13話 仕事の余韻・悪い噂
「そう言えば、あの部屋の鍵。⋯⋯夜中に開けられたんです」
民宿前、停車した車中でシートベルトを外しながらフリオに深夜の出来事を説明した。
「え、あの部屋の?」
フリオがキョトンとした顔で聞き返してきた。
「ええ、この民宿は知り合いの?」
「いや、あそこはマルセリーナの持ちもので。いつも誰かに貸し出してるけど⋯⋯」
やはりそうか、となると⋯⋯
「あの外壁とかは⋯⋯」
「ああ、俺がやったやつです。頼まれて」
「ああ、やっぱり。あそこの家と似てると思ったんです。しかし前の客に鍵を持ってる人がいるのかな。イタズラだといいんですが」
いいながらフリオを見ると悩んでいるような素振りだった。
「うーん、心配なら鍵変えましょうか? チェーンもできるし。今日か、明日までは滞在するんでしょ?」
「ええ、なんなら少し疲れたので。数日ここで休んでから帰りたいと思ってたところで⋯⋯」
「ああ、そうですよね。倒れちゃったし⋯⋯。言わなくても気にしないと思うけど、一応僕からマルセリーナにいいましょうか?」
さすがに何でも屋で話が早い。礼を言うと、その場で電話してくれた。マルセリーナはいくらでも延長してもらって構わないと言ってくれた。
「ありがとう、フリオ」
「どういたしまして、リック。どのくらいいますか?」
少しフランクに話すように互いになってきた。依頼が終わってから互いに打ち解けはじめたのを感じる。
「どうしようかな。片道便で来たので。すごく綺麗な場所だし、ちょっと休みたい。あまり居すぎても申し訳ないけど」
「1週間ほど滞在して決めたらいいかも。それか1、2ヶ月とか……」
「いやいや、けっこう幅があるな」
「ハハ、アハハハ。ほんとだ!」
互いに笑いながら階段を上がっていく。フリオが部屋のドアを少し見てから……
「シリンダーだけ持ってくるから。ちょっと倉庫によらないとかな」
とぶつぶつ言っていた。
「結構時間かかるものですか?」
「いや交換はすぐ。数時間後にまた来ようかな。外出してていいですよ。私も鍵あるし。寝てても外にいってても自由にしてていいですよ」
階段上からフリオを見送ってから部屋に入った。
すぐに上着を椅子の上に放るように置いてソファに倒れ込んだ。
「⋯⋯あぁ、ようやく終わった。仕事は完了。しかし、とんでもない目にあった」
どっと疲れがやってきたが、ずっと取れなかった全身の緊張が抜けていく感覚もあった。
仕事後の余韻はいつだって多少は心地いい。目をつむって休もう。
このままソファで寝てしまいたい気持ちに駆られたが、頭はまだ動き続けていた。
いや待てよ。この部屋のドアも。二人のイタズラじゃないだろうな。……フリオの反応からして彼ではないか。マルセリーナか? 夜中に抜け出してわざわざ来るだろうか?
「デイビットは大丈夫かな。いや、もういいだろ」
目が乾いている気がする。ちゃんと眠れていないような感覚。
重い腰を上げ、灰皿を持ってベランダにでて煙草に火をつけた。
曇り空。
灰色の空に雨が降り出しそうな気配が漂っていた。
ベランダ備え付けの椅子に腰を下ろして足を組む。煙草を吸って過ごした。煙草だけが自分を労ってくれるような気がする。瞑想などあまりやらないが、煙草を吸うのが自分にとってはそれに近いものかもしれない。
ただ雲が流れていくのを眺めながら煙草を吸い続け、自分がどれほど疲労困憊していたのか自覚した。酒を浴びるように飲んでいた時期があるが、当時の感覚に似ていた。
休む時間はあっても、疲れが呪いのように取り憑いて離してくれないような感覚。一人泣きたいような感覚にがんじがらめにされる、そんな疲れだった。
⋯⋯もういい、考えるな。リック。
自分に言い聞かせる。もういいだろ、十分。⋯⋯よくやってるだろ。こんなに疲れ果てるまでやって。それでも全然足らないなんて。そこまで自分を責めなくていい。そんなことにエネルギーを使うな、リック。
灰皿が一杯になったところで中に入った。
ソファに寝転がる、うとうとしながら携帯を取り出してマルセリーナに簡単な報告をして、宿に滞在させてくれることについて礼をいった。
5分後には返事が来て、気にしないでいいと書いてあった。
「……甘えさせてもらうか」
そうだな。ここで過ごそう。意図してはいなかったが。それは最初にこの街に来た日に既に考えていたことだった。
*
起きると日が沈みはじめていた。
シャワーを浴び、またベランダで煙草を吸っていると回復してきて。せっかくだから外食でもしようか、という気になった。
上着を羽織り外に出ていく。車を出して適当に行くあてもなくぶらつくつもりだった。
適当に、適当に。
気になった店があればそこで食べたらいい。エレナズはまだやってそうだが昼にいったから違う所がいい。
坂道の店が立ち並ぶ通りに停車して、看板で駐車時間だけ確認。夜は店の半分以上が閉まっていたが、ライブハウスを上階に入れているバーがやっていた。
向かいの店はデートしたあの子といったところで。一人で入る気にはなれなかった。
バーにはいりカウンターにつく。バーテンが、見ない顔だな。問題を起こすなよ? というような目つきで見てきて……
「お一人ですか? 飲み物は?」
と聞いてきた。
ビールを注文し、喫煙出来る場所があるか聞くと⋯⋯
「他州から?」
「……ええ」
バーテンがテーブルの下から灰皿を取り出して……
「そこから外に出たパティオで吸っていいよ。そっちにも灰皿は在るけど持ってっていい。注文する時はここにまで来て」
少しくだけた口調になってそういった。
「ありがとう」
立ち上がるとと背後から「ビール好きなら二杯目は地元のやつ頼んだらいいよ」
と聞こえてきた。振り返って「ああ、そうするよ。ありがと」
と返した。
パティオに出ると、一気に冷たい夜風に吹かれた。光源が少なくヒーター周りに喫煙者が光に集まる虫の如く集まっていて、自分もそうした。
パティオには数人の男がいてヒーター前に集まって煙草を吸っていた。軽く挨拶して自分も中に入ると特に親しいというほどではないが挨拶程度はする顔見知りの客たちなのだと知れた。
二人が労働者風の40と50くらいの男で、もう一人は赤ら顔のカウボーイハットを被った老人。
離れたところで男が携帯片手になにか苛立ちながら会話していて、そいつは直ぐに速歩きで店を出ていった。
ヒーターの熱が強めで熱っぽく感じる。頬を火照って少しヒーターから離れたくなった。
2杯目を頼みにいくと、さっきのバーテンが「ヘイ」と声をかけてきた。
「やぁ」
「ローカルのビール頼む気になった?」
「やたら推すじゃないか」
「まぁ、実は俺の兄弟といっしょに作ったんだよ。へへ、それに美味いからな」
照れた様子でバーテンがそういった。
「ああ、なるほど。じゃあ一杯もらうよ。種類は?」
「IPAとペールエール、スタウトもあるよ」
「へぇ、どれにしようかな。じゃあスタウトにするか」
なんとなく黒ビールにすると、「お、いいね。これ結構良かったんだけど。地元のジジイたちはしゃらくせえっていって昔から飲んでるやつしか飲まないんだよ」
「まぁ、そんなものかもね」
クラフトビールは最初の一杯目は美味いが、普段飲みするかと言われれば正直それにはふさわしくないほどに、フルーティ過ぎるとか、癖が強いものが多いとおもう。
昔はよく飲んだが6本入りで買うと無難で癖のない淡白なもののほうが良かったと後悔したりもするし、老人達が慣れたもの以外を好まないのも想像がついた。自分の好みなど十分しっているのだ。
──だからギネスやラガーを飲むんだよ。
と昔の飲み仲間が言っていたのを思い出す。と言ってもこれから目立っていかなければならないブリュワリーは一口だけ飲んで美味い! と思わせられなければいけないのだろう。そこらへんの事情も考えれば、仕方ないことだろうと思った。
実際にスタウトを受け取って一口その場で飲むと、驚くほど美味かった。これなら普段飲みできるかも、とおもえるほどに。
両眉を上げたのをみてバーテンが嬉しそうに笑った。
「ほら、美味いだろ? それオートミールスタウトな」
「ああ、本当に美味い」
オーツで作ったスタウトね。
飲み干す前にペールエールも頼むと⋯⋯
「おいおい、こっちも今試すのかよ?」
と言いながら笑いながら出してくれた。
「うん、こっちも美味い。直ぐに飲んじゃいそうだから今2杯持っていくよ。10分もしない内に来たら。ちと恥ずかしい」
「ぬるくなるぞ、って外ではならないな」
とバーテンはご機嫌な様子で言った。
パイントグラス2杯もって外にでる。ヒーターから一つ隣の席に腰を降ろす。このくらいの位置でいい。気温は6度ほどだろうか。。
頭が働き続けていて発熱でもしてたのか、冷気を浴びても頭部に関しては心地よさしか感じなかった。指先のほうは逆にかじかんで人差し指の爪が痛いほどだったが。
ポケットから手袋を取り出す。外側が革で内側がニットのもの。煙草が少し指にはさみづらいが仕方ない。この温度でパイントグラスを直に持つほうがキツイ。
スタウトを5分もしないうちに飲み終え、エールに口をつけはじめた時には、さらに冷え込んできた。これを飲んだらバーボンを頼んで中で温まるか。
そう思った時だった。
見覚えのある女がパティオに入ってきた。煙草を持ってやって来て……
「ライターかしてくれますか?」
「ステイシー⋯⋯」
「⋯⋯あ」
気まずい空気になるが、ライターを差し出すと彼女も受け取った。
ボッ
「ありがと」
「⋯⋯ああ、それで話してくれるのか?」
「えーと、なにを?」
「なぜ態度があんなに変わったのか。まったく見当がつかないんだ。教えてほしい」
「⋯⋯なにも理由はないっていったでしょ。それより作家がなにをしてたの? こんな街で」
「作家とは別の仕事だよ、ちょっと頼まれて人を見てただけ」
「⋯⋯そう。じゃあ次はいつ来るの?」
「もうこないだろう、たまたま話が来たから⋯⋯」
「へぇ、何の話? それと、じゃあ、もう帰るの?」
「ああ、そうだ。まぁ、人のプライベートなことになるから言えないんだ」
「言ったらマズイようなことじゃないでしょうね?」
「マズイこと? たぶん違うけど。何の話だ?」
「⋯⋯そう、じゃあ私の早とちりだったかも」
「そうなのか?」
「気にしないでっていってるでしょ。単に変な噂があっただけ。その村は行方不明になる子が多いとかね」
「……おいおい。まさか、それと俺が関係してると思ったのか。人さらいか、なにかだと?」
「……別に。それよりもう話したでしょ。私、変な事件の話とか好きじゃないの」
「ああ。悪かった」
My badといいながらステイシーを見ると、口をとがらせるような表情でビールを飲んでいた。
「かなり冷えるな、俺はもう中に入るけど、君は?」
「そうさせてもらうわ、この一杯だけここで飲んでからね」
ステイシーがそういった。
中に入ってバーボンを頼みに行くと、
「流石に寒かっただろ?」とバーテンが言ってきた。
「ああ、降参だ。逃げ込むよりない」
ジャックダニエルをダブルで頼み、適当な摘みもついでに頼んで席につくと、食べ物がやってきた辺りでステイシーが来た。
「失礼」
いいながらステイシーが席に座る。
「あ、ウィング頼んだのね。うわぁ、誘惑されるぅ」
「ここのウィング美味いの?」
「うん、食べすぎちゃうから危険なの。量もおおいし」
「たしかにな。飲み物はどうする?」
「買ってくれるの? じゃあサイダーにしようかな。アップルじゃなくてペアサイダーね」
「OK、頼んでくる」
ステイシーはいっぱい飲んで自分のウィングをひとつ頬張ってから、どこに泊まっているかなどの話になった
その流れのなか宿の鍵が開いた話などをすると、ステイシーが露骨に嫌そうな顔をして。
「⋯⋯怖いわ、気をつけてね」
「ああ、まぁもう大丈夫だろう。心配してないよ」
「あの村の人達が取ってくれた場所なんだよね?」
「ああ、そうだけど。あの村になにがあるんだ?」
「別に、ただへんな都市伝説じみたもののモデルだって聞いたことあるだけ」
「都市伝説?」
「ええ、もういいでしょ。帰るから車まで送ってってくれる?」
席を立って、車まで送ると去り際にキスする流れになった。彼女を抱きしめて、宿にくるか誘うと……
「嫌よ、夜中に鍵が開く部屋なんて」
「まぁ、そりゃそうか⋯⋯」
「また今度ね。今日は怖い話したからダメ」
冗談ぽくステイシーがいった。
「けっきょく都市伝説ってなんだったんだよ」
「……昔ひどい事件があって。人がいっぱい死ぬような⋯⋯。あそこの村の人達は金をもらって嘘の証言をしたとかそんな話。占い師の友達が言ってた」
「占い師の友達の陰謀論じみた噂を信じていたのか」
呆れて言うと……
「すごく情報通なの、その子。占い師だから信じたんじゃない」
そう言われて、こちらも少し緊張した。ステイシーはかなり真剣な表情だった。
「それであそこに行く俺も変なやつだと思ったのか?」
「ううん、また事件を起こすつもりで外からやって来た人なのかと思って⋯⋯」
⋯⋯それ以上のことは彼女は言わなかった。そのままハグして別れた。




