15話 酔っ払いのエクソシスト
──リック・デイモン
翌日。
体調が優れない。起きるのが億劫で何時間もベッドの中にいた。
朝が昼になる前に散歩にでた。
カフェに入ってサーモンベネディクトを注文。いつもより多く酒を飲んだ。身体にはいったダメージを緩和したい。サーモンとポーチドエッグにマフィンにサラダという組み合わせがよかった。一口食べるたびに回復していく感覚になる。
テラス席で、ぼうっとしていると気分が幾分マシになった。あくびを噛み殺しながら通りを行き交う人を眺める。わりと人がいる。夕方過ぎると、ここも人気がなくなるのだろう。
最後の一口をコーヒーで飲み込むとやることがなくなった。
そうだフリオに連絡するか。もう昼だし、催促してるようには受け取られないだろう。心配だしな。
電話する。
……だめだ出ない。留守電になってしまう。
席を立って宿に戻ろうとすると、店のショーウィンドウにふと視線がいった。
人がヤモリのように張り付いていた。
>>人が死んだぜぇ、お前のせいでぇ。フリオが死んじまったなぁ、お前のせいでぇ。
「…………」
無言で通り過ぎる。下品な笑い声が遠くから聞こえた。服屋に寄ってスウェットを購入して宿に戻った。思った以上にここは夜は冷え込む。
宿に戻ると……
「……あれ」
鍵がささるが回らない。フリオがきて替えたのか? ポストの中身を見ると、鍵が1つはいっていた。その鍵を使うと今度は回った。
通知音が鳴った。
スマホを見るとSMSが入っていて。鍵は直しておきましたとだけ書かれていた。
*
午後はベランダで煙草を吸いながら本を読んだ。ちびちびと酒で水分補給しながら。酒も座りっぱなしも身体に良くないものだが、酒の利尿作用で頻繁にトイレにたつのでそこはよかった。戻ってくる時はちゃんと本物の水も新しいビールといっしょにベランダに持ち込んだりして。
いつのまにか眠ってしまっていた。起きるとリビングのソファに寝ていた。
空になったビール瓶と中途半端に4分の1ほど残っているものがテーブルやキッチンカウンターに置かれていた。ふらつく足取りでキッチンにいって水を3杯立て続けに飲んだ。
「チッ、サプリ……。マグネシウムのサプリでも買っておけばよかった」
溜息をつきながら、ぼやいた。
トイレに行く途中。
玄関の鍵が開いているのが見えた。
「……昼に替えたばかりだぞ」
真っ青になった。
周囲を確認してから鍵を閉めてトイレに入った。勘弁してくれ。祈るような姿勢でうなだれた。と同時にどうでもいい、全てがどうでもいいといういような気持ちにもなった。
酔いが恐怖を麻痺させてくれているのを感じる。が、それ以上に悲観的な気分になっていた。
「……しったことか。全て、しったことか。金ならあるんだ」
そうだ、金ならある。少なくとも今は……。
気が大きくなって、堂々とトイレを出て再び玄関を見た。
「そもそも、自分が閉め忘れただけじゃないか? ふ、はは。そういやさっきソファで起きたのも。そうだ、ベランダからリビングに戻った記憶なんてない。ここまで記憶があやふやなら俺が鍵を閉め忘れただけだろう。……そうに決まってる」
途端におかしくなって笑った。
「ひさしぶりに結構飲んだな。だんだん頭も冴えてきた」
眠気はまったくない。眠れそうにもない。冷蔵庫にビールはもうない。この時はキッチンに置かれているワインとバーボンのことをすっかり忘れていた。
深夜12時10分……。あの酒屋も、もう閉まってる。ベランダにでて外をみると真っ暗だ。民宿の近くだけはまだ明るい方だった。州道沿いのハブの街だから、途中で立ち寄る人間たちのために営業している店の周りだけが明るい。
長距離ドライバーたちのために深夜営業の店があるかもしれない。
ここらだけ。近所だけ、回ってみてこよう。
車を出すと民宿近くのダイナーが目に入った。エレナズよりも大きな店。
看板とネオンサインがいい感じで気になっていたところだ。ここに入ってみるのもいいかもしれない。ちょっとした気分転換になるだろう。
駐車場に車を停めて、店のエントランスに立つ頃には冷静になりはじめていた。アル中みたいな行動をしていないか。ちょっとだけ。酔いを覚ますように時間を潰して帰ろう。
「…………」
客はまばらで、広い店内に6人もいない。誰もがぼうっとした顔で、死人のように猫背で食べている。⋯⋯まるで、人生の休憩所。空調の音と外で車のドアを閉める音。珈琲が注がれる音。降り出した雨の音、人の話し声はなく気が落ち着く。青白い蛍光灯だけはどうにかしてほしい。誰もが病人のように見えてしまう。
オレンジ色の制服のウェイトレスがやってきて、さっさと注文しろと無言で伝えてきた。目の下に大きな隈があり、この娘も疲れているのだろう。
クラブハウスサンドを注文すると、すぐにでてきて意外に美味かった。全く期待していなかったのに。いい気分になって食が進む。途中で思い出したようにコーヒーを注文した。薄く水っぽい、火傷してしまうほど熱いコーヒーだった。
コン、コン。
音が聞こえて窓外を見る。誰もいない。
また幻聴か?
うつむいてコーヒーを覗き込むように見て思案した。顔をあげ店内をさっと見回すと、正面のボックス席のほうの窓に自分が映っていた。その窓の外に一人の男がいて、自分を見ていた。雨が降っていて、レインコートを着た面長な男。ヒゲはなく、顔色は土色のように感じた。目元は頭からすっぽりと被ったコートのフードで見えない。
トランシーバー? スマホか? なにか口元に端末をあてて俺を見ていた。誰かと会話している? 報告している?
目は合わなかった。そいつはすぐに奥の闇に去った。
コン、コン。
また音がして、真横の窓をバッとみると先ほどとは違う男がいた。ポケットから銃を取り出して──こちらに向けた。恐怖に顔を引き攣らせると、ニィっと口の端を大きく釣り上げてから男は闇の奥に消えた。
幻覚だ。幻覚のはず。
ガシャン! グラスが割れた音が店内に響いた。振り向くとウェイトレスがグラスを落としたらしかった。雨も降っていなかった。雨が降っていたような気がする。いや、今そう思いはじめたのか? なにを言ってるんだ俺は、まだ酒がのこってるのか?
新しい客が入ってきて、冷たい風が耳にかかった。入口からこんなに遠い席なのに。
冷や汗が吹き出る。ビールとウィスキーを注文する。あの疲れた顔のウェイトレスがやってきて顔色ひとつかえずに2杯同時に持ってきてくれた。俺がそれを必要としているのを理解したんだ。
フリオに電話するも出ない。夜中だからかも知れない。だが、おかしすぎた。なにかが起こっている気がする。
「⋯⋯なにか用事があったとかだよな。返事が遅れたのもそれでいい。だが繋がらないのは? 携帯が壊れた?いや、こんな時フリオならどうする?」
違和感を感じていた。フリオの返信はいつも早かった。必要あればすぐさま連絡しようとする人。マルセリーナにもメールじゃなく電話で連絡していた。俺にも、メールより電話を好んでいた。のんびりしているようで面倒は嫌う合理的な人だ。最短でことを済ませる人。最初ここに来たときも、煩わしそうにジャケットを後部座席に投げた姿を思い出す。
なにかあった時に、メールでこれないことを伝えるひとか? それに俺が彼に電話したんだ。折り返すなら電話のほうが楽だろうに、わざわざメールで鍵を替えたことだけいってきた。
「……あのメッセージ。仮にフリオが電話じゃなくメッセージを選んだとしても。彼なら、新しい鍵はポストの中にはいってますまで、書く気がする」
念のためマルセリーナに電話する。彼女も出なかった。気がおかしくなりそうだった。もう飲酒運転のことなどすっかりと忘れていた。
「……行ってみよう。おかしなやつと思われても霊感のせいにすればいい」
駐車所から車を出した。頭がまわっていなかった。ただ無心でなぜかこの時は村に行くことが自分の使命のように感じていた。
街を出るととたんに街灯が少なくなる。ガタガタと揺れる道が、いいようのない不安感をさらに増幅させる。
「うっとおしいな、舗装くらいしろ」
夜の田舎道はハイビームが武器にもならないほどの闇の領域で、あと数分というところで、車が道脇の用水路のような場所に引っかかって動かなくなった。
くそったれ、いい加減にしてくれ。




