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2話 依頼人の叔父フリオ

 


 日が沈む頃に呼び鈴が鳴った。


 時刻は19時を過ぎていた。窓の外をみると山向こうに日が沈む頃だった。尾根には雪化粧がなされ、ライトブルーの山と赤みがかった黄金色の空のコントラストに息を呑んだ。


 時が止まったように、己のちっぽけさを感じ入った。それを自然に受け入れさせてくれる景色に、なぜか分からないが感謝した。これが畏敬というものかもしれない。自分には、そういうものはよくわからないが。


 再度呼び鈴がなって、現実に引き戻される。

 あまり迎えを待たせるわけにもいかない。名残惜しいが窓際から離れなければ。


 この依頼が終わったら安宿でも取って、少し長居しても良いか⋯⋯、などと考えながらドアを開けると、白髪の多い良く日に焼けた肌の男が立っていた。


「もしもし、リックさんですか? リック・ディアス?」


「いえ、あの⋯⋯。リック・ディアスは知りません。リック・デイモンですが⋯⋯」


「あ、そうだった! デイモンさんだった。私、依頼人のマルセリーナの叔父で⋯⋯」


「フリオさんですよね。聞いてます」


「ええ、そうです。よく知ってますね?」


「え、まぁ。あの、マルセリーナさんからメール来たので⋯⋯」


「あぁ、なるほど⋯⋯。だからかぁ」


 フリオはどこかぼーっとしたところがある男で、のんびりと納得したように言って──


「では、車に来てください。私が村まで送りますんで」


 と続けた。



 *



 フリオと民宿の階段を降りていく、フリオはリズミカルにやや跳ねるように段を降りていく男で、ほんの少し子供っぽく可愛らしく見えたが、見た目のうえでは恐らくは年上だろうと思った。10歳は上か。


 敷地からでてすぐ、彼の20年落ちは軽くしているであろう灰色のフォードのセダンが外の道に停車していた。

 外は薄明かりの青と赤の空が美しく、空気も清々しかった。フリオについて自分もレンタカーでついてきてもいいと思ってそれを言うと、帰りが問題なのだと言う。村はここ以上に田舎で街灯もまともにない道なのだと。


「ああ、それはありがたいです。レンタカーで溝に乗り入れたりしたくないですから。しかしフリオさんは、その後また村まで戻るんですか?」


「そうですけど。慣れてるから気にしないでいいですよ。30分くらいだし。ドライブも好きだし、マルセリーナからお小遣いももらってます」


「なるほど。ちなみにその⋯⋯、彼女の息子さんの」


「6歳です。名はデイビット。とても賢いけど、外に出てがらない」


 フリオの車に乗り込み、父親に言いがかりをつけられてる子について質問すると、そう返ってきた。


「デイビットは変わったところは? 学校は?」


「いってます、多分。でも休みがちなのかなぁ。……ええと、あとは独り言多いかな。たまに見かけるとぶつぶつ言ってることが多いけど。でもそんなの私もそうですし、別に、普通かなぁ⋯⋯。私よりは普通ですよ、うん」


「へぇ、悪魔が憑いてるといってる父親は?」


 シートベルトをつけて言うと、フリオが一瞬苦い顔をして黙り込んだが、エンジンを掛けて車が走り出す頃には自然に会話が再開された。


「ピーターについてはあまり知りません。いや、あの知っているけど。そんなに彼とは話さないし、そもそも挨拶以上、あまり……」


 言い淀んでいたが、フリオの様子からは仲が良くないのか、それとも本当に姪っ子の旦那との関係は距離があるのか分からなかった。そもそも姪っ子の旦那とそこまで仲良くする理由もないか。同じ村の人間でも、そんなものだろう。


「霊感があるとか……」


 それとなく聞いてみるが、本当に聞きたいのは違うことだ。

 その父親は問題を抱えているのか。夫婦仲はどうなのか、とか。何かあれば、嫁や子供のせいにしたりなどの、他責傾向があるか、などだったし、なんならその子は虐待されてませんか? とすら本音でいいのなら聞きたいくらいで⋯⋯。

 この質問をしたらさっさと私が理解すべきことがハッキリとするかもしれないのだが。しかし、思いの外フリオはたんなる姪っ子の手伝いをしているだけの親戚という具合で、突っ込んだことは聞きにくかった。


「ああ、霊感? そんな話もあったかもしれませんけど。よく知らないなぁ。まぁ、ピーターは神父さまです。だからかな、霊感とかもあるんじゃないですか? 神父様なら」


「どうでしょうね。全ての神父が霊感持ちってことはないでしょうけど。有名なのですか? 彼の、そのような力は⋯⋯」


 自分には霊感などない、だからこそ、意見が分かれた時にその父親になにか言われないか、少し不安に思った。


「いんやぁ、私も最近まで聞いたことなかったです」


 フリオがあっけらかんと言った。特に霊感に興味もないし、それ以外に言うこともないという風だった。なんとなく肩を落としているように見えたが。普段を知らないので、いつも覇気がない人なのかも知れなかった。それとも、姪っ子家族の問題に心痛めているのだろうか。


 依頼人の母親はまだ若いだろう。二十歳でデイビットを生んでいても26歳か。実際にフリオに聞いてみると、マルセリーナは27歳らしい。


 フリオはグレーのスーツに少しよれたシャツを来てネクタイはしていなかったが、なんとなく普段からネクタイをしない人に見えた。

 車に入る時にジャケットを後部座席に放り込んだが、それを見てジャケットが好きでないように感じた。煩わしいもののように扱ったのだが、そもそも彼はものをぞんざいに扱う感じにも見えないからだ。些細なことだが、このような単なる予想ごっこがエクソシスト業に役立ったりもする。

 

 私を迎えに来るというのでわざわざ普段着ないものを着てくれたのかも知れない。

 短髪で白髪が多く、全体的にグレーに見える。よく日に焼けた、小麦色の肌の男だった。


 ==


 *フリオ

 マルセリーナの叔父。マルセリーナはフリオの亡くなった兄の一人娘。フリオは村の何でも屋に近い立ち位置で、両親の介護をしながら修理や送迎、荷物持ち、男手が必要な仕事全般と村の景観を保つための、芝刈りや、木の枝の切除など。している。


 フリオの説明によれば、マルセリーナの唯一の子であるデイビットが取り憑かれていると、父親のピーターが主張。ピーターはここ数年デイビットを異常なほどに恐れているという。

 マルセリーナに対しても、あいつは悪魔だ、化物だと言っては喧嘩になり、夫婦の争いの火種になっていた。


 ==



 ゆっくりと車が動き出す、フリオの運転は意外でもないが、いや、十分意外なほど丁寧なものだった。古い車とは思えないほどにスムーズに走り、揺れが少ない。車好きか、と聞くとあまり詳しくないという。運転は? と聞いても同様だったので、性格なのだろうと思った。


 街を出る前には夜の帳が下りた。見知らぬ夜の街を助手席から眺めているだけで、旅行にきたような非日常のワクワクした気分が味わえた。


 テンプル・ストークから出るまで互いに一言も発しなかった。フリオもぺちゃくちゃと喋るタイプではないらしく、この男とのドライブは、心休めるものだった。安心感があったのだ。それも、だんだんと街灯が少なくなり、ハイビーム必須の凸凹道を通ると、やや居心地悪くなったが。


 本当に真っ暗闇の世界を進んでいるようだった。仮に今ここから自分で運転して帰れと言われたら迷わない自信が無い。なんとなく泥の中に沈んでいっているような気分になる。別に心地悪い感じでもない、しかし沈むような感覚があった。


 しばらくガタゴトと進んでいると、フリオがラジオをつけた。ジャズと言うか、スウィングだろうか。アップテンポで軽快なノリの音楽だったが、漆黒の田舎道を明るすることはなかった。むしろホラー映画の前半の明るさのようなコントラストを作っていると思った。

 車中は無言だったし、それでも良かったが、何となく話しかけた。


「あなたから見てどうです?」


 折を見て、彼の意見も聞きたいと思っていた。


「私から見てって、言うと⋯⋯。そのデイビットですか⋯⋯」


「ええ。取り憑かれているように思いますか? その、子供が⋯⋯」


「え、子供? ⋯⋯それは、えーと」


「ご自由に言ってください。そのほうが私も助かります」


 言い淀むフリオに、さっさと話すように促すと⋯⋯


「エクソシスト様が見ないとわからんと思いますが…。あの、デイビットの。⋯⋯わ、私はよく知りませんので」


 言いながらフリオの身体が、ハンドルを握っていた手が、わなわなと震えて車体が不安定になった。


「──大丈夫ですか?」


「ああ、はい。わかってます⋯⋯」


 フリオは、明らかに動揺した。本当にそのデイビットは悪霊に取りつかれているのか? それともこの男は何か知っているのか⋯⋯。自分には分からなかったが、とりあえずデイビットがいる家に行けばわかるのだろうと思って、聞こえないように小さく溜息をついた。


 目当ての家がある土地までは40分ほどでついた。





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