受け継がれる想い
やっぱりAIってだけで読まない人っておるんかな?
王都解放から五日。
復興は着実に進みつつあった。
しかし、城壁だけは違う。
国を守る最後の砦であるその壁は、先の戦争によって幾度も崩れ落ち、大穴が開いたままだった。
石工たちは昼夜を問わず修復を続けている。
兵士たちも警戒を怠らない。
だが。
「東門より魔物接近!」
「数十……いや、百を超えます!」
緊張が走る。
城壁の上では弓兵が一斉に構えた。
魔術師も詠唱を始める。
それでも兵士たちの顔色は優れない。
今の王国には、戦争で失われた兵力を補える余裕などない。
「迎撃準備!」
隊長の号令が飛ぶ。
その瞬間だった。
地鳴りが響く。
ズン……。
ズン……。
ズンッ!!
一体ではない。
十でもない。
森全体が揺れるほどの足音。
兵士の一人が青ざめた。
「まさか……」
見張り兵が叫ぶ。
「スタンピードです!!」
その一言で空気が凍った。
森から溢れ出す魔物。
牙を剥く狼。
巨大な猪。
四本腕の鬼。
空を覆う魔鳥。
数千にも及ぶ魔物たちが一直線に王都へ押し寄せてくる。
兵士の誰かが震える声を漏らした。
「終わりだ……」
城壁は未完成。
迎撃準備も万全ではない。
このままでは再び王都は蹂躙される。
誰もがそう思った。
その時。
魔物の群れと王都の間へ、二つの人影が歩み出る。
一人は、和服を纏い刀を腰に差した老人。
白髪に眼帯。
痩せた体躯ながら、その背中には泰然とした風格が漂う。
龍魔だった。
そして、その隣には。
燃えるような赤髪を揺らし、褐色の肌を晒した長身の女性。
肩には巨大な戦斧。
鋭い金色の瞳が魔物の群れを見据えている。
ドーラだった。
城壁の上から兵士が叫ぶ。
「危険です!」
「早く戻ってください!」
龍魔は肩を竦める。
「いやいや」
「これくらい、散歩にもなりませぬな」
隣でドーラが豪快に笑う。
「がっはっはっ!」
「久しぶりの運動だ!」
「旦那には壊し過ぎるなと言われておるがな!」
二人は笑っていた。
目の前には数千の魔物。
それでも恐怖は欠片もない。
龍魔は静かに刀へ手を添える。
「ドーラ殿」
「競争と参りませぬか」
ドーラの口元が吊り上がる。
「面白い!」
「負けた方が酒を奢れ!」
「承知!」
その瞬間だった。
龍魔の姿が消える。
「──縮地」
兵士の誰も目で追えなかった。
次の瞬間。
魔物の群れ、その中央。
龍魔は既に刀を納めていた。
「散れ」
カチリ。
鍔が鳴る。
直後。
数百体の魔物が、一拍遅れて崩れ落ちた。
斬られたことすら理解できない。
肉も骨も。
鎧も牙も。
まとめて粉微塵となって吹き飛ぶ。
「なっ……」
兵士が言葉を失う。
龍魔はもう次の集団へ歩いていた。
「まだまだ」
「足りませぬな」
一方。
ドーラは真正面から突撃する。
「ぬおおおおおお!!」
大地が割れた。
巨体とは思えぬ速度。
拳が振るわれる。
ただ、それだけ。
それだけで巨大なオーガが宙へ吹き飛ぶ。
着地する前にもう一撃。
山のような魔物が地面へ叩きつけられる。
さらに。
ドーラは大きく息を吸った。
「燃えろ」
口から放たれたのは灼熱の火炎。
紅蓮の奔流が大地を駆け抜ける。
魔物の群れを飲み込み、瞬く間に灰へ変えていく。
だが。
逃げ遅れた森だけは燃えない。
炎はまるで意思を持つように木々を避け、魔物だけを焼き尽くしていた。
兵士たちは唖然としていた。
「……なんだ」
「あれは」
「人間なのか……?」
一人の老兵が首を横に振る。
「違う」
「あの方々は」
「ネームレス様の仲間だ」
戦場では。
龍魔が笑う。
「ドーラ殿!」
「千体ほど頂きましたぞ!」
ドーラは豪快に笑い返した。
「まだ数えておるのか!」
「なら我は二千体だ!」
「それは困りましたな!」
二人は笑いながら戦う。
まるで長年連れ添った戦友のように。
魔物たちは近付くことすら許されない。
数で押そうが。
力で挑もうが。
圧倒的な暴力の前では意味を成さない。
やがて最後の魔物が倒れた。
静寂。
城壁の前には、無数の魔物が横たわっている。
しかし。
王国側の被害は──ゼロ。
龍魔は刀を鞘へ納めた。
「ふむ」
「少々、身体が鈍っておりますな」
ドーラも肩を回しながら笑う。
「準備運動にもならん!」
その言葉に、城壁の兵士たちは顔を見合わせる。
そして次の瞬間。
「おおおおおっ!!」
城壁全体から歓声が湧き上がった。
「ネームレス様万歳!!」
「ありがとうございます!!」
「助かりました!!」
兵士たちは剣を掲げる。
王都は救われた。
また一つ。
ネームレスの仲間たちによって。
────
スタンピードが鎮圧されてから、しばらくの時が流れた。
兵士たちは魔物の死骸を片付け、壊れた城壁の修復へ戻っていく。
先ほどまで死を覚悟していたとは思えないほど、王都には安堵した空気が流れていた。
「助かった……」
「これで今日も修復を続けられる」
「龍魔様! ドーラ様!」
「本当にありがとうございました!」
兵士たちは二人へ深く頭を下げる。
龍魔は照れ臭そうに頭を掻いた。
「いやいや」
「拙者など、刀を少々振っただけにござる」
一方のドーラは豪快に笑う。
「がっはっはっ!」
「礼なら旦那に言え!」
「我らは旦那についてきただけだからな!」
その言葉に、兵士たちも思わず笑みを浮かべた。
そこへ、黒い霧がゆっくりと近付いてくる。
『お疲れ様、二人とも』
ネームレスだった。
隣にはメアリー。
その後ろにはジュリとジェスの姿もある。
「旦那!」
ドーラは先ほどまで魔物を殴り飛ばしていたとは思えないほど嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「全部片付けたぞ!」
『うん』
『ありがとう』
ネームレスは穏やかに微笑む。
『兵士さんも誰も怪我をしなかった』
『二人のおかげだね』
龍魔は静かに刀を納めた。
「まだまだ修行不足でござる」
「千ほど取り逃がすかと思いましたぞ」
「十分すぎます……」
兵士は苦笑するしかなかった。
その時だった。
城壁の近くで遊んでいた子供たちが、一斉に駆け寄ってくる。
「ドーラお姉ちゃん!」
「見て見て!」
「お花見つけた!」
ドーラの表情が一瞬で緩む。
「おお!」
「そうかそうか!」
「偉いぞ!」
しゃがみ込んで子供たちと目線を合わせる。
頭を撫で。
抱き上げ。
笑いながら肩車までしている。
先ほどまで数千の魔物を殴り飛ばしていた人物とは、とても思えない。
ネームレスはその光景を優しく見守っていた。
『ドーラは本当に子供が好きだね』
「当たり前だ!」
「子供は宝だからな!」
「腹いっぱい食わせて!」
「いっぱい遊ばせて!」
「いっぱい笑わせる!」
「それが一番だ!」
豪快な笑い声が響く。
子供たちもつられて笑う。
その様子を見ていたジュリは、小さく首を傾げた。
「ドーラ様」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ん?」
ドーラは子供を肩車したまま振り返る。
「どうした?」
「どうして……」
ジュリは少し言葉を選びながら続ける。
「そこまで子供たちを大切になさるのですか?」
「もちろん皆様お優しい方ですが……」
「ドーラ様は、その中でも特別です」
「まるで、本当のお母様のように見えます」
その言葉に。
ドーラの笑顔が、ふっと静かになった。
肩車されていた子供を優しく地面へ降ろす。
「みんな」
「少し遊んでおれ」
「はーい!」
子供たちはリリィの作った花畑へ駆けていく。
その後ろ姿を見送るドーラの金色の瞳は、とても優しかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……昔話になる」
その一言で、その場の空気が静まった。
ネームレスは何も言わない。
ただ、静かにドーラの隣へ立つ。
それだけで十分だった。
ドーラは空を見上げる。
どこまでも青い空。
その遥か彼方を見つめるように、ゆっくりと語り始めた。
「遥か昔」
「まだ人と龍が空を分かち合って生きていた頃の話だ」
「我には……」
「命よりも大切な子供がおった」
その言葉とともに、ドーラの記憶は遥か昔へと遡っていく──
────
遠い昔。
まだ人と龍が空を分かち合って生きていた時代。
世界最古の龍族が築いた大陸があった。
巨大な山脈を寝床とし。
雲より高い空を飛び。
炎を吐き。
雷を纏う。
龍族は世界最強の種族として君臨していた。
その頂点に立つ一柱。
古代龍ドーラ。
圧倒的な力を持ちながらも、彼女は争いを好まなかった。
毎朝、巣を飛び立っては魚を獲り。
森で果実を集め。
夕方には我が子の待つ巣へ帰る。
それが何より幸せだった。
「母ちゃん!」
まだ角も小さな幼い龍が、嬉しそうに飛びついてくる。
ドーラは大きな翼でその身体を包み込んだ。
「今日も良い子だったか!」
「うん!」
「いっぱい飛ぶ練習した!」
「そうか!」
「偉いぞ!」
巨大な龍でありながら、その顔はどこまでも優しい。
夜になると親子で星空を見上げた。
「母ちゃん」
「なんで星は光るの?」
「子供たちを見守るためだ」
「だから泣くな」
「星は笑っている子供が好きだからな」
「じゃあ、ずっと笑う!」
「ああ」
「それが一番だ」
それが。
ドーラにとって世界だった。
力も。
名誉も。
龍王の座も。
何一つ必要なかった。
ただ。
この子が笑っていてくれれば、それでよかった。
しかし。
その幸せは、ある日突然終わる。
人間だった。
欲望に囚われた者たち。
龍の角。
龍の鱗。
龍の血。
すべてが莫大な価値を持つと知った者たちは、龍の子供を狙い始めた。
ある日。
ドーラが餌を探しに巣を離れている隙だった。
悲鳴が響く。
「母ちゃん!」
その声を聞いた瞬間。
ドーラは空を裂いた。
山を越え。
雲を砕き。
誰よりも速く巣へ帰る。
だが。
間に合わなかった。
巣は燃えていた。
我が子は血を流し、静かに横たわっている。
その周囲には、人間たちの姿。
「……あ」
声にならなかった。
ゆっくりと子供を抱き上げる。
冷たい。
もう返事はない。
「母ちゃん……」
最後に聞こえたその声だけが、耳に残っていた。
世界が止まる。
そして。
何かが切れた。
「……返せ」
低い声だった。
「返せ」
人間たちは震え上がる。
「ば……化け物だ!」
「逃げろ!」
「逃がすか」
黄金の瞳が、深紅へ染まる。
空が黒く染まり。
山々が揺れる。
古代龍は、本来の姿へ戻る。
空を覆い尽くす漆黒の巨龍。
咆哮一つで山が崩れた。
世界は燃えていた。
都市は炎に呑まれ。
山は崩れ。
海すら赤く染まっていた。
空を覆うのは、一匹の巨大な黒龍。
混沌に呑まれた古代龍──ドーラ。
「返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
咆哮だけで大地が裂ける。
吐き出された黒炎は国を飲み込み、数万の軍勢を一瞬で灰へ変えた。
誰にも止められない。
誰も近付けない。
世界は彼女を災厄と呼び、絶望そのものとして恐れた。
そんな世界の終わりのような戦場を、一つの黒い霧が静かに歩いていた。
燃え盛る炎の中を。
崩れ落ちる大地の上を。
まるで散歩でもするかのように。
ドーラの深紅の瞳が、その小さな存在を捉える。
「……まだ生き残りがおったか」
その声には怒りも悲しみもない。
残っていたのは虚無だけだった。
「消えろ」
次の瞬間。
混沌を纏った漆黒の業火がネームレスを飲み込む。
山をも蒸発させる災厄の炎。
神すら焼き尽くす黒炎。
しかし。
炎が晴れても、そこには黒い霧が静かに立っていた。
傷一つない。
焼け焦げた様子すらない。
ドーラが初めて目を見開く。
「……何だ、お前は」
ネームレスは一歩だけ近付いた。
『もう』
『暴れなくていい』
その一言と同時に。
世界そのものが黒く染まった。
足元から広がる深淵。
底の見えない漆黒。
まるで世界が奈落へ変わったかのようだった。
その深淵から、無数の黒い鎖が現れる。
一本。
二本。
十本。
百本。
何千もの鎖が巨大な龍の身体へ絡み付いた。
「なっ……!」
暴れる。
引き千切ろうとする。
しかし一本も切れない。
鎖は混沌すら飲み込み、その力を静かに封じていく。
やがて巨大な龍の身体は空から引きずり落とされた。
轟音とともに大地へ叩き付けられる。
「ぐぅぅぅぅぅ!!」
それでもドーラは立ち上がる。
なおも牙を剥く。
ネームレスは静かに歩み寄り。
『ごめんね』
『少しだけ痛いよ』
次の瞬間。
拳が放たれる。
ただ、それだけだった。
しかし。
その一撃は龍の巨体を大地へ沈める。
轟音。
山脈が揺れる。
混沌の炎が霧散していく。
ドーラの瞳から、深紅の狂気が少しずつ消えていった。
「……あ……」
混濁していた意識が戻る。
何百年ぶりだったのか。
初めて世界が静かに見えた。
ネームレスはその場へしゃがみ込み、優しく問い掛ける。
『もう、大丈夫?』
その声は、責めるものではなかった。
慰めるものでもない。
ただ、泣いている子供へ語り掛けるような優しい声だった。
ドーラは震える唇を開く。
「……我は」
「何をしておった……」
ネームレスは静かに首を振る。
『君は悪くない』
『君はただ』
『大切な子を失って』
『泣いていただけなんだ』
その言葉に、ドーラの身体が震える。
何百年もの間、誰も理解してくれなかった悲しみ。
誰もが災厄としか見なかった自分を。
目の前の黒い霧だけは、一人の母親として見てくれた。
ネームレスは優しく微笑む。
『会いたい?』
巨大な龍の身体が震える。
「. 会いたい」
『じゃあ、一緒に行こう』
『君の願いを叶えるよ』
黒い霧が優しく揺れる。
次の瞬間。
光の中から、小さな影が現れた。
「. 母ちゃん?」
聞き間違えるはずがない。
何千年経とうと忘れるはずがない。
我が子だった。
ドーラはその場へ崩れ落ちる。
「すまん……」
「守れなくて……」
「すまん……」
幼い龍は笑った。
「ありがとう」
「いっぱい愛してくれた」
「だから寂しくなかったよ」
その言葉に。
古代龍は初めて声を上げて泣いた。
世界を震わせた咆哮ではない。
一人の母親としての、嗚咽だった。
ネームレスは静かに二人を見守っていた。
『これからは、一人じゃない』
『一緒に、理不尽に泣く子供たちを守ろう』
ドーラは涙を拭い、大きく頷く。
「ああ」
「もう二度と」
「子供を泣かせはせん」
その誓いこそが、現在のドーラの原点だった。
だから彼女は、どんな子供にも優しい。
だから子供を傷付ける者だけは決して許さない。
その豪快な笑顔の奥には、一人の母として流し続けた涙が、今も静かに息づいているのだった。
────
ドーラの昔話を聞き終えた一同は、静かな余韻に包まれていた。
ジュリは小さく息を吐く。
「だから……ドーラ様は、あれほど子供を大切にされるのですね」
ドーラは照れくさそうに頭を掻いた。
「我は難しいことは分からぬ」
「ただ、泣く子供は見たくないだけだ」
リリィが嬉しそうに抱きつく。
「ドーラお母さん、大好き!」
「お、おう!」
「急に抱きつくでない!」
そう言いながらも、口元は緩みきっていた。
その光景に皆が笑う。
すると、その少し離れた場所で、一人の老人が静かに木刀を振っていた。
ヒュン。
ヒュン。
ヒュン。
風を切る音だけが静かに響く。
一切の無駄がない。
まるで呼吸をするように剣を振り続けている。
「龍魔様……」
ジュリが思わず呟く。
王都復興が始まってから五日。
彼は戦いが終わった今も、一日たりとも鍛錬を欠かしていなかった。
木刀一本。
それだけで何百、何千と振り続けている。
兵士たちも、その姿を遠巻きに見守っていた。
「ずっとですよ……」
「腕は疲れないんでしょうか」
「いや、それ以前に呼吸すら乱れていないぞ」
誰もが呆然としていた。
龍魔はゆっくり木刀を下ろす。
「……ふむ」
「三万七千」
「今日は少々遅いですな」
その一言に兵士たちは固まる。
(三万……七千?)
(今ので……?)
その時だった。
ネームレスが近付いてくる。
『お疲れ様、龍魔』
龍魔は穏やかに笑った。
「これは殿」
「少々鈍っておりましてな」
『十分すごいと思うけど』
「いえいえ」
「まだまだ修練不足」
さらりと言ってしまう。
その会話を聞いた若い兵士が思わず叫ぶ。
「ど、どこが修練不足なんですか!」
龍魔は不思議そうに首を傾げた。
「拙者より強き者など幾らでもおりますぞ」
兵士たちは顔を見合わせる。
(いや……いないだろ)
(少なくともこの国には)
その様子を見たドーラが豪快に笑う。
「ガハハハ!」
「旦那ぁ!」
「こやつは昔からこうじゃ!」
「自分より強い奴を探してばかりおる!」
龍魔も笑う。
「剣とは終わりなき道」
「頂などござらん」
その言葉にジュリは興味深そうに尋ねた。
「龍魔様は……どうして、そこまで強さを求めるのですか?」
その場が静かになる。
龍魔は空を見上げた。
風が白髪を揺らす。
しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……昔話になりますかな」
ネームレスは静かに頷く。
『聞かせてあげて』
龍魔は木刀を肩へ担ぐ。
「拙者には、一人だけ」
「生涯を懸けて斬り結びたい友がおりました」
その一言だけで空気が変わる。
「共に修行し」
「共に笑い」
「共に老いるまで競い合った男」
「拙者らは約束したのです」
龍魔は目を閉じる。
「いつの日か」
「互いのすべてを懸けて」
「最後の決闘をしよう、と」
ジュリは静かに息を呑む。
龍魔は続ける。
「拙者は、その日のためだけに剣を振り続けました」
「十年」
「百年」
「千年」
「ただ、その一太刀を交えるためだけに」
兵士たちは思わず顔を見合わせる。
(千年……?)
(人間なのに?)
しかし誰も口を挟めない。
龍魔の瞳には、あまりにも深い想いが宿っていたからだ。
「……ですが」
その声だけが少し沈む。
「その決闘の日」
「邪魔が入りました」
静かな風が吹く。
龍魔は木刀を見つめた。
「世界は」
「たかが二人の決闘など認めなかった」
「多くの者が止めようとしました」
「戦えぬよう、友を捕らえようとしました」
「拙者も止められました」
その拳が静かに握られる。
「何故でしょうな」
「誰にも迷惑など掛けぬよう山奥で戦う約束でした」
「それでも世界は許さなかった」
ネームレスは黙って聞いている。
龍魔は小さく笑う。
「……ですが」
「その時、一人だけ」
「笑って送り出してくれた者がおりました」
ゆっくりとネームレスを見る。
「殿です」
『……』
「殿は言いました」
龍魔は当時を思い出すように微笑む。
「『大切な約束なら、最後まで貫いておいで』と」
静かな沈黙が流れる。
「その一言で」
「拙者らは誰にも邪魔されることなく」
「人生最後の一太刀を交えることができました」
龍魔は空を見上げる。
その瞳には悲しみではなく、誇りがあった。
「友は笑って逝きました」
「拙者も笑って見送りました」
「悔いなど、一つもござらん」
龍魔はゆっくりネームレスへ頭を下げる。
「故に拙者は殿へ剣を捧げました」
「この御方ならば」
「誰かの大切な想いを踏みにじることは決してない」
「そう確信したからです」
ネームレスは少し困ったように笑う。
『僕は何も特別なことはしてないよ』
龍魔は静かに首を横へ振った。
「いいえ」
「誰もが止める中」
「殿だけが背中を押してくださった」
「それだけで十分なのです」
ジュリはその話を聞き、胸へ手を当てた。
「だから龍魔様は……」
「ネームレス様を『殿』と呼ぶのですね」
龍魔は柔らかく笑う。
「左様」
「拙者にとって殿とは」
「主ではなく」
「人生最大の約束を守ってくださった恩人」
「そして、今も共に歩む大切な御方です」
春風が吹き抜ける。
王都には復興の槌音が響いている。
その音を聞きながら龍魔は再び木刀を構えた。
「さて」
「昔話はここまで」
「まだまだ鍛錬不足ですのでな」
そう言って再び剣を振り始める。
その一太刀一太刀には、今は亡き友との約束と、剣を極め続ける侍の生き様が宿っていた。
読んでくれてサンガツ!




