第7話 商店街2
ほんやに着くと、優依は「わたしは、そのへんをぶらぶら見てるね」と二人に言って、どこかへ歩いていった。
向陽は高橋さんのとなりに並び、いっしょに動物の飼育に関する本を探した。
しばらくすると、高橋さんは一冊の新しい本を見つけ、目をキラキラと輝かせた。彼女は待ちきれない様子でページをめくり、すっかり本の世界に入り込んで、小さく独り言をつぶやいている。
「なるほど……なるほど……」
「それ、どんな本なの?」向陽がとなりから声をかけてみた。
だけど、高橋さんからの返事はない。彼女は本に集中しすぎていて、向陽の声がまったく耳に入っていないようだった。向陽は、楽しそうに本を読みふける高橋さんを見て少し笑い、邪魔をしないように自分もとなりにあった本をなんとなく手に取り、静かに読み始めた。
それからしばらくして、自分がどれだけ夢中になっていたかに、高橋さんがハッと気がついた。彼女は少しあわててとなりに視線を戻すと、そこには真面目な顔で本を読んでいる向陽の横顔があった。
、それから、彼が読んでいる本のタイトルにそっと目をやる。――『マンガ新刊コーナー』。
高橋さんは、思わずちょっとだけ眉をひそめた。
そのとき、向陽も高橋さんの視線に気づいた。本を少し下ろして、頭をかきながら苦笑いした
「あ……はは。これ、なんか面白そうだなと思って」
「そう……なの?」高橋さんは不思議そうに聞いた。
向陽は本を開いて見せた。「うん、たとえばここ。ストーリーの展開がすごく面白いんだよ」
高橋さんは、自然に向陽のすぐとなりへと体をすり寄せ、いっしょに本をのぞき込んできた。向陽はページをパラパラとめくりながら、小さな声で聞いた。
「高橋さんは、ふだん、どんなジャンルが好きなの?」
高橋さんはうーんと少し考えてから言った。「そうね……探偵モノとか、ミステリーかしら」
「探偵か! 面白いよね。じゃあ、絶対にこれがおすすめだよ。『推理しないと死んじゃう?』。
向陽は言った
「これ、タイトルが面白いよね。それって、どんなお話なの……?」高橋さんは言った
向陽は言葉を続けようとしたけれど、急に言葉が詰まった。
気がつけば、高橋さんの顔がすぐ近くにある。彼女の楽しそうな瞳と、口元の小さな微笑み。となりにいる彼女から、シャンプーのいい香りがふわっと漂ってきた。
向陽は完全にフリーズしてしまった。
(この時間がずっと続けばいいなんて……そんな馬鹿げたことを願ったら、俺は間違っているのかな……)
黙り込んでしまった向陽を見て、高橋さんは少し不思議そうに聞いた。
「あの……どんなお話、なの?」
向陽はハッと我に返った。「あ、あぁ! ええっと、主人公がもし推理をしないと、本当に死んじゃうっていうお話なんだ!」
高橋さんは一瞬ポカンとしてから、クスクスと手で口元を隠して笑い出した。
「ふふっ、あなた、ただタイトルの言葉をもう一度言い直しただけじゃない」
バレた向陽も恥ずかしそうに笑い、頭をかいた。「あはは、確かに……。でも、あんまり話しすぎるとネタバレになっちゃうからさ」
高橋さんは楽しそうに頷いた。「そうね。じゃあ、お家に帰ったら私も探して読んでみる」
そう言うと、高橋さんはさっきの動物の本を手に取り、向陽に小さく手を振って、レジの方へと歩いていった。
そこへ、どこからか戻ってきた優依がトコトコと歩み寄ってきた。ポケットに手を突っこんだまま、少し低い声で聞く。
「ねぇ、二人で何の話をしてたの?」
向陽は持っていた本の表紙を彼女に見せた。「これだよ」
優依はその表紙をジッと見た。「マンガの新刊……? なんだ、またマンガの話をしてたわけ?」
向陽はページを開いて、おすすめしてみた。「ほら、優依が好きな恋愛マンガも、新しく出てたよ!」
「ば……バカ! 誰が恋愛マンガなんて好きって言ったのよ!?」優依は突然顔を真っ赤にして、怒ったように言い返した。
向陽はびっくりした。「えっ?! だって昔、こういうのが大好きだったじゃん」
「私が大好きなのは冒険!! 冒険モノのストーリーよ!」優依はそう言い張ると、ぷいっと後ろを向いて「ふんっ!」と怒って行ってしまった。
「冒険……?」向陽は困惑して、彼女の背中を見つめた。
向陽は首をかしげた、ふと横を見ると、少し離れたところで雑誌を読んでいる、体型に見覚えのある二人の男が目に留んだ。
向陽はため息をつき、その二人の間に歩み寄って肩を叩いた。
「なぁ……優依って、どんなジャンルが好きだったっけ?」
「「恋愛モノ」」
マルコとポーロが、雑誌から目を離さないまま同時にハモって答えた。
向陽は納得したように頷いた。「だよな。俺も確かそう覚えていたよ」
その頃、レジの前。高橋さんがお会計のために列に並ぼうとすると、後ろから優依がすっと近づいてきた。
「それ、何を買ったの?」
突然声をかけられた高橋さんは、少しビクッとして振り返った。優依の顔を見てほっとしたように、微笑みながら本を見せた。
「あ、優依さん! ええっと、この動物の飼い方の本を買ったの」
優依は本の表紙を見て、優しい声で言った。「高橋さんって、本当に小動物が好きなんだね」
高橋さんは少し目を伏せて、なつかしそうに笑った。「私、小さい頃はすごく内気で、お友達があまりいなかったの。そのとき、ずっと一緒にいてくれたのが動物たちだったの。だから、今こうして自分が大きくなって、何かできるようになったら、困っている動物たちを助けてあげたいなって……」
そこまで言うと、高橋さんは持っていた本で少し顔を隠すようにして、不安そうに上目遣いで聞いた。
「やっぱり……子供っぽいかな……?」
「全然そんなことないよ!!」優依はまっすぐな目で高橋さんを見つめ、力強く答えた。
「私は、そういう風に考えられる高橋さんのこと、すごく尊敬する!」
高橋さんは嬉しそうに言った。「ほ、本当……?」
優依は何度も大きく頷いた。「うん、本当!! もし私に手伝えることがあったら、いつでも何でも言ってね!」
高橋さんはパッと表情を明るくして、元気に頷いた。「うん! ありがとう!」
二人が買い物を終えて向陽のところに戻り、三人は一緒にほんや的外に出た。
優依は夕焼け空に向かってぐっと背伸びをした。「んーー! じゃあ、そろそろ帰ろっか!」
それから優依は、高橋さんの方を振り返った。
「あ、そうだ、高橋さん! 私たち、連絡先を交換しようよ! これからもずっと、良いお友達でいたいし!」
高橋さんは嬉しそうに目を輝かせた。「ええ、ぜひ!」
向陽がとなりでぼんやりと二人の交換を見つめていると、優依がジロリと向陽を睨んできた。
「ちょっと向陽、何バカみたいに突っ立ってんのよ? あんたも早くスマホ出しなさいよ、連絡先交換するでしょ」
「えっ!?」向陽は一瞬戸惑った。「お、俺もいいの……?」
高橋さんはふわりと優しく微笑んだ。「ええ、もちろんいいですよ、向陽くん」
こうして三人で連絡先を交換し終えたあと、それぞれお家に帰った。
お家に帰ったあと――。
向陽は自分の部屋の床に座り込み、スマホの画面をじっと見つめていた。
窓際ではポーロが外を眺めていて、ベッドの上ではマルコが腕を組んで座っている。
部屋に静かな時間が流れる中、向陽はぽつりと、二人に呟いた。
「なぁ……俺、やっぱりメッセージを送るべきかな?」




