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1話 ロッキー山が背に見える街

 


 田舎。そう言って、差し支えない州道沿いの街。

 ロッキー山脈の麓に位置し、背に雄大なロッキー山が見える街についたのは、自宅を出発し飛行機に乗り、空港でレンタルした車に乗って数時間してからだった。


 数少ないスーパーの駐車場に車を停め、緩やかな坂道を歩いていた。空気が都会に比べて明らかに清涼だった。大自然は息を吸うだけで癒してくれる。坂上にまで行くと、交差点と立ち並ぶ店が同時に目に入ってきた。太陽は頂点まで昇り、秋風に吹かれながらも肌は汗ばんでいた。


 通りに向かって横断歩道をわたると、一瞬自分の影が不自然に動いた気がした。

 また幻覚だろう、と思った。

 別に大したことじゃない、いつものことだ。エクソシストと名乗っている割に霊感は皆無だが、幻覚や幻聴の類は幼少の頃から嫌というほど見てきた。

 それはフィクションの世界に慣れ親しむキッカケともなったし、売れない作家になる道を舗装することにもなり、ずいぶん苦労させられた。

 貧乏生活に嫌気がさして、作家を辞めてエクソシストになるキッカケにもなったのだが。霊感もなく、信心深くもない男がなぜエクソシストなどするのかといえば、つまりは己と同じようにありもしないものを見たり、怖がる人間を安心させてやる事に適性があると思ったからだし、知り合いにも勧められたからだった。


 歴は3か月。始めたばかりだったが、むしろ長過ぎる。その場しのぎの小銭を稼いでやめるはずだった。

 しかし依頼を受け、報酬を得てしまえば、もう一件こなすのも悪くないとなって⋯⋯。都会ではそれなりに需要があるのか、依頼はなんだかんだ舞い込んできて、好きなものを選べるほどだったし、慣れは己の怠惰な性質と気が合うようで、他の真っ当な仕事を探すよりは、依頼が来るならとりあえずそれを優先した。


 依頼を2件こなし、早々にやめるべき仕事の報酬は期待以上であったことで、金に関しては作家よりはだいぶマシかも知れないと思い始めた。除霊師を勧めてきたインチキ占い師に感謝するべきかもしれないかったが。

 ビギナーズラックかも知れない、さっさと辞めるべきだ。そう思い始めた時に、私の足首を掴んで離さない霊の如く、またもや高額報酬をちらつかせた依頼が舞い込んできたのだった。

 とりあえず、この依頼だけ。これだけやって最後にすればいい。バカの一つ覚えの如く自分に言い聞かせてやってきたのが、この土地だった。


 アメリカは原初の自然がまだ多く残っている恵まれた土地だが、都会育ちの自分はロッキー山を生で見たことはなかった。映像で見た時からなにかしらの縁を感じてしまうほどに圧倒されるような感覚を覚えたものだが、実際に間近で見てみれば、その雄大さは言葉には言い表せないほどで、数千mある尾根が巨人によって大地に築かれた城壁のように街の背景になっている景観はまさしく非日常的だった。

 調べてみると全長は4800kmにも及ぶというのだから自分の感じているこの自然への畏怖らしきものも当然と思えた。


「こういう土地に骨を埋めても良いかもな。他の都市に比べれば遥かに安く暮らせるだろうし……」


 交差点を渡り、日陰にあるベンチに腰を下ろし、坂上を眺めた。汗ばんだ肌に風が心地良い、ミネラルウォーターのボトルを口に運びながら息を整える。


「さぁ、後は体を休めて……、適当に依頼をこなすだけだ……」


 息を吐きながら、独り言ちた。しみったれたセリフと同様背中も丸まっていることに気づいて姿勢を正す。


 自分で言うのもなんだが。私、──このリック・デイモンには夢がない。

 厭味ったらしく、目ざとく、疑い深く人を信じない。世の人々を見下しているくせに、己も同様、なにも変わらないのだと思っている。

 好きなものは、煙草、酒、セックス、金と過ごしやすい気候と自然。ギャンブルはやらない、怠惰の天敵だからだ。季節は夏より秋がいい。冬もいい。神経質で貧乏。30過ぎても貯金はたったの2千ドル。

 それでも、ここ数年は貯金できていた。でもどうせ生涯独身で終わるんでしょ? と両親は思っていそうで悔しいが、実際そのとおりになりそうだ。しかし、それで良いのが自分だった。

 とにかく好きなように生きれれば良い。悪人というわけでもない、そのくらい望んでもバチは当たらない。まぁ、霊感がないくせにエクソシストなどやっているが、この業界の連中も、宗教も全て私から言わせれば詐欺である。私だけ咎められる筋合いもない。むしろボランティアであるような感覚さえ私は持っている。


 しかし、そんな私でも。この地を見れば心洗われるのだから、今回の依頼は受けて成功だったと思う。

 ここ、【テンプル・ストーク】は州道沿いの田舎町で、今回の滞在先になるその直前まで存在すら知らない街だった。人口は1万もないだろう。Macdanks(*マクドナルド)がギリギリ存在し、(恐ろしく古びた、白亜紀からやってそうな店だが)ガスステーションは魔改造されたカフェであり酒屋であった。昼時でも歩行者は少なく、圧倒されるような景観。大自然の中に人が住ませてもらっているのだと、分からせてくれるところが最高だった。もはやスイスなど行かなくても良いんだ! そんなコピーで観光都市にもなったら良いと思う。おそらくそれはこの山脈沿いのもっとマシな街がやってるだろうが⋯⋯。


 ここの民宿から依頼人の家に通うことになる。精一杯この街を満喫できればいいのだが。などと、この時の私は仕事よりも観光気分でいた。

 

 肝心の依頼内容といえば⋯⋯


 「旦那が一人息子を悪魔に取り憑かれていると主張している。自分は同意しないのでプロの目から息子を見てもらいたい」という母親からのものだった。


 ⋯⋯悪魔憑き判定師の役割を今回はやればいいということだった。オカルト・リトマス試験紙を主な業務にするのも悪くないかもしれないが。

 そもそも霊や呪いでなくて家庭の問題なのでは? と思った。


 この世に霊などいないし、霊がいない世界に悪魔もいないのだから。存在すると思い込みたいのであれば、別にそれでいい。だからこんな仕事をして報酬を貰えている。この母親を慰めて、この街を満喫して帰るだけの簡単な仕事。

 なぜ旦那が息子を悪魔だといっているかなどの内容などはなく、いや、無いというより依頼人の女性には単なる言いがかりだと思っているらしかった。とにかく来てもらいたいの一点張り。不自然なことや、違和感は話していて感じたものの、エクソシストを頼む奴らなど、みな普通じゃない。つまりは、普通の依頼人だった。 


 さっさと宿に入ってスーツケースを置きに行くか、そう思ってベンチから立ち上がりボトルをゴミ箱に捨てる。

 民宿までもうすぐだが。途中にスーパーとホームセンター。レストランにカフェにライブハウス。ファストフード店とアパレルにサーファー系の店があった。

 車に戻る前に少し冷やかしに入ってみる。サーファー系の店に入ると靴の品揃えがやけによかった。最寄りのデパートの靴屋よりもマシな靴ばかりで、正直意外だった。


 コン。


 ノックするような音が真後ろで聞こえた。振り返る前には幻聴だと理解していたが、一応振り返る。後ろは棚で人が入り込む隙間も、場所もなかった。

 靴を選び、レジに持っていった。店員がレジを打つ間にも、レジ奥の視界の端に黒い涙を流している老人を見たが、幻覚だと分かっていた。大抵の幻覚や幻聴というものは最初から、それが幻だと直感的に理解できるものだ。実際に瞬きし、その幻覚を視界の中心に捉えようとした時には、ほら、老人は消えている。このようなことは、もう慣れた。


「今日は少し多めか⋯⋯」


 口に出して呟いていたようで、店員の女が、興味ありげにこちらを見てきた。


「あなた他所の人だよね? すぐ分かるよ。結構人少ない街だから⋯⋯」


 ──退屈な田舎町。という言葉が脳裏をよぎった。よく見れば可愛らしい女だった。少し丸顔で緑の瞳。少しカーリーヘアでポニーテールにしているラテン系が混じってそうな。つまりタイプだった。


 「ああ、ちょっと仕事で来てて⋯⋯」


 軽く自己紹介しながら話して、連絡先を交換できた。明日にでもご飯に誘ってみようか。滞在中、この子と過ごせるかも知れないと思うと、エクソシスト業にも張り合いがでる気がしてきた。


 車に戻り、取ってもらった宿に向かう。


 依頼人は夜にはやってくる。正確には依頼人の母親の代わりに叔父のフリオという男が迎えに来る手筈になっていた。歓迎会をしてくれるなどと言っていたが、エクソシストを呼ぶ時は歓迎会をするものなのかも、自分にはわからなかったが、そこまで楽しいものにはならないだろうということは想像出来た。


 民宿は、ひと目見て気にいった。一階がガレージ付きの集合住宅を改装したようなもので、部屋は広く、複数人で借りても十分そうだった。4人は楽に住めそうな所。

 白い板張り外壁の爽やかな建物で、田舎の割にはモダンで新築のような外装。入ってみると中もなかなか悪くない。

 依頼人は予想以上に裕福かも知れない、いやこの街の宿としてはリフォームしたばかりなだけで、相場はそこまで変わらないのかも知れなかったが、こういうものには詳しくない。

 ここに住んでやってもいいが⋯⋯、などと上から目線で考えたが。ここに永住しても、やることがなさすぎて、飲んだくれて生涯を終えてしまいそうだ。というか、取り憑かれた子が定期的に出ないと稼げないならば、土台無理な話だろう。


 シャワーを浴びて部屋着に着替え本を読んで過ごした。本は自称世界研究者の自費出版本で、この手のものはオカルトと本当に面白い観点からの研究か区別がつきずらいが、なんとなくネットで注文してみたものだった。何でもこの世のものは幽霊とそれ以外で分けて、まずは認識する必要があるという話で。思い切りオカルトなものだった。


「この世を幽霊とそれ以外で分けるってなんだ、一体⋯⋯」


 結局、読み始めて早々に飽きてしまったのでベッドメイキングをして、自分のお気に入りのシーツに変え、仮眠を取ることにした。ウトウトと意識が落ち行く前に、また何かの幻覚をみた気がするが、今度は夢かどうかの判別がつかなかった。




 ==

 リック・デイモン。34歳。元作家、現エクソシスト。

 霊感なし。貧乏、最近はマシになってきた。エクソシスト業のほうが自分の作品よりも需要があることに落胆中。霊感は無しだが、幻聴と幻覚をよく見る男。

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