7話 1日目、終わり。宿に戻る。
「⋯⋯旦那さんは取り憑かれているといっているそうですが、それが原因で先生も?」
マルセリーナに聞く。
「いえ、学校の先生は知りません。あの人が言って回ったりしていなければ、ですけど……」
「……旦那さんは、いつからですか? その、デイビットに⋯⋯」
「取り憑かれていると言い出したのは⋯⋯。ええと昔から感じてたような口ぶりで。少し前に、我慢できないと言い出して⋯⋯」
「──父子の関係は?」
「あまり話しません。ケンカするとかはないんです。ただ昔から距離がありました。最近は私とも⋯⋯」
やはりこれは、親子関係が上手く行っていないだけだ。単なるピーターのいいがかり⋯⋯。それを子どものせいにして⋯⋯。教師がなぜデイビットを悪魔憑き呼ばわりしたのかは謎だが。他におかしいところはない。この家に来て確かに幻覚は激しくはなったが、それだけだ。直感が告げている、あの子じゃない。
ピーターが霊感があると主張してるなら、わたしが否定しただけで納得するものか。
めんどくさい言い合いにならなければいいが⋯⋯
そもそも親らしく、しっかり子の手本となり、導いてやれ! とも言いたくもなったが、自分は子供などいない。親をやったこともないのに、そんな事は言うわけにもいくまい。せめて子どものせいにするな、位は言ってやりたいが⋯⋯
と、考えたところで。次の瞬間には、しかし、そのお陰でエクソシスト稼業が出来ているのも事実だと思った。
金は必要だ、生きていくために。そして自分はこのような事で稼いでいかなければ、すぐさま土砂降りの雨が降り、貧困という濁流に攫われてしまうだろう。
この親のように、自分もまた何かのせいにしているのだ。何かマシなものに逃げているのだ。みんなそうだ。情けない気持ちにもなりつつ、どちらを選ぼうか、とも考える。
そして口を開いた。
「⋯⋯私のレーダーに邪悪なものはひっかかっていません。デイビット、あの子は取り憑かれていないと思います。旦那さんの思い過ごしでは? 極端なことをいってしまうほどストレスを抱えているとか⋯⋯」
「⋯⋯え、本当ですか!? やっぱりそうですよね! ピーターは⋯⋯、ちょっと子供じみたところはありますけど、どうでしょう。何か家でストレスを感じているようですけど。ほとんどがデイビットに対してです⋯⋯ 外には積極的に出ますし、むしろ家に帰ってくると不機嫌になって」
「あなたに対しては?」
「デイビットを守ろうとすると⋯⋯」
「──ちょっといいかな?」
そこで今まで、黙っていたフリオが話に入って来た。
「俺は霊感とかはわからないけど、信心深い方だ。少なくとも、神様も悪魔様も信じるし」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯でもデイビットには幸せになってほしい。マルセリーナにも。ピーターは神父様だけど、神父様が間違えることもあるのはニュースとかで見て知ってる。デイビットになにもついていなくとも、帰るまでに、一応お払いしたり、なにかしてくれるならそっちのほうが良いかもっておもったんだ。といっても俺は金を出してないから提案でしか無いけど⋯⋯」
「──あのっ! 私も! そうしてくださると⋯⋯。もう少しリックさんにここに残っててほしいですし⋯⋯」
マルセリーナが、前のめりになって言った後、姿勢をもとに戻し、今度は逆にこちらの顔色を覗ってくるような瞳で言った。
「ふむ⋯⋯。左様ですか⋯⋯」
適当に神妙な顔を作って思案した。
祓うって一体なにをだよ。たった今、何もついてねーといっただろうが。と思ったが、そのような気休めこそが、彼らが求めているものなのかも知れないとも思い、更にはさらなる報酬を貰える可能性が頭によぎって頷いた。いや、むしろ今日このままもう終わりです。では報酬は約束通りの額をくださいね、と言って3日分の仕事を1日で済まそうとしていると思われたのかも知れない。いや、流石に無いか。いちいち考えなくて良い。
「──わかりました! 明日、明後日。念入りに除霊をしましょう」
力強く言うと、二人が安心したように頷いた。
除霊か、霊的保護か、何かしらないが。これこそが彼らの最も求めていたもので、また自分が提供できるものだ。
マルセリーナは、なんなら1日伸ばしてらっても構わないと言い、追加報酬の現金までくれた。なぜかフリオも喜んでいるようだった。
@@@
その後、フリオに民宿まで送ってもらうことに。
車中では。
「あなたは、なんの生業を?」
「単なる何でも屋です。まぁ、役場や教会の周りを掃除したり整えたり、人の家の塀を直したり、ゴミを出したり、備品を買ったり、なんでも⋯⋯」
「あそこは結構大きな屋敷でしたね、彼女の両親は?」
「ええ。たしかに。亡くなりました。数年前。私の弟夫婦です。もともと彼らの家だったけど、それを受け継いで」
「二人ともですか? あ、あの亡くなったタイミングの話⋯⋯」
「ううん、弟の奥さんはずっと前に病気で。数年前には弟が病気で⋯⋯」
「なるほど。それを彼女が相続したのですね」
「うん、マルリーナは私にも遺産を分けようとしましたけどね、断りました。だって遺産は子供がもらうべきでしょ? 私はいつもそう思ってましたから」
「そうですか。わりと裕福だったのですか? 彼女のご両親は、あなたの弟さんは⋯⋯」
「うん、と言っても田舎で大きな家を建てられる程度ですから。都会の人が思うほどは裕福じゃないと思うなぁ」
ああ、報酬の良さから聞いたのだが。家の大きさから想像したように受け取ったらしい。まぁいい。
「ちなみに、デイビットに奇行などはありますか?」
「いやぁ、今日全部話したと思うな」
「あなたが、見たりしたことは? 子どものことですから、親が知らない部分とか⋯⋯」
「⋯⋯少し、⋯⋯変なとこがあるだけです。あなたはお祓いに集中してください。それだけやってくれればいんです」
フリオはハンドルをむいて言った。
*
「着きました」
民宿前の道で停車した。
ドアに手をかけて開けようとすると──
「ここは田舎ですから⋯⋯、あの家の事は他言無用でお願いできますか? あっという間に噂が広がっちゃいから」
申し訳なさそうにフリオが言ってきた。
「もちろんです。知り合いもいませんし。私は悪を喋ることも、見ることもありません、すなわち⋯⋯」
「えーとなんでしたっけ、それ」
「誰も、悪を聞くこともない、ということですよ」
──人が死ぬぞ。──お前のせいで、──必ず死ぬ。──お前のせいだ。お前が──殺した。俺を──殺した! 正義感気取りの──落伍者が! お前が災いを引き起こした!
妙な幻聴が耳の後ろで、聞こえたが、無視した。今日は多い日だったな。さっさと寝よう。
*
宿に戻ると、粘土のような肌の男が部屋の真ん中にいた。黒い服を来てうなだれたように床に座り込んでいる。頭に髪は無く、まるで薄っぺらい泥のマスクを頭からゴムマスクのようにすっぽりと被っているようだった。
ふらつく頭で、搾り出すようにして……
「⋯⋯何者だ」
と、言った。
「⋯⋯⋯⋯」
男は答えない。瞬きすると、そのまま消えた。
「⋯⋯幻覚だ、大丈夫」
──ヒック、ヒック、グスッ⋯⋯
窓外で、女の泣いている声。
「これも幻聴だ⋯⋯」
背後から手が伸びてきて、自分の肩上で止まった。
前に一歩踏み出してから振り返る。
顔色の悪い男がいた。それの瞳には虚ろな闇だけが存在していた。
恐ろしく静かで、病弱にも見えるような男で。無機質な、しかし卑屈そうな顔で立っていた。こちらを見ている。
胸にしまっていた十字架を握ると、途端に温かなエネルギーが手から心臓にまで流れ込んだ気がした。男がビクッとして、後ずさる。怯えている。
「⋯⋯去れ」
言うと、それはしばらくこちらを見続けた後、⋯⋯消え去った。
「⋯⋯いまのは、幻覚か、ちょっとわからなかったな。まぁ、幻覚以外ないが⋯⋯」
*
深夜。
ガチャ。
鍵が解錠されたような音で目が覚めた。
玄関を見に行くと、鍵が開いていた。
間違いなく閉めたはずだ。締め直して、廊下を戻ると背後で、──ガチャと音がして、振り返ると鍵はまた開いていた。
足が震えだしていた。気を失いそうになって、フラフラと鍵をかけ直し、ドアストッパーをして戻った。包丁をキッチンから一つとって枕元に置いて寝た。




