16話 酔っ払い、村へ。
>>リック・デイモン
田舎道はハイビームで闇の世界を照らそうにも心もとない。テンプルベルの村に向かう途中にタイヤが用水路にはまって動かなくなった。
くそ、どんだけ運が悪けりゃ気が済むんだ。スマホを見る。電波がない。電話すら出来ない。そろそろバッテリーが無くなる。車を引こうとしたが、無理だと理解するのに時間はかからなかった。
「……なにやってんだ」
ボンネットの上に腰を降ろし、煙草を吸う。
酩酊状態。飲酒運転。これ以上考えても仕方ない。ダッシュボードにビールがはいっていないか、ふと考えて自分で呆れ笑いした。
「…………」
夜はかなり冷える。気温は何度だ一体。この寒空のしたにいつまでもいれるようなコートは持ってきてない。当たり前だ、どうせ外に居続ける用事もないんだから。その当たり前の判断が、いまは恨めしい。
10度は確実に下回っているだろう。骨まで冷えきった指先に息を当てて、温めながら煙草を吸った。肺に入ってくる煙まで冷たい。
「……なんだ?」
闇の中、ずっと向こう。光が振り回されるように動いていた。
……人? こんな時間に、こんな場所で? ……なら幻覚か? いや、違う。
「……懐中電灯を持って歩いているのか」
灯りをつけたり消したりしている。隠れてるのか?
……どんなやつかも分からない。死体を埋めてる所にでも出くわしたらどうする。とりあえずエンジンを切っておく。
……さらに酒が飲みたくなってきた。
歩くしかない。予想以上に酔いが回りきっている。自分でも驚くほどの千鳥足。常人の3倍の遅さで道を進み、そこで道を間違えていることに気がついた。
勘弁してくれ、私をどうしたいんだ。藪の中に、ジャパニーズ・ホラーで見たような不気味な幻覚。あれは神社の門だろうか。
瞬間、日本人形のようなものがこちらをみている映像が脳裏に浮かんできて、押し黙ってまた歩くことにした。あま不気味なイメージを見たくない。
こんな暗闇の世界で、方向もわからず寒風を浴びながら道に迷うなんて。精神を削られていく。
引き返して坂道を進むと道脇に見覚えのあるセダンが見えたが、違う方向だと思ったので無視した。
ブルルルル。
ふらふらと山道を歩いていると、音が聞こえてきた。
ボロのバンがやってきた。サーカスの音楽が車内から漏れている。なにか邪悪な気配を感じて、藪の中に身を潜めた。
バンが藪の前で止まりドアが開いた。運転席から出てきた男が──
「ヒッチハイクはいらんかねぇ⋯⋯。あれぇ、だれかいた気がするけどぉ。いるに決まってんだけどなぁ、困っていませんかぁ?」
いいながら、後部座席のスライドドアを開く。
見た目は違うが、あの悪魔に違いなかった。おしゃれのつもりなのか暗視装置をつけている。なにかのコスプレのつもりか? 拳銃片手にニヤニヤして。作業服を来て人間に化けている。
後部座席には斧を持った太ったピエロが座っていてこちらを睨んでいた。まるで試合前のフットボール選手のような雰囲気で。片方の手には切断された人の頭が握られていていて悪趣味だった。悪魔の友達は殺人ピエロか。
十字架を握りしめて、あの薄くらい濁った目のデブが地獄へいきますように。そしてあの悪魔が今までしたことが全て別の悪魔によって返っていきますように。苦しんで死にたまえ。アーメン。祈っておく。
それがつうじたのか突然ピエロが心臓を抑えて苦しそうにしたのが見えた。悪魔が焦ったように「クソが!薬を飲め」と言っていた。暗視装置を被り直してこちらを一瞬見て、さらに舌打ちをして「しらねぇ」といって暗視装置を席に放り投げた。
(お、はは。祈りが効いたぞ)
おかしくて吹き出しそうになりつつも息を殺していると。悪魔がバンのドアを閉めた。
去り際に──「狩りに支障が出るだろうが」と悪魔が言ったように聞こえた。
嫌な予感が当たっていた。車が走り去る前に、さっと闇に紛れてナイフを抜きタイヤに突き刺して逃げた。悪魔がバンを急加速させて、闇の奥に消えていった。
「事故ってヒッチハイクでもしやがれ! はは。……ヒック。クソ、しゃっくりがでるな」
ふらつく頭で藪の中で小便をしてから、また歩き出した。
*
テンプル・ベルにまでやってこれた。
外は恐ろしく寒い。アルコールで身体が火照っていたのが唯一の救いだった。
パンパン!
花火のような破裂音。
何度か聞こえた。
どこからだ?
それよりも歩きすぎた。休みたい。喉が渇く。時刻は深夜を回っていた。保安官のパトカーはみあたらない。街灯も少ないが来た道に比べればマシだった。
村の入口から楕円形の地に足を踏み入れる。頂点に教会がある。雰囲気がなにかおかしい。
木々の枝が風で擦れる音。一度、強風が電車が通り過ぎるように吹いておもわず後ずさった。
>>フリオが死んだぁ。お前のぉせいでぇ。マルセリーナも死んだぁ。お前のせいで。デイビットも死んだぁ。お前のせいで。
声のした方をみると、藪の中からニヤケヅラの悪魔が歌うように言った。
ふらつきながら、屋敷に向かう。
視界が二重になって、脳が酸欠になっていた。鈍くなっている。なにか焦げたような匂いがする。
玄関扉の前のライトが私に反応し点灯した。
ポーチの犬の死体がライトに照らされてあらわになった。
白い毛が鮮血に染まって横たわっている。大きくたくましい犬。
「……初日に唸っていた犬。これがポーチ下にいたのか」
さらに頭が朦朧としてきていた。ラベンダーに燻した干し草を混ぜ込んだような強烈な匂いが一瞬鼻腔を刺激した気がした。
「……なんだ? 鼻血?」
出ていなかった。が、鼻の奥が熱くなって今にも鼻血が出てきそうだった。
ポーチ横にクーラーボックスが置いてあった。前に来た時はなかったはず。気になって開けると、ビールやテキーラが氷とともに詰め込まれていた。パーティでもやる気なのか。こんな夜中に。こんな場所で。
「しかし助かる。これは助かるやつだ……」
テキーラを片手に、ビールを後ろポケットに二本差し、もう片方にビールを持って開けて、煽るように飲んだ。
「ひゅう! おぇ、……いや生き返る。喉乾いてたからな……」
気分が少しマシになった。犬の死体をみたいが、自分がライトと犬の間に入ってしまって影になる。なけなしの携帯のバッテリーを使いトーチで照らす。犬の死体。
頭がグワングワンしていた。メリーゴーランドに乗ってる感覚。
「……なんだ、斧か? ……刃物か」
燃料は手に入れたものの、この状況で酔っていることが幸いなことなのか、危険を増大させているのかは、私にはよくわからなかった。
呼び鈴を鳴らすが、誰もでない。
「…………」
トーチの灯りが消えた。携帯の電源が切れてしまった。
「そうだ、デイビット。あの子は……」
コンコン、コンコンコン。
裏に回ってリズミカルに窓をノックする。反応はない。何度かノックしたところで、ここらの住人たちは銃を所持していることが普通だと言う話を思い出した。
もしデイビットが親に誰かが窓をノックしているといったら、闇の中で私だと確認などしてくれないかもしれない。
ガラッと窓があいて、そこにはライフルを持ったマルセリーナがいて……。問答無用で発泡されて……。
途端にそんなイメージが湧いた。ここにいるべきじゃない。
フラフラの頭でポーチに向かうと──
毛皮のフードを纏った巨漢がいた。フードが狼の頭になっていて狼男のようだった。
片手に斧、もう片方の手には釘バットを持っていた。それが玄関の前に佇んでいた。
なんだ、こいつは。




