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Ⅰ章

1章

 ある、綺麗な金髪を伸ばした少女が居た。

 ピンクの可愛らしいドレスを着て、花園を歩いている。

 まだ、十二才ほどの少女だ。

 その少女は、近くを歩く一人の執事に声をかけた。

「ローレ」

 ゆっくりと余裕を持って、ローレと呼ばれた男が振り向く。

「何でしょう、ミリアお嬢様」

 オールバックにされた黒い髪。

 右目は眼帯に隠している。

 綺麗なタキシードを着ていて、まるで執事の様だ。

 まだ暑い季節なのに、白い手袋をしっかりと着けていた。

 近くでキィと金属が軋む音が聞こえた。

 ローレからだろうか?

 まあいい。

「今は何をしてるの?」

 正午、この時間の花園では、他に人を見かけない。

 ここでは二人きりだった。

「今は、散歩を。

仕事を手伝おうとするも、邪魔と言われてしまいまして」

 いつもそうだ。

 このローレという執事は、仕事をあまりしてない。

 庭の水やりと、庭木の手入れ以外の仕事はできず、読書と散歩をしている姿を良く見られてる。

「ど、どうやって、この屋敷の執事になったの?」

 この屋敷のベルクト家は、それなりに大きな家だ。

 そう簡単に執事として入れないだろう。

「元々の地位はあったものの、貸しを作ってしまい。

執事になるしか無くてですね」

「地位が、あった?」

 元は貴族かなんかだったのだろうか?

「それより、どうやって入ったか、ですね。

まあ、貴方のお父さんに救われたという説明で大丈夫ですか?」

「ま、まあ」

 救われた? 貸し?

 まあ、これから知れば良い話だろう。

「お嬢様は逆に何をなさられてましたか?

邪魔なら、席を外しますよ」

「いえ、その。

お茶……でもしませんか?」

 何をしてたと聞かれたら、ただローレに話しかけたかっただけだ。

 それ以前も、ただの暇を持て余していた。

「分かりました。荷物を取りに行くので、近くのガゼボに入っていてください」

 そう言って、ローレは屋敷へ、ゆっくりと歩いて行った。


「な、何で、カリナが居るんですか?」

 茶髪で、清潔なメイド服を着た女性が、ローレの後ろに居た。

 メイドの計画などを統治する、ハウスキーパーのカリナだ。

 カリナの腰から、ジャラジャラと鍵同士がぶつかる音が聞こえる。

 苦手な音だ。

 何故か、焦らされてる気分になる。

「お茶をするために長房にセットを取りに行った所。

丁度居たカリナに『お前の茶は不味いから淹れるな』と。

『お前が淹れるくらいなら、私が淹れる』と言われて」

 ローレが言い訳みたいに言う。

 それで、メイド長が?

「それに、これはローレの仕事ではありません」

 カリナがキッパリ言った。

「その……ローレの仕事って?」

 最初から、これを聞こうか迷ってた。

 仕事をしてな──違う、できる仕事が少ないローレが、何の仕事を?

「用心棒、が近いですか?」

「まあ、まだ誰も守って無いですけど」

 カリナがすぐに訂正する。

 用心棒?

「こう。聞く話では無いかもしれませんが、強いのですか?」

 ローレと会った回数は少ない。

 普段の姿も知らないから未知数だが。、ローレは見た感じ細いし、強そうには見えない。

「ローレが強いかどうか、ですか?

私も戦いぶりを知らないので」

 カリナが言う。

 戦いを見た事ない?

 用心棒なのに?

「ま、平和な事は良い事でしょう。

私の様な人は、仕事は少ない程良いんです」

 ローレが噛み締める様に言った。

 平和、か。

 後ろでカリナがお茶を淹れ始める。

「ローレっていつからここに居るのですか?」

「いつから?」

 私が初めて見たのもつい最近だ。

 いつからだろう。

「多分、二年前からは居ました。

執事としては一年程です」

 二年。

 そんな前から?

 というか、一年何をしてたんだ?

「物覚えは悪いですし、いつも貧血でフラフラしてますし。

使えない執事ですけどね」

 ほ、本当に強いのか?

 そんな話をしていると、柑橘系の香りが漂って来る。

「ミリアお嬢様。ミルクティーです。

小さめですが、サンドイッチもどうぞ」

 そうして、少し早めのアフタヌーンティーが始まったのである。


「ローレ!」

 今日も今日とて、執事に声をかける。

 とても暇そうな、眼帯付きの執事に。

「今日は外出するわ!」

「ほう……。

では、許可が必要ですね」

 ローレは特に何をしたいかも聞かず、話を進めた。

「お願いできますか?」

 お父さんとはあまり話をする間柄ではない。

 それに許可などの面倒ごとは、ローレなどの父との関係のある執事に任せるべきだ。

「こちらの準備もありますし、ついでにやりますよ」

 そう言って、ローレはゆっくりと屋敷へ歩いて行った。

 少しふらついた足取りで。


「──という訳で、許可をいただきに来ました。ベルクト・ベリル様」

 薄暗い部屋に、二人の人間が居た。

 ドア周辺のローレと、部屋の中央の椅子に一人。

 ガタイの良いおじさんだ。

 装飾が豪華な服を着ている。

「許可しよう。

護衛は、いるかな?」

 薄い笑みを浮かべながら、言う。

「許可……するんですね。大丈夫ですか?」

 大丈夫、とはミリア一人で良いのか? の意味だろう。

「ああ、責任は、私がとる」

 ベリルは強く言い切った。

「了解です。護衛は私一人で十分です。

仲間と一緒ってのは、好みじゃないので」

 そう言って、ローレは部屋を出た。

 軽い笑顔を浮かべながら。


「すみません。遅れてしまいました」

 ローレが歩きつつ、入り口で待ってるミリアに近付く。

「いえ、それほど待ってません」

 少し地味な服を着たミリアが言った。

「ローレさん。持って来ました!」

 従僕の二人が黒い、綺麗な箱を持ってくる。

 まるで楽器ケースの様な、二メートル近い箱。

 男二人でも、重そうに運んでいる。

「ありがとうございます」

 それを左手で軽く受け取り、左肩に背負った。

 高身長なローレでも、上に少し余ってしまっている。

「楽器ですか?」

 これほどの大きさなら、コントラバスなどだろうか?

 しかし、コントラバスと比べると、横に広さが無い。

 木管楽器? いや、金管楽器の可能性もありそうだ。

「ただの手荷物です。気にせずに」

「は、はい!」

 入り口へと体を向けた時に、チラッと服の下のナイフの鞘が見えた。

 そうか、本当に“戦いの人”なのか。

「では、他の護衛を待ちま──」

「それは要りません」

 へ?


 入り口をたった二人で抜ける。

「ほ、本当に一人で良いんですね」

「こちらの方が目立ちませんしね」

 目立たないのはそうだけど。

 執事とたった二人というのは、人生の中でも初めての経験だ。

「家族へのプレゼントの買い物、でしたね。

アクセサリー関連の店は、カリナに聞いてます。

行きましょう」

 おお、行動も早いな。

 いや、話を聞かないなんて、流石にそんなヘマはしないか。

 流石のローレでも。


「貴方……なんか、センスが無いですね」

 二人は、まあまあ大きなアクセサリーショップに居た。

 店員は奥に行っていて、客も居ないから、実質店は貸し切り状態だった。

 そこで、プレゼント用の指輪を選ぶべく、ローレに試しに選ばしてみたのだ。

 だが、持って来たのは変な形の指輪だった。

「いえ、これらは綺麗とは思うのですが、選べと言われても……」

 ローレが言い訳がましく言う。

 選ばせる時に、嫌な顔をしてたのは、そういう事か。

「これとか、ローレに似合いそうですけど」

 赤い宝石を銀色で縁取った指輪を手に取る。

 黒白しか色がないローレには、似合いそうだ。

 それに、貧血のせいか青っぽい顔と良いコントラストになってるし。

「良いですね。

折角選んで頂いたのですし、付けさせて貰いますよ」

 そう言って、会計に進んで行った。

 え? 決断が早くない?

「あ、ありがとう、ございます?」

 こういう人を掴み所がない、と言うのかな?

 まあいいか。

 さっきローレが持って来た指輪を見る。

 緑と金を基調とした変な形の指輪を。

 まるで悪魔でも籠ってそうだ。

 ネタなのか、本気なのか。

 あんま表情が無いから、どうなのか分からないが、選べないなら、少しふざけようとしたのだろう。

 そうでないと、普通は持ってこない──はず。

 そう考えていると、ローレが戻ってくる。

「すみません。ちょっと店員さん探すのに手間取ってました。

これ、良いですね」

 手袋を外した右手を見せて来た。

 それの肌は灰色で、機械じみていた。

「義手……ですか?」

「あ、そうでした。

つい無意識に。左手に付け替えますね」

 無意識というのは、まだ義手に慣れていないのだろう。

 いつから着けているのだろうか。

「あ! い、いや大丈夫です。

自分が見やすい方で良いんです!」

「でしたらまあ、そのままで」

 右手の指輪を外そうとした左手を戻す。

「義肢があって、不自由しないのですか?」

 正直、義肢は不自由なイメージしかない。

 あまり見ない物だから、悪いイメージでしか語れないが。

「まあ、動かないよりはマシ……と言うしか無いですね。

これ以上は望めませんからね」

 望めない。

 お金か、技術か。どちらの問題だろうか?

「そう、ですか」

 まだ、何も分からないな。

 ローレの事は。


 コツコツと、路地に足音が響く。

 ローレはまだ大きな荷物を肩に背負い、指には指輪をはめていた。

 まだ手袋は外したままだ。

 左手で小さい袋を大切そうに抱えている。

 さっきのアクセサリーショップのロゴが入っていた。

「裏路地を通るんですね」

 いつも通りに表通りを歩かず、今は酒場などが並ぶ裏通りを歩いていく。

「なんか、嫌な雰囲気を感じたので」

 雰囲気。

 勘の様な物だろうか。

 考えていると、体が一気に後ろから押される。

 なん──。

「来ました」

 拍手の様な破裂音が、後ろから連続で聞こえた。

 怖くて目を閉じる。

 まだ破裂音は続いている。

 ゆっくりと目を開けると、ローレのタキシードが視線を遮っていた。

「お嬢様、怪我はありませんか?」

 優しい声が間近で聞こえた。

「は、はい」

 返事をしつつ視線を上げると、黒いタキシードに暗い赤が広がっていく。

 血……?

「この程度問題ありません」

 視線に気付いたのか、答えがすぐに返って来る。

「お嬢様。この剣の後ろに隠れて。

できるだけ顔を出さないで下さいね」

 ローレが手で背中側へと押してくれた。

 そうすると、目の前に幅広な鉄の塊が見える。

 これが、剣?

 二メートル近くの鉄の塊。

 楽器ケースに入れていた物だろうか。

「分かりました」

 その返事に、ローレは笑顔を返してくれた。

「行ってきます」


 ローレが剣の影から左へと財布を投げた。

 そこへと弾幕が殺到する。

 その隙に右に飛び出した。

 反応した敵が弾を撃つも、速度が追いつかない。

 敵の数は三。

 ローレは右手を振ると、一人の手元へと“何か”が迫る。

 その“何か”の先端が、腹の防弾服へと根を張る様にホールドし、引っ張る。

「ワイヤ──」

 空中で声を張るも、間に合わなかった。

 グサッと軽い音を立てて、紫のナイフが防弾服に深く刺さる。

 そして、ナイフに光が灯った。

「さあ、行こうか!」

 その死体を盾に、ローレは間合いを詰める。

 その影から右手が振られ、ワイヤーが地を這う様に進む。

「このやろ!」

 そう言っている彼の手元の銃に、ワイヤーが刺ってしまう。

 一気に引き寄せられた。

 体勢を崩さないために手を離す。

 その銃を、ローレが左手で掴んだ。

 銃口側を。

「ひっ!」

 銃を持ってるもう一人に狙いをつけて、銃で殴りかかる。

 素早く身を引くも、銃だけを上から叩かれ、手元から銃が落とされた。

 これで残り二人の飛び道具はゼロ。

 そして銃を叩かれた彼は、身を引く時に体勢を崩してしまった。

 そこに容赦無く、ローレの右手に持ったナイフが伸びる。

 心臓を外し、骨へと刺さってしまうが、内臓を貫いた事で即死だった。

「ぬ、けない!?」

 ローレの表情が見開かれる。

 右手で抜こうとするも、抜けないのだ。

 その隙を狙って、最後の一人が右手を向ける。

「雷槍術式! モールニア!」

 ただ、ローレはそれに驚きはしなかった。

 左手を素早く向け、魔法を使用する。

「パミェハノイズ」

 空中で光っていた魔法陣が離散した。

「魔法使いかよ!?」

 その動揺した隙に、ローレは左手でナイフを抜いた。

 軽い力で抜かれたナイフが、最後の一人へと投げられる。

「ザシチ──」

 防御魔法を展開するも、ガラスかの様に割れた。

 そのままの勢いで進み、頭を貫く。

 頭を貫かれた死体は、ゆっくりと後ろに倒れて行った。

「お嬢様」

 静かになった路地に、ローレの声が響く。

 その落ち着いた声は、大剣の裏に居る少女まで届いた。

「さっさと逃げましょう」


「な!? 戦闘したんですか!」

「まあ」

 入り口に迎えに来たメイドから屋敷全体に話が広がり、カリナまで玄関に出て来た。

「武器もこんな傷だらけに!

逃げれば良いのに、何で戦ったんですか?」

 何故か顔が元気になってるローレが、めんどくさそうに言う。

「攻撃をして来たのに、無傷で巣に帰すのは嫌いなんですよ。

それに、ナイ──体が、鈍るのも嫌なので」

 近くの従僕に武器を渡していき、傷付いた右手も、肩から先を外して渡した。

 しかし、腰のナイフだけは手放さない。

 まるで体の一部かの様に、付けたままだった。

「両足も外してください。

あ! 車椅子を持って来てください!」

「両足を、外す!?」

 聞いた事のない単語の羅列に、ミリアは驚く。

 近くの椅子に座り、靴を脱ぐかの様な仕草で、膝から先が外れたのだ。

 それを両足とも行う。

 義足、なのだろう。

 両足義足で、あれ程に動き回れるものなのか?

 もしかして、ローレって。

 化け物……か?

「傷の処置もします。

ほら、見せてください」

 上着を脱ぎ、シャツのボタンを外して、傷口を見せた。

「もう閉じてるだろ、傷」

 服の血が滲んでいた部分の傷口が、まるで何日か前の傷の様に塞がれていたのだ。

「はあ? 回復魔法、ではこんな傷口にはなりませんし。

というか、縫われてる?」

 傷口をよく見ると、確かに細く透明な糸で縫われていた。

「傷は良い。それより、義肢を早く直してくれ。

代替え品でも構わない。

何故か、嫌な予感がする」

 右手と両足が取れた、まるで人形の様なローレが言う。

 なんか分からないけど、間抜けに見えた。

 戦闘の怖さは、まるで遠い昔の様に感じた。


「二人とも無事なのだな」

 カリナと、大きな椅子に座ったベルクト・ベリルが話していた。

「無事です。

お嬢様に怪我もありませんが……」

 カリナは露骨に嫌そうな顔をしている。

「ローレは優秀な兵だ。

これからも単独で行動させる」

 しかし、ベリルの発言はブレない。

「わ、かりました」

 カリナはそれに反抗しても無意味なので、認める事にした。

「失礼しました」

 カリナが部屋を出て行く。

 一人、大きな部屋に取り残された。

 大きなため息を吐きつつ、背もたれに寄りかかる。

「これが、吉と出るか、凶と出るか」

 何もない空間へ語りかける。

 まるで、過去を思い出してる様に。

「これから分かる事か……」

 ベリルは、ゆっくりと目を閉じた。

 窓から部屋に差した光が弱まって行く。

 部屋中を闇が包む。

 夜は、すぐ側にある様だ。


「ミリアお嬢様。おやすみなさい」

 お嬢様の部屋から出て行く。

 一人の侍女が、暗い廊下を歩いていた。

 そうすると、突き当たりに一人の影が見える。

 長身で、髪が長い影だった。

「カリナさん……ですか?

こちら業務は終わりました」

 この時間に見回りしてる人は、メイド長のカリナさんのみ。

 それに、高身長な女性も、カリナさんしか居ない。

 その影に近付く。

「明日は奥様とミリアお嬢様が鉢合わせない様に──」

 ポスッと乾いた音が間近で聞こえる。

 その音がした物を見ると、丸い円筒の付いた銃だった。

「カフッ!」

 口を撃たれた!?

 叫んで誰かを呼ぼうとするも、声が出ない。

 口から涎かの様に血が地面に溢れた。

 柔らかいカーペットに染み込んで行く。

「すまんな」

 小さな男の声が聞こえると同時に、意識が途絶えた。


「どうかしましたか?」

 ローレが寝室で歩いていた。

 後ろにダンベルが置いてあるのを見るに、今まで筋トレをしてたのだろう。

 今は、壊れた義肢の代わりに、フレームがモロ出しの機械味の強い義肢を着けている。

 ローレの向かう先には、ナイフが光っていた。

 それを手に取る。

「血?」

 ローレの鼻がヒクヒクと動く。

 それの直後、目が見開かれ、左手にナイフを持ったまま、部屋を飛び出した。

 迷いなく屋敷の中を走り、ミリアの部屋へと向かって行く。

 この角を曲がれば──。

「な!?」

 敵の驚いた声が聞こえた。

 きっと、足音でバレたのだろう。

 長髪の長身。

 黒い服に、黒い髪。

 手にハンドガンと、腰にナイフ。

 暗殺者か。

 足元には、侍女が一人倒れていた。

 頭から血が漏れてるのを見るに、もう死んでいるんだろう。

 無言で、左手をナイフごと突き出す。

「クソ! が!」

 敵は、銃を突き出すも、その銃口にナイフが刺さる。

「こんにちは。目標はミリアお嬢様、ですか?」

「さあな! でも、今はお前だ!」

 敵は、銃を押し出す様にローレへと投げる。

 それにより空いた右手が腰の後ろに回った。

「早く終わらせたいのでな」

 順手で抜かれた武器は、異形のナイフだった。

 剣の真ん中の部分が折れ曲がり、半円状の刃が目立つ武器、ショテルだ。

 刃全体を黒く塗り、反射光を防いでいる。

「貴方、センスが無いですね」

 相手の美的センスをローレが馬鹿にする。

「どうだか」

 紫のナイフを持って、眼帯を着けてるローレとは、どんぐりの背比べだった。

 その後互いに視線を交え、静寂が流れる。

 そこに、近くの大きな窓から月明かりが差し込んだ。

 ローレの足元には光る物が一つ、ハンドガンだ。拾う気が無い様だった。

 余裕を見せつける様に胸を逸らしている敵とは対照に、ローレは背中を丸め、ナイフと左手を顎の前に持ってきていた。

 先に地を蹴ったのはローレ。

 ショテルは曲がってるとはいえ、それでも全長一メートルもある。

 リーチ差は、近付くしか対処法は無い。

 しかし、敵もそれを理解して、半歩引いてショテルを右から左へと薙ぐ。

 ショテルはその形状上、先端を防ぐのは至難の技。

 だから、防がなかった。

 ローレは、左手で地面を押して、空を舞った。

「ずりぃな!」

 それに反応し、空中のローレへと刃を振るうも、今度は防がれる。

 彼我の距離は、五十センチ程。

 ショテルの間合いは、とうに過ぎていた。

 軽々しく弾かれる。

 そして、敵は体勢を崩す。

 そこに獣の様な勢いでローレが迫る。

 敵は、左手で防ぐ事しかできなかった。

 普通の腕なら、このまま軽く切られてしまう。

 普通の腕なら。

 ガキィンと耳障りな音が聞こえた。

「危ねぇ、な!」

 ナイフが弾かれる。

 その時に、敵が一瞬左手を見た。

 そこには表面が溶けて変形した、真っ黒な籠手が見えた。

「魔鉱石を溶かし込んでんのに、溶けるとは。

魔剣か何かの類いだな」

 戦闘を楽しんでるかの様な笑顔で言う。

 ゆっくりとショテルを構えて、足を広げる。

「来いよ!」

 挑発する様に、左手でジェスチャーをしていた。

 ローレがさっきと同じく接近する。

 地面を這う様に。

 丁度、彼我の距離が一メートルになった時に、ローレはナイフを持ってない右手を顔の前に持ってきた。

 ガシャァンと音を奏でて、義手にショテルがぶつかる。

 そして、ショテルの刃を食い込んだ鉄の塊は、それを離そうとしない。

 ローレは、右手の刺さった部分を軸に体を回して、左手のナイフで刺しにかかった。

 左手に守られた顔では無く、腹を。

 敵の顔が近付く。

 怖がってすらいない顔が。

「ミラージュ」

 ナイフが突いた先に、影が舞った。

 幻影回避魔法!?

 バキィンと鉄が折れる音が聞こえた。

 ローレの右手の部品が空中に舞う。

 敵の踵落としが、ローレの右肩を襲ったのだ。

 直後に、腹部に衝撃が走る。

「カフッ!」

 ローレは壁に叩きつけられた。

「義手か。

びっくりしたよ。

これで、二回も死にかけた」

 敵が義手の破片が広がる地面から、ショテルを拾い上げる。

 ローレは手元を見ると、紫のナイフが無くなっていた。

 周りを探すと、見つかった。

 ショテル使いの足元に。

 敵がゆっくりとした動作で拾う。

「これは、知らないな。

誰が作ったんだ?」

 それを遠くに投げる。

 そこに落ちてたハンドガンとぶつかり、カチンと渇いた音がした。

 そのタイミングで、月光が陰る。

 その廊下への光が途絶えた。

「リュミエールとやらが、作ったそうですよ」

 ローレが、左手で体を支えつつ立ち上がる。

「そうかい。

さて、と。これから止めを刺すんだが、念仏でも唱えるかい?」

 ショテルの影が揺らめく。

 光のない廊下では、新月かの様に、影しか見えない。

「あいにく、信仰する神が居ないのでね!」

 ローレが地を蹴り、高速で近付く。

「血迷ったか!」

 それをショテルの先端で捉えにかかる。

 ローレは、それを“弾いた”。

「な!?」

 再び、月光がローレを照らした。

 薄く光る白い鱗が、ローレの左手と顔の左半分を包んでいる。

 左手の指先には、金色の爪が並んでいた。

 鱗に包まれた顔の左半分は、三つの青い目が縦に並ぶ。

 それが、月光の中で怪しく光った。

「化け物かよ!」

 敵の表情が恐怖に染まる。

 化け物、という表現がピッタリだった。

 竜の様な化け物が、ショテル使いを襲う。

「ミラージュ!」

 幻影を作り出し、ローレの爪での刺突を避ける。

 その横っ腹を狙い、ローレの左側からショテルが振るわれた。

 ザシュと肉を断つ。

 驚いた顔をした敵から離れる様に、ローレが地を跳ねる。

「なんだよ。見かけ倒しか?

そこには装甲があると思ってたぜ!」

 敵は、荒く呼吸をしていた。

 ミラージュという魔法は回避性能が高いものの、燃費が最悪な魔法だ。

 あと一回が限度だろう。

 地面を蹴る小さい音が聞こえた。

 敵が顔を上げると、ローレがすぐそばに見えた。

 距離は五十センチほど。

 出し惜しみは無しだ!

「ミ──」

「チシナー」

 ローレが小さい声で魔法を唱える。

 ラージュ。

 え?

 声が、出ない?

 その男が最後に見た光景は、月光を反射し光り輝く、金色を纏いし爪だった。


 ポタポタと音を出して、地面の赤いシミが広がって行く。

 自己修復機能が働かず、腹の傷から血がどんどんとこぼれ落ちているせいだ。

 目の前の死体から離れ、地面から紫のナイフを拾い上げる。

「早く、回復してくれ、よ」

 再び、ショテルの側の死体へと向かって行く。

 そして、その死体にナイフを突き立てた。

 刺さった地点から、ゆっくりと光が広がっていき、ナイフの刃全体を包んだ。

 そこからローレの体へと光が移り始める。

 腹部の傷が閉じて、透明な糸がそれを何回も往復して行った。

 出ていく血が止まる。

 その後、体から抜けた血が、魔力により作り直された。

 痛みはまだ引いて無いが、時期に治るだろう。

 ローレの体の光が消え、ナイフの光が更に強くなる。

 ナイフの刃こぼれが消え、細くなってたナイフが少し太くなった。

 ナイフ自体が修復されていったのだ。

 そうしてたら、急に光が弱くなる。

 ローレが視線を死体へと向けると、ミイラの様に、萎れていた。

「助かった。オレ──」

「何してるんですか? ローレ」

 ミリアが部屋から顔を出した様だった。

「そこから動かないでください!」

 今のローレとミリアは角を挟んでいる。

 ミリアには、ローレの声しか聞こえていない。

「作業中ですか? 今、灯りを──」

「部屋に居てください。

見せられない物が多すぎるので」

「見せられない物?」

 ミリアはドアの前から動かなかったが、視線は角の先に送られて続けている。

「死人が出てます。見ないでください。そして、部屋に入っててください」

「死人!? わ、分かりました」

 今度こそ、ドアがパタンと閉じる。

「ローレさん? 何かありましたか?」

 一人の従僕が廊下を走ってきて、声をかけてきた。

「カリナを呼んでください。

それと、死体の処理ができる人を」

「は、はい! 行ってきます!」

 すぐに声が遠ざかる。

 月が陰り、廊下全体が再び闇に包まれた。

 暗い闇の中で、薄く光るナイフと白い怪物が座っていた。

「やっと、一人。守れたか」

 小さく、噛み締める様に言う。

 ローレは、左手にナイフを握り、顔の前に持ってきた。

 月光を隠す様に、掲げる。

「なあ。オレイ」

 ナイフが、一瞬光る。

 まるで、返事をするかの様に。

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