して戻ってきた波を受信し、その時間や強さを調べる。
音波が往復する時間が分かれば、反射した場所までの距離を推定できる。
音速を (v)、往復にかかった時間を (t)、距離を (d) とすると、
[d=\frac{vt}{2}]
二で割るのは、波が対象まで進み、再び戻ってくるからだ。
これを利用すれば、目で見えない身体の内部を調べられる。
「波を送って、返ってきた波を調べる……」
アルトは自分の手を見つめた。
「僕にもできるんじゃないか?」
試してみる。
まずは小さな波。
足元の瓦礫に向けて、短い音波を発生させた。
キュッ。
波が石にぶつかり、反射する。
アルトは意識を集中させた。
だが、何も分からない。
「……駄目か」
もう一度。
今度は周波数を変える。
キュッ。
やはり分からない。
「何が違うんだ……?」
アルトは考えた。
波を作るだけでは駄目だ。
返ってきた波を受け取らなければならない。
自分が作った波が、どこで反射し、どのように戻ってくるのか。
その変化を感じ取る必要がある。
「聞くんだ……」
アルトは目を閉じた。
今までは、波を外へ放つことばかり考えていた。
今度は、外から戻ってくる波に意識を向ける。
もう一度、短い波を発生させた。
キュッ。
何かが返ってきた。
ほんのわずかな変化。
だが、確かに感じる。
「これが……反射波?」
アルトは息を止めた。
もう一度試す。
今度は、少し離れた瓦礫に向けて波を放つ。
返ってくるまでの時間が長くなった。
近くの石に向けると、すぐに返ってくる。
遠くの壁に向けると、遅れて返ってくる。
「距離が分かる……!」
アルトの目が見開かれた。
波は、ただ物体を揺らすだけではない。
反射して戻ってくるまでの時間を調べれば、物体までの距離が分かる。
そして、波の強さや形の変化を調べれば、物体の性質についても情報が得られる。
アルトは、瓦礫の山に向けて波を放った。
短い波を何度も繰り返す。
返ってくる波を、一つずつ感じ取る。
最初は何も分からなかった。
しかし、少しずつ、何かが見えてくる。
手前に大きな岩。
その奥に空洞。
さらに奥には、崩れた壁。
「これは……」
アルトは目を閉じたまま、頭の中に瓦礫の配置を描いた。
見えているわけではない。
波が返ってくる時間と、その強さから、物体の位置や形状を推測しているのだ。
「すごい……」
だが、すぐに問題にぶつかった。
同じ場所から波を放っても、返ってくる波が複雑すぎる。
複数の瓦礫から反射した波が、同時に戻ってくる。
互いに重なり、干渉する。
一つの反射波なのか、複数の反射波なのかさえ、判別が難しい。
「くそっ……またか」
アルトは頭を抱えた。
一つの波だけなら簡単だ。
しかし、現実の世界には無数の物体がある。
波は一度反射して終わりではない。
反射した波が別の物体に当たり、さらに反射することもある。
物体の内部で散乱することもある。
波の一部は吸収され、弱くなる。
そして、戻ってきた波は、最初に放った波とは違う形になっている。
これをすべて読み解くのは簡単ではない。
「一度に全部を調べようとするから駄目なんだ……」
アルトは、波の発生方法を変えた。
今度は、短い波を一つずつ放つ。
方向を少しずつ変え、周波数も変えてみる。
一つの条件で得られた情報を記録し、別の条件で得られた情報と比較する。
少しずつ、瓦礫の配置が分かってきた。
しかし、まだ不完全だ。
同じ反射波を返す物体が、別の場所に存在する可能性もある。
反射波だけでは、物体の材質や内部構造を正確に特定できない場合もある。
これは科学の世界でも大きな問題だ。
観測された結果から、その原因や内部構造を推定することを「逆問題」という。
通常の物理学では、物体の構造や性質が分かっていれば、そこに波を当てたときにどう反射するかを計算する。
しかし逆問題では、反射した波から、元の物体の構造を推定しなければならない。
これは決して簡単ではない。
異なる構造の物体が、似たような反射波を返すこともある。
つまり、観測結果が一つあったとしても、その原因が一つに決まるとは限らないのだ。
「……そうか」
アルトは気づいた。
一度の観測で答えを出そうとしてはいけない。
条件を変えて、何度も観測する。
異なる方向から波を当てる。
異なる周波数を使う。
反射波だけでなく、透過した波も調べる。
複数の情報を組み合わせれば、推測の精度を上げられる。
「一つの波で分からなくても、別の波なら分かるかもしれない」
アルトは再び集中した。
瓦礫の向こう。
その奥にある空間。
何度も波を送り込む。
そして。
「……いた」
わずかな反応。
瓦礫の向こうに、人の身体らしき形がある。
「レオ!」
アルトは叫んだ。
返事はない。
だが、確かにそこにいる。
「待ってろ。今、助ける!」
アルトは立ち上がった。
まだ、波のすべてを理解したわけではない。
観測した情報から正しい答えを導き出すことも、簡単ではない。
それでも、一つだけ分かったことがある。
波は、世界を変えるためだけにあるのではない。
世界を知るためにも使える。
アルトは瓦礫の山を見つめた。
「僕は、世界を揺らす力を手に入れたんだ」
その手を、ゆっくりと握る。
「だったら、まずは世界を知らなきゃいけない」
彼の戦い方が、変わり始めていた。




