Ⅱ章
「ローレ」
ある大きな屋敷の食堂で、青いドレスを着た、金髪の少女が執事に声をかけた。
「何でしょう、ミリアお嬢様」
少し元気が見える仕草で、その執事が振り向く。
いつもの義肢を再び着けたローレだ。
「今は、その。何してるの?」
目も合わせずに、ミリアが言う。
恐怖とはまた違う感情だ。
多分、恥じらい?
「今は、暇してますよ」
余裕のある大人の様な返答を言う。
「なら!」
なら、と言葉を紡ぐ。
「う、後ろで応援して、欲しいです!」
後ろに持っていた小さな箱をローレに見せつつ、言い切った。
「えっと、お母様を呼んでもらって。
その後に、私一人でやらせてもらいます!」
この間アクセサリーショップで買った指輪をプレゼントするために、歩きながら計画を共有してる。
コツコツと綺麗なタイルの上を歩いていた。
「では、私は呼ぶだけでいいんですね?」
「いや。あの……」
ちょっとごもる。
「隠れて見守って欲しいな。って」
ミリアがあらぬ方向に目が泳いでいる。
子供っぽいお願いに聞こえた。
「分かりました。バレない様に善処します」
善処と言っても、魔法を使えば完全にバレない事は余裕だろう。
しかし、ミリアには感じれる程度には気配を消せって事だ。
「まあ、そろそろ始めましょうか」
「ミリアが?」
綺麗な金髪の女性とローレが話している。
ベリルの妻、コルテだ。
綺麗な服に、少し黒いインクが付いていた。
多分、手紙でも書いていたのだろう。
「そうです。
向こうに呼んでと言われましたから」
少し柔らかい笑顔を浮かべ、返事をした。
「分かったわ」
ローレが左手を腹部に当て、右手を後ろに回し、頭を下げる、敬意を示す礼をする。
「それでは、私はこれで」
コルテは軽く目伏せをして、離れて行った。
それを角まで見送ったのち、足音を消しつつ追いかける。
まるで忍者かの様な身こなしで。
数十秒後に見つけた。
コルテと、ミリアが話している姿を、だ。
「その、これ」
遠くでミリアの声が小さく聞こえる。
「あぁ、この間の外出で買ってきた物?」
外出の話は話題になった。
主に、単独で行かせたベリルだったり、ローレが倒した三人の話だったりが。
「はい! その。プレゼントです……」
「プレ、ゼント?」
理解できてない様だ。
「この間の、チョコの、お返しです」
最近できたばかりの固形チョコを、確かこの間食べていたな。
飲み物や薬として流通していたチョコが、お菓子として、貴族に流行っていると聞いたコルテが、ミリアに送ったのだ。
「これ! 良い……の?」
「はい!」
元気の良い笑顔でミリアが返す。
小包から一つのアクセサリーを取り出す。
銀色のフレームの中に、翡翠の宝石を嵌め込んだ、目立たない綺麗な指輪だった。
「き、れい。
これは、ミリアが選んだの」
「そうです!」
目を輝かせながら返事をした。
「ありがとう。
大切に、着けさせてもらうよ」
指輪を通し、指を広げて、手の甲から見る。
しなやかな指に、翠の宝石が良いアクセントになっていた。
綺麗なアクセサリーお陰で、コルテの魅力をいく倍にも増やしていた。
えへへ、とミリアが笑っていた。
もうこれ以上、私が話を聞く理由はない。
邪魔をしない様にゆっくりと、その場を後にした。
ローレは小さな平和に感謝する。
こんな幸せが、ずっと続けば良いのに。
*
「襲撃犯の居場所が分かったと」
暗い部屋で、ベリルがローレと話していた。
「ああ」
短くベリルが返事する。
ベリルが探偵に、外出時のごろつきと、この間の襲撃犯へと命令を出した貴族を見つけさせた。
場所は掴んだ。
しかし、それと同時に、敵が待ち構えている事も分かった。
多分、あえて情報を掴ませたのだろう。
ローレを殺すためか、時期にバレて不意打ちを喰らうなら、と掴ませたか。
どちらも可能性は低いが、それ以外には考えづらい。
「まあ、人数によりますが、私一人で良いです」
ベリルが眉根を寄せる。
「単独で行かせたくないのだが。
まあ、君に着いて行ける兵も居ない。
それしか無い、か」
ローレは単独が強いのは分かる。
そして、特殊部隊ならいざ知らず、ただの貴族の手兵達は、多分着いてくだけで精一杯だ。
邪魔にしかならないだろう。
ただ、ローレを単独で行かせるとなると、安全の保証もできないし、勝てるとも限らない。
この前の襲撃犯並みが数人居れば、かなり怪しい戦いになるだろう。
どうしようもないが、何かしたいというジレンマに、ベリルは悩まされていた。
「そもそも、一度死んだ命。問題はありません」
冷たくローレが言って、部屋を出ようとする。
「待て」
それをベリルが引き留める。
「命の危機があれば下がれ。
ミリアを悲しませたくない」
心配なのだろう。
確かに、今やただの兵器とは違い、一人の人として扱われている。
守る対象を履き違えてはいけないのだ。
「了解です」
優しい笑顔で、ローレが言葉を返した。
そのまま部屋を出て行く。
部屋を出ていくローレの左目には、決意が揺らめいていた。
*
「来ないっすね。敵」
後輩が、高台から夜の街を見下ろしつつ、タバコを吸っていた。
俺達は雇われの傭兵だ。
敵に、先時代の究極兵器が攻めてくると言われて召集されたが、まだ放置されている。
「先輩。弓矢の手入れをよく飽きませんね」
手元の金色の弓を、後輩が見ていた。
そろそろ武器を手入れしすぎて磨く所が無くなり始めた。
魔導兵器の弓矢は自動修復があるので、磨く意味は綺麗になる程度だが、武器を手元に残したまま待機を命じられたのだ。
暇つぶしはそれしか無い。
まあ、飽きない限り無限に続けられる暇つぶしだが。
「ていうか、“魔弓コカトリス”で暇つぶししてたら怒られません?」
この魔導兵器は確かに大事な兵器だが、それ以上に。
「タバコ吸って体力を減らしてるバカに言われたく無い」
タバコは肺をダメにして体力を落とす。
魔弓で暇をつぶすのと、体が売りの兵士がタバコを吸うのと。
どちらが悪いのだろうか。
「そろそろ来ないっすかねぇ。
こんな暇を持て余してると、体が鈍ってまうわ」
確かに、この待機の間は訓練をしていない。
明日まで続くなら、暇つぶしに筋トレでも加えるべきだな。
「ん? 先輩。あそこに黒いタキシードのイケメン居るけど、もしかし──」
「警戒体制の用意! 双眼鏡を貸せ!」
両目で後輩の指が示した方角を見る。
暗くて見つけづらいが、屋敷の前の通りに人影が見えた。
右目の眼帯に、オールバックの髪。
綺麗なタキシード。
背中には、細長い楽器ケースを背負っていた。
ブリーフィングで見た撃破目標と酷似している。
「今すぐに全体に通達。
同時に、奴隷共を前に出せ!」
まだ絶対とは言い切れないが、可能性があるなら警戒すべきだ。
更に、第六感が叫んでいた。
奴はただの執事では無いと。
「先輩! 敵は一人、ランク3.0。
武装に魔剣、識別コードは……試作品? のヴァンパイアナイフらしいっす」
屋敷の一室の窓際で外を見ていた。
という事は、今まで会った敵の中で、最強レベルだ。
こちらはランク2.0が八人。
普通なら負ける。
だが、こちらも無策では無い。
「最前線の奴隷隊が接敵!」
双眼鏡で覗く。
奴隷隊が各々の武器で攻撃を仕掛ける。
それに対し、相手は左手を背中の楽器ケースに突っ込んだ。
同時に、楽器ケースが内側から開いて、バラバラに地面へと落ちていき、内側の長い鉄の塊が顔を覗かした。
それで戦闘の三人とも薙ぎ払われる。
音を置き去る一振りが、人間を二つに両断する。
「あれは、斬馬刀? 魔導兵器では無いっすね」
後輩が武器を見て言う。
ただの鉄塊だと?
「ヴァンパイアナイフは?」
「右手だけっす」
何故、両手で持たない?
十人が一気に飛びかかる。
それを左手の大剣で薙ぐ。
目に追えない速度で。
上手い具合に遅らせた三人も、ナイフで一人を貫き、それを盾にしつつ、残り二人ごと返しの大剣で真っ二つに切られる。
「あの馬鹿力に、場慣れ。
やっぱ、旧覚醒か」
周りにも聞こえる様に、独り言を呟いた。
本物なら、奴隷共じゃ無理がある。
「ヒュドラ隊! 大きな窓の廊下で、射撃体勢だ! できるだけ早く!」
さあ、これにどう出る?
最強兵器さん。
薄暗く横に長い廊下に、八人が中腰で座っている。
その手には金色の弓があり、薄く月光を反射していた。
その十六の目は、一人を見つめていた。
両手両足じゃ数えきれない人数を殺した化け物を。
「攻撃準備」
弓に銀の矢がつがわれ、引かれる。
「撃て」
小さい声だった。
しかし、音が無いこの世界じゃ十分な声量な筈だった。
ドシュっという音が重なり合い、爆音を生み出す。
軽い耳鳴りが起きた。
しかし、それを頭を振る事で無視して目標を見る。
そうすると、見つかった。
五本の矢が刺さった、黒い服の執事が。
三本避けたか。
「目標沈黙! 魔力反応低下!」
後輩から報告が飛ぶ。
まあ、五本もコカトリスの銀矢を喰らったんだ。
動ける方がおかしい。
「ん? 魔力反応ゼロ? どういう──」
声が途切れた。
何故──。
その光景を見て言葉を失う。
後輩の頭が無くなっていた。
顎しか残っていない。
上顎から上がミンチとなり、周りを汚している。
後輩の真後ろには、棍棒級の大剣が深く刺さっていた。
敵との距離は百メートル以上はあった。
投げて当たる距離ではない。
クソ──。
ガシャァァァン。
ガラスが砕け散る音が響く。
月明かりが一層強くなり、廊下を照らした。
九つの影が壁を黒く染める。
その内の一つが、月光を強く反射する。
白く光り輝く悪魔が、視線を伏せていた。
陰っている顔の、青い三つの目の輝きが強くなる。
「敵接近! ナイフを出せ!」
急いで腰から黒いナイフを抜き、魔力を込める。
そうすると、青い筋が蛇の様に刃を這った。
完全量産型の魔剣バジリスクだ。
残った六人が、同時にナイフを取り出す。
「パルィーフ!」
「な! バカ!」
風魔法で部下の一人が叫びながら飛び出した。
敵はそれを認知すると同時に、姿が消える。
「上──」
警告するも、もう遅かった。
「がふ」
上に向きかけた目に、ナイフが突き刺さった。
深く突き刺さり、持ち手しか見えなくなる。
持ち主はというと、天井の光の無いシャンデリアの上に乗っていた。
「敵は武器を喪失! 上方警戒」
弓──は、撃つ前に殺される。
確かに、良い手だ。
「うわぁぁあああ!」
何かの力で、一人が引き上げられた。
まるで釣り竿かの様に、右手から灰色のワイヤーが伸びている。
おいおい。
おかしいだろ、その装備。
空中に投げ出された体に、銀の矢が刺さった。
胸に深く突き刺さる勢いで。
直後、青い目がこちらを向く。
「詠唱開始!」
右手が振られ、しなる様なワイヤーが伸びてくる。
それをギリギリで弾いた。
ワイヤーの切先が地面に突き刺さる。
これでどうだ!
そう、言うかの様に、視線を向けると、胸に激痛が走る。
なん、で。
見ると、敵の足からナイフ付きのワイヤーが伸びていた。
自分の胸へと。
心臓を貫かれてるせいか、意識が急激に薄れる。
最後くらい、後輩から貰ったタバコを吸いたかったのに、な。
*
「ラスト。ですか」
竜人化を解きつつ歩く。
荒い息遣いが廊下に響いていた。
歩く道の横には、八人の動かない人間が居る。
そんな中、ローレは白い手袋を右手だけに着けなおす。
コツッと靴と何かがぶつかる。
「これは?」
拾うと、レーダーの様な物だった。
「便利……ですね。じゃあ、残りの敵は──」
一人居た。
同じ階の奥の部屋だ。
ランクは3と書かれている。
「なるほど」
レーダーを捨て、それ通りに音を立てずに廊下を進む。
ここか。
ゆっくり扉を開けると、光が段々と漏れ出てくる。
急な光の変化により見え辛いが、一人の影が見えた。
「ようこそ! そして、時間通りに来てくれてありがとう!」
子供っぽい声が聞こえる。
ゆっくりと光に慣れてきた目で、見た。
和服に、袴。
帽子に靴。
それはまるで、書生の様な服で、古風な、しかし、今風な雰囲気を出した服だった。
「どうも」
動揺を出さない様に、静かに挨拶を返す。
顔を見ると、幼かった。
多分、十代といった所だろうか。
「じゃあ、今回はよろしく! No.4さん」
なっ!
いきなり振りかぶって、銀の矢を敵に投げつける。
が、体を捻って避けられた。
「なぁに? ヒロさん。
普通に戦わないの?」
煽る様な口調で、話し続ける。
コイツは俺を知ってる?
なら、
「旧覚醒か……」
「御名答!」
跳ねる様な声色で、会話を楽しんでいた。
余裕を見せつける様な姿に怒りを覚えつつ、冷静さを研ぎ澄ますため、周りを眺める。
地面は大理石。
照明は蝋燭のみだった。
とても質素な部屋だ。
地面には、何故か石が落ちている。
「あ! 自己紹介? No.23リオ。よろしくね!」
沈黙を突き破る様に、自己紹介をしてきた。
21番代?
また新しく作ったのか。
何人の人が死んだだろう。
このガキ一人を作るために。
「一つ聞きたい。一桁代は何人生きてる?」
「あー。一桁代はね。ほぼ死んだからなぁ」
死んだ?
聞きたくない。しかし、分かっていた答えが聞こえる。
「えーと。No.1と、あんたと、No.9。の三人? だっけ?」
2と5の音が聞こえない。
残った人は、三人のみ。
きっと、あの先輩達は、消えたのだろう。この世から。
「そうか……」
声色に、悲しさが滲み出てしまう。
もう、会えないのだろう。
「でも、死んだ人ってランク3序盤とかだよね?
俺だって3.5あるし、気にしなくて良いんじゃない?
それに、ヒロさんだって3.6はあったんだし」
呆れた。
まあ、こいつは人生経験が短い。
仕方ないか。
手袋を外し、リオの足元に投げつける。
「手袋を落としてしまいました。拾ってくれませんか?」
それを相手は、文字通り踏みにじる。
「話はお終い?
なら、本気出してよ。
時間が勿体無いし」
本当に無作法だ。
話をしてやった、俺が馬鹿みたいだ。
ナイフの柄に手をかけつつ、隙を窺う。
沈黙が二人を包む。
部屋には蝋燭の火が揺れていた。
時間はかけたくない、ってのはそうかもな。
こちらも時間をかけたくない。
仕掛けるか。
足を曲げ、腰を落とし、頭も下げる。
相手はまだ武器すら構えない。
手のひらを見せつけて、余裕を見せていた。
シュトッと小さい音を立てて、地を蹴る。
二十メートル程を瞬き一つ分の時間で跳ぶ。
ナイフは添えるのみ。
敵の首を刈る、その瞬間に、消えた。
ザズズズと地面を削りつつ止まりつつ振り向くと、視界内には誰も居なかった。
「ヒロさんって、力押しが多いよね? 頭使わないんですか?」
後ろ!?
ナイフを振りつつ振り向くも、誰も居ない。
「あー! そっか! オレイさんが死んだからか!」
左耳の真横で声が聞こえた。
体に悪寒が走る。
右手のワイヤーを右の壁に食い込ませ、それを引っ張り、高速で移動した。
「まあ、スキル竜人化も、ほぼ脳筋ですもんね」
壁に背をつけて部屋中を見ても、見つからない。
上を見ると、蝋燭台で体を支えて、壁に立つリオが見えた。
「瞬間移動……ですか」
「大正解!」
上からリオが降りてくる。
真横に避け、先程いた場所にナイフを振るも、地面に突き刺さるだけだった。
真っ二つに割れた石が転がる。
これは、魔鉱石?
何故ここに?
「よそ見はダメだよ」
目の前で聞こえる。
視線を上げると、丸い銃口と二つの瞳が同時に見えた。
「バァン!」
馬鹿にした様にコロコロと笑いながら言う。
狩猟用ライフルか。
木製の銃床に、先端のナイフ。
銃剣だ。
魔導兵器か?
ならば、手を抜くと本当に死ぬな。
もう、諦めるか。
「スキル発動。竜人化」
左手と、背中が膨らむ様にシルエットが大きくなる。
左手の肌が白く染まり、鱗が現れた。
「おぉぉ」
リオは感嘆する様な声を上げる。
鱗がゆっくりと逆立ち、鱗と鱗の間に、真っ赤な筋肉が見えた。
その筋肉から、プシューッと熱い蒸気が噴き出す。
まるで、爆発寸前のエンジンの様だった。
ローレの息が荒くなる。
「これで、戦えますか?」
「うーん。まあ、いっか。分か──」
言い切る前に、左手で突きにかかる。
しかし、握りしめた金色の爪の拳は、空を切る。
ズシュと音を立て、左腹部を弾丸が貫通した。
「でも、やっぱ弱点だらけだ」
振り向くと、そこには誰も居ない。
ただ、ゆらめく蝋燭の光があるだけだ。
避けろ! そう第六感が叫ぶ。
体を捻ると、ビュンと視界の真横に銃弾が通り過ぎ、眼帯のみを切る。
露わになった赤い宝石の瞳が怪しく光る。
「お好きに言って下さい!」
ワイヤーを伸ばすも、誰もそこには居なかった。
骨が折れそうだ。
こいつは。
*
ヒロ先輩と戦えているのに、段々と心は落胆に進んで行く。
熾天使セラフィムを単騎破壊した英雄、No.4のヒロ。
そんな人間だ。
何度も戦いたいと願った。
でも、本当の姿を知り、落胆している。
スキルの出力は最低値並みの3.0。
一部は、竜人化すらできない。
ワイヤーで移動を補助しているし、武器も古い試作品。
何もかもが足りない。
なのに──。
ギィィンと耳障りな音が部屋中に響く。
金色の爪と、銃の先端のナイフがぶつかり合う。
なんで、追いつけない!
押し込まれかけて、瞬間移動を発動させる。
移動先は、魔鉱石の上だ。
俺のスキルは、どんな離れてても飛べる。
数多ある選択肢から一つを選んでるのだ。
だから、読まれるはずがない。
なのに──。
シュルルルと音が聞こえた。
「もう少し右ですか」
目の前をワイヤーが高速で通り過ぎる。
三回目だ。
何故読まれてる?
どうすれば、読まれない?
分からない。
なら、軌道を読むか?
できない。
くそ!
瞬間移動でヒロ先輩の真後ろを取り、銃剣の先で突きにかかる。
そうすると、右手に刺さった。
「え?」
回避もせず、左手でも受けず、右手で受ける?
何故?
混乱していると、左手の爪が迫ってくる。
いや、瞬間移動だよ? 俺。
引き金を引き、銃弾で破壊を試みるも、破片が散るだけで、壊れない。
無駄に硬いな!
迫る爪に少し焦る。
「チッ!」
銃から手を離し、離れた位置へ瞬間移動する。
一瞬のホワイトアウトから覚めた視界で見たのは、右足をこちらに向けたヒロの姿だった。
その足先から、灰色のワイヤーが伸びてる様に見える。
俺の胸へと。
痛い? じわっと広がる様に、圧迫感を覚える。
え? 当たったのか?
読み切られた。
右手で胸を触れると、手のひらが真っ赤に染まった。
そんな中、視界の中でヒロが体を捻る。
ハハッ!
ワイヤーが高速で巻かれると同時に地面を蹴り、腹部にヒロの足が刺さる。
衝撃で体が揺れた。
そのままの勢いで壁に縫い付けられる。
肺から押し出された空気が、口から外へと逃げ出てく。
いってぇ。
頭がぼーっとする。
何も考えれない。
そんな頭に、痛みが加わる。
「ガッ! ぐぅ!」
ヒロ先輩が姿勢を整えるために、ナイフを体に刺したまま捻ったせいで、内臓が抉られる。
視線を動かすと、ヒロ先輩は、肩で呼吸をしていた。
「な……ぜ?」
喉もやられたのか、声が上手く出ない。
「あれ? 貴方は気付きませんでしたか?
貴方は焦った時に、無意識に部屋の真ん中に来ていて。
更に、相手の背中側へと飛んでいた。
訓練の賜物でしょうけど、読まれたら弱いですよ」
先生みたいな口調で諭された。
部屋の真ん中は射角が取れるし、相手の背中は反応が遅れる。
だからこそ、最善手を考えて、読んだと。
「で……も、下手ですね」
一気に血が口からこぼれ落ちる。
「心臓を……外してますよ」
刺さってる場所は右胸。
そこには肺しかない。
無理矢理スキルを使おうとする。
血は十分溢れてるから。
普通はできるはず、なのに。
「う、ごけ!」
一切できない。
何故?
「あぁ。このナイフ、血の魔力を奪うから、スキルは使えませんよ」
ローレは今更の様に気付いたのか、説明してくれた。
「まあ、抜いてあげますか。
死なれても困るので。
引き出したい情報があるんです。
今から縛りますから、逃げないで下さいね」
ナイフを抜きながら言う。
な!?
──殺すつもりが無かったと。最初から。
遊ばれてたのは俺の方か。
悔しい気持ちともう一つの感情が攻めぎあう。
本当に。
「英雄……か」
「ん? なんですか?」
鱗が剥がれ落ち、人間の様な顔が見える。
その顔は、ただのかっこいい大人だった。




