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第10話 音のない世界


瓦礫の山。


崩壊した闘技場には、もう歓声も悲鳴もなかった。


アルトは血まみれの身体を起こした。


「レオ……」


返事はない。


周囲を見渡す。


石材の破片。折れた鉄柱。燃え残った木材。


そして、倒れた人々。


アルトは歯を食いしばった。


「お前が……」


魔王は、少し離れた場所に立っていた。


「まだ生きていたか。しぶとい人間だ」


「僕の能力を封じたつもりか?」


「封じたのではない。お前が使える波を、すべて支配しただけだ」


魔王が右手を上げる。


再び、世界から音が消えた。


アルトは鳴こうとした。


声は出る。


喉も震える。


だが、その振動は空気に伝わらない。


床に手をつく。


何も起こらない。


「無駄だ」


魔王が言った。


「音も振動も、お前の小細工も、私の前では意味を持たぬ」


アルトは魔王を睨んだ。


(音が駄目なら……)


(別の波を使えばいい)


そのとき、アルトの視線が瓦礫の向こうに向いた。


崩れた建物の隙間から、光が差し込んでいる。


光。


アルトはその光を見つめた。


(光も、波だ)


電磁波。


音波とは違う。


空気を必要としない。真空でも伝わる。


魔王が音や振動を支配していても、光まで同じように支配できるとは限らない。


(そうだ……)


アルトの頭の中で、何かがつながった。


波には種類がある。


空気を伝わる音波。

物体を伝わる弾性波。

水面を伝わる波。

そして、空間を伝わる電磁波。


光も、電波も、赤外線も、紫外線も。


全部、電磁波だ。


(僕は、鳴き声を作る能力じゃない)


(波を作る能力なんだ)


アルトは手を伸ばした。


「何をするつもりだ?」


魔王が問いかける。


アルトは答えない。


瓦礫の隙間から差し込む光を見つめる。


その光の波長を意識する。


可視光。


赤。橙。黄。緑。青。藍。紫。


波長が違えば、色が変わる。


アルトは、光の波を作った。


その瞬間、瓦礫の隙間が眩く輝いた。


「何……?」


魔王が目を細める。


アルトはさらに波を重ねた。


強烈な閃光。


魔王の視界が白く染まった。


「小賢しい!」


魔王が腕を振る。


光が歪んだ。


消えた。


(やはり、光も支配できるのか……!)


アルトは舌打ちした。


だが、もう一つ気づいていた。


光が消える直前、瓦礫の表面が熱を帯びていた。


(熱……)


アルトは瓦礫に手を触れた。


温かい。


光が物質に吸収されると、そのエネルギーの一部は熱になる。


そして、熱の移動にも波が関係する。


赤外線。


それも電磁波だ。


(熱を操るんじゃない)


(熱を運ぶ波を作るんだ)


アルトは目を閉じた。


赤外線の波を作る。


瓦礫の表面が、じわりと熱を帯びた。


魔王が振り向く。


「何をした?」


「光だけじゃない」


アルトは顔を上げた。


「熱もだ」


魔王の周囲の空気が揺らいだ。


だが、これは音波ではない。


熱せられた空気による屈折率の変化。


陽炎のように、景色が歪んで見える。


アルトはさらに赤外線を放った。


魔王の足元の石材が熱を帯びる。


「なるほど。電磁波か」


魔王は笑った。


「確かに、音とは異なる波だ。だが、それも私の支配下だ」


魔王が手を握る。


赤外線が消える。


光も消える。


熱の広がりも止まった。


アルトは息を呑んだ。


(全部、支配できるのか……)


魔王が一歩近づく。


「理解したか。お前の能力は面白い。だが、私には及ばぬ」


アルトは膝をついた。


もう、手が震えていた。


それでも、頭は動いていた。


(待て……)


(熱そのものは、波なのか?)


違う。


熱はエネルギーの移動や内部エネルギーの変化に関係する概念だ。


熱の伝わり方には、伝導、対流、放射がある。


そして放射は、電磁波によって行われる。


つまり、赤外線を作ることは、熱を運ぶ手段を作ることになる。


(僕は、熱そのものを作っているわけじゃない)


(エネルギーを移動させているんだ)


アルトは顔を上げた。


「魔王」


「何だ?」


「お前は、波を支配していると言ったな」


「そうだ」


「じゃあ、これはどうだ?」


アルトは両手を広げた。


今度は、目に見える光を作らなかった。


赤外線。


目には見えない電磁波。


瓦礫の隙間から、魔王へ向かって波が放たれる。


魔王がそれを消そうとした。


しかし、アルトは一つの場所に集中させなかった。


周囲の瓦礫、床、壁。


あらゆる方向から、赤外線を放つ。


「無駄だ!」


魔王が波を支配する。


だが、その瞬間。


アルトは別の波を作った。


可視光。


赤外線。


そして、音波。


魔王の周囲で、無数の波が重なり合う。


「何を……!」


アルトは叫んだ。


「一種類の波だけを見ていたら、僕には勝てない!」


魔王の足元で、石材が砕けた。


アルトはまだ、魔王を倒せるほどの力を持っていない。


だが、少なくとも一つ分かった。


自分の能力は、音だけではない。


光も、電波も、赤外線も。


世界を構成するさまざまな現象に、波という形で干渉できる。


魔王は初めて、アルトを警戒するように見つめた。


「……面白い」


魔王の身体から、黒い光が立ち上る。


「ならば、見せてみろ。お前がどこまで世界を揺らせるのか」


アルトは立ち上がった。


「望むところだ」


少年の周囲で、目に見えない波が生まれ始めた。

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