冒険者ギルド
AI使ってもss作るのは難しいな
王都解放から一年。
あの日、戦火に包まれていたグレイワース王国は、今や穏やかな朝日を迎えていた。
石畳は新しく敷き直され、焼け落ちた家々は立派な建物へと生まれ変わっている。
広場には色とりどりの花が咲き、人々の笑い声が風に乗って響いていた。
市場では朝早くから威勢の良い声が飛び交う。
「採れたての野菜だよ!」
「焼きたてのパンはいかがですか!」
「今日は魚も新鮮だぞ!」
子どもたちは元気よく駆け回り、その後を母親たちが慌てて追い掛ける。
「こら、転ぶわよ!」
「大丈夫ー!」
その笑い声に釣られるように、大人たちも笑みを浮かべていた。
戦争の傷跡は、まだ完全には消えていない。
それでも、人々は確かに前へ進んでいる。
そんな王都を、一人の黒い霧が静かに歩いていた。
『……綺麗になったね』
深紅の瞳が、穏やかに街並みを映す。
ネームレスだった。
今日は従者たちと別行動である。
皆もそれぞれ、自分なりの時間を過ごしていた。
リリィは王都近くの森で精霊たちと遊び。
ドーラは朝から酒場で店主と親しく話し込み。
龍魔は鍛錬場で兵士たちへ稽古を付け。
黄泉は墓地で静かに墓標を磨き。
ディアンは鍛冶場で職人たちと鎚を振るい。
メアリーは王城でジュリや侍女たちと今日の予定を確認している。
だからこそ、ネームレスは久しぶりに一人で街を歩いていた。
特に目的はない。
ただ、人々の笑顔を見て回る。
それだけで十分だった。
「おや?」
不意に、小さな男の子が荷車を押している姿が目に入る。
荷車には大量の野菜が積まれていた。
「うぅ……」
まだ幼い身体では重すぎるのだろう。
懸命に押しているが、坂道で荷車が止まってしまう。
『手伝おうか?』
ネームレスが優しく声を掛ける。
少年は驚いたように振り返り、それからぱっと笑顔になった。
「あっ!」
「ネームレスさん!」
『こんにちは』
「こんにちは!」
少年は元気よく頭を下げた。
「お母さんのお店まで運んでるんだけど、坂が登れなくて……」
『それなら一緒に運ぼう』
「ありがとうございます!」
ネームレスが荷車へ手を添える。
黒い霧がふわりと荷車を包み込んだ。
すると、あれほど重そうだった荷車が羽のように軽くなる。
「わぁ!」
「軽い!」
二人で押しながら坂道を登っていく。
途中、商人たちが笑顔で声を掛けてきた。
「おっ、ネームレスさん!」
「今日も散歩ですか!」
『うん』
『皆元気そうで安心したよ』
「それもこれもネームレスさんたちのお陰ですよ!」
「本当にありがとうございました!」
商人は深く頭を下げる。
ネームレスは照れくさそうに笑った。
『僕は何もしてないよ』
『みんなが頑張った結果だ』
「またまた」
「そういうところもネームレスさんらしい」
周囲から笑い声が上がる。
やがて荷車は一軒の八百屋へ到着した。
「母ちゃーん!」
少年が元気よく叫ぶ。
店の奥から一人の女性が顔を出した。
「あら、もう帰ってきたの?」
そしてネームレスの姿を見ると、驚いたように目を丸くする。
「ネームレス様!」
『こんにちは』
「この子がご迷惑を……」
『ううん』
『一緒に運んだだけだよ』
女性は何度も頭を下げる。
「ありがとうございます」
「お礼になるか分かりませんが……」
そう言って籠から真っ赤な林檎を取り出した。
『え?』
「どうぞ」
「今日一番出来の良い林檎です」
ネームレスは少し困ったように首を傾げる。
『でも、お金を……』
「いりません」
「これは私たちの気持ちです」
少年も嬉しそうに頷く。
「受け取ってください!」
二人の笑顔を見て、ネームレスも優しく微笑んだ。
『……ありがとう』
大切そうに林檎を受け取る。
その様子を見ていた人々から、自然と笑みが零れた。
王都を歩けば、あちらこちらから声が掛かる。
「ネームレスさん!」
「おはようございます!」
「今度うちのパンも食べてください!」
「お兄ちゃん!」
「また遊ぼうね!」
『うん』
『また来るね』
誰もが自然に話しかける。
最初に王都へ現れた時の畏怖は、もうどこにもなかった。
今のネームレスは、人々にとって王国の恩人であり、隣人であり、親しい友人のような存在になっていた。
広場へ辿り着く。
そこでは子どもたちが木剣を持って遊んでいた。
「えい!」
「負けないぞ!」
一人の少女が転ぶ。
すると、すぐに周りの子どもたちが駆け寄る。
「大丈夫?」
「痛くない?」
「立てる?」
少女は涙を拭いながら笑った。
「うん!」
「ありがとう!」
その光景を見つめながら、ネームレスは小さく呟く。
『……良かった』
あの日。
この広場には泣き声しかなかった。
助けを求める叫びが響いていた。
だが今は違う。
笑い声がある。
未来がある。
それだけで十分だった。
『みんな、本当に頑張ったね』
柔らかな風が吹く。
花壇の花々が揺れ、花びらが一枚、ネームレスの黒い霧へ舞い落ちる。
その花びらをそっと受け止めるように霧が揺れた。
その時だった。
「ネームレス殿!」
聞き覚えのある声が広場へ響く。
振り返ると、王城の近衛兵が軽く息を切らせながら駆け寄ってくる。
「ようやく見つけました」
『どうしたの?』
「陛下がお呼びです」
「お時間がございましたら、王城へお越しいただきたいとのことです」
ネームレスは少しだけ首を傾げる。
『ジェスが?』
「はい」
「大切なお話があるそうです」
その言葉にネームレスは静かに頷いた。
『分かった』
『それじゃあ行こうかな』
そう言ってもう一度だけ王都を見渡す。
笑顔。
活気。
平和。
守りたかった景色が、確かにそこにあった。
その光景を胸に刻みながら、ネームレスはゆっくりと王城への道を歩き始めた。
────
王城へ戻ったネームレスは、兵士に案内されながら執務室へ向かっていた。
廊下ですれ違う兵士たちは、一人ひとり立ち止まり、深く頭を下げる。
「ネームレス様」
「いつもありがとうございます」
ネームレスは照れくさそうに微笑み、小さく手を振った。
『こんにちは』
『今日もお仕事お疲れさま』
その何気ない言葉だけで、兵士たちの表情は自然と和らいでいく。
王都を救った英雄。
だが本人は、そんな肩書きなど少しも気にしていなかった。
やがて執務室の前へ辿り着く。
案内役の兵士が扉を叩く。
「陛下。ネームレス様をお連れしました」
「おう! 入ってくれ!」
元気な声が返ってくる。
ネームレスが扉を開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。
机の上には山のような書類。
床にも積み上げられた書類。
棚にも書類。
まるで紙の要塞だった。
その中心で国王ジェスが頭を抱えている。
『……増えたね』
「増えた」
ジェスは真顔で頷く。
「朝来たら増えていた」
『生き物みたいだね』
「俺もそう思う」
二人は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
ジェスは椅子へ深く腰掛けたまま、大きく伸びをする。
「ネームレス」
「代わってくれないか?」
『僕が国王になるの?』
「違う」
「仕事だけ」
『それは嫌かな』
「即答か!」
執務室へ笑い声が響く。
王と英雄。
そんな関係だった二人も、この一年で肩書きを忘れるほど打ち解けていた。
その空気を切り裂くように。
「陛下」
低く落ち着いた声が響く。
二人が同時に振り向く。
書類を抱えた大臣が立っていた。
笑顔である。
だが、その額には一本の青筋が浮かんでいた。
「雑談はそのくらいになさいませ」
「本日はネームレス様をお呼びした理由がおありだったはずですが」
「あ」
ジェスが目を丸くする。
「危うく忘れるところだった」
「忘れないでください」
大臣は即答した。
「国王の仕事は雑談ではありません」
「国政です」
「……はい」
ジェスは素直に肩を落とす。
その様子を見たネームレスは思わず笑った。
『二人とも、本当に仲が良いね』
「どこがだ」
「毎日怒られてるぞ」
「当然です」
大臣は迷いなく言い切る。
「怒られるようなことしかなさらないのですから」
「ぐう……」
反論できない。
ジェスは咳払いを一つすると、表情を切り替えた。
「さて」
「本題に入ろう」
先ほどまでの友人としての顔ではない。
一国を預かる王の顔だった。
「ネームレス殿」
「冒険者に興味はないか?」
『冒険者?』
ネームレスは首を傾げる。
ジェスは静かに頷いた。
「冒険者とは、世界を巡る者だ」
「未知の土地を調査し」
「魔物を討伐し」
「護衛や採集、探索など様々な依頼を受ける」
そこで一度言葉を切る。
そして穏やかに笑った。
「そして」
「困っている人を助ける者でもある」
その一言だった。
ネームレスの深紅の瞳が僅かに揺れる。
「助けを求める人がいる」
「その声に応え、手を差し伸べる」
「それもまた冒険者の役目だ」
「もちろん危険は多い」
「だが世界を知り、人々と出会い、多くの命を救える立場でもある」
ネームレスは静かに考える。
世界には、まだ見ぬ景色がある。
まだ出会ったことのない人々がいる。
そして今この瞬間も、助けを待っている誰かがいるかもしれない。
やがて優しく微笑んだ。
『……良いね』
『いろんな場所へ行ける』
『いろんな人と出会える』
『そして、人を助けられる』
『僕、その冒険者になってみたい』
「ははは!」
ジェスは嬉しそうに笑った。
「やっぱりそう言うと思った」
そう言うと机の横に置いてあった木箱を持ち上げる。
蓋を開く。
中には七枚の金属製カードが綺麗に並べられていた。
一枚を取り出し、ネームレスへ差し出す。
「これだ」
ネームレスは受け取り、不思議そうに眺める。
『これは?』
「冒険者カード」
「冒険者として登録する際に必要なものだ」
「依頼を受ける時」
「身元を証明する時」
「他国へ入国する時」
「全てこのカードが証明書になる」
ジェスは箱の中を指差した。
「もちろん一枚だけではない」
「七人分用意してある」
「ネームレス殿」
「メアリー殿」
「リリィ殿」
「龍魔殿」
「ドーラ殿」
「黄泉殿」
「そしてディアン殿」
「全員分だ」
ネームレスは驚いたように目を丸くした。
『ありがとう』
「友人への贈り物だ」
「遠慮はいらん」
ネームレスは嬉しそうにカードを胸へ抱く。
その姿を見て、ジェスも自然と笑みを浮かべた。
「それでな」
「せっかくだ」
「このカードを持って、新しくできた冒険者ギルド支部へ行ってみないか?」
『冒険者ギルド?』
「ああ」
「王都西区に完成したばかりだ」
「正式には『グレイワース王国・冒険者ギルド支部』」
「本部は大国ザムレーンにある」
「この国ではまだ始まったばかりだが、今後の復興には欠かせない施設になる」
ネームレスは興味深そうに頷く。
『僕は行ってみたい』
そこで、ちらりと大臣を見る。
『でも……』
『大臣さんが怒らない?』
ジェスも恐る恐る視線を向ける。
大臣は穏やかな笑みを浮かべていた。
しかし。
その額の青筋は、先ほどよりも太くなっていた。
「私は構いません」
「ええ」
「実に構いませんとも」
一呼吸置く。
「ただし」
「陛下」
「本日中に決裁していただく書類が、まだ大量に残っております」
机を指差す。
書類の山は今にも崩れそうだった。
「まさか」
「それらを放置して外出なさるおつもりではありませんよね?」
執務室の空気が一瞬で凍る。
ジェスの背中を冷や汗が流れた。
「……はい」
「全部終わらせてから行きます」
「よろしい」
大臣は満足そうに頷いた。
ネームレスは思わず吹き出す。
『頑張ってね、ジェス』
「その笑顔で言われると余計につらい……」
二人は顔を見合わせ、再び笑い合った。
ネームレスは七枚の冒険者カードが入った木箱を大切そうに抱える。
『それじゃあ、みんなを呼んでくるね』
「ああ」
「仕事が終わり次第、俺もギルド支部へ向かう」
『うん』
軽く手を振ると、ネームレスは執務室を後にした。
新たな仲間との旅ではない。
いつもの七人で、新たな一歩を踏み出すために。
王都に誕生したばかりの冒険者ギルド支部へ向かう準備が、静かに始まろうとしていた。
────
王城を後にしたネームレスは、七枚の冒険者カードが収められた木箱を抱え、自宅へ戻っていた。
扉を開くと、いつもの賑やかな空気が迎えてくれる。
「お父さん!」
真っ先に飛び込んできたのはリリィだった。
勢いよく抱きついてきた小さな身体を、ネームレスは優しく受け止める。
『ただいま』
「おかえり!」
リリィは満面の笑みを浮かべる。
その様子を見ていたメアリーも、柔らかく頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
『ただいま、メアリー』
奥ではドーラが椅子へ座りながら豪快に笑っていた。
「戻ったか!」
「今日は何か美味いものでも食いに行くのか?」
どうやら食べることしか考えていないらしい。
龍魔は壁へ背を預けたまま腕を組む。
「随分早かったな」
黄泉は静かに窓際へ立ち、読んでいた本から視線だけを向ける。
「何かあったのか」
そして部屋の隅では、巨大な身体のディアンが鎧の手入れをしていた。
ネームレスを見ると、ゆっくり立ち上がる。
「お帰り、同盟者よ」
『みんなに話があるんだ』
ネームレスは木箱を机へ置いた。
全員の視線が集まる。
『ジェスから冒険者にならないかって誘われたんだ』
「冒険者?」
メアリーが小さく首を傾げる。
『世界中を旅して、人を助けたり、依頼を受けたりする人たちなんだって』
「ほぅ」
ドーラが顎へ手を当てる。
「つまり各地の美味い酒と飯を楽しめるということか」
『違うと思うよ』
ネームレスは苦笑する。
龍魔は静かに笑った。
「面白そうじゃないか」
「腕試しには困らなそうだ」
黄泉も短く頷く。
「各地を見て回るのも悪くない」
ディアンは静かに腕を組む。
「困っている者を助ける」
「その在り方は余も嫌いではない」
リリィは目を輝かせる。
「お父さん!」
「冒険するの!?」
『うん』
『みんなと一緒にね』
「やったぁ!」
飛び跳ねながら喜ぶリリィ。
ネームレスは木箱を開ける。
中には七枚の金属製カードが並んでいた。
『これはジェスから』
『みんなの冒険者カードなんだって』
メアリーは両手で丁寧に受け取る。
「ありがとうございます」
ドーラは興味深そうに眺める。
「これ一枚で身分証になるとは便利なものよ」
龍魔は軽く裏表を確認する。
「思ったよりしっかりした作りだ」
黄泉は無言で懐へしまう。
ディアンは大切そうにカードを見つめ、小さく頷いた。
「余も大切に扱おう」
リリィは両手でカードを掲げる。
「これでリリィも冒険者!」
『まだ登録してないけどね』
「あ」
思わず皆が笑った。
────
七人は揃って王都の西地区へ向かう。
一年前には瓦礫しかなかった通り。
今では多くの人で賑わっていた。
『一年でここまで戻るなんて』
『みんな本当に頑張ったんだね』
ネームレスは嬉しそうに辺りを見回す。
リリィは花屋を見つける。
「お父さん!」
「見て!」
「お花いっぱい!」
『本当だ』
『帰りに寄ろうか』
「うん!」
一方。
ドーラの視線は違う方向だった。
「む」
「酒場ではないか」
鼻をひくつかせる。
「肉を焼く匂いもする」
「我は非常に気になる」
「帰りです」
メアリーが即答した。
「むぅ……」
不満そうなドーラ。
龍魔はそんなやり取りを見て肩をすくめる。
「相変わらずだな」
黄泉は街並みを静かに眺めるだけ。
ディアンは復興した建物を見渡し、感慨深そうに呟いた。
「人の歩みとは、実に力強い」
やがて七人は、一際大きな石造りの建物の前へ辿り着く。
正面には剣と盾を組み合わせた紋章。
その下には堂々と刻まれていた。
──グレイワース王国・冒険者ギルド支部。
『ここが冒険者ギルド支部か』
ネームレスは興味深そうに見上げる。
「立派ですね」
メアリーも静かに頷いた。
龍魔が扉へ手を掛ける。
「入るぞ」
重厚な扉がゆっくり開く。
酒場を兼ねた広いホール。
受付。
依頼掲示板。
談笑する冒険者たち。
武器を手入れする者。
依頼書を眺める者。
昼食を楽しむ者。
どこにでもある、穏やかな昼下がりだった。
龍魔。
ディアン。
メアリー。
ドーラ。
黄泉。
リリィ。
六人が順番に中へ入る。
冒険者たちは一瞬だけ視線を向ける。
「新人か」
「そんなところだろ」
すぐ興味を失った。
そして最後に。
ネームレスが静かに扉をくぐる。
『こんにちは』
その瞬間だった。
空気が変わる。
ざわめいていたギルド支部が一瞬で静まり返る。
誰も動かない。
いや、動けない。
殺気ではない。
威圧でもない。
ただ本能が告げる。
──決して敵にしてはならない存在。
誰もが息を呑む。
しかし、その静寂を破る者がいた。
剣士の青年が床を蹴る。
一瞬でネームレスの懐へ飛び込み、剣を振り下ろした。
カシッ。
「速さは悪くない」
龍魔だった。
人差し指と中指だけで剣を挟み、そのまま止めている。
青年は目を見開いた。
「なっ……!」
「だが」
「相手が悪かった」
軽く指を開くだけで青年は数歩後退する。
その直後。
「《フレア・ノヴァ》!」
後方から最大火力の炎魔法。
業火がギルド支部を飲み込もうとする。
ディアンが静かに一歩前へ出た。
「守護は余に任せよ」
巨大な盾を構える。
「──《広範囲守護》」
透明な結界がホール全体を覆う。
炎は結界へ触れた瞬間、音もなく霧散した。
床も。
壁も。
家具も。
誰一人傷付かない。
「そんな……」
魔法使いの女性は絶句した。
そして最後の一人。
僧侶の女性が杖を握った瞬間。
「動かないでください」
いつの間にか背後へ立っていたメアリーが、静かに首元へナイフを添えていた。
「これ以上は危険です」
「お願いします」
僧侶は青ざめたまま頷くことしかできない。
その一方で。
「お父さん!」
「依頼がいっぱい!」
リリィは掲示板を見て目を輝かせている。
「む」
ドーラは酒場の料理に釘付けだった。
「肉……」
「美味そうである」
黄泉は壁にもたれたまま、まるで興味がない。
そして当のネームレス本人は。
『わぁ』
『元気な人たちだなぁ』
本当にそれだけだった。
まるで元気な子どもを見ているような穏やかな笑顔。
その直後。
「そこまでだァァァッ!!」
ギルド支部全体へ轟く怒声。
奥の扉が勢いよく開く。
現れたのは、鋼のような肉体を持つ壮年の男。
グレイワース王国・冒険者ギルド支部長。
ギルザム・ウォール。
「お前たち!!」
「何をやっておる!!」
こうして、ネームレスたちと冒険者ギルド支部との最初の出会いが幕を開けた。
────
「そこまでだァァァッ!!」
轟く怒声が、静まり返った冒険者ギルド支部を震わせた。
奥の扉が勢いよく開かれ、一人の壮年の男が大股で歩いてくる。
鋼のように鍛え抜かれた肉体。
無数の古傷。
歴戦を物語る鋭い眼光。
その姿だけで、この男が幾多の死線を越えてきたことが理解できた。
彼こそ、このグレイワース王国・冒険者ギルド支部を束ねる男。
ギルザム・ウォール。
ギルザムは三人の冒険者の前まで歩み寄ると──
ゴンッ!!
ゴンッ!!
ゴンッ!!
容赦なく三人へ拳骨を落とした。
「いっったぁぁ!!」
「ぐっ……!」
「ひゃっ!」
三人は頭を押さえてその場にしゃがみ込む。
ギルザムは仁王立ちのまま腕を組んだ。
「確認もせず武器を抜くとは何事だ!」
「ここは戦場ではない!」
「ましてや相手は来客だぞ!」
剣士の青年が恐る恐る口を開く。
「ですが支部長……あの方を見た瞬間……身体が勝手に……」
「儂も見えておる!」
ギルザムは一喝した。
「だからと言って斬りかかってよい理由にはならん!」
魔法使いの女性も肩を震わせる。
「すみません……」
「炎が効かないなんて思わなくて……」
「思う前に撃つな!」
「はい!」
僧侶の女性も深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした……」
ギルザムは深く息を吐く。
「まったく……」
「お前たちはAランクだろう」
「だからこそ、もっと冷静であれ」
三人は揃って頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
その様子を見ていたネームレスは、小さく一歩前へ出る。
『あの』
ギルザムが振り返る。
『僕たちは誰も怪我をしていないし』
『この人たちも、きっと誰かを守ろうとして動いたんだよね』
三人が顔を上げる。
ネームレスは穏やかに笑っていた。
『だから』
『そのくらいで許してあげてくれないかな』
静まり返るギルド支部。
三人の冒険者は信じられないという表情でネームレスを見る。
襲った相手から。
庇われた。
そんな経験は一度もなかった。
龍魔が肩を竦める。
「俺は気にしていない」
「剣を受け止める程度、準備運動にもならん」
ディアンも静かに頷く。
「余も異論はない」
「若さゆえの過ちというものもある」
メアリーはナイフをしまい、一礼した。
「私はご主人様のお考えに従います」
黄泉は壁にもたれたまま静かに呟く。
「終わったことだ」
「それで十分」
リリィは元気よく手を挙げる。
「リリィも怒ってないよ!」
その隣では──
「……」
ドーラは酒場の厨房を見つめていた。
「そろそろ腹が減った」
場違いな一言に、緊張していた冒険者たちから思わず笑いが漏れる。
ギルザムも口元を緩めた。
「……そうか」
「お前さん方がそう言うなら、この辺りで終わりにしよう」
そして三人へ向き直る。
「感謝するんだな」
「こんなに心の広い相手はそうそうおらん」
三人は再び深く頭を下げる。
「ありがとうございました!」
ギルザムはようやくネームレスへ向き直った。
「改めて歓迎しよう」
「儂はギルザム・ウォール」
「グレイワース王国・冒険者ギルド支部の支部長じゃ」
ネームレスも微笑み返す。
『僕はネームレス』
『こちらは大切な仲間たちだよ』
七人が軽く会釈する。
ギルザムは一人ひとりへ視線を向ける。
そして苦笑した。
「なるほど」
「見た目だけでは分からんが、なかなか個性的な面子じゃ」
その言葉に龍魔が小さく笑う。
「否定はしない」
ギルザムは受付へ声を掛けた。
「今日は登録だったな」
「こちらへ来てくれ」
七人は受付カウンターへ移動する。
ギルザムは机へ書類を並べ始めた。
「登録自体は難しくない」
「名前を書き、この冒険者カードへ魔力を通すだけで終わる」
ネームレスは小さな木箱を開いた。
『実はカードはもう持ってるんだ』
七枚の冒険者カードが姿を現す。
ギルザムは目を丸くした。
「ほう?」
『ジェスが用意してくれたんだ』
「なるほど」
ギルザムは納得したように頷く。
「陛下から直接渡された物なら問題ない」
「では、それを使おう」
七人はそれぞれ自分のカードを手に取る。
ギルザムは受付の奥から、小さな透明な水晶を持ってきた。
「これは通常鑑定水晶」
「冒険者登録の際に使われる、ごく一般的な魔道具じゃ」
「高位鑑定や最高位鑑定などという大層なものではない」
「名前と登録者本人を確認し、基本的な情報を記録するだけの水晶じゃ」
ネームレスは興味深そうに水晶を見つめる。
『なるほど』
ギルザムは頷く。
「まずは名前を書いてくれ」
静かな空気の中。
七人は、それぞれ自分の冒険者カードへ名前を書き始めた。
────
受付カウンターへ七枚の冒険者カードが並ぶ。
ギルザムは通常鑑定水晶を机の中央へ置いた。
透明だった水晶は、魔力を流し込まれると淡く青白い光を放ち始める。
「では登録を始める」
「一人ずつ、この水晶へカードをかざしてくれ」
ネームレスたちは頷いた。
最初に前へ出たのはメアリーだった。
カードへ静かに魔力を流し、水晶へかざす。
水晶が淡く輝く。
受付係が読み上げた。
「メアリー」
「種族……人間」
「確認しました」
ギルザムが頷く。
「問題なし」
続いてリリィ。
「リリィ」
「種族、人間」
「確認」
リリィは嬉しそうにカードを受け取った。
「やった!」
続いてドーラ。
「ドーラ」
「種族、人間」
「確認」
「ふむ」
ドーラはカードを眺める。
「我はちゃんと人間になっておるな」
龍魔。
「龍魔」
「種族、人間」
「確認」
「異常なし」
黄泉。
「黄泉」
「種族、人間」
「確認」
黄泉は無言でカードを受け取る。
最後にディアン。
巨体に似合わぬ丁寧な動作でカードを水晶へかざす。
「ディアン」
「種族、人間」
「確認」
ディアンは静かに頷いた。
「これで良い」
受付係も安心したように息を吐く。
「皆様、問題なく登録できます」
ギルザムも満足そうに頷いた。
「通常鑑定では特に問題は見当たらんな」
そして最後。
ネームレスが前へ出る。
『僕だね』
カードへ魔力を流し、水晶へ近付ける。
水晶が強く輝いた。
しかし。
次の瞬間。
光が一瞬だけ揺らぐ。
受付係が目を瞬かせた。
「……え?」
表示された文字を二度見する。
もう一度見る。
間違いではない。
「種族……」
「『???』……?」
その場が静まり返る。
ギルザムも水晶を覗き込む。
「故障か?」
別の受付係が確認する。
「いえ……」
「水晶は正常です」
「表示できない場合のみ、この表示になります」
ネームレスは首を傾げた。
『そうなんだ』
『僕もよく分からないから、大丈夫だよ』
あまりにも気にしていない本人に、その場の全員が少しだけ力を抜いた。
ギルザムは苦笑する。
「お前さんは本当に不思議な奴じゃ」
「まあ、水晶が壊れておらん以上、それがお前さんの結果なのだろう」
受付係は七枚のカードをまとめる。
魔法陣が淡く光り、冒険者として正式登録されていく。
やがて七枚のカードが完成した。
「登録完了しました」
「本日より皆様は正式な冒険者です」
リリィが目を輝かせる。
「冒険者になった!」
ドーラも嬉しそうに笑う。
「祝いの酒じゃ!」
「まだ昼です」
メアリーが即座に返す。
「むぅ……」
そのやり取りにギルド内から笑い声が漏れた。
ギルザムは完成したカードを見つめながら腕を組む。
「さて……」
「本来なら登録者は全員Fランクから始まる」
そこまで言って、ネームレスたちを見る。
この国を救った英雄。
王都復興にも一年間尽力した七人。
普通の新人ではない。
「しかし、お前さん方の功績を考えれば……」
「いきなり上位ランクから始めても誰も文句は言わんだろう」
受付係も頷く。
「むしろ、その資格は十分ございます」
ネームレスは少し考えた後、穏やかに笑った。
『ありがとう』
『でもね』
『僕たちは普通の冒険者として始めたい』
ギルザムが目を細める。
『みんなと同じように依頼を受けて』
『失敗も成功も経験して』
『少しずつ冒険者になっていきたいんだ』
仲間たちも自然と頷いた。
龍魔は腕を組んで笑う。
「下から上がる方が面白い」
ドーラは豪快に笑う。
「我も異論なし!」
ディアンは静かに口を開く。
「余も同盟者に従おう」
黄泉は短く。
「構わない」
メアリーは柔らかく微笑む。
「ご主人様らしいご判断です」
リリィは元気よく手を挙げる。
「リリィもFランクがいい!」
ギルザムは七人を見回し、大きく笑った。
「はっはっはっ!」
「英雄らしくない英雄じゃな!」
そして受付係へ向き直る。
「七名」
「全員Fランクで登録」
「承知しました」
受付係は七枚のカードへ最後の認証印を刻む。
これで正式に、
ネームレス、メアリー、リリィ、ドーラ、龍魔、黄泉、ディアン。
七人はグレイワース王国・冒険者ギルド支部所属のFランク冒険者となった。
誰もが最下位からのスタート。
だが、その一歩は誰よりも穏やかで、誰よりも希望に満ちた始まりだった。
AI使わずにss作る人には頭が上がらん




