起︰ 人助けが好きな君に
「では、これから係決めをしていきましょうかぁ」
柊先生が黒板に学級委員と委員会名を書き並べていく。柊先生は国語教師で、字が整っていて見やすい。資格でいえば国語と社会を取っているんだとか。
学級委員は男女一名ずつ。書記は性別関係なく三人で、委員会は図書・福祉・学習・風紀・広報・行事実行の六つがある。それぞれ男女一名ずつだ。ひとまず様子見して、空いた所で良いものがあれば入ろうと思い、私は頬杖をつく。
秋くんは福祉委員会に、泪くんは図書委員会に、光輝くんは私と同じで様子を見ているようだ。
私は……
▷福祉委員会に入る
図書委員会に入る
委員会には入らない
福祉委員会なら、学校だけじゃなく地域の人達にも役立つことができる。私は人の役に立つことは嫌いでは無いし、少なくとも委員会に入っておけば生活も充実するはず。
奇跡的に女子は誰も立候補していなかったので、私は福祉委員会に入ることができた。
係決めが一段落したあと、教科書の一式を渡された。一冊ずつ名前を書いて机にしまい、立ち上がって水筒のお茶を飲みにロッカーへ。近くで同じようにしていた女子が話しかけてきた。
「ねぇ、お名前なんだっけ」
「結蘭だよ。どうしたの?」
水色の髪に金色の瞳が特徴的な、冷静さが顔に滲み出ている女の子。どことなく目の中が魚の同部位のようで、少し顔が強張ってしまう。
彼女は短い髪の中でも少し広がっている耳近くのそれをくるりと指先で回しながら、水筒を握り締めた。
「私、二葉和。結蘭さん、よろしく」
「うん、よろしくね和ちゃん」
返すと、彼女は静かに頷いて席へ戻って行った。私は何か話す事を考えかけていた所だったために、少し呆然とする。それでも話しかけてくれたのだ。少しの苦味が染みた嬉しさを感じながら、私も席に戻る。
帰りは委員会の集まりがあるそうで、福祉委員会は確か……会議室が集合場所だ。
ふと和ちゃんの方を見ると、彼女もこちらをちらりと見やって、すぐに目線を反らした。
「ショートホームルームの時間ですよ〜。日直さん、お願いしますねぇ」
「起立、お願いします」
「お願いします」
柊先生と礼をして全員が座る。
彼は周囲の皆を見渡してからにっこりと微笑んだ。
それから犬のキーホルダーが付いている筆入れを机上に置いて、明日の予定や今日の委員会の場所を話し始める。
「それじゃあ、さようなら」
「さようなら」
帰りのホームルームも終わり、私は鞄を背負って教室を出る。会議室は生徒会室の隣らしい。遅れないように急がないと。何となく確認しただけで正確な位置は分かっていないので、取り敢えず上に────。
「結蘭ちゃん」
「……あっ、秋くん」
秋くんが私の隣を抜けてこちらを見た。
「会議室、一緒に行こうか。俺場所分かるから」
「ありがとう」
軽やかに進んでいく彼の後ろを追いかけ、私は階段をのぼる。それから、廊下を曲がって部屋の並ぶ所に出た。秋くんは迷わず横に『会議室』と書かれた扉を開け、私の方を振り返る。
「ここだよ。多分一年の場所は……」
「一年生はこっちに座って下さい」
扉から中を見回す秋くんに、中に居る委員長と思しき人物が話しかけた。指先を揃えた手で、席を差してくれている。
短く感謝を述べながら、秋くんは中へ入り、その席に座る。私も慌てて続くと、自分のクラスの列(私のクラスは1−3だ)に座った。隣に秋くんが座っていて、ただ真っ直ぐに委員長の方を見ている横顔をぼーっと眺める。
視線に気付いたのか、秋くんがこちらを見て首をかしげる。
「どうかした?」
小声で聞かれたので、反射的に首を横に振った。
と、委員長が教卓に手を添えて起立の号令を出した。そうこうしている間に全員揃ったようだ。
「一学期初めの委員会です。今回は前期の目標決め・名簿記名・自己紹介を最優先に行います」
先生に目配せしながら、委員長はファイルを手に話し続ける。
「はじめに。福祉委員会委員長になりました────」
委員長から始まり全員が自己紹介し終わると、紙が一枚、学年ごとに配られた。名簿を回しながら書いていく。
それが終わると、前期委員会の目標を学年毎に考えて発表することになった。その中から言葉を纏めて目標を決めるようだ。秋くんが積極的に話していく姿を見つつ、少しばかり彼の強さに惹かれていく感覚がした。
「それでは、前期委員会の目標は『積極的に人の為になることをしよう』とします」
委員長が最終確認の為拍手を求めると、皆揃って手を叩き乾いた音を鳴らす。
「では、先生方から……何かありますか?」
長机の後ろに立っていた先生達は顔を見合せ、首を振った。それを確認して、委員長は終わりの挨拶を済ませて解散した。
「大分早くに終われたな……。あ、結蘭ちゃん。要らないお節介かもしれないけど……今週末、街を案内しようか?」
「良いの?」
「勿論。値段が安くて沢山の物が売ってるスーパーとか、勉強するのに良い図書館とか。色々知ってるから」
親切をはねのける理由も無いので、私は少しの逡巡の後、快くそれを引き受けることにする。
「そうだそうだ。『メルン』は持ってる?」
「うん、持ってるよ」
「それじゃ、これ俺のアカウントだよ。えぇっと、友達追加……はい、QRコード」
『メルン』というのは、大勢の人が使用しているメールアプリだ。白色の背景にピンク色の吹き出しのアイコンがシンプルで、使い勝手も良いので人気なのだ。
秋くんが差し出したスマホのコードを読み取り、友達追加する。可愛らしい、コスモス……だろう、花の写真がアイコンに使われている。男子の方も意外と可愛らしいアイコンなことがあるので、何だか不思議だ。とやかく言うつもりは毛頭ないけれど。
「詳しい予定は家で。お母さんの手伝いしないといけないからさ」
「分かった、じゃあ……バイバイ」
「あぁ、またね」
微笑みを浮かべ、秋くんは手を振りながら会議室を出て去っていく。
「────? ──、──────」
「あれ、誰かと話してる……?」
壁に近付いて、秋くんの出ていった方向を除きこむ。と、秋くんが光輝くんと話している所が見えた。耳をそばだて、何を話しているのか聞こうと試みる。
「光輝、大丈夫か? 手怪我してるけど」
「平気です。心配には及びませんから……。…………えぇと、委員会終わったんですね」
「終わったけど……」
光輝くんが肘を抱えて擦っている。手当されている右手をぎゅっと握って、秋くんの方を見れずにいるように見えた。
「結蘭さんは、もう帰りましたか?」
「まだ中に居るよ。何か用事?」
「……少し」
「そっか。んじゃ、また明日」
「はい」
秋くんは私にしたように光輝くんに手を振って、離れていく。足音が聞こえなくなったかと思うと、光輝くんのものだろうか、また足音が────今度は私の方に近付いてきている。
「結蘭さん」
「えっ、と、はいっ。どど、どうしたの?」
「……驚かせてしまいましたか?」
動揺と緊張を隠せずに言葉が詰まり、それを見て光輝くんは心配そうにこちらを見た。しかし、目は依然合わない。
「少し、お時間いいでしょうか」
「…………うん、いいよ」
私と光輝くんの二人しか居ない会議室は、これまでになく静かだ。静寂に包まれ、少し冷えた空間が私達を柔かに刺す。どうにも落ち着かず、光輝くんも言い出したはいいもののどう形容すべきか悩んでいる様子で、私は取り敢えず椅子に座った。聞く態度をきちんと出そう、という意味も込めて。
光輝くんはゆっくりと喉を鳴らし、眉を垂れ下げたまま唇どうしに空間を持たせた。
「──あの、一つだけ結蘭さんに頼みたいことがあって」
「うん」
「皆を……秋さんや泪さん達を…………その」
手を握り合わせ、光輝くん頭を振る。そして、眼鏡の位置を直し深呼吸をして、淋しげに微笑んだ。
「皆を救ってあげて下さい。貴女はそれができる……人だから」
「…………」
言葉が一瞬、喉を通りかけて霧散する。
どういうことなのだろう。それでも反芻し続ける。何か意味を見出そうとする。
「皆が皆、……傷を抱えて生きています。貴女の優しさであれば、あるいは……」
「…………えっと」
「それだけです。……ごめんなさい、詳しくは説明しかねます」
突然、彼の口から出た『頼みごと』が、私にはとても、そう、急すぎて。口をぽかんと開けたまま、その表情を眺めることしかできなかった。
「急に言われても、……ですよね」
「……いや、うん。でも……何か悩みごとがあるんだとしたら、それを少しでも軽くできるように手助けしたいとは思ってるよ」
あのときの二の舞にはなりたくないから。
「…………ありがとうございます」
✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽
帰ってきてからスマホを開き、メールが来ているか確認する。まだ秋くんから連絡はきていなかったので、私は手早く宿題を終わらせて寝台に飛び込んだ。
枕を抱きしめながら、光輝くんの言葉について思考を回してみる。
例えば秋くんなら、何に悩んでいるんだろう? 泪くんは何に困っているんだろう? それに、名指しで言ったのが二人しかいないし、学校の人全員ではないよね? でも皆って?
「あぁ────もう、どういうこと?」
と、通知が飛んできた。
飛び上がり、スマホを開く。指紋認証がロックを解除した直後、私の目に映ったのは────。
「……なに、これ?」
初めて見るアイコンだ。しかも、知らないアプリが勝手に入っていて、そのアプリ内の通知だ。困惑しながらも、そのアプリに指が伸びる。ウイルスの可能性もあるし、もしかしたら間違えてタップしてダウンロードしてしまったものかもしれない。
『はじめまして、私はカンリニン。ただ、ホオズキと呼んでほしい。貴女の質問や疑問に答えてあげる』
アプリを開いて届いているメールを確認する。宛先は確かに私の名前だ。そして、送ってきた人物の名は────カンリニン。
「……怪しい、けど」
『ハッカーでも詐欺師でも無い、といったら余計怪しくなるかな。でも、このアプリは元から特定のスマホに内蔵されているものなんだ』
「え、聞こえてる……? そんな訳な──」
『あるんだなぁ、これが』
「…………」
スマホ画面の上部をスワイプし、マイクがアプリに共有されているか見る。しかし、それを示すようなものは無い。
『疑問を言ってみてよ。答えてあげる』
「……」
確かに疑問はある。たくさんある。何をすべきなのか。
『そうだなぁ。例えば君の友人の言葉の真意とか?』
口を噤む。どこまで知っているのだろう?
なんだか怖くなって、スマホの電源ボタンに手をかけた。押す。押す。……画面が暗転することはなく、ずっとメールが表示されている。
「な、んで…………まさか本当にウイルスにひっかかっちゃったの?」
声が震える。末梢神経が小刻みに震える。血液がさーっと冷たくなっていく。
『現代の技術をなめるんじゃないよ、君。いや……薬根 結蘭。ウイルスではないし、お話が終われば解除するからさ』
「……お話。どうやって私の名前を」
『そろそろ、口頭とメールでなく、メール同士で会話しないかい? まぁ、君の心情がよーく伝わってくるから良いんだけど、君は良くないでしょ?』
「…………」
確かに、大声を出して下にいる両親に迷惑をかけたくは無い。スマホを握り、親指で文字を入力していく。
『貴女は一体誰?』
『言ったろう、私はホオズキと呼ばれる者さ。ただの……うん、研究者と言ったら良いかな?』
『どうやって色々なことを知っているの? カメラやマイクを仕込んでいるなら、立派な犯罪になり得ますよ』
少し時間をおいて、返信が来る。
『そりゃあ恐ろしい。でもね、誰も私のことを知らないんだ。秘密裏に動いていて、君のことを見守っているのは事実だけど』
『何が目的なんですか?』
『君と、君の愛しき人々を幸福にすること。これだけは揺らがない』
「……愛しき人々」
『桜田秋、伊夫気泪、茉莉湊、玉満珠羽、凰花光輝、そして阿蘇谷芳。この六人が、君の救うべき友人たちだよ』
『知らない人が三人居るんですが』
言うと、突然たくさんの写真が送られてきた。その内の幾つかは、秋くんに泪くん、光輝くんのものだ。証明写真と、私服姿の六人全員の集合写真もある。
『名前と、誕生日も書いてある。湊・珠羽・芳の三人は君の先輩として同じクツヤ高校に通っているようだから、きっとどこかで会えるさ』
『どこから写真を……。この六人は知り合いなんですか?』
『仲良しだね。ちょっとばかし複雑な関係である人達も居るが、昔からの友達かな』
何気に色々と聞き込んでいるが、秘密裏な詮索なんて。次に顔を合わせたとき、気まずくなる予感しかしない。
『ただ、彼らの悩みについては君自身で調べ、解決して貰う他ないよ。そこまで助力してしまうのは、逆に彼らの心を閉ざさせてしまうことになるだろうし』
と、画面上部に通知が出た。秋くんからのメールだ。
『今日はこれで終わりかな?』
『はい』
『じゃあ、次は困ったときにでも呼んでくれ』
メールが送られてから五秒後、丁度読み終わったあとにアプリは勝手に閉じる。
私はメルンを開いて、秋くんと予定を立て始める。それをしている間、どうにもホオズキというあの謎の人物のことが頭から離れず、秋くんとの会話が入って来なかったが。
* * *
ゲーム空間は安定しています、安心してください。ただし、プレイヤーの行動によって不安定になる可能性がありますので、十分に気を付けて行動するようにして下さい。
また、時間経過速度のロック解除による現実との経過時間の相違により、身体的感覚が実験中に麻痺する可能性が高いです。身体に不調が見られた場合、即座に休息を取ることを提案致します。
「また行くの? 全く……メーターが少し不安定になってる、長時間の転送は危険なのだから、無理はしないで頂戴ね」
背もたれにきちんと寄りかかり、リラックスしてください。転送後、ポッド内の気温を下げていきます。
「行ってらっしゃい」




