8話 二日目。デート。
翌日。午前10時。
曇り空。滞在二日目。
昼前にフリオから連絡が来て、昨日と同じ時間に迎えに来ると告げられた。
「夜までゆっくりとしていてください。なにか手伝えることがあったら気軽にどうぞ」
というので、祓いの儀式のために必要な道具を店で探しておく、と言うと街の店は全て知っているので案内しましょうか、と言う。わざわざ、ここまで来てもらうのは悪いと言ったのだが、日中はよくこの街にまで出てきているから、なんてことはないどころか、今既に街にいると言うのでお願いすることになった。
別にひとりでも良かったが、なんとなくだった。
一応それらしきエクソシズムを行う上での道具はスーツケースに入っている。たんなる気休めだ。
フリオには念のため。と言っておいたが、実際には防犯グッズがほしかった。催涙スプレーと、ナイフ。できれば銃が欲しいが。
昨晩のあれが夢だったのか、現実だったのか自信がなかった。
しかし確かに現実なように感じた。特に、──鍵が開いたことが不安だった。あそこの宿の鍵をもつ変質者でもいるのでは、そう思えて仕方なかった。フリオに相談するべきだろうか。ホームセンターに行こうかと思ったが、フリオが案内してくれるなら護身具が手に入りそうな店をそれとなく聞いてみるべきかも知れない。
考えながら、身支度をしているとフリオからSMSがきた。
マフラーをして出ると、突き刺すような冷たい風。起きた時は気温は3度ほどで、今は6度くらいか。冬といってもいいほど寒い。
ここらは朝晩は冷え込み、日中は多少は気温が上がることが多いみたいだ。恐らく昼には暖かくなる。
骨までしみるような冷気を地面から感じながら、フリオのように、リズミカルにカンカン階段を降りていって車を探そうとすると、既にフリオは外にまで出てきてくれていた。
「モーニン、フリオ。もしよかったら、こっちのレンタカーで助手席でナビしてくれませんか? そのほうが道を覚えるから⋯⋯」
軽く挨拶してから思いつきで言ってみると⋯⋯
「ええ、いいですよ。確かに、道を覚えたいなら一石二鳥かも」
快く了承してくれた。
宿一階のガレージからSUVに乗り込んで出発する。
街に活気はないが、そこがいい。落ち着いた田舎街。ホームセンターと立ち寄る長距離トラックのドライバーのために営業しているビジネスが多そうだった。
たまに見る通行人は、皆つまらなそうな顔をしているが、目が死んでいるわけではない。むしろ、都会の人間のほうがよっぽど目が死んでいる。
フリオによれば以前はもう少し栄えていたときもあったとか。大手メーカーの工場が近くの街にできた時があったらしいが、その工場もとっくに撤退したという。
「あ、リックさん。電気屋に行きませんか? ちょっと用があって……。ちょっとだけ買いたいのがあるから⋯⋯」
「そうですか、道だけ教えてもらって……。あ、ここらは熊とかはでるんですか? 」
「ええ、出ますよ。年に何回かは見るかな。まぁ、そこまで警戒しなくても大丈夫です、そこで左です、ですぐ右」
「怖いですね、ここの人たちは銃やスプレーは携帯してないんですか?」
「──してますよ。ほら、あと車にもあるし、荷台にも置いてます。マルセリーナのとこにもあるから、まぁ、安心してください」
まったく気が付かなかったが、フリオは銃を携帯していた。ダウンジャケットで見えていなかったが腰にホルスターがありそこに無骨な拳銃が収まっていた。
「ここらのひとは皆携帯するものですか? お店も?」
「まぁ、してるひとは都会のひとよりも多いって言いますね。昔誰かが言ってたかな。店もあるし、射撃場もありますよ。あとで行きます?」
「射撃場は、今度にしましょう。店はせっかくだし見てみたいかもしれない」
町中で停車、外に出るとやや風が強く寒かった。コートの襟を立てて身を守るような姿勢で店に向かう。通り過ぎる時に向かいから来た男がぶつかって来そうだったが、さっと避けた。
こんな誰も歩いていないような歩道でぶつかってくるなよ。と思ったが、顔つきや赤らんだ頬から酔っぱらいなのだと察して、さっさと先に進んだ。フリオを見ると、まるで気にしていないようだった。
電気屋にいってから、近くにガンショップがあるというのでそのまま歩いて行った。袖無しのダウンジャケットの下にTシャツを着込んだ太った店員がいて、それとフリオが顔見知りのようだった。
「こちら、お客さん?」
「うん、まぁ、そうなんだ。神父さんで⋯⋯。州外のひと」
言いにくそうにフリオが店員に言った。エクソシストとは言わないでくれよ、という感じだろう。
「ええ、よろしく。少しだけ滞在しています。熊が出るらしいと聞いて少し不安になって⋯⋯」
「あ、そう。熊スプレーならありますよ」
「一応持っておこうかな。心配性過ぎるかも知れませんが」
「まぁ、買ってくれるなら心配性は歓迎ですよ。そういう商売だしね」
護身具などは、たしかにそうかも知れない。客の多くは不安だから買う。
ちなみに銃は州外の人間には、その場では渡せないらしい。私の住所に届けられるから、熊が現れて急遽買いに来ても無理だよ。と冗談めかして言われたが初めて知ったことだった。銃を物欲しそうに眺めていると思われたかも知れない。
「まぁ、銃ならフリオが上手いから。熊がいたらフリオに守ってもらったらいい」
と店員に言われて、意外だと思った。しかし、こんな田舎で何でも屋をやる男だ、たしかに銃の扱いなどはなれているのかも知れないとも思いなおした。
ナイフと熊用スプレーだけ購入し、後は宿に戻りフリオと別れた。
*
午後14時になって再び宿を出た。
初日、服屋で連絡先を交換した女性店員から返信が来ていたからだった。
軽くお茶でもしようとなって、店が並ぶ通りの端の方にあるレストランのテナントがいくつか入っているビルの1階のカフェに行った。
「おまたせ」
テラス席でコーヒーを頼んで待っていると、コーヒーより早く彼女が来た。
カーリーヘアをポニーテルにした華奢で愛らしいかんじの女性だった。茶色いTシャツに、ふわふわした感じのパンツ。可愛らしい顔だち、緑の瞳。この街で出会ったステイシーは、振り返ればなんで最初からそう思わなかったのか、と言うほどタイプな女だった。
午後2時、高く昇った太陽の日差しが暖かい。気温は18度ほど。
「じゃあステイシーは半年くらい地元に帰れてないのか」
「うん、そうなの。家族の顔が見れてないから淋しいな⋯⋯。あ、それであなたは何をやっているひとなんだっけ?」
「──ああ。まぁ、聖職者であり⋯⋯」
聞かれて一瞬戸惑った。フリオに他言無用にするように言われていたのを思い出したからだった。午前中にいったガンショップでは神父だとだけ言ったが、そもそも神父などやったこともない。あまり質問されると面倒だった。
「──売れない作家だよ」
「え、そうなの!? どういうの書いてるの?」
興味津々といった感じで彼女が聞いてきたが、適当にいなした。
ステイシーが、この店のピスタチオクリームの入ったクロワッサンが好物だと言うので、注文してみた。
もう昼は互いに食べていたので、二人でシェアすることにして。ピスタチオのクロワッサンは確かに美味かった。彼女も甘いものは別腹なのか、あっという間に平らげた。最初会った時からごきげんだったが、更に輪をかけて上機嫌になった。
「ねぇ、ここにいつまでいるの?」
少し目配せするように聞いてきた。
「ああ、あと2日くらい」
「へー、じゃあすぐに会えなくなっちゃうね」
少し寂しそうに言う。
「ああ、確かに。夜はなにしてる? ここらへんは⋯⋯」
バーがあるか、会ってもなくても宿で飲もうか、などと誘おうとした時。夜は大体、あの家にいかなくては行かないのだと、思い出した。
「──どうしたの?」
苦い顔に変わった自分に彼女が首を傾げて聞いてきた。
「ああ、知り合いのとこに夜通わないと行けないんだった」
「へぇ、何時に用事は終わるの? 遅くまで?」
「うーん、大体11時前までには帰れると思うけど⋯⋯」
「なら、私はOKだよ。ちなみに、この街じゃないとこに住んでる知り合いって、どこに住んでるの?」
「そっか、よかった。どっちの方角だったかな。いや、方角はいいや。テンプルベルってとこ。知ってる?」
「⋯⋯」
突然、彼女が押し黙った。何を考えているか分からないような目がこちらを見てくる。
「⋯⋯なに? どうした?」
「いえ、別に」
「⋯⋯」
「雰囲気が変わったけど」
「ううん、気のせい。そろそろ帰りましょ」
「え、ちょっと待てって。──なんか失礼なこと言ったとかじゃないだろ?」
意味がわからなかった。村の名前を言っただけだ。能面のような表情でまったく自分に興味がなくなったような態度になった。
「だから何もないって。もう食べたんだから帰ろう。それだけのことでしょ」
こちらを見ずに彼女が言った。
「⋯⋯⋯⋯」
ステイシーは立ち上がり会計を払っていってしまった。自分は呆然と見送ることしか出来なかった。
日が沈む頃。
フリオが迎えに来た。日没前のトワイライトは相変わらず美しかったが、それよりも午後のステイシーとのやり取りがやけに頭から離れなかった。




