誰かのための一歩
王都の朝は、今日も穏やかだった。
復興した街には商人の声が響き、人々は笑顔で一日を始めている。
そんな朝。
グレイワース王国・冒険者ギルド支部の扉が開いた。
「おはようございます!」
受付嬢の元気な声が響く。
『おはよう』
ネームレスが笑顔で応える。
その後ろにはメアリー、龍魔、ドーラ、リリィ、黄泉、ディアン。
七人揃っての来訪だった。
昨日登録したばかりということもあり、受付嬢も思わず笑顔になる。
「皆さん、本当に来てくださったんですね」
『うん』
『今日は依頼を受けてみたくて』
受付嬢は嬉しそうに頷いた。
「でしたら、まずは依頼掲示板をご覧ください」
七人は掲示板の前へ移動する。
そこには無数の依頼書が貼られていた。
薬草採取。
荷物運搬。
迷子探し。
畑仕事。
魔物討伐。
護衛依頼。
実に様々だった。
「すごーい!」
リリィが目を輝かせる。
「あんなにいっぱいある!」
ドーラも興味深そうに眺める。
「酒の運搬依頼は無いのか」
「受ける理由が違います」
メアリーが即座に突っ込む。
龍魔は腕を組む。
「最初は討伐でも構わん」
「身体も鈍っている」
しかしネームレスは首を横に振った。
『討伐は後でもできるよ』
『まずは困ってる人を助ける依頼がいいな』
その言葉にメアリーは静かに微笑む。
「ご主人様らしいですね」
ディアンも頷く。
「余も賛成だ」
黄泉も短く答えた。
「異論は無い」
その時。
ギルザムが奥から歩いてきた。
「もう依頼を探しとるのか」
『うん』
『初めてだから少し迷ってて』
ギルザムは掲示板を眺める。
「Fランクなら受けられる依頼は限られる」
「じゃが、それで良い」
「冒険者は少しずつ経験を積むものじゃ」
そう言うと、一枚の依頼書を指差した。
依頼内容:迷子の子犬の捜索
依頼主:王都西区・パン屋『陽だまり亭』
報酬:銀貨三枚
内容:飼っている子犬が昨日から帰ってきません。小さな子どもが毎日泣いています。どうか探してください。
リリィが思わず声を上げる。
「わんちゃん!」
メアリーも依頼書を読む。
「危険性はありません」
「初依頼としては最適ですね」
ドーラは腕を組む。
「犬探しか」
「簡単そうではある」
龍魔は静かに頷く。
「だが意外と難しいぞ」
「匂いも足跡も時間が経てば消える」
ギルザムは笑う。
「そういうことじゃ」
「依頼は強さだけでは解決できん」
「考える力も必要になる」
ネームレスは依頼書を見つめる。
『この子を待ってる子がいるんだね』
『それなら』
優しく笑う。
『この依頼にしよう』
「はい!」
リリィは真っ先に手を挙げた。
「リリィも探す!」
「我も付き合おう」
ドーラが豪快に笑う。
ディアンも静かに頷く。
「守るべき命があるなら余も力を貸そう」
龍魔は肩を回した。
「久しぶりに身体を動かすか」
黄泉も小さく頷く。
「了解」
メアリーは受付へ向かう。
「こちらの依頼を受注いたします」
受付嬢は笑顔で依頼書を受け取る。
「承りました」
「これが皆様の初依頼になります」
冒険者カードへ小さな魔法陣が刻まれる。
依頼受注完了。
ネームレスはカードを大切そうに胸へしまった。
『よし』
『行こう』
『泣いてる子を笑顔にしよう』
七人は笑顔でギルドを後にする。
これが、名無しの救済者ネームレスと六人の従者たちが「冒険者」として受ける、最初の依頼。
────
王都の空は、今日も穏やかだった。
冒険者ギルド支部を出たネームレスたちは、依頼書を片手に大通りを歩いていた。
依頼内容はただ一つ。
「迷子になった子犬を探してほしい」
Fランク冒険者として受ける、初めての依頼。
戦う相手はいない。
危険もほとんどない。
それでもネームレスは嬉しそうだった。
『初めての依頼だね』
リリィが元気よく手を挙げる。
「うん! 絶対見つけようね、お父さん!」
『もちろん』
ネームレスは微笑む。
龍魔は依頼書を眺めながら口を開いた。
「まずは手分けして探すか?」
しかしネームレスは首を横に振る。
『ううん』
『まずは聞いて回ろうと思う』
「聞き込みか」
龍魔が頷く。
『一年ここで暮らしてきたからね』
『誰かが見ているかもしれない』
メアリーも静かに微笑んだ。
「ご主人様のお知り合いでしたら、多くの情報を得られるでしょう」
「では参りましょう」
最初に立ち寄ったのは、朝から賑わう市場だった。
野菜を並べる店。
魚を売る店。
香ばしい匂いを漂わせるパン屋。
人々の活気が王都を包んでいる。
「あっ!」
八百屋の店主がネームレスへ気付いた。
「ネームレスさん!」
『こんにちは』
「今日も見回りですか?」
『今日は冒険者として依頼なんだ』
「え?」
「冒険者!?」
周囲の店主たちまで振り返る。
「ネームレスさんが!?」
「本当に登録したんですか!」
『うん』
『まだFランクだけどね』
店主たちは顔を見合わせる。
そして一斉に笑い出した。
「Fランクって!」
「いやいや、それはギルドの都合でしょう!」
「ネームレスさんがFランクなら俺たちは木の枝以下ですよ!」
市場は笑い声に包まれた。
ネームレスは少し照れたように頬を掻く。
『ランクは関係ないよ』
『今日は迷子の子犬を探してるんだ』
その言葉を聞いた八百屋の主人が顎へ手を当てた。
「白い子犬かい?」
『うん』
「朝方、西通りを走っていくのを見たな」
「パンを咥えてたぞ」
『ありがとう』
そこへ魚屋の主人も声を掛ける。
「俺も見たぞ!」
「川の方へ向かって走ってた」
肉屋の主人も腕を組む。
「昼前には橋の近くにいた気がするな」
花屋のおばさんも思い出したように言う。
「子どもたちと遊んでいたわよ」
情報は次々と集まっていく。
龍魔が思わず苦笑する。
「すごいな」
「聞くだけでここまで分かるとは」
ドーラも腕を組んで頷く。
「ふむ」
「これほどの情報網とは」
「王ですら羨むぞ」
ディアンも静かに笑った。
「同盟者が築いた信頼の証である」
しかし当の本人だけは首を傾げている。
『みんな親切だからね』
『僕は何もしてないよ』
メアリーは優しく微笑む。
「ご主人様」
「そのように思われているからこそ、人はご主人様へ力を貸したくなるのです」
ネームレスは少しだけ照れ臭そうに笑った。
市場を離れ、西通りへ向かう。
途中、小さな子どもたちが駆け寄ってきた。
「ネームレスさん!」
『こんにちは』
「今日は何してるの?」
『子犬を探してるんだ』
すると一人の少年が勢いよく手を挙げた。
「知ってる!」
「さっきね!」
「橋の下へ入っていった!」
隣の少女も頷く。
「怖がってた」
「だから近付かなかったの」
ネームレスはしゃがみ込み、二人の目線へ合わせる。
『教えてくれてありがとう』
『助かったよ』
子どもたちは嬉しそうに笑った。
「えへへ!」
「頑張ってね!」
『うん』
『行ってくる』
橋へ向かう道中。
リリィは嬉しそうに歩きながら言った。
「お父さんって人気者なんだね!」
『そうかな?』
「うん!」
「みんな笑顔だった!」
黄泉が静かに口を開く。
「信頼されている」
「だから人は自然と集まる」
龍魔も肩を竦める。
「戦わずして情報が集まる」
「これも立派な才能だな」
ドーラは豪快に笑う。
「はっはっは!」
「人を助け続けた結果というわけだ!」
ディアンも深く頷いた。
「民を守れば、民もまた応えてくれる」
「実に良き循環である」
ネームレスは仲間たちを見渡し、少し照れくさそうに笑う。
『そんな大したことじゃないよ』
『みんなが優しいだけなんだ』
メアリーは静かに首を横へ振る。
「いいえ」
「それは、ご主人様が一年かけて積み重ねてこられた信頼です」
「今日という日は、それが形となって現れたのでしょう」
ネームレスは返事の代わりに微笑んだ。
その時だった。
橋の下から、小さな鳴き声が風に乗って聞こえてきた。
「……クゥン」
リリィが耳をぴくりと動かす。
「お父さん!」
「今、鳴いた!」
ネームレスも橋の下へ視線を向ける。
『うん』
『どうやら、見つかったみたいだね』
七人は顔を見合わせ、小さく笑う。
そしてゆっくりと、橋の下へ足を運んでいった。
橋の下は、昼間だというのに少し薄暗かった。
川のせせらぎだけが静かに響いている。
「……クゥン」
もう一度、小さな鳴き声。
リリィがぱっと笑顔になる。
「お父さん!」
「こっち!」
リリィが指差した先。
橋脚の陰、小さな木箱の奥で、一匹の白い子犬が身体を丸めて震えていた。
『いたね』
ネームレスはゆっくりと近付く。
慌てない。
驚かせない。
子犬と目線が合うよう静かにしゃがみ込む。
『怖かったね』
優しい声。
その一言だけで子犬は耳をぴくりと動かした。
『もう大丈夫だよ』
黒い霧がふわりと揺れる。
殺気も威圧もない。
ただ温かな安心感だけが橋の下を満たしていた。
子犬は恐る恐る一歩前へ出る。
そして。
「クゥン……」
ネームレスの膝へ小さな前足を乗せた。
『うん』
『頑張ったね』
そっと抱き上げる。
子犬は抵抗することなく、安心したように胸へ顔を埋めた。
「見つかったぁ!」
リリィは飛び跳ねながら喜ぶ。
「かわいい!」
「すごくかわいい!」
ドーラも覗き込む。
「ほう」
「確かに愛らしい」
「しかし腹が減っておるようだな」
子犬のお腹から小さく音が鳴る。
龍魔は苦笑した。
「朝から逃げ回っていたんだ」
「無理もない」
メアリーは持っていた水筒を取り出す。
「少量のお水なら飲めます」
器へ少しだけ水を注ぐ。
子犬は嬉しそうに舌で舐め始めた。
ディアンは腕を組みながら静かに頷く。
「これで一安心である」
黄泉も短く呟く。
「命に別状なし」
「良かった」
ネームレスは子犬の頭を優しく撫でる。
『でも』
『まだ終わりじゃない』
皆がネームレスを見る。
『この子をお家まで帰してあげないとね』
リリィも力強く頷いた。
「うん!」
「家族も心配してるもん!」
ネームレスは依頼書を取り出す。
そこには依頼人の名前と住所。
そして子犬の特徴が書かれている。
『依頼人さんのお家は西区だったね』
龍魔が頷く。
「それほど遠くない」
「歩いて十分ほどか」
「行こう」
七人は橋の下を後にした。
子犬を抱えたネームレスが街を歩く。
その姿を見て、人々が次々と声を掛けてくる。
「あっ!」
「見つかったんですね!」
パン屋の主人だった。
『うん』
『みんなが教えてくれたから見つかったよ』
「いやいや!」
「役に立てて良かったです!」
市場の人々も笑顔になる。
「良かった!」
「無事だったか!」
「帰れるんだな!」
子犬は嬉しそうに尻尾を振る。
その様子を見て街中が温かな空気に包まれた。
リリィが嬉しそうに笑う。
「みんな自分のことみたいに喜んでる!」
メアリーも穏やかに頷く。
「この王国の方々は、本当に温かいですね」
ネームレスは静かに微笑む。
『うん』
『きっと、この子も幸せだね』
やがて一軒の民家へ辿り着く。
庭先では、一人の少女が泣きながら周囲を探していた。
「シロ……」
「どこ……?」
母親も心配そうに近所を見回している。
その時。
「クゥン!」
子犬が元気よく鳴いた。
少女が振り向く。
「……え?」
目を見開く。
「シロ!!」
少女は一目散に駆け寄ってきた。
ネームレスはゆっくりとしゃがみ込み、子犬を地面へ降ろす。
子犬も勢いよく少女の胸へ飛び込んだ。
「ワンッ!」
「シロぉ……!」
少女は涙を流しながら子犬を強く抱き締める。
「良かったぁ……!」
その姿を見た母親も目元を押さえた。
「ありがとうございます……!」
「本当にありがとうございました!」
ネームレスは優しく微笑む。
『無事に帰れて良かった』
『もう迷子になっちゃ駄目だよ』
「ワン!」
まるで返事をするように子犬が元気よく鳴く。
その様子に皆が笑った。
リリィは思わず頬を緩める。
「良かったね、お父さん」
『うん』
『これで依頼完了だね』
依頼を終えた七人の表情には、魔物を倒した時とは違う達成感が浮かんでいた。
人を救うこと。
誰かの日常を取り戻すこと。
それもまた、冒険者という仕事の大切な役目なのだと、七人は初めて実感していた。
────
夕暮れの陽射しが王都を橙色へ染めていた。
『それじゃあ、ギルドへ戻ろうか』
ネームレスが穏やかに微笑く。
「うん!」
リリィは元気よく返事をした。
「リリィ、お腹すいた!」
「依頼が終われば食事にいたしましょう」
メアリーが優しく答える。
「なら我は肉じゃ」
ドーラは既に食事のことで頭がいっぱいだった。
「今日は祝いだな」
龍魔も珍しく笑う。
黄泉は静かに歩き出す。
「依頼は終わった」
「なら報告だ」
ディアンも頷いた。
「余らの初仕事」
「最後まで気を抜かぬことが肝要よ」
七人は笑い合いながら冒険者ギルド支部へ戻っていった。
◇
グレイワース王国・冒険者ギルド支部。
扉が開く。
「戻りました」
受付嬢がすぐに顔を上げる。
「あっ!」
「ネームレス様!」
ギルド内の冒険者たちも振り向いた。
「お、帰ってきたぞ」
「初依頼だったよな?」
「あの七人組か」
先日の騒動もあり、既に七人はギルド内では有名人になっていた。
ネームレスは受付へ歩み寄る。
『依頼が終わったので報告に来たよ』
受付嬢は笑顔で頷く。
「承知いたしました」
「依頼票をお預かりします」
メアリーが丁寧に依頼書を差し出す。
受付嬢は内容を確認し、さらに依頼主の欄を見る。
「依頼主のサインも確認しました」
「問題ありません」
受付嬢は奥へ声を掛ける。
「ギルド長!」
「ネームレス様たちが依頼達成です!」
奥から豪快な笑い声が聞こえた。
「おぉ!」
「もう終わらせてきたか!」
ギルザムが支部長室から姿を現す。
「どうじゃ?」
「初依頼は」
ネームレスは嬉しそうに笑う。
『無事に終わったよ』
『犬さんも元気だったし、飼い主さんも喜んでくれた』
ギルザムは満足そうに頷く。
「それで十分じゃ」
「冒険者は魔物を倒すだけが仕事ではない」
「困っている者を助ける」
「それも立派な冒険者の務めじゃ」
ネームレスはその言葉を聞き、小さく笑った。
『それなら僕たちに向いてるね』
「はっはっは!」
ギルザムは豪快に笑う。
「間違いない!」
◇
受付嬢はカウンターの奥から小さな革袋を持ってきた。
「こちらが今回の報酬になります」
革袋をネームレスへ差し出す。
『ありがとう』
ネームレスはそのままリリィへ渡した。
「え?」
「リリィが持ってていいの?」
『うん』
『初めてのお給料だからね』
リリィは両手で大事そうに抱えた。
「えへへ」
「お父さん、ありがとう!」
その様子にギルド中の冒険者たちが思わず笑顔になる。
「微笑ましいな」
「本当に救世主なんだよな、あの人」
「なのに全然偉ぶらない」
ギルザムも腕を組みながら満足そうに見守っていた。
「金の価値も」
「依頼を終えた達成感も」
「こうして少しずつ覚えていけばよい」
ネームレスは革袋を見つめるリリィへ微笑みかける。
『どう使う?』
リリィは少し考えてから満面の笑みで答えた。
「みんなで美味しいご飯食べたい!」
その一言に、
「賛成じゃ!」
と真っ先に反応したのはドーラだった。
龍魔は苦笑し、
「結局そこか」
と肩をすくめる。
ディアンは静かに笑う。
「皆で囲む食卓ほど尊いものはない」
黄泉も小さく頷いた。
「異論はない」
メアリーは柔らかく微笑む。
「では本日は、皆様で初依頼達成のお祝いにいたしましょう」
『うん』
『今日はみんなで、美味しいご飯を食べよう』
その言葉に、七人は笑顔で頷いた。
初めて受けた依頼。
初めて得た報酬。
それは決して大きな金額ではなかった。
しかし七人にとっては、冒険者として歩み始めた記念すべき最初の一歩だった。




