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3/7

守る者、笑う者


は〜AI使っても作るの大変じゃ

 王都解放から三日。


 戦火は去ったものの、その爪痕は王都の至る所に残されていた。


 崩れた建物。


 焼け焦げた石畳。


 瓦礫の下から運び出される家具や生活用品。


 それでも、人々は前を向いていた。


 失われたものは戻らない。


 それでも、この国で再び笑うために、一人ひとりが汗を流している。


 その王城では、大広間を改築した臨時診療所が昼夜を問わず稼働していた。


 治癒魔法を扱う魔術師。


 薬草を調合する薬師。


 傷口を縫い合わせる医師。


 誰もが休む暇もなく患者のもとを駆け回っている。


「次の患者さんです!」


「こちらは熱が四十度を超えています!」


「包帯が足りません!」


「薬草を急いでください!」


 診療所は戦場にも劣らない緊張感に包まれていた。


 メアリーもまた白いエプロンを身につけ、医師たちの間を静かに歩き回っている。


「こちらの薬です」


「ありがとうございます、メアリーさん!」


 誰も彼女を疑わない。


 落ち着いた所作。


 的確な判断。


 優しい声。


 彼女は誰の目にも、一流の看護師として映っていた。


 そんな時だった。


 診療所の扉が静かに開く。


 重い金属音が響く。


 振り返った医師たちは思わず息を呑んだ。


 入口に立っていたのは、全身を黒い甲冑で覆った巨躯の騎士。


 背には巨大な盾。


 腰には人の背丈ほどもある大槌。


 その姿だけを見れば、歴戦の戦士以外の何者にも見えない。


 診療所の空気が一瞬で凍り付く。


 そして次の瞬間。


 年配の医師が眉を吊り上げた。


「……勘弁してください」


 別の医師も疲れ切った表情で息を吐く。


「今は見ての通り手一杯なんです」


「これ以上、厄介事を持ち込まないでください」


「騎士なら兵舎へ行ってください!」


 その言葉には怒気が滲んでいた。


 しかし、それは目の前の騎士への嫌悪ではない。


 三日間、一睡もせず働き続けた疲労。


 助けたい命が目の前にあるのに、手が足りない焦り。


 そのすべてが、一瞬だけ感情となって溢れたのだ。


 ディアンは怒ることもなく、その言葉を静かに受け止めた。


 やがて、一歩前へ進み出る。


「案ずるな」


 低く、落ち着いた声が診療所へ響く。


「余が癒そう」


 その言葉に、診療所中が静まり返る。


 一人の若い医師が思わず声を荒げた。


「騎士が……どうやって人を癒すというのです!」


 ディアンは答えない。


 ゆっくりと診療所の中央まで歩み、静かに目を閉じる。


 そして、胸の前で両手を重ねた。


 その姿は祈りを捧げる王そのものだった。


「民たちよ」


 静かな声が響く。


「今一度、余へ力を貸してくれ」


 その瞬間。


 ディアンの足元から黄金色の光が溢れ出す。


 それは激しく輝く光ではない。


 夕暮れの陽だまりのような。


 誰かに優しく抱き締められたような。


 穏やかな温もりだった。


「──《広範囲治療(エリアヒール)》」


 黄金の波紋が静かに広がる。


 診療所を包み込み。


 一人、また一人と患者へ降り注いでいく。


 苦しげだった呼吸が穏やかになる。


 高熱にうなされていた子供が静かに目を開ける。


 青白かった兵士の顔へ血色が戻る。


 折れた骨が音もなく繋がり、裂けた傷がゆっくりと塞がっていく。


 誰一人として苦しむ者はいなかった。


 まるで、春の日差しに包まれて眠るように。


 診療所は静寂に包まれる。


 やがて、一人の少女が小さく呟いた。


「……痛く、ない」


 それをきっかけに、あちこちから声が上がる。


「治ってる……」


「熱が下がったぞ!」


「身体が軽い!」


 先ほどまで怒りを露わにしていた医師は、震える手で患者を診察する。


 脈拍は正常。


 熱もない。


 傷も塞がっている。


 信じられない光景だった。


 医師はゆっくりとディアンを見上げる。


「あなたは……一体……」


 ディアンは静かに首を横へ振る。


「余一人の力ではない」


「これは、かつて余を信じ、余へ祈りを捧げてくれた民たちの願いだ」


「余は、その想いを借りているに過ぎぬ」


 診療所は再び静まり返る。


 誰も言葉を発せない。


 そこに立っているのは、ただ強い騎士ではなかった。


 民の願いをその身に宿した、一人の王だった。


 診療所を包んでいた騒がしさは、いつしか穏やかな空気へと変わっていた。


 先ほどまで苦痛に顔を歪めていた患者たちは安らかな表情を浮かべ、医師たちもようやく一息つくことができている。


 ディアンは静かに診療所を見渡し、小さく頷いた。


「これでしばらくは大丈夫であろう」


 その時、診療所の入口から聞き慣れた声が響いた。


『みんな、お疲れ様』


 黒い霧が揺らぎ、その中からネームレスが姿を現す。


 そしてその後ろには、王女ジュリと国王ジェス・グレイワースが続いていた。


「これは……」


 ジェスは診療所を見渡し、目を見開く。


 先ほどまで溢れていた苦しみの声が嘘のように消えている。


「傷が……治っている」


 医師の一人が深く頭を下げた。


「この御方のお力です」


 そう言ってディアンを見る。


 ジェスはゆっくりとディアンへ歩み寄った。


「礼を言う」


「王として、民を救ってくれたことに感謝する」


 ディアンは首を横へ振る。


「礼には及ばん」


「余は守るべき者を守っただけだ」


 その答えにジェスは苦笑した。


「ネームレスと同じことを言うのだな」


 ディアンは鎧越しにネームレスを見る。


「当然だ」


「同盟者とは、そのような男だからな」


 その言葉に、ジュリが首を傾げる。


「同盟者……?」


「そういえば、ずっと気になっていました」


 ジュリはディアンを見上げた。


「メアリー様はネームレス様をご主人様と呼んでいます」


「でも、ディアン様は違いますよね」


「どうして『同盟者』なんですか?」


 診療所にいた人々も興味深そうに耳を傾ける。


 ディアンは少しだけ沈黙した。


 そして静かに口を開く。


「……昔話になる」


「余は、かつて一つの大国を治める王だった」


 その言葉だけで診療所の空気が変わる。


 王だった。


 誰も予想していなかった答えだった。


「余の国は豊かだった」


「民は笑い、子は未来を語り、兵は誇りを持って国を守っていた」


「誰もが、その平穏が永遠に続くと信じていた」


 ディアンは静かに天井を見上げる。


 まるで遠い昔を見つめるように。


「だが、ある日」


「神は突然告げた」


 その声は静かだった。


 しかし、その場の誰もが背筋を伸ばす。


「──この国は滅ぶ」


 ジュリが息を呑む。


「理由もなかった」


「罪を犯したわけでもない」


「民が神を冒涜したわけでもない」


「ただ、滅ぶと決められた」


 ジェスは険しい表情になる。


「そんな理不尽が……」


 ディアンはゆっくり頷いた。


「余は受け入れなかった」


「王とは民を守る者」


「神であろうと、その命を奪うというならば」


「余は剣を取る」


 その一言には王としての覚悟が宿っていた。


「余は神へ反旗を翻した」


 景色が変わる。


 まるでその場にいた誰もが、ディアンの記憶を見ているようだった。


 燃え盛る城。


 崩れ落ちる城壁。


 空から降り注ぐ神々の光。


 数え切れぬ兵士たち。


 そして、その先頭に立つ一人の王。


 巨大な盾を構え、民を守るためだけに戦い続ける男。


「最後まで戦った」


「最後の兵が倒れるまで」


「最後の民が息絶えるまで」


「余は盾を下ろさなかった」


 だが。


 神には届かなかった。


 国は滅びた。


 民は死に絶えた。


 そして。


 王もまた、静かに最期を迎えた。


 診療所には誰一人声を発する者はいない。


「……その時だ」


 ディアンはネームレスを見る。


 穏やかに笑う黒い霧の存在を。


「同盟者が現れた」


 ネームレスは少し照れくさそうに笑う。


『君は最後まで守り続けた』


『だから今度は、君自身が救われる番だ』


 ディアンは静かに頷く。


「同盟者は余の魂を、この鎧へ宿した」


「こうして余は、新たな命を得た」


 そして、ゆっくりと右手を見つめる。


「さらに驚いたことがあった」


「滅びたと思っていた民たちもまた、余のもとへ集っていたのだ」


「感謝」


「敬意」


「守られたという想い」


「それらが魂となり、この鎧へ宿っていた」


 ディアンは静かに胸へ手を当てる。


「余が奇跡を使えるのは、そのためだ」


「余一人の力ではない」


「今もなお、民が余と共に守ってくれている」


 診療所にいる誰もが、その言葉の意味を理解できずにいた。


 ジェスが静かに尋ねる。


「……鎧だけ、とはどういう意味だ」


 ディアンはゆっくりと右の小手へ視線を向ける。


「文字通りだ」


「余の肉体は、あの戦いで朽ち果てた」


「骨も、血も、臓も、何一つ残ってはおらぬ」


 その言葉に診療所が静まり返る。


「……え」


 誰かが小さく声を漏らした。


 ディアンは何事もないように続ける。


「同盟者は余の魂だけを、この鎧へ定着させた」


「故に余は、生きた鎧──リビングアーマーとなった」


 その瞬間だった。


「リ、リビングアーマー……!?」


 医師の一人が思わず後ずさる。


 兵士たちも息を呑み、思わずディアンを見つめ直した。


「そんな……」


「今まで普通に話していたのに……」


「人間じゃ……ないのか」


 ジュリも驚きを隠せない。


「ディアン様が……人では、ない……?」


 しかし、その場で最も落ち着いていたのはネームレスだった。


『うん』


『ディアンは人じゃない』


『でも』


『誰よりも人を守ろうとする優しい人だよ』


 その言葉に、ディアンは静かにネームレスを見る。


「……同盟者」


「余には過ぎた評価だ」


 すると、先ほど命を救われた少年ルークが、おずおずと前へ出た。


「あの……」


 皆の視線が少年へ集まる。


 ルークは少し震えながらも、ディアンを見上げた。


「ディアン様は……人じゃないのかもしれない」


「でも」


「僕のお母さんを助けてくれた」


「みんなを助けてくれた」


「だったら僕は……ディアン様が何でもいい」


「僕はディアン様が好きです」


 診療所は静まり返る。


 その言葉を聞いた兵士たちも、医師たちも、顔を見合わせる。


 やがて、一人の老医師が笑った。


「……そうですな」


「私も同じです」


「この一瞬で患者を救ってくださった方です」


「今さら人間かどうかなど、どうでもいい」


 一人。


 また一人と頷いていく。


「ディアン様はディアン様です」


「命の恩人です」


「ありがとうございます」


 感謝の言葉が次々と向けられる。


 ディアンはしばらく黙っていた。


 やがて、静かに右手を胸へ当てる。


 診療所は静まり返る。


 やがてジュリが、小さく微笑んだ。


「だから……同盟者なんですね」


 ディアンは静かに頷く。


「そうだ」


「余は救われた者」


「同盟者は恩人ではない」


「主君でもない」


「余と共に歩む者だ」


「故に余は、ネームレスを『同盟者』と呼ぶ」


 ネームレスは少し困ったように笑う。


『僕は友達だと思ってるけどね』


 その一言に、ディアンは珍しく小さく笑った。


「ふっ……それでも構わぬ」


「友とは、同盟者でもあるのだから」


 診療所には穏やかな笑い声が広がり、ディアンという一人の守護者の過去は、人々の胸に深く刻まれるのだった。


 ────


 リリィは、一人で王都を歩いていた。


 その小さな足が向かう先は決まっていない。


 ただ、胸の奥から聞こえてくる悲しい声を辿るように歩いていく。


 焼け焦げた並木道。


 灰に埋もれた花壇。


 黒く枯れ果てた草花。


 リリィは立ち止まり、小さくしゃがみ込む。


「……痛かったね」


 大地へそっと手を添える。


 まるで傷付いた誰かへ語り掛けるように。


「もう大丈夫」


「お星さま」


「この子たちを元気にしてあげて」


 その願いに応えるように、空気が静かに震えた。


 昼間にもかかわらず、小さな星々が空から舞い降りる。


 淡い光が大地へ溶け込むと、黒く焦げた土が少しずつ色を取り戻していく。


 乾き切っていた草原から新しい芽が顔を出す。


 折れた木々はゆっくりと枝を伸ばし、失われた葉を取り戻していく。


 色とりどりの花々が一輪、また一輪と咲き始めた。


 その様子を見た通行人が思わず足を止める。


「……木が」


「生き返っている」


 誰も声を上げることができなかった。


 リリィは嬉しそうに笑う。


「えへへ」


「元気になったね」


 花へ手を振り、再び歩き出す。


 その後ろでは、小鳥たちが楽しそうに枝から枝へ飛び移っていた。


 そうして歩き続けた先で、一軒の古びた教会が目に入る。


 壁は崩れ、屋根は大きく壊れている。


 教会の中から聞こえてきたのは、小さな子供たちの泣き声だった。


 リリィはゆっくり扉を開く。


 中には親を失った子供たちが身を寄せ合っていた。


 皆、不安そうな顔をしている。


 リリィはにこりと笑う。


「こんにちは!」


 しかし返事はなかった。


 子供たちは一斉に後ろへ下がる。


「誰……?」


「知らない人……」


 年上の少年が前へ出る。


「帰ってよ」


「もう誰も信じない」


 その言葉にリリィは少しだけ寂しそうな顔をした。


 けれど、すぐに笑顔へ戻る。


「そっか」


「でもね」


「わたしは、みんなと遊びたいな」


 誰も動かない。


 教会には重たい沈黙だけが流れる。


 するとリリィは空を見上げた。


「お星さま」


「この子たちが笑えますように」


 その瞬間だった。


 割れた天井から一筋の光が差し込む。


 昼間だというのに、無数の星々が空から舞い降り始める。


 雪よりも柔らかく。


 羽毛よりも軽く。


 暖かな光を宿した星々。


 教会全体が幻想的な輝きに包まれる。


「綺麗……」


 一人の少女が思わず呟いた。


 星の光は子供たちの身体へ優しく触れていく。


 不安そうだった表情が少しずつ和らぎ、泣き止む子も現れる。


 リリィは両手を胸の前で合わせる。


「もう少しだけ」


「力を貸してね」


 星々は一か所へ集まり始めた。


 小さな光。


 大きな光。


 色とりどりの星の欠片。


 それらはくるくると回りながら形を変えていく。


 やがて。


 一羽の青い小鳥になった。


 続いて黄色。


 桃色。


 白銀。


 光でできた小鳥たちが教会中を楽しそうに飛び回る。


 羽ばたくたびに星屑が零れ落ちる。


「あっ!」


 一羽が幼い少女の肩へ止まった。


 少女は恐る恐る指を伸ばく。


 小鳥は嬉しそうに頬へ擦り寄った。


 その姿に、自然と笑みが零れる。


「かわいい……」


 それを見た他の子供たちも近付いてきた。


「ぼくにも!」


「こっち!」


 小鳥たちは楽しそうに飛び回る。


 リリィも一緒になって走り出した。


「待て待てー!」


 教会へ笑い声が響く。


 父を亡くしてから。


 母を亡くしてから。


 笑うことを忘れてしまった子供たち。


 そんな子供たちへ、少女は当たり前のように手を差し伸べた。


「みんな!」


「一緒に遊ぼう!」


 一人の少年がおそるおそるその手を握る。


 温かかった。


 春の日差しのような温もりだった。


「えへへ」


 リリィは嬉しそうに笑う。


 その瞬間。


 教会の外から、小鳥たちが一斉に集まってくる。


 窓辺へ留まり。


 屋根へ舞い降り。


 白い蝶がリリィの肩へ止まる。


 暖かな風が吹き抜ける。


 教会の周囲では枯れ果てていた木々が緑を取り戻し、花々が咲き始めていた。


 老神父は目を細め、小さく呟く。


「……まるで」


「星に祝福された御子のようだ」


 リリィは窓の外を見つめる。


 王都には、まだ傷付いた自然が数多く残っていた。


 少女は優しく微笑む。


「まだいっぱい助けなくちゃ」


 そう言うと、教会の隣の空き地へ歩いていく。


 両手を地面へ添えた。


「お星さま」


「この子たちのお家を作って」


 星々が大地へ降り注ぐ。


 木々が根を張り。


 幹が柱となり。


 枝が屋根を支え。


 葉が優しい屋根となって重なっていく。


 森そのものが家を編み上げるように、一軒の美しい孤児院が姿を現した。


 木の香りに包まれた温かな家だった。


 リリィは満面の笑みで振り返る。


「これでもう、お外で眠らなくていいね!」


 子供たちは歓声を上げながら駆け出していく。


 その笑顔を見つめながら、リリィはふと目を細める。


 その瞬間、意識は遠い昔へと遡っていく。


 ────


 夜空いっぱいに星が輝く草原。


 幼いリリィは一人、星空を見上げていた。


 誰に教わるでもなく、星と話をすることができた。


 風が吹けば木々が答え。


 花が咲けば笑い声が聞こえる。


 鳥たちは肩へ止まり。


 小動物たちは膝の上で眠る。


 自然は皆、リリィを愛していた。


 だからこそ、人は彼女を恐れた。


「あの子は普通じゃない」


「化け物だ」


「近付いてはいけない」


 幼いリリィには、その意味が分からなかった。


「どうして……?」


「みんなと遊びたいだけなのに」


 近寄れば逃げられる。


 笑い掛けても怯えられる。


 いつしか話し相手は星だけになっていた。


「お星さま」


「どうしたら、お友達できるかな」


 星は優しく瞬いた。


 だが答えは返ってこない。


 リリィは小さく笑うしかなかった。


 ────


 そんなある日だった。


 国を覆う戦火。


 燃え上がる村。


 泣き叫ぶ人々。


 子供たちは逃げ惑い、大人たちは倒れていく。


 リリィは泣きながら星へ願った。


「お願い!」


「みんなを助けて!」


 夜空いっぱいの星が地上へ降り注ぐ。


 花は咲いた。


 木々は人々を守るように枝を広げた。


 だが、それでも救えない命はあった。


 幼い少女がリリィの前で静かに息を引き取る。


 その小さな手を握り締めながら、リリィは涙を流した。


「ごめんなさい……」


「助けられなかった……」


 その夜。


 リリィは初めて星へ怒った。


「どうして!」


「お星さまは何でもできるんじゃないの!?」


 夜空は静かなままだった。


 返事はない。


 リリィは泣き続けた。


 ────


 どれほど泣いただろうか。


 ふと頭へ優しく手が置かれた。


『君は十分頑張った』


 聞いたことのない、優しい声だった。


 振り向くと、そこには黒い霧を纏った存在が立っていた。


 深紅の瞳だけが静かに輝いている。


『全部は救えない』


『でも』


『一人を笑顔にできるなら』


『その笑顔は、きっと誰かへ繋がる』


 リリィは涙で濡れた瞳を向ける。


「でも……」


「みんな助けたい……」


 ネームレスは優しく微笑んだ。


『うん』


『だったら一緒に助けよう』


『僕も諦めが悪いから』


 その一言だった。


 リリィは堪えていた涙を溢れさせ、ネームレスへ飛び付いた。


「うわぁぁぁぁん!」


「ひとりは、やだったぁ!」


 ネームレスは何も言わず、小さな身体を抱き締める。


『もう一人じゃない』


『これからは家族だから』


 その日。


 星の子リリィは、初めて心から笑った。


「……うん!」


「お父さん!」


 ────


 孤児院では子供たちが星の小鳥を追い掛け、楽しそうに笑っていた。


 その光景を見たリリィは、小さく呟く。


「今度は守れた」


「みんな笑ってる」


 ネームレスは隣で優しく微笑む。


『うん』


『君がいたからだよ』


 リリィは照れくさそうに笑う。


「えへへ」


「もっともっと助ける!」


「誰も泣かなくていい世界にする!」


 そう言って、再び王都の自然を癒やすため駆け出していく。


読んでくれてサンガツ!

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