起︰ いつも決まって無遠慮に踏み込んで
────私はどの委員会に……。
「…………あれ」
シャーペンを握りしめていた手が、止まる。意識が判然として、強風が突然私の肺に空気を送り込んで来たような感覚に身を震わせ、紙から目を離して周囲を見渡していく。
何らかの違和感が私の手を止めた。しかし、その原因となる物事への心当たりはまったくない。
委員会。そうだ、私は委員会を決めないといけないんだった。
私はどの委員会に入ろうか。
福祉委員会に入る
▷図書委員会に入る
委員会に入らない
読書は嫌いでは無いし、図書委員会に入ってみよう。仕事内容は読書の呼び掛け、本の貸し出しか。
渡された教科書をしまってから水筒を取りに行く。同じようにお茶を飲んでいた女の子が、私に話しかけてきた────いや、さっきから感じる既視感は何? 違和感ばかりが私の周りを蠢いている。気味が悪くてしかたがない。
女の子は私の様子を見てか、薄く開けていた口を噤む。
「結蘭ちゃん、だったよね。大丈夫?」
「大、丈夫」
「…………ふふ、嘘つくの苦手なの? 顔に全部出ちゃってるよ」
慌てて目をそらすが、和ちゃんは微笑んだままこちらに手を差し伸べてきた。暫く唖然とそれを見つめていると、彼女は私の水筒を指差し、それから自分の水色の髪を手先でくるりと回す。一連の動作の後、
「時間があったら、カフェにおいで。そこで少し話そう、“いつでも”いいからね」
そう言い残し、踵を返して席に戻っていった。
私は十秒程その言葉を反芻しながら、おもむろに席に近付いていく。ホームルームが終わった後、何か話しかけるべきだろうかとも思ったが、そんな事はなく、彼女はいつの間にやら教室からいなくなっていた。
私も委員会の教室に行かなければ。図書委員会は確か図書室に集合する筈だ。この気持ちの悪い感覚を放っておくのは気が進まないが、それで止まってしまっては周囲に迷惑がかかるだろう。静かな溜息をもらし、私は廊下に出る。それから階段を目指して歩いて行くと、小麦色の髪────泪くんの後ろ姿が見えた。
彼はこちらには気付いていない様子だったが、ゆったりとした足取りで階段に差し掛かっている。泪くんを追いかけるようにして早歩きに近付いていき、勇気をだして話しかけてみる。
「泪くん」
ピタリと足を止め、階段の踊り場でこちらに振り向いた彼は、私を見て微笑んだ。
「丁度良かった、結蘭ちゃん。一緒に図書室行く?」
「うん、いいよ」
✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽
委員会の集まりに参加して、後は帰るだけ。泪くんは先に出て行ってしまったが、廊下に出ようとすると話し声が聞こえてくる。その話し相手は光輝くんで、彼は私に何か用がある様子だった。
急いで椅子に座り、帰る準備を進める。ぎこち無い肩は光輝くんに声をかけられてビクリと跳ね、思わず言葉がたどたどしくなってしまう。
「皆を救ってあげてください。貴方はそれができる、優しい人だから……」
────“また”その言葉。
また? また、そう、まただよ。
通知音。思わず食いつくようにスマホを取り、ロックを外して通知の詳細をタップする。
しかし、それは期待していたものではなく、ただのニュースの通知だ。慌てる私を見て、光輝くんは小首を傾げてこちらを伺っている。
「あっ、えっと……何でもない。通知音切ったと思ってたからビックリしちゃって、あはは…………」
その場しのぎの嘘を吐き、スマホをしまった。
「……確かに、それは驚きますよね」
「と、とにかく。光輝くん、救うってどういうこと?」
そう聞くと、彼は俯いてしまう。
説明するのが難しいのだろう、暫く迷いながらも────結局は申し訳なさそうに首を振るだけだ。皆が誰を示しているのかは何となく分かるような、分からないような……そんな感じだ。今の私は何かが変で、今までの流れに違和感を感じながら動いている。
ただ、あのときは……違う委員会に入った気がする。
「詳細は説明しかねます。本当にごめんなさい」
「ううん、大丈夫。人の為に動くのは嫌いじゃないし、そのお願い引き受けるよ」
「…………!」
光輝くんはぱっと頭をあげ、その応答に口角を柔く上げる。それに私も微笑みを返し、短く別れの言葉を交わして帰路についた。
✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽
一人、自室で寝台に座り、スマホを傍らに置いて天井を見上げる。
「……………………」
私の記憶が、既視感が合っているのならば、この時間に────。
ピコン、と通知音が鳴る。心音がうるさい。スマホを取り、通知に触れてアプリに飛んだ。そして、目の前に飛び込んできた文字列を必死で追う。
『はじめまして、私はカンリニンのホオズキだ。君の疑問に答え、道のヒントを与えることを目的としている』
「……やっぱり」
『…………やっぱりって、何が君の想定内なんだろうか?』
文字を素早く打ち、送信ボタンを押す。当たり前だが、すぐに既読がつく。
ホオズキと名乗る人物、カンリニンの一人。何を管理しているのか、このアプリが何なのかは不明だ。電源は……消せない。記憶の片隅にあるその記憶と同じだ。
『疑問に答えてくれるのなら、私の感じているこの既視感の原因を教えて』
『君の挙動がおかしいと思ったら……なるほどそういうことか』
少し間を置いて、ホオズキは続ける。
『少し待っていてくれないか』
「えっ」
返信が途絶えた。十秒程待っても続きの言葉は送られてこないため、本当に席を外したのだろうと溜息をこぼす。私は布団に横たえ枕に頭をうずませて、再び通知音が聞こえてくるまでぼーっとすることにする。
段々と瞼が重くなり、自分の鼻息がよく聞こえてくる。
ウトウトと、その重力に逆らえず目を閉じる。夢に入るまでに然程時間はかからなかった。
夢を見た。現実味がありすぎる、不自然な夢だった。
予知夢というべきか、それとも……。
「なんで…………なん、で」
だらりと垂れ下がっている腕や足が、萎れた花のように項垂れている首が。気持ち悪くて仕方がない。まるでこの世に存在していない異物のよう──そう脳が認識してしまっているかのような嫌悪感だ。
彼の周りを囲むようにして、彼の家族ともう一人、緑髪の少年が居た。その顔もどこかで見たことのあるような顔だ。
彼の死体を見つめている内、命を失うとはこういうことかと思った。
見知った友人が死ぬということが、どれだけのショックを自分にもたらすのかを心に刻まれ、夢の中だというのに頭が痛くなりそうで。泣き出したくてたまらなくなる。
目の前の光景にすら、運命のような……同じ感覚を抱いていることに気付いてすぐ、彼の体に手を伸ばす。
宙に浮いている。縄が嫌な音を立てる。ブラブラと、微かに体が揺れていた。それに付属している四肢も一緒になって右へ左へと動いている。完全に脱力したそれに吐き気がする。
手で梁から縄を取り、布団を重ねた場所に彼の体が力なく倒れ込む。今や重力に従うだけの物だ。
「結蘭ちゃん、見ない方が……」
「皆を助けて、って言ったのに。……それを見届けないなんて、酷いよ」
首に、見るのも躊躇うようなあざがある。
涙を拭いてやり、そのまま俯く。隣にいる秋くんが、私の背を擦ってくれている。
……どうして、この光景を私は一度見たことがあるように感じるのだろう。私は……一体、いや。何が起きているのだろう?
光輝くんはどうして、こんなことをしなければならなかったの?
これは夢。夢だと言って、誰でもいいから。
これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは、夢。
* * *
……時間を遅くしてくれないか。
「あら、どうして」
確かめないといけないことがある。少し音声記録を見直す時間が欲しい、頼めないか。
「……分かったわ。問題が見つかり次第、すぐに報告してちょうだいね」
……あぁ、約束しよう。
Bullshitter、音声記録を流してくれ。記憶番号は────。
はい、分かりました。音声記録を再生します。音声のオプションに変更点はございますか?
……そうだな、音声は私にだけ流してくれ。鼓膜に追従する形で。その間にも、『鍵』について確認したいからね。
了解。再生を開始します。
それじゃ、調べていこうかな。まずはあの子から……。
…………………………。ん、どうして……これは? そうか、半ば強引とはいえ、この子も……。なら、もう少し緩めてもいいかもしれないな。
(全く、私を科学にしか興味のない堅物だと思っているんだろうな、彼女は。私はハッピーエンドじゃなきゃ許せない、いつだって人間側についてきたというのに……。厄災がきてから、全員が少しずつ変わっていく。その様子を見ていて、人間も私達もあまり変わらないのだと……。)
…………Bullshitter、今の音声は消去するか情報を一部欠損させて記録するかしてくれ。マルチタスクを頼むのは気が引けるけどね。音声記録では影に何であろうと気付かせないことが最重要だ。
それと、『一番』『五番』はかなり危ない精神状態だ。
……はぁ、圧倒的に持続できる時間がなさすぎる。これじゃ頼んでもあの子には果たせないだろうな……。かくなる上は、私自身が乗り込むしかないのだろうか…………いや、そんな日が来ないことを祈ろう。アイツのようになってしまうのは気が乗らない。
「随分と独り言が多いのね?」
……気にしないでくれ、話しながらのほうが考えがまとまりやすいタチなんだよ。
✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽
「……もう、朝?」
今日は確か……休日か。少し朝の散歩にでも行ってみようかな。
立ち上がり準備をして、上着を羽織り、外に出る。母に散歩のことを話したら、どこかで食べる用のおにぎりをくれた。お小遣いはしっかりと持っているので、何かあればそれで空腹を満たせば問題ないだろう。
スマホを取った直後、昨夜のことを思い出す。ただ今歩き始めたばかりだったので、公園かどこかで落ち着いてから確認することにする。
私は歩きながら、自分の記憶を頼りに歩いて行く。
「…………あ、結蘭ちゃん!」
「……泪くん?」
ぎこちない走り方でやって来た泪くんは、赤いパーカーを着ていた。彼も散歩だろうか、息を切らしながら私の目の前で膝に手を置き、疲れたと弱々しく話している。
「いや〜、あんまり移動してないのに、すごい疲れちゃった」
「泪くんも散歩?」
「ん? うん、そうそう。秋くんに運動不足なこと怒られてさ、動いたほうが良いって。そんなこと言うなら一緒にやろうって誘ってみたけど、断られちゃった」
「そうなんだ。二人は仲がいいんだね」
泪くんは大きく頷き、私に笑顔を見せた。
「俺達は幼馴染だからね〜。あ、“も”ってことは結蘭ちゃんも散歩に来たんだよね。折角だし一緒に行かない?」
「……いいの?」
「うん、良いよ。そうだな……カフェにでも行こうか? 案内するよ」
「カフェがあるんだ……。あ、でもおにぎりを持ってきてたんだった」
それを聞くと、彼は目を丸くする。
歩きながら話していく内に街道の隅に簡易的な座る場所があったので、そこで休憩することにした。
鞄からおにぎりを取り出す。大きめなおにぎりが四つ程入っていて、包んでいるラップには具の名前が書かれていた。一方、気になって泪くんの方を見てみたが、彼はお店で済ませようとおもっていたのだろう(先程の発言からも読み取れる)、こちらを見つめている。
「おにぎり大きいし、私は二個で十分かも。あとの二個、泪くん食べてくれる?」
「……優しいね、結蘭ちゃん。食べ物は無駄にしちゃいけないし、遠慮なく頂くよ。ありがとう」
「どういたしまして」
朝食を済ませた後、私は泪くんと一緒に飲み物を飲むためにカフェに向かった。泪くんの案内は的確で、向かっている間に彼の趣味がお菓子作りであること、裁縫もかなりの出来であることを知れた。
「あー、楽しかった。付き合ってくれてありがとうね、結蘭ちゃん」
「私こそ。凄く楽しかった」
「また一緒に遊んでも良いかな」
私は首を縦に振った。




