17話 The Good, Bad, Ugly 善と悪と醜さ
直感的にこいつが犬をやったのだと理解した。
玄関扉の前で凶器を片手に佇んでいる。私の足音をこいつは聞いていたか? こっちを見ていないが、私にきがついているのか? 思考が回転するように流れていく。
ガチャ。
──玄関の鍵が開く音。
マルセリーナっ! 走馬灯のように先程まで執拗に呼び鈴を鳴らしていた自分と、眠りについていたはずの彼女が2階からのろのろと降りてきて扉を開けるイメージが走った。 やばい私が、さっき! ──いま玄関のドアを開けちゃダメだ!
悩む間もなくドアは開けられた。横からじゃ、なにも見えなかった。ただ、ドアを開けた人物がそいつをみて再びドアを閉めようとしたのは分かる。そいつが足とバットを差し込むようにして防いだ。
ゆっくりと足でこじ開け、仮面の巨漢が静かに暴力の匂いの漂わせながら家に入り込んだ。 足が震えていた。脱糞しそうだ。飲みすぎだ。どうすりゃいい。もう時間がないぞ、リック!
1秒か2秒。
聞き耳を立てるが、音は聞こえない。マルセリーナか、ピーターか? いやピーターならあんなに簡単に侵入を許さないし、怒声を浴びせだろう。マルセリーナが恐ろしくて声も出せないでいるのか?
私は、お前はここでなにをやってるんだ! 彼女を助けないのか!
アドレナリンが滝のように出てくる。後ろポケットのビールを迎え酒のように勢いよく飲み、音を立てないように動き出す。
ゴッ。
物が落ちる音。女の声。
ポーチに飛び上がり、玄関の中に突っ込んでいった。
「うぉぉぉぉぉ!」
玄関ホールでは、そいつが赤いネグリジェ姿のマルセリーナの足を掴んでいるところだった。
きゃっ!と逆さまに身体半分をつられたような格好でマルセが悲鳴を上げた。赤いネグリジェから下半身が顕になると、そいつが獣のように唸って足を開かせた。嫌だ、嫌だ、というように身をよじるマルセリーナの頭を掴み、そのままバッドを横に放り、彼女の首を絞めながら、挿入しようとベルトに手をかけた所──
バットを奪い取った。そいつがこちらを振り向いた。そいつの額に釘バットを振り下ろした。
プレスチックの仮面に亀裂が入って外れた。そいつが手を振り回したところでもう一発。仮面ごと割れてそいつの顔面が血だらけになった。
バットを自分の手が切り刻まれるのもお構いなしに、掴んで奪い取ろうとしてくる。膂力が人間離れしていた。バッドを掴まれた。そいつの膝小僧をストンピングすると、立ち上がろうとしたそいつが片膝をついたが、バットも勢いで飛んでいってしまった。
頭を蹴り上げると床に手をつき背中を見せた。さらに蹴飛ばした。彼女に覆いかぶさるように倒れたそいつの後頭部に思い切りパンチを浴びせた。必死だった。
テキーラの瓶を思い出してポケットから取り出して、それで何度も後頭部を殴りつけた。効いてるのか、効いてないのかもわからずに、もう一度思い切り殴りつけた。
動かなくなった。痙攣していた。何か近くのものにつかまろうとしている。手放したバットをマルセリーナが拾っているところだった。
「──もう、大丈夫だ。⋯⋯もう、大丈夫だ!」
「あ、──ああ⋯⋯、はい」
全身から力が抜けたようにマルセリーナが座り込んだ。
「警察に電話を!」
「あ、あ⋯⋯、でも」
「⋯⋯私の携帯は電池が切れてるんだ!」
思わず声をあげると、マルセリーナがぶんぶんと頷いた。肩を貸して立ち上がらせると、リビングにふらつきながら早足で向かった。巨漢の殺人鬼の死体を見ると、ふと、廊下の奥からい小さな影がこちらを見ていたような気がした。デイビットか? とんでもないところに出くわしたな。
「クソ、頭が痛い」
そこで、リビングにいこうとするとマルセリーナがとたんに口元を手で抑えて、うめき声を漏らした。苦しそうな顔。妙な匂いが鼻腔の奥をついた。いっきに意識が持っていかれそうになった。
肩を貸していたマルセリーナに体重をかけてしまい、二人で倒れ込む。「やばい、とにかく連絡を……」言おうとするがマルセリーナが這うように部屋から出ていくところを見るだけしか出来なかった。
頭が割れるように痛い、気分が悪い。
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>>フリオ
保安官の携帯が鳴っていたけど無視しよう。
シャベルで穴を掘ってる。ジジイの死体を埋めるために。車のトランクに入れてた死体は結局誰も気が付かなかった。
ジジイがいなくても誰もなにも言わなかった。なら、そのまま行方不明なほうがいい気がした。だから隠すんだ。 リックさんは疲れてるみたいだったし、鍵は少し遅れても大丈夫だろう。あとでメールだけ送っておく。それよりも死体ははやく隠さないと、他の仕事だっていろいろあるし。
土が柔らかい場所があったので、そこを掘ることにした。落ち葉で最初は分からなかったけど、なにか埋まっている気がしてきた。
穴を掘るのは結構大変で、正直もう十分な気がしてきた。とにかくもう2時間は掘った。ここに保安官の身を丸くさせていれて、あとは土を被せていく。
穴の中には子どもの死体があった。頭が胴体と離れてる。白い犬の死体も。これはほとんど原型をとどめてないけど、たぶんポーチだ。
これをやったのはジジイなのかな。なんとなく。特に子どもといっしょに埋められているのが。
けどポーチはどうしたんだ。ジジイが子どもになにかしているのを感じて、襲ったりして返り討ちにあった? 目撃者は殺してって、犬の目撃者なんて殺すかな? どうせしゃべれないのに。そんなことあるかな。 ……俺は馬鹿だからわからない。
それにしてもこの子。多分、この村の子じゃない。そのくらいわかる。多分テンプルストークか、遠いところから。ジジイは遠くの子も襲ってた? たしかに村にいないことが多かったな、いつも。
しかし掘った穴に今度はジジイが入る。皮肉かな。でも、ジジイも納得してると思う。いつかそういうことになるって、たぶん。悪いことやってる奴らは分かってると思うから。
作業が終わって帰ろうとした。遠くから懐中電灯の灯りがやってきた。誰かが、こっちに来るかもしれない。巨漢の男がやってきた。仮面をしていた。肩にマルセリーナを担いでいる。
ジジイを埋めた場所から少し離れた場所に彼女をおいた。マルセリーナはびくびくしていた。その巨漢がマルセリーナの足首を掴んであそこを舐め回し、行為をし始めた。かなり乱暴だけど、マルセリーナは快楽の声を上げた。
どこかこんな事してて良いのか、迷っているようにも見えたけど。嫌がってないことは分かった。だからたぶん不倫かな。ピーターが不倫してるのも知ってるし。あのエンジニアのとこの奥さんだったっけな。
姪っ子夫婦は両方不倫してるらしい。どう思っていいのかは俺にはわからないけど、夫婦の問題だから俺がとやかく言っても仕方ない。
俺みたいに彼女すらいないやつが説教することじゃない。俺にそんな資格ない。マッチングアプリだってまともにつかえないんだ。
でもシャベルと拳銃をもって行かなきゃいけない。マルセリーナが嫌がってなくても。 だって、あいつも──すごく悪いやつだって見たらわかった。穴の中にあった首が切断されていた子供をやったのは、ジジイじゃなくてこいつだ。
だから、後ろから近づいていった。銃をそいつに向けた時──
「おじさん! やめて!」
そいつの下にいるマルセリーナに止められた。
@@@
>>ピーター
テンプル・ベル村の教会。深夜。
シエラが家を抜け出してやってきていた。
今日はテンプルストークに泊まる予定だった。少なくとも女房はそう思ってる。女房が持つ不動産の1つに泊まり込んで仕事を片付けることが自分はよくあって今回は3日間泊まるつもりだった。
そこに泊まり込む時は、本当に忙しくなければシエラと逢瀬を重ねていた。が、今回彼女は変化が欲しいと逢い引きの場所に村の教会を指定してきた。テンプル・ベルでは会いたくなかったが、断ると機嫌悪くなるので、しかたなく了承した。
ただでさえ昨日はデイビットが人形に釘を差したり、拷問まがいのことをする夢を見たし、この村に来るのは気乗りしなかった。
最近女房からがあいつが人形を欲しがったと聞いて夢にでたのだろう。昔デイビットが描いた絵に、仮面をかぶった殺人鬼に家族が殺されてるものがあった。ひどく不気味に見えて叫ぶように注意したのだっけか。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
シエラが心配するような目で聞いてきた。
「ああ、なんでもない。気にしないで。それよりも、いいことしようぜ。……な?」
「ふふ、なにカッコつけてるのよ。もう……、ん」
夜の教会で、神聖な場所での不倫。リスキーで危険だ。
こんな所見つかったら終わりだが。……たまになら。それに深夜に教会に来るものはこの村にはいない。子供も少なく年寄りだらけ。
特に教会近くの家の住人たちは。山の奥のほうの家などは高校生もいるが、この地でつるんで悪さをするものはほとんどいない。昔から、不良がつるめる場所じゃない。自分が学生の時からずっとだ。昔からここは、ずっとふざけていい空気がなかった。ここに住む大人たちも、冗談一ついわない連中しかいなかった。
「ここが、曰く付きの教会?」
行為が終わると、豊満な胸をさらけ出しそれを天井に向けながらシエラがいった。
「曰く付き?」
「だって聞いたわよ、昔惨劇があったって⋯⋯」
「誰に聞いたんだ、そんなの作り話だ。──何を聞いた」
「この村の人達を金持ちが、殺人鬼をここに放って殺人をしたって⋯⋯。そしてそれをビデオにとって。みたいな噂⋯⋯」
「おいおい。俺が40なのわかってる? 俺が子どもの頃にそんな事は起きてないよ」
「え、じゃあ全然作り話だったの? 噂してる人たちがいたのだけど。まってもっとずっと昔の話なのかも」
「ありえない。やめてくれよ、人の地元になんてこと。だれが広めてるんだ」
「あ、ごめんなさい」
イライラしていた。思わず舌打ちが出そうになる。
子どもの頃から居るとは言ったが、実は違う。苛立つ理由だった。
親はここの人間じゃない、俺はテンプル・ベルには12歳で越してきた。シエラがいった、この手の噂話も、実は聞いたことがあった。
ニュースで見たことはないし、報道もされてない。だからないだろうと思った。親父は事件については何も言わなかった。聞けば不機嫌になった。
なにかあったのかも知れない。特にデイビットが悪魔なのだと感じてからは、いっそうそう思うようになった。数年前から、いや正確には半年前から時折見る幻覚がひどくなっていった。デイビットだけじゃない、マルセリーナにだって本当は⋯⋯、悪魔が憑いているように見えているのだ。そんな事どういえばいい? 年下の女房まで悪魔呼ばわりするのか。
シエラが、腕に触れてきた。心配そうな顔。
「どうした?」
「車の音……。こんな時間に」
確かにエンジン音が聞こえた。教会前の道にだれかやってきたらしい。こんな夜更けに。
シエラと、バッと起きて身なりを整えると音楽が聞こえてきた。
サーカスで流れていそうな音楽だった。
何事か、そう思おうと突然──
バァン!
銃弾が教会に撃ち込まれた。
「きゃぁ!」
シエラが小さく叫んだ。
落ち着けと言って様子を見に行く。なにかが起こっている。
バンだ。妙なバンが、楕円のロータリーを周遊しながら、ライフルを構えた男が後部座席のスライドドアを開け、発泡している。連続でじゃない、ゆっくりと家々の窓を打ち壊している。
カラフルな面をつけた老人のように動く男が、犬を何匹も連れて出ていった。狩猟用のライフルを持って、暗視装置らしき物をつけて行った。
ピエロのような太った男が車からでてきた。斧を持って家のドアを斧で叩きつけた。唸るような声をだしていた、まるで人間じゃないみたいに。真っ黒ないかつい犬が何匹も現れて、それが全ての家々に吠えかける。まるで獲物の人間に出てこい! と言っているようだった。気が遠のいていくような獣の咆哮の連続。
まるで空から音が降ってくるように響く。教会の割れた窓から音が入って来て、響鳴しているのかも知れなかったが、気分が悪くなった。何が、起きているんだ。一体何が。ついに自分の頭が狂ってしまったのかとおもった。こんなことが現実にあり得るはずがない。
今になって後悔してる。もっと信心深ければ、もっと信仰心があれば、この状況でもすがるものがあったのだ。しかし、今の自分の頭の中を駆け回っているのは、己のこれまでの人生の神聖性の欠如だった。地獄がこの世に再現された時に、自分が生き残るべき理由が見当たらない。神が己を救う理由が見当たらない。極悪人ではなかったがそれでは不十分かも知れない。
シエラを見ると弱さを見せないように努めようとしているようだった。眉間にシワを浮かべて、胸元で手を握り込んでいる。
「大丈夫だ、大丈夫だから」
「何が大丈夫なのよ、それにあれは悪魔だわ。私たちを罰しに来たんだわ⋯⋯。教会で、こんなことをしていたから⋯⋯」
「そんなわけない。それとは関係ない! 大丈夫だ」
「なんで大丈夫なのよ!」
「⋯⋯ここは、教会だからだ」
とっさに出てきた言葉はそれで、自分でも自分の目の焦点が合っていないことは分かっていた。




