12話 エレナズ・ダイナー
階段を降りていくとフリオが見えた。外は強風。
「どうも」
「どうも、風が強いですね。店は決まってます?」
革のジャケットのジッパーを一番上まで閉めながら言葉をかわす。
「うーん、ピーターがなにも言わなかったから⋯⋯。どうしよ。じゃあ、エレナズでいいかな」
ぶつぶつ言ってフリオがSMSをピーターに送っていた。
今回はフリオに送ってもらうことにして、フリオのセダンに乗り込んで向かった。
州道の降り口の方へいくと、直ぐにそれらしき看板が見えた。やや古びた大型の看板。ずっと遠くからでも見えるように。外からやって来る長距離トラックのドライバー達が見やすいように。
店はステンレスとガラス張りの建物で付近のスーパーと駐車場を共有していた。赤いパラソルつきのテラス席が店に沿うようにL字に配置されてる。
寒く乾燥した気候と店周りのヤシの木がアンバランスだが似合っていた。
入口でヤシの木に違和感を覚えて、よく見ればプラスチックで出来た偽物だった。
「ん、どうしました?」
ヤシの木を見ていた自分にフリオが言った。
「……いや、大したことじゃないんです」
適当に言って店に入る。嫌なイタズラの共犯であるフリオには秘密だ。
エレナズは、古き良きアメリカのダイナーと言った感じでステンレスのテーブルにカウンター。そのまんまDinerと書かれたネオン。年老いたウェイトレスと若いウェイトレスが制服を着てパンケーキとベーコンエッグを運びながらこちらに声をかけてきた。
「何名様? どこでも好きなところへどうぞ」
「──3名」
フリオが慣れたような感じで指を三本たてて言った。
若いウェイトレスは美人だった。ブルネットの平均顔的美人で人形顔。背はモデルになるには足りないが、そんなことは大きなお世話だろう。まさに店の看板娘という感じだ。
ふと、あの子を思い出した。昨日デートした。あの店の⋯⋯。なんで態度が急変したのか。それに、あの表情。一気に感情が消失したような。
ウェイトレスたちはフリオを知っているようで……
「ハーイ、フリオ。人を連れているのは珍しいわね」
などと声を掛けていた。フリオはと口ごもるように返すだけだった。
姪の取り憑かれた子供を見に来たエクソシストなどとは言えないのだろう。
フリオはベーコンエッグマフィンと珈琲を頼むらしい。
自分はパンケーキにしようか、すこし迷う。
甘いものは時折嫌になるが、時折食べたくもなる。今日は食べたい日だ。しかし、それ以外の選択肢も見ておきたいのでメニューを目を滑らせる。
「⋯⋯メニューにある、これはどんなものですか?」
甘いものは好きでも、この手のものは警戒する。警戒するが聞いてみる。
「ああー、これ俺は好きじゃなかったです。すっごく甘い蜂蜜だらけのワッフルにホットソース付きのフライドチキンがのってるやつ」
「うわ、私もダメなやつだ。こんなもの食えるなんて考えられないな。シュニッツェルをチョコフォンデュにするくらい意味がわからない。プレッツェルならいいけど⋯⋯」
頼んでもいないメニューにアホみたいな愚痴を言うと、ツボに入ったようでフリオが腹を抱えて笑っていた。
チリン、チリン。
新たな客が入ってきたことを告げる音がなって、すぐにそれがピーターだとわかった。最初険しい顔で店に入ってきて辺りを見回してから、こちらを確認してよそ行きの顔になった。
「──どうも、初めまして。ピーターです。マルセリーナの夫の……」
「初めまして。リック・デイモンです」
立ち上がり、握手をかわして互いに席についた。
「それで、話しておきたいこととは?」
「まぁ、なんと言っていいかわかりませんが。私も蚊帳の外じゃなく、貴方の診断とやらを聞きたいというだけです。たったそれだけ。シンプルでしょ?」
軽い口調、冗談交じりにピーターが言った。最初店に入ってきた時の印象と割とギャップのある男だった。少しお坊ちゃんのような印象ももった。
結論から言えば、ピーターは特に私の話を否定しなかった。最初怪訝な顔を見せたが、最後まで黙って聞き……
「そうですか、ちなみに貴方が祓えばその呪いは消えるのですか?」
と聞いてきた。
「……効果はあると思いますが。完全にという保証はありません。お力になれず申し訳ありませんが⋯⋯」
「いえ結構です。ただ、その。⋯⋯あなたが来る必要はあるのですか?」
「⋯⋯と、いいますと?」
⋯⋯なんの話だ? 思いつつ聞いた。
「もしも⋯⋯、お祓いのアイテムなりなんなりがあるのなら、それだけ頂いて私がやっても? これでも聖職者です。それにあなたが家で倒れたと聞きましたし⋯⋯。その、……あまり無理なされると」
⋯⋯ああ、この霊能力者もヤバイやつだとおもわれているのか? あまり家に来てほしくなさそうだ。霊能力者を信じているような素振りは一切見せなかったし。私を信用していないどころか、さっさと追い返したいのかも知れない。もちろんこっちとしても別に構わない。
「ええ、あなた方がそれで構わないのなら私は問題ありません」
「そうですか! マルセリーナには私から言っておきます。大丈夫ですよ」
半笑いでピーターが言った。ここで頑固になる必要もないだろう。
「では、マルセリーナさんに報告書だけ送りますが。それでいいですか?」
「ええ! 構いません。フリオもそう思うでしょ? ね?」
一瞬、身を乗り出してきたピーターに驚きつつ、フリオの方を見るとフリオは興味なさげに……
「まぁ⋯⋯」とだけ言った。
大丈夫か? あとになってやっぱ戻ってきてくださいとか、言わないでくれよ。面倒だから。早めにマルセリーナに説明して、報告書もさっさと送ったほうがいいかもしれない。
「⋯⋯では、私の持っている聖水と特別な灰と塩がありますので。これらをポーチに一つ、デイビットの部屋の窓の外に一つ⋯⋯」
あとはどこにするかな。
適当な場所と手順を教えておく。
「⋯⋯わかりました」
一瞬、面倒そうな顔をしたピーターだが、そのまま話は終わった。
意外だった。適当に幻の呪いなどといったが、ピーターは真剣にそれを祓えるものなら祓ってほしそうにいったからだ。マルセリーナは私に、家のせいだというお墨付きを貰いたいだけだし、それで良さそうだと感じたが、ピーターは違う? 彼は霊感があると言っているらしいが、本当に呪いがあると信じているのか?
おもわず首をかしげそうになった。
横にいるフリオを見ても、追加で注文していたハッシュブラウンを頬張って「ん?」と見返してくるだけだった。この街で出会った人の中でもっとも呑気な人は平常運転だった。
そうだな。たいしたことじゃないさ。いちいち勘ぐらなくていい。
「⋯⋯では、後でフリオさんにそれらを渡しますので。これで私の役目は終いということで」
「ええ! 遠路はるばるありがとうございました」
その後はランチを食べ適当な話をしていたところで、素早くBLTを食べ終えたピーターが席をたった。教会に戻らなければいけないらしい。
思いの外平穏に終わったなと、ピーターの背中を見送りながらホッと息をついた。
あとは宿で塩と聖水だけフリオに渡して、灰は少ししか持ってないから。フリオに分けてもらおう。何でも屋だし持っているだろう。
聞くとやはりいくらでもあると言ってきた。じゃあ、それに混ぜるように言って終わりだった。
もう、この街には用はない。振込だけ確認して……。それで帰っておわりだ。
そう思うと、とたんに寂しく思えてきた。
窓の外から見えるロッキーが、これがもう見えなくなるのか。恋人との別れよりも切ないかもしれない。本当にこの土地に引っ越すべきなのかもしれない。運命にそう言われている気がした。この景色を眺めながら老いていきたい。それだけで人生は十分なもののように感じられた。
ただ、この街自体は⋯⋯。そこまでいい記憶になるかは怪しいが。屋敷でのイタズラは二度とやらないでほしいし。デート相手にはいきなり冷たくされて⋯。
思えば、あの巨人⋯⋯。幻覚のような気もしたが。
あれも彼らだろうか。窓の外で人が二人、台に乗って片側にマルセリーナ、片側にフリオがそれぞれ巨大なコートに入りそれぞれが腕を袖に入れていたという感じだろうか。
幻覚以外の説明もつきそうだ。肌も見せないのも、見せれない理由があったということだ。生首は写真をプリントして瓶の中に液体と共に入れたのだろう。全て彼らでも可能なことだった。特注のコートは誰が作ったのかも知らないが、どっちかだろう。どうでもいい。よくもこんなくだらないことをやるな、と思いながら溜息をついた。
「──ただ、ひとつだけ気になるのが……」
「どうしたの? リックさん」
「え?⋯⋯ああ昨夜記憶がおかしかったから。停電になって⋯⋯」
「ああ、⋯⋯なにか混乱してたみたいだね」
「ええ、帰ろうとして。あの広場でパトカー。あの保安官の車が、ドアが開けっ放しで。だれも乗ってなかった。保安官はなにしてたんだろう。彼はみかけました?」
「⋯⋯さぁ、俺は保安官のことは、⋯⋯わからない」
フリオはうつむいて答えた。一気に元気がなくなったようにも見えた。動揺してるわけでもないが、暗い話題になった時のような反応だった。
「そろそろ、行こう。宿まで送ります」
こうして今回の依頼は終了となった。




