第8話 返事って、どれくらい早く返せばいいの?
三人は部屋の中で、お互の顔を見つめ合った。空気の中には、真剣な「作戦会議」の雰囲気が漂っている。向陽はスマホを見つめながら、手のひらに少し汗をかいていた。なんて送ればいいのかわからない。
マルコは偉そうに、「シンプルで分かりやすいのが一番だよ。相手にプレッシャーを与えちゃダメだ」と言った。
ポーロは横でニヤニヤしながら、「適当になんか言っとけば? どうせ返事なんて来ないだろうし、ははは!」とからかった。
向陽は少し考えてから、急に何かを思いついたように「そうだ!」と声をあげた。そしてスマホを手に取り、
『きょうはありがとう。楽しかったよ』
と素早く打ち込んで、送信ボタンを押した。
それを見たマルコは満足そうに頷いた。「そうそう、それでいいんだよ! 気軽にいこう」
ポーロが横からのぞき込むと、画面に映っていたのは、なんと優依とのトーク画面だった。ポーロは思わず大笑いした。「ついでに『また今度いっしょに遊ぼうね』って送っちゃえよ!」
向陽はびっくりした。「えっ……そこまでは必要ないだろ?」
だけど、ポーロは引かなかった。「いいから早く早く! もたもたするな!」
向陽はため息をついて、言われた通りにメッセージを送った。
マルコはその時やっと気がついて、眉をひそめた。「ちょっと待て、お前、高橋さんに送るんじゃなかったのか?」
向陽は申し訳なさそうな顔で言った。「だって……なんて送ればいいかわからないし……」
マルコは意地悪そうに笑って言った。「へえ? 優依にはそんなに早く送れるんだ?」
向陽は図星を突かれてきまずくなり、頭をかきながら黙り込んでしまった。それを見たポーロは、まるで弟子を認めた師匠のような顔で向陽の肩をポンと叩き、マルコに向かって言った。「これこそが正しい選択ってやつさ。あの女の子のどこがいいんだか」
マルコはそれを聞くと、すぐに自分のスマホを取り出して、自分の世界で高橋さんとデートしている写真をポーロに見せた。そして、うっとりとした顔で言った。「これを見ろ。これこそが天使だ!」
ポーロも負けじと自分のスマホを取り出して言い返した。
向陽は二人の子供っぽいケンカを見つめながら、(こいつら、いったい何やってんだよ……)と呆れていた。
そのとき――。
――ピコーン!
「おっ! メッセージが来たぞ!」マルコとポーロはすぐにケンカをやめて、同時に向陽のとなりに飛びついた。
向陽は心臓がドクンと跳ねた。優依からの返事だと思ったが、画面を開いてみると――なんと高橋さんだった!
「た、高橋さん!?」向陽は驚いて声をあげた。
画面にはこう書かれていた。
『今日はありがとうございました! すごく楽しかったです! 本屋さんでいろいろお話できて嬉しかったです。よかったら、また今度マンガのお話もいっしょにしましょうね!』
マルコはスッと立ち上がり、部屋の中をキョロキョロと見回すジェスチャーをした。「おい、聞こえるか? クラシック音楽の音が……」
ポーロはゴミを見るような目でマルコを見て、冷たく言い返した。「通りの角に病院があるから、今すぐ行って受付してきたら?」
マルコはそんなポーロを振り返って、真面目な顔で言った。「いやぁ、お前は分かってないな。これは天使がメッセージを届けてくれた背景音楽だよ」
ポーロは「調子に乗るなよ」と吐き捨てた。
向陽が返事を送ろうとして、指を画面の上で止めていたとき、ポーロが素早くそれを遮った。「おい、何やってんだ?」
「へ、返事を返そうと思って……」と向陽。
ポーロは真剣な顔で向陽の肩を叩いた。「すぐに返しちゃダメだろ。ちょっと時計を見ろよ。まずは二時間待ってから返すんだ!」
マルコが止めに入った。「メッセージをもらったら、すぐに返すのがマナーだろ」
だけど、ポーロは人差し指をチッチッチと横に振って言った。「ノンノン! 早すぎると、相手に『すぐ返さなきゃ』ってプレッシャーを与えちゃうだろ? まるでこっちがずっとスマホを握りしめて待ってたみたいじゃないか。時間をあけたほうが、相手も『あ、後で返してもいいんだ』って楽に思える。これこそが恋愛心理学さ!」
向陽は、二人がそれぞれ自分の意見を言っているのを見て、最後に裁判官のように言った。「じゃあ、二時間後に返すことで決定ね」
二時間後、向陽はみんなで話し合って決めたメッセージを送信した。
『きょうはこっちこそありがとう! 俺も楽しかったよ! 新しく買った動物の本はどう? 面白い?』
送信が終わると、三人は大きなあくびをして、それぞれのベッドで眠りについた。
次の日の朝、廊下でのこと。
向陽が前を見ると、遠くから高橋さんが歩いてくるのが見えた。二人の視線がぴったりと合った。向陽は緊張しながら声をかけた。「お、おはよう!」
高橋さんは小さくコクンと頷くだけで、そのまま足早に通り過ぎていった。向陽は去っていく彼女の背中を見つめながら、(もしかして、照れてるのかな?)と思い、心の中で少し嬉しくなった。
しかし、お昼休みのこと。
向陽と優依は食堂へ行って、いっしょにお昼ご飯を食べていた。優依はすごく機嫌が良さそうで、昨日買った本について楽しそうにずっとお喋りをしていた。向陽は優依の話を聞きながら、何気なく優依の肩の向こう、彼女の後ろの方に目をやった――。
そこには、少し高橋さんが立っていて、誰かと楽しそうに話していた。向陽が少し首を傾げてよく見てみると、相手は同じ園芸部の木村だった。
向陽は、高橋さんの顔を見た。
それは、高橋さんが向陽の前では一度も見せたことのない、本当にキラキラとした、そして少し恥かしそうな微笑みだった。
その瞬間、向陽の心の中の嬉しさは木っ端微塵に砕け散り、代わりに深いショックと失恋のような寂しさが広がっていった。優依の話し声が、急に遠くの方で聞こえるような気がした。彼はぼんやりと、高橋さんと木村のやり取りを見つめることしかできなかった。
同じ頃、食堂の別の場所で、ポーロもその光景に気がついた。彼はゆっくりと首を回して、となりにいるマルコを見た。
マルコは顔を真っ白にして、目をこれ以上ないほど大きく見開き、信じられないという顔で遠くの二人をじっと凝視していた。
ポーロは少し動揺しながら、小さな声で呟いた。「高橋さん……まさか、ね……」
マルコも世界が崩壊したような顔をして、自分の頭を抱えながらブツブツと言った。「そんなはずは……ない、そんなの間違っているはずだ……」




