承︰ 助けになりたいというのは
『桜田 秋。彼から話を聞いてみると良い。私の計算上、誰か一人に詳しくなる時間はあるはずだからね』
『どういうことですか?』
返信は来ない。
秋くんに街を案内してもらう予定の日。時間に遅れないように集合場所に向かわないと。
スマホの電源を切り、鞄に突っ込んで肩に掛ける。それから扉を開けて階段を下り、母に差し出された水筒を受け取る。玄関で靴を履いていると、母がこちらに歩み寄ってきた。
「男の子が案内を提案してくるなんて、随分と変わった子だね。高校生だから異性と接しづらいかな〜と思うけど」
「色々と困ってる人に話しかけて手伝ってるみたいだし……、性別が違うってだけで壁を作らないだけだと思うな。優しい人だもの」
「ん? もしかして、気になっちゃってる?」
「あ────違うよ、違うから。それじゃ行ってくる!」
玄関を飛び出し、後ろで優しく見送る母の声で鼓膜が揺れる。パタリと扉が閉まり、私はゆっくりと歩き出した。
集合場所は近くのコンビニ前で、住宅に挟まれた場所だ。
十分前には着けたことに安堵の息を吐いていると、丁度向こうから信号を待つ秋くんが見えた。アイボリーのネックウォーマーの上に厚手の上着を着て、ジーンズのズボンを履いている。高く結ばれた髪の清潔さも相まって、彼のスタイルの良さに改めて気付かされた。
こちらに気付き手を振りつつも、信号を渡る前に律儀に左右を確認して渡り、早足でこちらに歩いて来る。
「おはよう、……というよりこんにちは、かな」
「確かに。こんにちは、結蘭ちゃん」
秋くんは柔く笑うと、「行こうか」と声を掛けて、それから向こうを指差した。そっちを見ると、坂が見える。
「まずはスーパーに行ってみようか。疲れたら言ってね、適度に休憩取って歩こう」
「うん、ありがとう」
坂を登っていくと、街路樹が風に吹かれて花びらを散らしていく。それが肌や服に飛び込んでくると、秋くんは軽くはたいてそれを落とす。
「さて、あとはそこの十字路を左に曲がって……もう少し歩けば着くよ」
秋くんに言われるがまま付いて行くと、スーパーの看板が立っているのが見えてきた。
「“丸々屋スーパー”、安いし品揃えもなかなかだから、買い物するときはお勧めなんだ。俺はよくここで食材とか買ってる」
「お母さんの手伝いしてるって言ってたっけ。優しいというか……偉いね、秋くん」
「ははっ、俺にとっては日常茶飯事だよ。それに、人の為になることって、やると達成感っていうか……さ。何か良い気持ちにならない?」
手伝った人に感謝されたり、自分は良いことをしたんだ、っていう実感が湧いたりすると……確かに清々しくなれる。私は頷いて、秋くんの柔らかい笑みにつられて笑った。
スーパーで適当な菓子類を買って、次は近くの自然公園に行くことにした。
緑豊かな場所で、木陰のベンチに座る。ちょっと休憩したら、次はどこを案内されるだろうかと思考を巡らせつつ、私は水筒の温かいお茶を飲み下す。横目で秋くんを見ると、向こうの広い草原の上で走り回る子供たちを眺めていた。
菓子類の袋を取り出し、個包装のクッキーを齧る。秋くんも片手に小さなタルトを持って、空を見上げている。
「今思うと、俺の行動って君にとっては不可解かな。気持ち悪かったらごめん」
「ううん、大丈夫だよ。そもそも、嫌だったら誘いに乗ってないから」
「……そっか。それ聞けて安心した」
タルトを頬張り、目を伏せてこぼす。
「人を手伝うのは好きだけどさ、こうしてみると……人と接するのは苦手なまんまかもしれないな。泪に指摘された所、直せてないし」
ふと、彼の淋しげな声音を聞いて思い出した。ホオズキから言われていたこと。悩みを聞くべきだと。光輝くんからも、助けてほしいと頼まれていたと。
しかし、実際に行動に移す勇気は湧かない。どう聞けば彼の心の傷を開かずに成し得ることができるのかが、思いつかない。薄く開いたままの口を、行方を失った迷子になった気持ちで噤む。
自分だったら、どう聞かれれば……。
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「悩んでることあったら、何でも話して良いんだよ。私はいっつも結蘭ちゃんに励まされてばっかりだから、お返しがしたい。人って寂しい生き物だけど、寄り添い合って生きていける、支えあえる強さもあるから」
「私は……」
「大丈夫だなんて、無意識に飛び出した防衛反応だよ。私はそれをよく分かってる」
「…………」
「ただ、貴方のことを知りたいの。私が結蘭ちゃんに求めるのはそれだけ。お互いに知り合えなきゃ、友情を築くのも夢のまた夢なんだ」
温かい笑みを覚えている。
暖かな言葉と共に結ばれた腕の優しさを、思い出せる。
「だから、先に私のこと────全部、吐いてしまいたいの。そうすれば、結蘭ちゃんだって語りたくなるでしょ」
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できる訳がない……いや、しない方がいいような気がする。まだ知り合って間もないのだ。そんな事聞けるはずがない。
別の話題を探す。あのメールアプリについて聞いてみようとスマホを取り出したが、そこには予測されていたように通知が届いていた。
『私の事を教えるつもりかな? 近道にはなるかもしれないけれど、急がば回れという言葉がある。君の判断が正しく働くことを祈ってるよ』
「…………」
その通知をスワイプして消し、電源を落とす。
幸い、秋くんはまだ子供らの方を眺めていたようだ。見られてはいない。
それにしても、ホオズキはどうやって私の状況を把握しているんだろう? 実はハッカーで私のスマホを秘密裏に改造してるとか……。無いか。不思議な感触の言葉で語りかけてくる彼女には、何か悪意というものは感じられない。突然脅される様子もない。
ただ、私が頼まれたことをこなさない、という選択を取ることは考慮していないのか、それがさも当然であるように振る舞っている。
私の大切な人達を救うために、私にあの人達との関係を作らせようとする。
あまりわからない。少しでも気を紛らわせられるかと思ったのも、秋くんの誘いに乗ったことの一つの理由であるのに、結局は深く考えてしまっている。
「……結蘭ちゃんは、何か好きなものある?」
「好きなもの? うーん……」
突然の質問に驚きつつも、暫く考える。
「私は、花が好きだな。季節毎に映っていくのが綺麗で好き」
「あぁ〜、分かるかも。季節毎に道端に咲いてる花が変わっててさ。見るの面白いよね」
「秋くんは?」
「俺は……さっきも言ったけど、人助けをすること、かな」
彼はさり気なく色々な人達を手伝っている。それが日常的に行われているので、好きでやっているのは意外ではない。流石、福祉委員会に入っている人なだけはある────というところだろうか。
情けは人の為ならず、という言葉がある。きっとどこかで彼にとって良いことが起きていくのだろう。巡ってくるのだろう。
「いつもみんなの事手伝ってるもんね」
「人のためになる事をするのって、やっぱり仕事のやりがいと似た感覚なんだろうな。俺はやりたいからやってるけど、安心してくれたり問題が解決すると……なんていうか」
綻んだその口元を、恥じらいをもって私から背ける。
「…………なんていうか、ホッとする」
人を助ける、助けられるという関係は、社交を表すのに最も身近だと私は思う。だからこそ、秋くんは人を手伝うことで周りとの関係を良好なまま保てるのではないだろうか。
人の心に寄り添えるのは、酷く優しい心の持ち主だ。
いつかどこかで見た、手を差し伸べる人の背に数え切れないほどの矢が刺さったあの絵は……彼にも言えることだろうか? 彼に当てはまるだろうか? 助けるばかりの役に徹していれば、確かに自身の悩みは打ち明けづらくなるのかもしれない。
「あとは温泉だな。外の自然が見られる場所だと凄く良い」
「温泉良いよね。……そういえば、温泉この近くにあるんだっけ?」
「久瀬口温泉はこっから一番近い温泉だよ。柊先生がよく行ってるって言ってたとこ」
秋くんはスマホを取り出して地図を開くと、久瀬口温泉の場所を調べてこちらに見せてくれた。マスコットのような梟の像が入り口近くに置かれている写真が添えられている。
「機会があったら、行ってみると良いよ」
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数日経って、だんだんと高校生活にも慣れてきたような気がしている。
いつも通りに机上へ鞄を置き、中のノートや文房具等を机にしまって────と準備をしている間に、いつの間にか後ろに泪くんが立っていることに気付いた。驚いて鞄を倒してしまう。
「あっ、ごめんごめん」
泪くんは謝りながら私が手を伸ばすより早く鞄を拾う。それから全体を見ては軽く払い、頷いて渡してくれた。
「驚かせちゃったね」
「ううん、大丈夫。それと拾ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
秋くんと同じように親切に人に接している泪くん。本人曰く「人の良い所は真似すべき」とのこと。そのスタンスになれる人はあまり居ないかもしれないが、しかし大切なことだ。
彼はそのまま机の合間を縫って秋くんの席の方へ。私はひとまず椅子に座る。
息を吐き、今日の時間割を再確認。椅子に背を預けて目を瞑る。
「────秋って、お兄さんが居るんでしょ?」
話し声が聞こえてきた。目を開けて見てみると、秋くんと泪くんにクラスメイトの男子が話しかけていた。泪くんは口をつぐんで一瞬だけこちらを見たような気がする。
「あぁ、居るよ。それがどうしたんだ?」
「頭の良い大学に通ってるらしいじゃん。秋も同じ所いくの?」
「……俺は」
「まだ決めてない感じ? 兄弟って似るっていうからさ、……確かお兄さんはガリ勉だっけ、でも秋は違うよなぁ」
「………………」
秋くんの表情が少し暗くなった。
それを見た瞬間、ふいに立ち上がってしまう。特段向こうが気にする素振りは感じられなかったが、泪くんだけがこちらを見つめている。加えて、秋くんのことを気にかけている。
「ごめん、俺……」
横を抜け、教室から抜けていく。秋くんの横顔はあまり顔色が良いとはいえなかった。泪くんと、話しかけてきた男子しか近くには残っていない。
不思議そうに小首を傾げて秋くんの向かった方向を振り返る男子と目が合った。
どう言葉にすべきかを、ここに来て迷ってしまう。自分の勇気の無さを痛感しつつも、泪くんの唇が離れるのが視界に入る。
「ごめんね、秋くん今日朝から体調良くなくってさ」
「あ、あぁ……そう」
「それで、秋くんのお兄さんの話ってどこで聞いたの?」
「……同じ学校だろ、秋のもともと同じクラスだったやつから聞いたんだよ」
「へぇ」と彼は声を漏らし、秋くんの机に手を添えてこちらを見る。それに続いて男子も私を見た。
喉が詰まる。いや、しかし言わなければならない。
「どうしたの、結蘭ちゃん。さっきからこっち見てたけど」
「……人と人を比べるようなことはしちゃいけないと思うんだ。少なくとも、私から見て秋くんは傷付いているように見えたよ」
「…………」
不機嫌そうに目をそらす。しかし、泪くんが男子の肩を軽く押して横から一瞥する。
「ははぁ、その指摘はごもっともだねぇ。君は随分と挑発的な態度だった訳だし? 大方自分が良い結果を勉強において出すことができなくて、お角違いな意趣返しをしたかったんでしょ」
普段の穏やかな雰囲気とはうって変わって、泪くんは饒舌に隣の男子へと鋭い言葉を投げかけていった。男子の顔はだんだんと引きつっていき、何かを言いかけたが、
「────人を羨むのは良いけど、まず自分を磨かないとね。その文句しか垂れられない口から直せばいいんじゃないかな」
冷たく言い放たれる。その声音はいつもの彼そのものだ。それが余計に彼の異質さのような、形容しがたい感情を沸き立たせてくる。
男子はぐうの音も出ずに自分の席へと戻っていった。動きは不自然で、それを見て泪くんがふっと吹き出す。
「ありがとう、結蘭ちゃんも凄く優しい人だね」
「ううん。途中から泪くんの言葉に呆気に取られてて、ほとんど何もしてないよ」
「でも、きっかけをくれたのは結蘭ちゃんだ。いつもは俺のこういう悪い癖、秋くんに怒られちゃうからさぁ」
抑えそうになったけど、私の言葉に背中を押されたのだと微笑みかけてくる。
「だから、ありがとう」
「……どういたしまして」
「秋くんのことについては、こっちが何とか励ますよ。でも、結蘭ちゃんなら秋くんのこと、うまく支えていけそうだなぁ。何かあったら、またよろしく」




