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君に好きと言われたら  作者: Aster/蝦夷菊
β ルート〉花泪夫藍
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7/11

承︰ そのくせ幽霊に怯える君に

 家に帰り課題をこなしながらあのアプリを開く。

 あの感覚についての質問への答えは、私が改めて聞かなければならない。それはゲームでよくある、何度も念入りに『選択を確定していいか』と聞かれるあの質問と同じ意味を持っている……と勝手に解釈している。

 泪くんとは別れ際にメルンで友だち追加したものの、まだメールは送っていない。ホオズキの方も同じで、私は緊張している。この質問の返答がどんなものであれ、私自身が納得できるかが最大の問題といえるだろう。とはいえ、ホオズキの話すことだ、理解しきれるかすらも怪しく感じる。


 意を決してメッセージを打ち込み、送信した。


『昨夜の返答、聞かせてくれませんか』


『……今の君に言っても、高度で理解できない可能性が高い。今言えるのは、このまま全員の情報を拾い、それぞれと親交を深めていってほしい、それだけだよ』


『教えてくれないんですか?』


『たとえ分からなくても、君は真相が欲しいのかい』


 確かに、分からないのなら……意味が無い。

 苦虫を噛み潰すような顔をして、またも掠め取れない自身の疑問の答えに腹が立ってしまう。


 だからといって、ホオズキを責め立てるような勇気もやる気もない。それは自分の立場や知識量をよく自覚しているからなのか、何でも答えてくれるという約束を反故にされたような疎外感からくる諦めだろうか。


『本当に申し訳ないが、私には君に伝えることに制限がある。立場上、情報の選択は慎重に行わなければならないから、といえば言い訳がましいかもしれないけれどね』


 立場──カンリニンという立場では、私に伝えられない物事がある? ……そも、カンリニンとは何だという話なのだが。

 カンリニン、管理人。文字通り受け取れば何かを管理する人だ。対象は定かではないものの、実際に私の動向を監視しているかのような言動が見受けられている。…………あまり難しいことを考えるのは苦手なので、何か大きな悪の組織やら何やらにつっかかられていないことを祈る。


「怪しすぎるよ……」


『怪しいのは認めよう』


「…………ぅ」


 せめて否定してほしかった。


 兎にも角にも、デジャヴのことは暫く“正夢を見た”というていにして目をそらそう。深く考えていると頭が痛くなってきた……。ああ、私は何故最初っからこのメールを無視するという選択をできなかったのだ。いや、ハッカーのような事をする人物を無視しても、向こうから強引に今この瞬間と同じ状況へ送られるかもしれない。

 鼻から息を流し、肩を落とした。


『今日はこれでお終いかな』





『はい』




 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽




「またお前は勝手に外をほっつき歩いていたのかッ!」


「────っ」


 頬がじんわりと痛みを染み込ませていく。もうとっくのとうに、この痛みが入る空きもない。細胞のすべてに痛みが染み込んでいる。


 また酒に口をつけて、恨めしい顔でこっちを睨みつけている。あぁ、何て愚かなんだろう。

 自業自得じゃないか、お前も俺も。


「もうやめて! 毎日毎日、いい加減に…………!」


「母さん」


「…………部屋に行って。──行って頂戴!」


 劈くような高い声。毎日こうだ。


「父さん、飽きずに酒を飲んで楽しい? 飲んだって、飲むだけ苛立ちが多くなる。暴力的になる。その子供みたいな沸点の低さ自覚しなよ」


 顔に液体がかかる。炭酸がきつい。酒を投げられたか。目にしみてしまう……着替えていて良かった、制服だったら洗うのが大変だ。

 母さんも俺を見る。心配そうにのぞき込んでいる。大人しく部屋に行かず文句を垂れてごめんよ、母さんにだっていい加減気付いてほしいんだ。自分の選択の結果、こうして家庭は崩壊してしまったことを。滑稽だよ、他者からしてみれば滑稽だ。そうでしょ。


 俺は似たくないな、こんな大人になんか。


「あぁ!?」


「煩いなぁ、近所のこと考え────」


 地に伏す。

 一番俺が嫌いな痛みをわかってるからこそ、俺はお前が嫌いだ。心の底から。腸が煮えくりかえりそうな程。




 秋くん。俺のことわかってくれてるのは、本当の意味でわかってくれてるのは、君だけだ。

 痛みと恐怖で支配しようとする父親も、それに従順に従って身を縮こませる母親も、きっともう表舞台じゃ生きていけないよな。俺だって、きっと。


「良いじゃんか、……俺の勝手でしょ」


「お前が自由奔放に好き放題暴れたから、俺達の家が────、罪を償え、お前は悪魔の子なんだからな!」


「──っ、く」


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 ……いい加減に慣れろよ、俺の馬鹿。




 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽




 いつも通りに席について準備を終え、和ちゃんが一人で居るのを見た。私は勇気を出して話しかけにいこうと席を立つ。本を読んでいるのかと思えば、それは海洋生物の写真集だ。


「おはよう、和ちゃん。魚好きなの?」


「おはよう、結蘭ちゃん。……あぁ、コレか」


 写真集をパラパラと捲り、表紙を見せるようにして差し出してくる。


「うん。魚を沢山飼っているから、いつも賑やかで……。結蘭ちゃんは、好きな海の生き物は居る?」


「えっと、そうだなぁ……。アザラシとか、クラゲとかかな? 見た目が凄く可愛くて」


「クラゲは静かだけど、たまに歌を歌ってくれる。アザラシは甘えん坊で、よく話しかけてくれるよ」


 歌う、話しかけてくる……。まるで動物と会話することが可能かのような口振りだ。実際にそうなのか、はたまた感受性が極端に豊かな子なのだろうか。


「話せるの?」


 一先ず単純に聞いてみよう。


「話せるよ。カフェは水槽と魚に囲まれているけれど、いつも皆客人をもてなそうと話しかけるの。肝心の声は届かないけれど、癒やされてくれる人は多いから」


「……そうだ、そのカフェの場所ってどこ? 今度行こうと思ってて」


「あ、そっか。場所を伝え忘れてた。メールで地図を送ったほうが早いかも、メルンを交換しても良い?」


 友だちに追加して、お店の情報を送ってもらう。地図を開いてみると、何となく見たことのある地形が見える。確か……泪くんが行こうと誘ってくれたカフェだ。名前は────“カフェ・ピリオド”。


「純喫茶だから、お酒を飲む人は居なくて、学生さんが来やすいお店だよ」


 よく高校生に人気な『白鯨珈琲店』みたいな感じだろうか。あそこはお洒落すぎてとても行く勇気は出ない。店名からも察するに和ちゃんの母親がやっているそのお店も凄くお洒落な気がする。魚が沢山いる喫茶店か……。

 餌や水槽の管理の事を考えていると、和ちゃんの両親はお金の管理が上手なのか、はたまた魚といえど本物ではなく、絵であったり玩具のような素敵な飾り付けかもしれない。


 ともあれ、これでいつでもカフェへ息抜きに行ける、ということだ。

 ほう、と息を履いた直後──、




「────泪!」


 ガタン、と椅子が倒れる音が響くと、途端に教室で飛び交っていた全ての音が消え去ったように静まった。全員が驚いて秋くんと泪くんの方を見る。突然のことに誰もが息を呑むような状況で、隣に座る和ちゃんだけは冷えた目で二人を眺めている。死んだ魚のように、淡々と。


 秋くんは眼前、去ろうと席を立った泪くんの袖を掴み、涙ぐんでいる。今この場面だけで全てを察することなどとてもできないが、何かが二人の間に起きてしまったことだけはわかった。

 二人は見つめ合い、暫し無言で数秒固まっていたが、秋くんが何かを言おうと口を開きかけた瞬間、嫌そうに目をそらして泪くんが手を振り払ってしまった。周りも何かすることもできず、傍観に徹する。和ちゃんが私の腕をつついたがそちらに目を向けられない。その場に釘付けになる。


 心臓が跳ねるように鳴る。


「…………頭冷やしてくる」


 冷たく言い放ち、彼は教室を出ていった。


 秋くんがそれを追いかけようとして、やめる。そのまま首を乱暴に掻いて席に戻っておもむろに顔を伏せた。


「結蘭ちゃん」


「…………あ、えっと。どうしたの?」


「伊夫気くんのこと、……気になってる?」


 頷くと、顔を近づけるようにハンドサインで頼んでくる。ゆっくりと寄ると、満足気に「うん」と小さくこぼし、和ちゃんは小声で囁いた。




 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽




 結局今日は二人とも別々に帰っていたみたいだった。私は胸に残るあの冷ややかさに溜息をしながら薄暗い道を歩いている。

 和ちゃんに言われるがままカフェ・ピリオドに向かっているが……和ちゃんに何を言われるのだろう。

 彼の力になれるなら喜んで自分の精一杯を出し切ろう、と意気込む所にはいけるのに、その先が真っ暗闇で……私はどうにも、彼のことを本当の意味で知らないのだと自覚する。

 見上げれば、いつの間にかカフェがすぐ目の前にある。


 手すりに手を伸ばし、鈴の音を聞きながら中に入って、和ちゃんの姿を探した。


「いらっしゃいませ。……あら、君が結蘭ちゃん?」


「…………え、結蘭ちゃん?」


 空色の髪の毛に、水玉模様のシャツの上に羽織った特殊な上着が特徴的な女性だ。和ちゃんと顔が似ていて、カウンター────魚の泳ぐ水槽が中に内蔵されたそれの向こうに立っている。

 そして見知った声に首を回すと、テーブル席の隅っこで泪くんがスイーツを傍らに飲み物を手にして唖然としていた。


「あ、泪くん」


「なに? 二人とも知り合いなのね……なら結蘭ちゃん、向かいに座って。何飲む?」


「……えぇと」


 急ぎで天井から吊るされているメニューを見る。


「じゃあ、紅茶のミルクでお願いします」


「はいはーい」


 ぎこちなく泪くんの向かいに座り、顔を見合わせる。気まずくてたまらない。和ちゃんは泪くんが来ることを分かってたのだろう。つまりは、彼女がこちらに来てサポートしてくれるとは思わない方が良いか。こういう場を設けてくれただけで感謝しなければ。

 お客さんが居ないのも、そういう……?


 カウンターを見る。和ちゃんのお母さんは奥の方で作業しているようだ。


「それで、結蘭ちゃん。何か話でもあったり?」


「あ、うん……そうなんだけど。中々言い出す勇気は出なくって」


「……はは、時間かかっても良いよ〜。今日は暫く帰りたくないしね」


 帰りたくない……か。


「────秋くんと何で揉めてたのか気になるでしょ〜?」


 頬杖をつき、屈託のない──いや、乾いた笑みでこちらに明るく振る舞う。その様に少しだけゾッとして、膝上に置いていた手に力を込めた。


「俺は大丈夫だって言ったんだけどね。秋くんが全然諦めてくんなかったんだ。……自分でも分かってるのに」


「…………泪、くん」


「──────結蘭ちゃんさ、家族皆優しくて仲良いタイプでしょ。顔に滲み出てるよ〜。他人に優しくしようとする……秋くんとは違う理由でだけど、それは良いことだね」


 淡々と、こちらを見透かした発言を並べていく。

 こちらに向けられた美しい碧眼に、まるで大きな絵画に描かれた魚のような目に見られているような気がして、寒気がする。


 兄弟の末っ子で、確かに家族全体の仲は然程悪くない。…………この羨んでいるような、言葉に乗せられた妬みのような音の重みは何だ? 微笑んでいる、確かに口角は上がっている。しかし、笑っていると私は思えない。

 十中八九、彼は────。


「……怖がらせるつもりはなかったんだけどなぁ。ごめん。話、やめる?」


 優しげに"振る舞っている"。


















「…………ううん」


 それでも、やらなきゃいけない。

 彼の悩みに寄り添って、どれだけのことを出来るのかわからないけれど。


「貴方の話を聞かせて、泪くん」


 胸に強く手を当てて、彼を真っ直ぐに見据える。


 驚いたような顔をしたかと思えば、伏せがちにした目を反らして何かを呟く。彼の言葉は聞き取れなかったが、その端々に感じた声の質感は滑らかだった。どこかで感じた暖かな雰囲気へと誘われ、吸い込まれるように私は彼の瞳の奥を覗き込む。




 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽




 とてもじゃないけど……こんなこと会ったばっかの君に話すことじゃないんだろうな〜、って思うよ。信頼関係なんてもってのほか、俺は君の事を少ししか知れていないし、君もそうだから。


 俺はお菓子作りや裁縫が好き。女の子らしいかもしれないけど、俺は甘いものが好きで、家族にゃ作らせる気も買うよう頼む気も起きないもんだから……。両親の居ない隙に作ってさ、秋くんにも分けるんだよ〜。

 俺達は幼馴染で仲良しだ。でも、僕らは互いを知っているから、寄り添おうとして────今日は失敗しちゃったけど。





 自分の価値観が思考の軸に強く根付いててさ、俺は人が自分の考えるようなことから逸脱してると、許せなくてすぐ言っちゃうんだよ。しかも、全く相手の心も無視して土足で上がり込むのさ。観察は得意だから、よくぼーっと眺めて人の環境や性格を把握するんだ。そうやって俺が勝手に把握したことをつらつらと並べると、相手は嫌そうな顔をした。

 …………当然のことなんだけどね。見透かしてくる人に対して良い気持ちは抱きづらいだろうしさ。


 俺が嫌いなのはそういう自分の率直すぎる発言と……馬鹿な両親くらいかな。


 知ってた? 俺はお母さんと一緒になって、下らない父親の感情に振り回されてるんだよね〜。といっても知らないのは分かってるよ。


 小さな頃、冬の寒い日。

 火がつくタイプのヒーターだったかな、上にポットとか置いて使えるやつ。あれで温まってたらさ、酒好きな父さんが来て、そんときはもう結構酔っ払ってて酒臭くて。

 でも眠いし寒いから離れたくないしさ、そのままうとうとしてたんだよ。


 ────反射的に体が離れようとするほどの熱で目が覚めた。父さんは居なくて、横には倒れた酒瓶があってね、周りを赤白い光が覆ってた。


 逃げようとしたんだけど、背中にヒーターがビッタリくっついてたんだ。

 消防士の人に助けてもらわなかったら、今頃黒焦げの死体だね、全く馬鹿馬鹿しい話だよ。父さんが酒瓶を持ってこなきゃ…………いや、最初から酒の飲み方が普通なら。

 …………普通って何だろうね。




 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽




「……ありがとう泪くん。教えてくれて」


 自分軸が強く自分の思う価値観を人に押し付けがましく言ってしまうこと。そして家庭環境の悪さ。

 それでも高校生としてここにいるのは、母親が彼の将来を守ろうとして頑張ったその功績なのだろう。家庭に関しては私にできることは限られているけれど、自分の言葉を飲み込む方法は教えられる筈だ。


「私にできること、一つ思い付いたよ」


「できること?」


「自分が感じたこと、思ったこと……すぐに声に出ちゃうって言ったよね」


 息を吸い、吐く。


「言葉に出す前に、少しの間でいいから考えるの。立ち止まって考えるの────本当に出すべき言葉なのかって」


「言うだけなら簡単だよね、俺にできるかな?」


「それは泪くんの頑張り次第」


「…………そっか。うん、そうだね」


 納得したか、それとも自分に言い聞かせているのか。口を閉じ、歯噛みしているようにも見える。


「でも、泪くんの価値観を押し殺さなくて良い。泪くんが言うこと、もっともだって思うときが多いから」


 彼の境遇は単純に父親のせいだけとは言えないかもしれないが、詳細を知らぬ自分に言えることは何一つ無い。酒瓶を倒しそのまま知らん顔を決め込む、そして家族にキツく当たる。その行動は確かに悪いことだ。


「……気を付けてみる。明日秋くんに謝らなきゃなぁ…………結蘭ちゃん、手伝ってくれる?」


「もちろん」

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