18話 点と点。
リビングで動けなくなってから少し経った。
頭がくらくらする。意識がまだハッキリとしない。
外から、いや部屋の中からか。区別もつかない。耳鳴りがする。不快感を湧き上がらせる妙な音が聞こえる。なにかが風を切り裂いている。
朦朧とする中、ソファに寝かされているデイビットが見えた。なんだ何が起きてる。
外で発砲音。
ガチャン!
突然窓が割れた。フリオがたっていた。ライフルを持っている。
「……フリオ。なにが……」
「わからない。でも行こう」
フリオが言った。
「変な御香が焚かれてたから、はやく部屋を出て」
「この匂い…… 」
この家に来たときからだ。そうだった。何度も鼻腔がおかしくなった、そして気が遠くなったり幻覚がひどくなっていった。これはなんだ? そのような薬物なのか?
フリオは片目に青タンがあった。聞くとマルセリーナといっしょに居た男にやられたと言った。付近の小屋で監禁されていたらしい。
玄関口に回ってきて、そこで合流した時にフリオが巨漢を見て「こいつだ……」と言った。
「……うん、こいつが俺の監禁したやつで間違いない」
フリオがそいつの顔の向きを変えてマジマジとみながら言った。
「フリオ、なにがおきてるんだ!?」
切羽詰まったように言った。
「なにかが村で起きてる。たしか昔になにかあったんだ。俺はその時高熱をだしててあまりよくわからないんだけど。両親も教えてくれなかったし、俺も聞かなかった。マルセリーナは多分知ってるんだ。それで……」
──とにかく、今この村には、武器を持った集団が猟犬とともに何人もいる。ドローンも飛んでるよ。ほら、あの音。
「……それって」
あの子がいっていた噂が脳裏に駆けめぐった。いま、ここで人狩りがおきているんじゃないだろうな? 酒と嗅いでしまった薬物で脳みそがミキサーにかけられたようにグルグルしていた。ポーチ横のクーラーボックスから新しいビールを補充して、ポケットに入れていく。パンツの後ろポケット、コートのポケットに2本ずつ。ウチpケットに一本。やっぱり片側にワインと手にはまだテキーラが残ってる。
1本、2本、……やばい脱糞しそうだ。これは、おれは戦力になりそうにないぞ……。
ビールの栓ををもう一つのビールの栓でこじ開けて、一気に飲み込む。少し楽になった気がした。
「もうしらんぞ、まじで私は。……どうなってもしらんからな」
「大丈夫?」
フリオが心配そうに覗き込んできていた。
「俺が思うに、ここで人狩りが行われるんじゃないか。そしてそれは今起こってるんじゃないか?」
「……人狩り」
「金持ちが道楽でやっているか、すごい金を集めてそのような催しをやっているのかもしれない」
考えを説明しながら、なぜマルセリーナが金を持っているのか。謎がどろどろと溶け出していくような、そんな感覚になっていた。全てが1つにつながりはじめていた。
「デイビットはどうする?」
「……デイビットはたぶん大丈夫。この屋敷は狙ってないみたいだから置いていって」
「でも、この男は屋敷にはいってマルセリーナを襲おうとしたぞ」
「……たぶん男女の仲だよ」
全身から力が抜けた。アレは、そういうことか。乱暴に犯すのもこんなときのスパイスだと。快楽殺人鬼ならありうる。イベントにかこつけて前から関係を持っていた協力者と。そういうことか。そこで勘違いした俺がそいつを襲撃して殺した……。
「……彼女は? 彼女はどこだ!?」
「わからない、けど外にでよう。俺達がここにいたらデイビットも危なくなるかも……」
外に出て最初に見えたのは、教会が襲撃されている光景だった。
教会前に2台の車両が止まり、4、5人の男たちがショットガンを持って周りを回っていた。一人が暗視装置をつけているのが見えた。まだこちらに気がついてない。
「……どうする?」
フリオが聞いてきた。
「わからんが警察は!?」
「……たぶんここには来ないか、……来てもかなり時間がかかると思う」
「……あの保安官は!?」
「……殺した」
「……グルだったのか」
「……たぶんね」
「……応援は、こないのか?」
「…………」
黙り込むフリオ。
だめだ、ここから俺達だけ逃げても。……回らない頭で考える。だめだ、暗視装置持ちのやつら、ライフルもショットガンも持ってる奴ら。ここで人狩りをしてるってことは……。そう簡単に邪魔が入らない確信があるってことだ。どうするリック。どうする?
藪の中から悪魔がこちらを見ていた。バーカ、と大きく口を開けていっているようだった。そして首を掻っ切る真似をして消えた。ご丁寧に、俺とフリオとほかの皆がここで死ぬ。そう伝わるようにじゃエスチャーで。
「……ここから逃げても、警察が来るまで逃げられると思うか聞きたい」
「……難しいかも」
「暗視装置をつけてるやつが見回してる。こっちの存在は、すぐにバレるぞ……」
つばを飲み込みながら、凝視した。
「……どうするリック。俺は馬鹿だから決まらないなら、もう動くけど」
フリオからすでに覚悟を決めているような空気を感じた。
「……ういっく。仕方ないよな。やろうか、見つからない内に決めないといけない」
「──了解」
そう言っていきなりフリオが暗視装置をかぶっているやつの頭を吹き飛ばした。驚いて心臓が止まりそうだった。この距離で障害物だらけの中、歩いている人間の頭をこんなに正確に撃ち抜くのか?
嘘だろ……。恐怖したとともに、……途端に勝機があるように思えてきた。
「俺にも銃……」
言い終わる前にフリオがショットガンをくれた。
「そういえば喋り方ちょっと変わったね?」
「まぁ酔ってるし。もう、それっぽい雰囲気だしてる場合じゃないからな」
あはは、そりゃそうだ。とフリオが笑った。
「──あ、奴ら動くぞ!」
慌てて動き出す、殺人鬼達をフリオが撃ち殺していく。2人すぐさま撃ち抜き、もう二人は見えなくなった。
「やつらどこいった?」
「教会の塀の内側。隠れたみたい、いってくる」
「おい!」
フリオがドンドン動いていってしまう。急いで、暗視装置を取りに行く。小走りで教会前の車両の横にいき、脳髄を撒き散らした死体から暗視装置を取って使う。トランシーバーもゲット。もう一つある、試すと。つながってる!
フリオに後で渡すか。フリオはガサガサと素早く敵を追い立てる。叫び声が聞こえた。トニー! トニー! 応援を! 助けっ! パァン!
フリオの叫び声じゃない。狩人のだ。
──ギャハハハ!狩人が狩られた音だぁ!
真横に悪魔がいてスナイパーライフルをRPG7のように片膝をついて肩に乗せるように構えていた。偏光グラスをつけて、ヨッという感じで敬礼してくる。
──なんだよぉ? 盛り上がってきたんだからおめぇも喜べよぉう?
「お前の相手をしてる場合じゃないんだよ。消え失せろ」
──ギャハハハ! おめぇどれだけ飲んだと思ってんだよ、妙な薬物まで吸い込んでよぉ。シラフにもどれるわけねぇだろうが!
キャッキャと喜ぶ悪魔を無視して、現実の音に耳を済ませる。
もう一人の殺人鬼の老人がもたもたした足取りで車に向かって逃げようとしていた。私の前にまで息を切らして走ってきた。眼の前に来るまで老人は私の存在に気が付かなかった。滑稽なほど大きく目を見開いたののが見えた。互いに目があった。
時が止まったように感じた。涙目の老人の瞳。悲しみと、懺悔と諦めと覚悟が全て入り混じっている瞳。
殺したくない。こんな具合の悪そうな。膝も悪そうな。こんな死にぞこないの老人。殺したいなどという感情が在るはずもなかった。その時老人の手がすっと腰のホルスターに動いたのを見た。見てしまった。
「──殺したくないっって!」
パァッン!
叫びながら引き金を引いた。散弾が胴体に命中し老人は背から地面に倒れ込み動かなくなった。
「ハァ、ハァ、ハァ……。もう終わらないぞ、もう引き返せないぞっ……。もう知らん!」
テキーラを一気にあおってむせた。放り投げて、ビールを開けて飲む。頭が逆に冴えてきた。フラッフラだが暗視装置をつけて屋敷のほうをみる。視界まで揺れて見える。
そういえば昔の事件も、そうだ。だれかが手引きしたのだって噂だった。それが出来そうなのは、金を持っていて薬物を私に、他の人間に盛れそうなのは、あの御香を焚けるのは……。
マルセリーナ。彼女がこの人狩りを手引きした。
あの家は安全? いや、暗視装置でデイビットが見える。リビング付近で寝ている。……リビング。あの屋敷の中で寝ている人は襲わないようにと決まっているのか?
だからマルセリーナは、……。そうだ、薬で昏倒させて我が子と同じ安全な場所に私を置いた。彼女は……どこだ?
エクソシストをなぜわざわざ呼んだ?
この事件は計画的反抗のはずだ。この事件が明るみになった場合はどうなるんだ?
集団幻覚事件? 集団で殺し合った。ラリって。……そんなようなことにするのか? それとも霊のせい? カルト宗教かなにかがこの村で実は起こっていて。いやこの村自体がカルトの集団で、そこで薬物の影響下にある中で争いが起こって……。その時。彼らの多くは薬物の影響下にあり……。そう報告書に書かれるのか?
エクソシストはどう関係する? 私に。そうだ。なにかを持っていたんだ。薬物を……。
この屋敷に来た時からずっと幻覚がひどくなっていた。私が霊のせいにしようが、薬物を盛られたと言おうが、この事件と村がおかしかったことに結びつけるつもりだった。どうせ報告書を書くやつもグルだ、ついでくらいだったのかもしれない。
待てよ、デイビットの教師が薬を盛られたとか言っていたな、デイビットにも盛っていた? それともピーターは……。彼は恐らく薬を盛られていた。だから息子を悪魔呼ばわりした。教師はなんだ? デイビットに盛るつもりの薬、もしくは家の中の薬入りの水か何かをデイビットが間違えて持っていった? 運悪く教師がそれを飲んだとかか? にたような水筒を使ったとかで。教師に薬を守る理由がなさすぎるしな。いや、そうマルセリーナが仕向けた? あの街との接点をより少なくしたかったのか?
部屋の鍵はなんだ。私の部屋の鍵が開いた。あれは、私を疑心暗鬼にさせるか、さっさと報告書だけ書かせて帰らせるためか。恐らくそこまで重要なことじゃない。フリオを監禁してしまったから、私が怪しむと思って鍵だけ直しに来たのか。そしてフリオ以外が直しているところを見られるとおかしくなる。フリオには連絡がつかなかったが知らない人間が直しているところに出くわさないように、私を見張っているやつがいたのか。ということは、さっきの店で私を外から見ながらどこかに連絡していたやつ。他にも協力者がいる……。おそらくそいつは雑務を担当しているだけだ、この仮に参加しているやつじゃない。繋がってきた。
家の中から、うめき声や泣き声らしき物が聞こえてきた。ドアが破られ、突入された家もある。
視界がグルグルと回っていることに気がついた。違う自分が周囲の確認のために何度も周りながらクルクルと回っているんだ。これからどうする? こいつらと戦わないと多分殺される。やられる前にやるしかないぞ。
そう思いながら。この危機的状況とは裏腹に頭の中では思考がずっと走り続けていた。
──エクソシストがその事件の少し前にここに滞在していた。彼の証言では確かにおかしな幻覚をこの村で見た。もしくは霊的現象(警察は幻覚と解釈)がこの村で起きていた。とされて……。
あの保安官はフリオがやったという。保安官がこの人狩りに協力していた。
呆然としているとフリオが戻ってきた。
「なにが見えてる? 敵はどこにいる?」
暗視装置でってことだろう。見回す。
「あ、教会の中に二人いるな。敵か? いや姿勢からして襲われてた人たちか。そのままにしておくべきかも、。まだ奥のほうや坂上の住宅地に4,5人以上。犬が多いな、8匹以上いるぞ。ドローンが少し飛んでる。たぶんあっちのほうで停まってる車両に乗ってるやつが…… 気づいたっぽいぞっ!」
「ちょっと見せて! 教会の中はピーターかも、聞き覚えのある女の人の声がしたし、多分中で不倫してたっぽい」
「…………」
まじかよ……。どう思っていいのかも分からずに、フリオがさっと暗視装置を見て、またすぐに返してくれた。
言ってる間にドローンが向かって来る音! 音が近づいてきたことで、それが理解できたが闇に紛れて正確な位置がわからない。緊張で頭痛が強まるほど歯を食いしばっていた。
発砲音、なにかが落ちた音、ドローンの音が止まった。フリオが撃ち落としてくれた。いってくる、そう言って闇の中にフリオが駆けていった。ずっと多くの坂上の闇から獰猛な唸り声、直ぐに発砲音の音。キャインという犬の泣き声が聞こえた。
俺は、俺は、なにをすべきか。暗視装置が恐らくほかにも車両にある、フリオに渡してもいいし、少なくとも奴らが取りに来た時に渡さないようにしておくか。車両の中を急いで漁っていく。武器になりそうなものは……。ドローンはどうするか。もうひとつある。つかうか?
ズ、……
幻聴だったかもしれない。なにか背後の藪の中気配を感じて振り返った。




