Ⅲ章
「カリナ。そのまま屋敷に向かって下さい」
ヒロ先輩の声が聞こえた。
寝てた? いや、この起きた時の感覚は。
「睡眠魔法か……」
「ん? あ、起きましたか」
落ち着く声が側で聞こえた。
揺れる地面と合わさって、また眠気が──。
って違う! 後ろにある手を動かそうとする。
そうすると、縄が食い込んだ。
「おいおい」
足も縛られて、ソファーで横に転がされていた。
「起きるのが早いですね。
まあ、起こす手間が省けましたが」
この揺れは、乗り物?
車かなんかだろう。
やられた。
瞬間移動しようとするも、集中できない。
「あ! 左手に刺したナイフのお陰で魔力は吸われてるので、明日まではスキルは使えませんよ」
見ると、確かに刺さっていた。
まるで注射みたいだ。
あー。
抵抗できないな。
魔法もスキルも、魔力が足りなきゃ意味がない。
「で、リオさん。
依頼主はこのおじさんですか?」
上方、と言っても車の前方側に居た人間を、ヒロ先輩は指差す。
「いや。依頼主はそんな奴じゃなかった。
綺麗なスーツを着た、もっと偉そうな奴だ」
ヒロ先輩の顔が困惑に染まる。
「ヒュドラ隊との証言と一致した。
ほんと誰なんでしょう? この人」
待て。
事前にこの屋敷は無人にしたと、依頼時に言われた。
じゃあ。
「なんだかこの道、人の気配が無いですね」
「まあ良いじゃないか、安全に進めるのですし」
ヒロ先輩が、前のメイドと話している。
「ヒロ先輩!」
必死に声を上げた。
声量のせいか、ヒロ先輩は少し驚きつつ振り向く。
「離れ──」
音が消えた。
視界も白に染められる。
熱いのか、寒いのか分からない。
どっちが上か下も分からない。
遅れて理解した。
あの貴族みたいな奴が、人造人間であり、自爆したのだろう。
地面に叩きつけられ、右手側の肌が削られる。
それにより、感覚を取り戻す。
ガシャンと爆音が聞こえた。
すぐ側で、さっきのメイドさんが窓にぶつかっているのが見える。
全員巻き込まれたか。
なら、ヒロ先輩も、だろう。
「くっそ!」
奥の手だが仕方ない。
唇を切って、血を生み出す。
「アガニョク」
血内部の魔力を使い、作り出した火で、足の縄を焼き切る。
このまま逃げろ!
その瞬間に、貧血の様な立ちくらみに襲われた。
くそ!
視線を落とすと、ナイフが強く光っている。
まるで、逃がさないと言うかの如く。
転んだせいで、再び右半身が削られる。
本当についてない。
貧血で歩けない。
それに、先程の熱で足も火傷し、そんなに遠くにも行けない。
詰みだ。
目を閉じると、足音が聞こえた。
カツカツと、高そうな靴が地面と当たる音がした。
「リオ」
感情が全く読めない。
静かで聴きやすい声が聞こえる。
「逃げろ」
俺の左手からヒロ先輩がナイフを抜き、腕の縄を切る。
「え? ヒロ先輩?」
こっちを見る視線が本気だ。
「俺はローレだ。
それと、カリナ──いや、あっちに行ったメイドを安全地帯まで連れてけ。
魔力は感じるから、まだ生きてるはずだ」
逃げる? 何から?
「えっと──」
「魔力は、ダメか。バレる。レチェーニエ」
右半身の怪我と、足の火傷が治る。
「敵は!?」
離れようとしたヒロ先輩を引き止める。
「国、だよ」
*
爆発によりできた煙幕の中で、ローレは上を向く。
圧倒的なプレッシャーを感じた。
こんな街中で大量の魔力を見せびらかすというのは、狙いは俺という事だ。
数は……多分七。
一つ一つが強いとだけ分かる。
ズガァンと音を立てて、車に雷が落ちた。
直後、大爆発を起こす。
それにより煙が晴れ、敵が見える。
真っ黒で細身な体と、顔にある大きな一つ目が恐怖を誘う。
頭や手足は長く伸びていた。
七人全員が、手には体と同じく真っ黒な大剣を持っている。
ローレの様な鉄の塊とは違い、魔導兵器なのか、赤い線が走っている。
側頭部には名前が書いてある。
「マモン。サタン。ルシファーって」
七つの大罪か。
なんて名前だ。
熾天使セラフィムと言い、兵器へのネーミングセンスが毎度ながら派手だ。
ただ、完成してたか。
新兵器の悪魔軍団が。
ゆっくりと空から降りてくる。
「こっちのが天使っぽいですね」
天からのお迎えの様だった。
「な! 悪魔!?」
後ろからリオの驚きの声が聞こえる。
軽く振り向いて確認すると、カリナを担いでくれていた。
「七つの大罪です! ヒロさん!
奴らは旧覚醒の二桁代を三人処刑してます!」
なる程。
旧覚醒以上に強く、言う事を聞いてくれる新兵器、悪魔。
それを手に入れたなら旧覚醒を倒したくなるのも理解できる。
「殺害対象は旧覚醒です。
俺が囮になります!」
リオが言うが、それを手で止める。
「こいつらにお前は見えてない。
魔力が感知されないからだ。
お前“は”助かる」
不幸中の幸いという奴だろう。
先程魔力を抜いたお陰で、悪魔共には一般人程度にしか見えてない筈だ。
「でも──」
「だから。被害を受けないためにも、離れろ」
左目で強く睨みつける。
リオはそれにたじろいでしまった。
「わ、っかりました」
後ろに重心を倒し、そのままの勢いで走り始める。
人を背負っているとは思えない速度で。
「それでいい」
視線を悪魔へと戻す。
地に足をついても、動く気は無いみたいだった。
多分待っているのだろう。
本当の俺を。
はぁ……。
こんな終わりか。
No.2のミカさんも、No.5のセナも。
こうやって終わったのかな?
*
「君は、旧覚醒だな?」
視界が陰る。
目を開くと、そこにはガタイの良いおじさんが立っていた。
「そ、うだ」
多量な出血のせいか、体力が限界だった。
「死んだのだな」
死んだ、か。
確かに、俺はもう死んだな。
リュミエールも、オレイも失い。
俺は死んだ。
「あぁ」
そう答えると、おじさんが笑顔になる。
「もし! 生きたいと願うなら。
罪滅ぼしをしたいのなら。
このベルクト・ベリルに着いてこい」
あ? 何言ってるんだ?
「確かに、今“貴様”は死んだ。
ただ、体が動くのなら、新しい人生を歩かないか?」
新しい人生を。
その言葉をゆっくり理解する。
今までの人生、何を残した?
仲間が死んで、守れず、一人残っただけ。
もし、人を守る事のできる人生を歩めたら。
「い、きたい」
無い右手の代わりに、左手を伸ばす。
ゆっくりと持ち上がる手を、ベリルは掴んだ。
「貴様! 名前は?」
俺の名前?
「No.4の、ヒロ」
それを聞きベリルは首を振った。
「お主の“本当の”名前は?」
本当?
近くの紫のナイフが、オレイが語りかけてくる。
お前は、ラトラーなんかに、この世界に縛られるな。と。
本当の名は──。
「ローレ」
瞼を開け、現実に戻ってくる。
もう死んでるなら。
こんな終わりでも、
「悪くない。ですか!」
スキル発動、竜人化。
白い鱗が生え、それが逆立つ。
が、今回は今までと違かった。
背中の起伏が酷く、内側からタキシードが破れる。
高い弾性を持った服は、今回は耐えれない様だった。
左腰を残して、体の竜人化が終わる。
「期間限定。バーゲンセールです」
再びつけていた眼帯を地面に落とし、右目の魔鉱石を日に晒す。
真っ赤な魔鉱石から、光と共に魔力が漏れ出した。
それに共鳴して、紫のナイフが光り輝く。
紫と赤の光が混ざり合い、白か黒か分からない色が生まれる。
右手や両足にその光が集まって行った。
そして、結晶の様な物が、義肢を包んだ。
透明な黒っぽい水晶が。
「来い」
低い声でローレが言うと同時に悪魔が遅いかかる。
ベルフェゴールと書かれた一人の悪魔を残して。
残された彼は、剣を杖の様に構え、魔法陣を展開した。
無詠唱かよ!?
「パミェハノイズ!」
急いでジャミングをかけてしまう。
ただ、それは悪手だった。
サタンと書かれている悪魔が、高速で攻めて来る。
それを左手で受けるしか無かった。
ガキィィンとぶつかり合う音が、通り全体を包む。
ローレの左手と、サタンの剣が同時に弾かれた。
完全に体勢の崩れたローレに、マモンと書かれた悪魔が攻撃に来る。
ワイヤーの移動のより、すんでのところで突きを避ける。
反撃のために、左手で掴みかかろうとしたら、その悪魔は剣から手を離しつつ避け、腹部に膝蹴りを打って来た。
狙ったかの様に、竜人化できてない左腹部に膝が刺さる。
その後、ローレの顔にストレートが当たった。
壁に叩きつけられる。
その時、水晶の破片が飛び散った。
まるで、割れたガラスの様に。
ローレが右手に握ってるナイフを防御のために、力なく構える。
しかし、その視界には黒い悪魔の影が遠くにあった。
五人の悪魔が、剣を構える。
抱える様に、まるで、銃を持ってる様に。
嫌な予感を消すため、右手を振り、ワイヤーを飛ばすも魔法で逸らされた。
ヤバい!
剣の先端が真っ赤に光る。
直後、光が一瞬で視界を包んだ。
音も、聞こえなくなる。
キィィィィンと、今更の様に耳鳴りがした。
「あぁぁあああ!」
叫んで、脳を無理矢理動かす。
体を見ると、左手が取れていた。
右足の膝から先もなく、右腹部、左胸にも穴がある。
竜人化関係なく貫くか。
出血は止まっているが、それのせいで右眼の魔鉱石の魔力もあと少ししか残ってない。
攻略は無理だな。
右手を見ると、繋がってるだけのボロ切れの様に、力なく垂れ下がってる。
指輪、失くしたらミリアに怒られるかもな。
左足をたたみ、右足の膝を地面につける。
腰も曲げ、前傾姿勢になった。
そして、跳ねる。
一番近い、マモンに向かって。
勿論、マモンは袈裟斬りの要領で剣を振る事で、接近を拒んだ。
唯一地面についている左足でそれを避ける。
ただ、避けきれなかったため、右手に剣が当たった。
右手ごと、遠くへ弾かれた。
しかし、何故か空中にナイフが浮いている。
先程の攻撃の時に、ナイフから手を離したのだ。
ナイフの持ち手に噛み付く。
左足で跳ね、そのまま突っ込んだ。
狙うは目。
ゴスッと重苦しい音が頭に響く。
下から蹴りが飛んで来たのだ。
あと数センチの所で邪魔された。
空中で投げ出される。
マモンはゆっくりと剣を構える。
トドメは銃のつもりなんだろう。
赤い光が集まる。
自分が死ぬ時に、敵は無傷?
やだな。
それは。
「喰らえ!」
体を捻り、左足を振る。
先端からワイヤーと共に、ナイフが飛んでいった。
敵の目にナイフが当たるのと、悪魔の銃が撃たれるのが同時だった。
直後、目の中の血で、過剰な魔力を注がれたナイフが大爆発を起こす。
マモンと書かれた悪魔は、腰から上が無くなっていた。
その直後、悪魔達はマモンの死体に殺到する。
ある者は右足を、ある者は左足を、ある者は離れた位置にある手を。
そうして、バラバラになったマモンを持ち上げ、撤退して行く。
ローレは一人、道に残された。
*
「ミリア様! 行かないで下さい!」
ミリアは路地を走っていた。
カリナを連れて来た子供が言うには、ローレはすぐそばの大通りに居るそうだ。
なら、会わなければ!
走り易い靴のお陰か、メイド達を置いていき、走れていた。
「確か! この道を左に!」
角を曲がると、何か、キラキラした物が視界に入った。
それは、真っ黒な様で、白さ持った透明な結晶だ。
何故?
近付くと、形がある事が分かる。
まるで花の様な形だった。
水晶の、枯れない華。
それが、何百本も咲いていた。
「え?」
なんで? いや、それよりもローレを!
パリンと近くで小さい音が聞こえる。
その場所を見ると、紫のナイフが砕けていた。
それに近付く。
何? これ。
見るためににしゃがもうとすると、目の前を青い蝶が通り過ぎて行く。
青い蝶は、千切れたワイヤーの上を。
砕けた水晶の上を。
真っ赤な血痕の上を飛ぶ。
また、ローレの義手が壊れたのかな?
あれ意外に高いって前に言ってたのに。
青い蝶はそのまま一つの花集まりで止まった。
透明な華が、真っ赤に染まっている集まりの上で。
何かあるのかな?
一歩踏み出すと、何かが足に触れる。
視線を下げると、赤い光が見えた。
銀色のフレームに、赤い宝石がはめられた指輪の光だった。
「ん?」
拾い上げると、見覚えのある物に見えた。
これは、私のあげた物?
いや、それはそうか。
右腕が壊れてるなら、落ちるのは自然か。
なら、ちゃんとローレに着けてもらわないと。
「全く。どこに居るのですか?」
顔を上げると、黒い布の端が見えた。
まるで、タキシードの様な、綺麗な黒の色が、見えた。
あれかな?
きっと、戦闘に疲れて寝てるのだろう。
赤い華に更に近付く。
その根本には、不自然は盛り上がりが二つあった。
「ローレ?」
ミリアの声には誰も答えない。
答えれない。
「なんで返事をしないのですか?」
更に近付く。
やっとそれが何か気付けた。
声を上げようとした。
でも、喉が震えるだけだった。
そこにあったのは、上半身と下半身に別れたローレだった。
右目の魔鉱石は割れ、白い鱗は剥がれ落ちて、真っ赤な肌が剥き出しで、全身血まみれの無惨な姿のローレが、居た。
「ねえ……ローレ」
静かに、道の真ん中で、その声が響く。
静かに、頬に涙が流れた。
何かを言おうとして、言葉を飲む。
静かな世界の中、青い蝶は、赤い華の中を飛んでいた。
その蝶は、何かを待った後に空を舞う。
高く、高く舞い、空の青に溶けて行った。
まるで、天に召されるかの様に、溶けて行った。
前編であり、後編であり、外伝の話。
鉄血のバルバトスに脳を焼かれた作者が、19世紀のイギリスを舞台にした、バトル物のダークファンタジーを描きました。
地の文の練習台なので、拙くて申し訳ない。
元の話の外伝であり、まあまあな出来でしょうね!
前編ではないですが、後編でもありません。
これから前編を出しますが、これを先に読んでも、あっちを先に読んでも変わんない気がします。
個人的に、こっちの話の方が好きですw
ご清聴、ありがとうございました。




