28 この世界
気を失ったリンダーを寝かせて数分後、リンダーは起きて俺に向かって「すみませんすみません」と壊れたロボットかのように永遠に呟いていた。
そんなリンダーを落ち着かせた後、俺はソファに座って小さなため息をつく。
「ほ、本当にすみません……」
「いや、本当に大丈夫だから」
「は、はい、ありがとうございます……」
いやむしろ、あのリンダーは結構可愛かったからな……欲を言えばもうちょっと効果が続いてほしかったというのは心の中にしまっておこう。
三時間あった後の話をいったん戻し、商品を再び見回る。
「にしても、この商品たちすごいね」
「そうでしょうそうでしょう! これらは全て私の自信作です!」
「え? 自信作ってことは全部リンダーが作ったの?」
「はい、もちろんです!」
「じゃあ、あのドリンクも……」
「あーあれは普通に失敗作ですよ?」
「なんで失敗作を売ってるの!?」
当たり前かのように失敗作というリンダーに呆れながら俺は次々に商品を見ていくと一つ、俺の目に留まる物があった。
俺はその商品を手に取り、商品名を見る。
「"これで世界の歴史を知ろう"?」
「それは子供用の勉強道具なんですが、大人でも十分勉強できる優れものです!」
「へぇ、これ買っていい?」
「もちろん! 在庫など腐るほどあるので!」
そんなことを言うリンダーの横で値段を見る。値段は銅貨。 安い、安すぎる……。 これ、日本円で百円ぐらいでしょ?
普通の教材でも最低、五百円以上すると考えるとこの雑貨屋は全ての商品が安すぎる。
なぜかと思い、俺は聞いてみることにした。
「これ、全部安いよね? なんで、こんなに安いの?」
「あーそれは、この店自体が私の趣味みたいなものなので」
「趣味?」
「はい、この店は……お金稼ぎのような目的で作っただけなので趣味に近いんです」
「なるほど……じゃあ別の目的があったりするの?」
「そうですね、私はある星を見つけたいんです。そのためにお金を……」
「その星、聞いていい?」
「もちろん、私が見つけたい星……"地球"です」
「ッ!?」
地球、それは……俺がこの世界に召喚される前の場所……。だけど、リンダーは俺の世界を見つけたいと言う。 ただそれだけのこと……ただそれだけのことがおかしいのだ。
なぜなら、ここはゲームの世界だからだ。 だから当然、他に星があるとも考えづらい。
しかし俺はここである仮説が頭をよぎる。
もし、もしだ……ここが、ゲームの世界じゃなかったら?
俺は慌てて、手に持っている本を開ける。そして急いで、俺は話題をすり替える。
「ね、ねぇリンダー! これって……」
「は、はい? えっとそれは昔の鬼族ですね」
「鬼族?」
「そうです。 力、魔力、全てにおいて人間の上をいく種族、それが鬼族です。戦争でも圧倒してたとか」
「そういえば戦争って、よく聞くんだけど何があったの?」
「それこそ、お手元の"これで世界の歴史を知ろう"がお役に立ちます!」
「あー確かに……」
そして俺はリンダーに言われた通りに目次から戦争の文字を見つけ出し、そのページへとめくる。
――すると俺は予想外なものを目にしてしまった。
「え?」
「どうかしましたか?」
「あっいや、なんでも……」
それは……。
な、なんでアンが……。いや、そもそもこれは本当にアンなのか?
俺が目にしたのは鬼化したアンのような鬼族が人をむさぼり食い、人間の血を飲んでいる写真だった。 到底そんなもの、普段のアンからすると想像などつかない。
頭では否定しようとしたが、なぜか頭が否定できなくなる。
嘘だ、あのアンがこんなことする訳がない……!
これがもし、本物のアンだとしたら俺はとっくにアンに殺されている。そっくりさんだ、そうだそっくりさん……。 そんなことを俺は頭の中で繰り返す、自分の気持ちを否定するために。
息が勝手に上がる。なんだこの違和感は……。否定すればするほど何故か汗が止まらなくなる。
「お、お客様? だ、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?少しお休みになられては、突然こんな写真見たので気分とかが……」
「い、いや大丈夫……」
「そ、そうですか?」
「うん……」
俺は必死になって、鬼族のページを読んでいく。完全にアンを否定するために。
そして、俺は決定的な証拠を見つけてしまった……。
それはあるページの長い長い文。
『鬼族最高傑作"アンヘル・アイレ"。彼女は鬼族の特異体質だったと言われており、鬼族史上一番の力、魔力、名誉、地位を手に入れ、すべての鬼族を従えたと言う。 そんな彼女に付けられた異名は"地獄の王"。その名に恥じぬ暴走を見せたと記録には残っている』
地獄の王……?
その横に貼られている写真には人間の死体の上に登り、不敵な笑みを浮かべながら刃物らしきものを持っているアンの姿。
これが、半年間一緒にいたアン?
「お、お客様?本当に大丈夫ですか?」
「ごめん……トイレある?」
「え、えぇこちらです」
「ありがと……」
俺は駆け込むようにトイレに入り、吐いた。 あの写真が強烈過ぎたからじゃな。あまりにもアンがアンに見えなかったから。
その後、なんとか体調を戻した俺はリンダーの元に戻る。
「だ、大丈夫でしたか?」
「うん、なんとか……」
「こ、これはしまっておきますね」
「ありがとう……」
なんなんだ、別に俺はアンが鬼族だからそういうのもあるんだろうと考えていたはずだ。なのになぜ、あんなにも体が拒否するんだ。
なんでだ……。
「こちら水です」
「あっ、ありがとう」
気付いたときには横からリンダーが水を差し出してくれ、俺はそれを飲んで少し落ち着く。
しばらく経ち、吐き気もそれねりに治まった俺はリンダーに向き変える。
「今日はありがとう、リンダー。また来るよ」
「は、はい! またのご来店をお待ちしています。お大事に!」
「うん」
短い言葉に締め、俺は店の扉を開けた瞬間――。
ザァーと、雨が突然振り始めた。
「困った……」




