31 一日だけ執事になろう
俺はあのままマレンに引っ張られたまま屋敷に着いた。
「あ、あの……マレンさん?」
「……」
「あ、あの〜」
「なんだ?」
「この手はいつ離されるんでしょうか?」
「知らん」
リンダーの手を握ってしまった俺が悪いのだが、ここまで怒るほどのことなんだろうか? 女性の心というものは分からず俺は結局、まだ離されないまま。
そして俺はマレンに引っ張られたまま何故かマレンの自室に向かっていた。
「な、なんで?」
「……」
俺の問いにマレンは答えず、己のクローゼットを開け、ゴソゴソと中身を漁り始める。 服が数枚、床に散らばる。マレンは「違う、これも違う」っと呟かながら何かを探している。
俺はその様子を黙って、後ろから見届けることしかできない。
「そうそう、これこれ」
「?」
どうやら探していた服が見つかったらしく、マレンはそれを空中にかかげる。 俺はその服をフリーズする。
なぜならそれは執事服だったから。 確か、燕尾服って言うんだっけ? いや、それよりなんで?
「ソウマ、これを明日着ろ!」
「……は?」
「罰ゲームというやつだ! 明日はこれを着て、実際に執事をしてもらうぞ!」
「ちょっと待て、どっからの発想でどっから買ってきたそれ!?」
「これはこの前、気になったから買ったんだ!」
「絶対罰ゲームじゃなくても着させただろ!?」
おい、そっぽ向くなこら。
だけど、この原因を作ったのは俺なので仕方なく着ることとする。 いや、着ることを余儀なくされたの方が正しい。
俺が上着だけを袖に通し、マレンに見せ、反応を待つ。
「おぉ……本当にソウマか?」
「お前が着れって言ったんだよな!? なんだその反応は!?」
「案外似合わないな、あはは!」
「あははじゃねぇよ!? 明日、本当に着るのかこれ?」
「もちろんだ」
あぁ……ありがとう、俺の明日……。
☆☆☆☆☆☆☆☆
嫌な朝を迎えた。
「あー本当に嫌だな……」
昨日俺の執事姿を見せたのはマレンのみ、だからエリスさんやアン達に見せるのは始めて、正直に言おう。
嫌だ!
絶対に嫌だ。 でも、着ないとマレンが他にヤバいことをしそうだから辞めるという選択肢がない。
俺は嫌々、執事服に袖を通し、しっかりズボンも履いてベルトを締める。
本当に大丈夫か? これ……。
その時、俺の部屋にノックが響き渡り、俺が返事をしようとした瞬間、扉の下から小さな紙が一つ通る。 分かる、明らかにマレンだ。
俺は渋々紙を拾い、中身を読む。 それに書いていた内容を見て、俺は固まった。
『今日は執事服はもちろん、口調もちゃんと執事にしろよ!』
そんな一文が書かれた紙を持ち、俺はすぐさまビリビリに破り捨てる。
口調……?
口調ってなんだよ……どう言うんだよ……。 「お嬢様、何か御用ですか?」とかか? 痛すぎるだろ!?
そうこうしていると、もう朝食の時間になる。少しでも過ぎるとオーロが心配して来てしまう。
俺はどうにでもなれという思いで扉を開けて、食卓に向かう。
向かっている途中の俺は足が重い。正直、本当に見せたくないし、ここで消えたい。
そして俺は食卓の扉の前まで着き、扉に手をかける。中からは笑い声と話し声が聞こえ、いつも通りな日常だと思える。
俺は意を決して、扉を開けた。
「おはようございます、ソウ、マさん……?」
「「「「「……」」」」」
「……」
俺が開けた瞬間、全員の時間が止まった。エリスさん、メイド達、アン。 おい笑うなマレン。
そんな停止した時間を突き破ったのメイド達。
「ど、どうしたんですか? ソウマさん……」
「そ、そうですよ。 何かあったんですか……?」
「でも結構似合ってる……」
「か、かっこいいです……!」
「これはこれでありです……」
「一人ずつ台詞ありがとう」
その時、俺はある視線を感じ、視線を感じる方に目を向けるとニヤニヤしたマレンがある一つの紙を手に持っていた。
その紙に見覚えがある。 さっきの紙だ……。
あん野郎、もう一枚作ってたのかよ。
その紙には先ほどと同じく、口調も執事風にしろと書かれている。
「お、おはようございます……、お嬢様達……」
「……」
先ほどから無言であったエリスさんが俺の言葉を聞いた瞬間、みるみるうちに顔を真っ赤にしながら何故か手を上げた。
「ど、どうしました?」
「も、もう一回お願いします……さっきの言葉……」
「おはようございます、お嬢様達……?」
そんなエリスさんは俺を見て固まる。
現在、エリスの脳内にはある言葉で埋め尽くされていた。
(と、尊い……)
エリスにとって蒼真の格好はかっこいいでもなく、尊いという気持ちだけだった。
(な、なんですかこれ……、可愛すぎますよ。 ソウマさんが執事……ソウマさんが執事……。 何をお願いしましょうか……)
そして対応力も恐ろしく早い。
エリスの次の言葉にさらに食卓は固まった。
「あ、あの……」
「は、はい?」
「今日一日、"執事"してください!」
「「「「「……」」」」」
「……」
「……」
「……は?」
その一言は俺はもちろん、アン、メイド五人、この原因を作ったマレンまでもが固まった。
「エ、エリスさん?」
「お願いします、お給料はちゃんと出しますから!」
「そ、そこまで言うんなら……」
「やった! ご主人様の執事が見える!」
「アン、お前は絶対なにも命令するなよ?」
「えーなんで?」
「お前は絶対ロクな命令しないから」
こうして俺の一日執事が始まった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
お昼が過ぎた頃、率直な感想を言おう。
エリスさんがヤバい!
何がヤバいかと言うと、単純に注文が多い。 最初はマレンかメイド達に注文されるかと思ったが、エリスさんは自分の紅茶がなくなる度に呼ばれる。最初こそマレンも多かったが、俺が毎回エリスさんの書斎室に紅茶を淹れに行く姿を見る度に注文が少なくなっていった。
「ソウマさん、お願いします!」
「は、はい……」
また紅茶……。
そして俺が毎回、紅茶を淹れに行くときエリスさんは必ず目をキラキラさせながら、俺が紅茶を淹れる瞬間を見ている。
なんというか、嬉しような嬉しくないような……、単純にやりにくい。
「エリスさん、これで何回目ですか?」
「えっと、三十二回目ですかね?」
「ですよね? 多くないですか?」
「いえいえ、私はまだまだ飲みますよ!」
「そ、そうですか……」
あぁ……大変過ぎる……。
(あぁ……ソウマさんの執事姿が可愛すぎます! 私専用の執事になってくれませんかね……)
エリスは口には出さず、心の中だけで叫び続けていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
時は流れ、夕食の時間。
やっと俺の仕事は終わりに近くなり、胸をなで下ろした。
結局あの後、エリスさんのおかわりは気付いたら四十を超え、五十辺りから数えるのをやめた。
「あぁ……疲れた……」
「ソ、ソウマ、なんというか……すまんな」
「本当にそうだよ! 予想外のエリスさんが一番楽しんでるし、あの顔見ろよ!!」
俺が指差す方をマレンが見ると、そこには異常なほどにご機嫌でまるで天使かと疑うほどの微笑みを浮かべているエリスさん。
「あ、あぁ……本当に悪かったと思ってる……」
「ソウマさん、お疲れ様です。 こちら夕食です」
「ありがとう……」
こうして俺の一日執事は終わりを迎えた。




