第6話 商店街1
向陽は息をきらせて学校へと走りもどると、遠くから優依が校門のところで高橋さんと楽しそうにしゃべっているのが見えた。彼はふかく息をすって、勇気をふりしぼって歩みよった。
「な、なんか……めずらしい組み合わせだな」
優依はふり向いて、向陽を見てニッと笑った。
「あ、向陽! 帰ろうとしたらちょうど高橋さんを見かけたから、話しかけちゃった。私たち、これから商店街に行くところなんだけど、どう? あんたも一緒に来る?」
向陽がとなりにとまる高橋さんのほうをチラッと見ると、彼女も優しくほほえみながら自分を見つめていた。
「あ……う、うん。行くよ」
――商店街への帰り道。
向陽は、前を歩く優依と高橋さんが楽しそうに話している姿を、後ろからだまって眺めていた。優依にぐいぐい質問されて、高橋さんが少し困ったように恥ずかしそうに笑う姿が、なんだかすごく可愛いな、と向陽は心の中で思っていた。
「ねぇ向陽、あんたはどう思う?」優依が突然、バッと後ろをふり向いた。
向陽はハッと我に返った。「え……? なに? ど、どういうこと?」
優依は不機嫌そうにほおをふくらませた。「はぁ? あんた、全然話聞いてなかったでしょ!」
「な、いや……聞いてたよ! ちゃんと聞いてたって!」向陽はしどろもどろになりながら必死に言い訳をする。
優依は腕を組んで、眉をひそめた。「ふーん? じゃあ、私たちが今、何の話をしてたか言ってみなさいよ」
優依の追及に、向陽は目を丸くしてあわてた。やばい、完全に泳いでいた。冷や汗を流しながら必死にあたりを見回したそのとき、前方の草むらの陰に――ポーロが潜んでいるのが目に入った。
ポーロは草むらに隠れながら、必死な顔で一枚の紙のカンペを高く掲げていた。そこには大きく『アイスの味』と書かれていて、口パクで一生懸命に合図を送っている。
向陽は引きつった笑顔で優依に視線を戻し、探るように言った。
「あー……さっきは、スイーツの、味の話……だろ?」
優依は怪しむように向陽を数秒ジッと見つめたあと、ようやく小さく頷いた。「ん……まぁ、正解」
となりにいた高橋さんが、向陽に向かってふわりとほほえみかけた。
「じゃあ向陽くんは、何味が好きなの……?」
向陽は頭をかいた。「えっと、チョコミント……かな?」
すると、高橋さんはパッと目を輝かせた。
「あ、私も! 私もチョコミントが大好きなの!」
高橋さんは嬉しそうに、自分がチョコミントを好きな理由を優しく清らかな声で語りはじめた。彼女の楽しそうな声を聞いているうちに、向陽の胸の奥はドクドクと、だんだん速く脈打ち始めていった。
夕焼けに照らされる高橋さんは、まるでお姫様のようだった。そして、そのとなりを歩く自分は、まるで彼女を守る騎士のようだ。
だけど、そんな甘い妄想が頭をよぎった瞬間、さっき別れ際にマルコから言われた言葉が、冷たい風のように脳裏を吹き抜けた。
『お前が気にしているのは、今、目の前にいる高橋か? それとも、お前の記憶の中で美化された高橋か?』
向陽の心は急激にスーッと冷めていった。
(俺は……こういうお姫様みたいな雰囲気にのぼせ上がっているだけなのか? それとも、高橋さんっていう『一人の人間』を、ちゃんと見ようとしているのか……?)
高橋さんが話し終えたあと、向陽は彼女を「知るため」に、少しぎこちなく次の質問を投げかけた。
「あ、あの……普段の趣味って何?」
高橋は、この突然の面接のような質問に少し驚いたようだった。彼女は少し戸惑い、うつむいて真剣に考えた。「ええっと……お花を育てること……かな?」
向陽はガチガチになりながら頷いた。「そうなんだ……じゃあ、学校で一番好きな教科は?」
高橋はまた少し困ったようにほほえみながら考えた。「歴史……かな?」
高橋が息を整える間もなく、向陽はすぐに連射するように聞いた。「へぇ! じゃあ、嫌いな教科は?」
高橋はまた下を向いて、苦笑いしながらも礼儀正しく答えた。「ええっと……それは……」
となりにいた優依が、この気まずいやり取りを見て、ついに「ぷっ」と小声で吹き出した。彼女は向陽のとなりにすり寄り、肩で小突いた。
「ちょっとあんた、さっきからどうしたのよ? なんでそんなに緊張してんの?」
痛いところを突かれた向陽は飛び上がり、しどろもどろに言い返した。「だ、だ……誰が緊張なんかしてるかよ!」
優依は呆れたように首を振った。「いつものあんたじゃない」
「な、何言ってるんだよ……俺はいつもこんな風にしゃべるんだ!」
優依は向陽の赤くなった顔を見て、少しあきらめたようにため息をついた。それから、前方の店を見て、ポンと手を叩いた。
「あ! あそこに良さそうなお店がある! 私、高橋さんとちょっと見てくるから、向陽はあっちでみんなの分のスイーツでも買ってきてよ!」
言うが早いか、彼女は向陽に断る隙も与えず、高橋さんの手を引いてお店の中へ走っていってしまった。
二人の後ろ姿を見送りながら、向陽は深いため息をついた。がっかりしてうつむきながら振り返ったその瞬間、正面から来た人にドスンとぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい……!」向陽は慌てて頭を下げた。
だけど、顔を上げると、そこに立っていたのはマルコとポーロだった。向陽の顔からすぐにおわびの気持ちが消え、不満そうな顔でため息をついた。
「なんだよ……お前らだったのかよ」
マルコは腕を組み、ものすごく冷ややかな目で見つめた。
「さっきの、あの災害のような会話は一体何だ?」
向陽は少し落ち込みながら反論した。「俺だって、お前の言う通り、彼女をちゃんと知ろうとして、話しかけたんだよ!」
マルコはハァとため息をついて顔を背けた。「あれのどこが会話だ? 質問攻めにして、お前は人事の面接官か、それとも新聞記者か?」
「だけど……だけど一応、ちゃんと対話にはなってただろ!」
そこへ、ポーロがニヤニヤしながら近づいてきて、買ってきたばかりの3つのアイスクリームを向陽の手に押し付けた。
「ははは! 固くなるなって! 相手の話の流れに乗って、自然に楽しそうにしていればいいんだよ」
そう言うと、二人はまるでボクシングのインターバルが終わって、ゴングの音が聞こえた瞬間のセコンドのように、息ぴったりに向陽の肩をポンと叩き、背を向けて去っていった。
ポーロは去り際、わざわざ後ろ向きに歩きながら向陽に向かって親指を立て、“大丈夫”というような自信満々の表情を見せた。
優依は向陽がアイスクリームを抱えて戻ってくるのを見ると、嬉しそうに駆け寄ってきた。「あれ……? もう買ってきたの?」
向陽は少しきまずそうに頬をかいた。「あ、あぁ……ちょうど店が空いてたから……ほら、これ。」
高橋さんはアイスクリームを見ると、少し慌ててバッグから財布を取り出した。「あ、向陽くん、私の分の代金……」
向陽はあわてて首を振り、高橋さんの手を押し戻した。「い、いいよいいよ、気にしないで! ちょうど特売をやってて、安かったから……」
高橋は少し申し訳なさそうに手を引っ込め、顔を少し赤くしながら、静かに言った。「じゃあ……ありがとう、向陽くん」
だけど、大口を叩いた次の瞬間、向陽の脳裏にとんでもない疑問が浮かんだ。
(……待てよ、特売なわけないだろ! ポーロの奴、一体どこからお金を手に入れてこのアイスを買ったんだ……?)
優依はアイスを受け取りながら、からかうような目で向陽を見つめ、ニヤニヤしながら言った。
「へぇ……向陽、いつからそんなに男らしくて太っ腹になったわけ?」
向陽は優依を睨みつけ、脅すように言った。「それ以上言うなら、お前の分も俺が食うぞ!」
優依は怖がるどころか、逆に少し危ない笑みを浮かべ、ジロッと向陽を睨み返した。
「食べてみなさいよ。明日から毎日朝五時にあんたの家に行って、強制的に朝のランニングに連れていくからね」
その恐ろしい宣告を聞いて、向陽は一瞬で両手を上げて降参した。肩の力が抜けて、あきらめたようなため息をつく。「……はぁ、ほら、早く食えよ」
「いぇーい!」優依は歓声を上げ、小さな女の子のように満足そうにアイスを食べ始めた。
ベンチに座っていた高橋さんは、二人のまるで漫才のような楽しいやり取りを見て、思わず口元を隠しながらクスッと笑った。
「ふふ、お二人とも、本当に仲が良いのね」
その言葉を聞いた瞬間、優依の顔がふわっと赤くなり、慌てて顔を背けた。「だ、誰がこんな奴と仲良しよ!」
向陽も少し気まずそうに首の後ろをかきながら合わせた。「そうだよ、俺たちの関係なんてずっと普通だし、いつも通りだよ」
高橋さんは、同時に顔を背けて照れ隠しをする二人の幼馴染を見て、少し首を傾げた。彼女の瞳に少しだけ不思議そうな色が浮かび、小さく呟いた。
「……そう、なのかしら……?」
ちょっとした静かな、不思議な空気が流れたそのとき、高橋さんは何かを決心したように、突然顔を上げて向陽を見た。
「あ、あの……帰る前に、あそこにある本屋さんへ行きたいんだけど、一緒に来てくれないかな?」
その突然の誘いに、優依と向陽は同時に少し驚き、空中で一瞬お互いの顔を見合わせた。向陽は優依の目の中に同じ驚きを見たけれど、次の瞬間、二人とも自然と小さく笑っていた。
「もちろんいいよ!」二人は声をそろえて答えた。




