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第5話 相手のどこが、好きなんだ?

家に帰ったあと、向陽はマルコとポーロの姿を見つけられなかった。だけど、今はもうくたくたに疲れていたので、そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまい、深くは考えなかった。


つぎの日の朝、向陽は昨日と同じようにマルコに容赦なく起こされた。ねむそうな目をこすりながら、早めに裏庭へ行ってみたけれど、不思議なことに、今日は誰もいなかった。

マルコは腕時計を見て、少し眉をひそめながら心の中で思った。

(この時間、高橋たかはしがここにいるはずなんだけどな……)


十分ほど待っても誰も来ないので、向陽はあたりをぶらぶらと歩いてみた。グラウンドの近くを通ったとき、陸上部のメンバーが朝練で走っているのが見えた。

(あれって、優依ゆいじゃないか?)

向陽が遠くから手を振ると、走っていた優依は向陽に気づき、走るペースは落とさずに、手を少し上げて振り返してくれた。


向陽はあくびをしながら校舎のほうへと歩いていった。朝のホームルームまであと三十分ある。よし、先に図書室)へ行って少し寝よう。

だけど、机にうつぶせてすぐ、小さく丸めた紙が飛んできて頭に当たった。


向陽がねむそうに頭を上げると、左側には本を読んでいるふりをしているマルコがいた。向陽が文句を言おうとすると、マルコはすぐに「静かに」という合図をして、目線で前を指し示した。


向陽がそっちを見ると、少し離れた席で高橋さんが一生懸命に勉強をしていた。向陽は少し見とれてしまい、じっと彼女を見つめていた。そのとき、高橋さんは視線に気づいたのか、パッと顔を上げて向陽と目が合った。彼女は少し驚いたあと、優しく手を振って挨拶をしてくれた。


マルコの厳しい視線を感じて、向陽は引きつった顔で、あわてて手を振り返した。それから、急いで本に目を戻し、朝のチャイムが鳴るまで読んでいるふりをした。――「キーン、コーン、カーン、コーン」。

高橋さんはチャイムを聞くと、席を立って行ってしまった。


高橋さんが去っていく後ろ姿を見て、向陽はホッとため息をついた。

マルコは向陽をにらみながら、不機嫌そうな声で聞いた。

「さっき、なんで自分から行って話しかけなかったんだ?」


向陽はあわてて言い訳をした。

「だって、勉強の邪魔をしちゃ悪いだろ。それに……もし本当に俺に興味があるなら、あっちから話しかけてくるはずだし……」


あわてて言い訳を探す向陽を、マルコは何も言わず、ただ冷たく、がっかりしたような目で見つめた。

向陽はその視線に居心地が悪くなり、「な、なんだよ……?」と聞いた。

マルコは何も答えず、本をパタンと閉じてそのまま出ていってしまい、向陽だけが図書室に取り残された。


昼休み、向陽は優依のために牛乳を買おうと自動販売機の前にいた。

お金を入れるところを見つめながら、向陽は考え込んだ。

「あいつ、普段はどれが好きなんだっけ……プレーン? それともいちご? その二つが人気だよな……」


「メロン」隣から突然、声がした。

向陽が信じられないという目で振り向くと、やっぱりポーロがそこに立っていた。


だけどつぎの瞬間(、ポーロは自信満々な笑みを浮かべて、意見を変えた。

「いや、やっぱりメロンミルクにしとけ!」

「メロン?!」向陽は目を細めて、そんな変わった味を好む人がいるなんて信じられなかった。

ポーロは胸をドンと叩いた。「俺を信じろ、間違えるはずがない! 絶対にこれだ!」そう言うと、彼は勢いよくボタンを押した。


向陽は怪しみながらも、メロンミルクを持って食堂へ向かった。

優依は食堂の席で向陽を見つけると、すぐに手を振ってこっちへ来るよう合図した。向陽は近づき、メロンミルクをドンと机に置いた。

「ほら、約束の牛乳だ」


優依はそのメロンミルクを見て、顔の表情をすごく微妙に変えた。

「……向陽、本当は私のこと嫌いでしょ?」

向陽はドキッとして、あわてて叫んだ。「え?! なんでだよ?」


優依は思わずぷっと吹き出した。「ははっ、普通の人はこんな味の牛乳選ばないでしょ!」

彼女は一口飲むと、すぐに顔をくしゃっと歪めた。「うわ……想像通りまずい。あんたも飲んでみる?」


向陽も何も考えずに、優依がさっき飲んだ牛乳を受け取って一口飲んだ。つぎの瞬間、吐きそうになりながら顔をしかめた。「おえっ! 本当にまずいなこれ!」

向陽は申し訳なさそうに謝まった。「ごめんごめん、お前がこういうの好きかと思ったんだ。明日は絶対に別のを買って埋め合わせするから!」


優依は少し笑ったけれど、その瞳には少し寂しそうな色が浮かんでいた。彼女は静かに言った。

「いいよ、もう明日からは買わなくて。あんたにお金を使わせたくないし。お金は大事でしょ? あんたが買いたい漫画とかゲームのために貯めときなよ」

向陽は頭の後ろをかきながら、少し気まずそうに答えた。「あ、あぁ……そうだな……」


「向陽くん!」

後ろから突然、低い声がした。向陽が振り向くと、目がまん丸になった。まるでお化けでも見たような顔だ。

そこに立っていたのは、メガネをかけ、口元に少しズレた付け髭をつけた「先生」だった。


先生の服を着たマルコはメガネを押し上げ、わざと低い声で言った。

「向陽くん、園芸部が今、人手不足なんだ。放課後、手伝いに行ってきなさい。部長の生徒にはもう話してあるから」

向陽はものすごく疑う目でマルコをにらみ、唇をかみしめて黙っていた。


隣にいた優依が、思わず口を挟んだ。「でも先生! なんで向陽なんですか?」

マルコは真顔で嘘をついた。「向陽くんは最近、自分がやりたいことを探しているからね。新しいことに挑戦するいいチャンスだよ」

優依はそれを聞くと、少し笑って向陽のほうを向いた。「いいじゃない。でも、陸上部のほうにもたまには来なさいよ!」


優依が食べ終わって食器を片付けに行った隙に、向陽はすぐに顔をしかめてマルコの横に寄り、声をひそめて言った。

「お前……また何を企んでるんだ?」

マルコは振り向き、公務をこなすような真面目な顔で答えた。「生徒君、何を言っているのか分かりません」

「マルコ――!」

そのとき、優依がちょうど戻ってきた。「どうしたの?」

向陽は体をガチッと固まらせ、あわてて優依に向かって笑った。「いや……なんでもない、なんでもないよ!」


放課後、向陽は園芸部へとやってきた。

遠くから、高橋さんが道具を抱えて園芸室に入っていくのが見えた。そのとき、隣にいた男子生徒が向陽に声をかけた。

向陽は手を振って挨拶した。「あの、今日お手伝いに……」


その男子は明るく言葉を遮った。「あ! 先生が言ってた手伝いの人だね? 俺は木村きむら! 今日はまず、簡単な水やりから始めようか。すぐ部長も来るから」


少しすると、高橋さんが水の入ったじょうろを持ってきて、向陽に手渡てわたしてくれた。

向陽はじょうろを受け取ったけれど、緊張のせいで、あちこちに乱暴に水をまき始めてしまった。


高橋さんはそれを見て、急いで近づいて優しく止めた。「そんなに乱暴にしちゃダメだよ。お花がかわいそうだから、もっと優しくしてあげてね」

高橋さんはそう言いながら、向陽がやり直すのを優しく見守ってくれた。

黄金色の夕焼けの中、二人は何も話さなかった。向陽はじょうろを持ちながら、視線の端でこっそり隣の高橋さんを盗み見ていた。


向陽の心の中は、またパニックになっていた。

(もし彼女が俺に気があって、もっと知り合いたいと思っているなら、あっちから話しかけてくるはずだ。やっぱり邪魔しないほうがいいや。変な奴だと思われたらどうしよう……)

(でも、せっかくここまで来たんだから、自分から何か言うべきだとも思う……くそ、一体なんて言えばいいんだよ!)


向陽が心の中で葛藤していると、遠くから木村が大声で呼んだ。「部長ー! ちょっとこっち来てくれませんか?」

「はーい、すぐ行くね!」木村のほうへ歩いていってしまった。

向陽は高橋さんの綺麗な後ろ姿を見送りながら、深くため息をついた。


部活が終わり、三人は園芸室の前で挨拶をして、それぞれの方向へ帰り始めた。

帰り道を歩く向陽はうつむいて、さっきの自分の意気地のなさに、ものすごくがっかりしていた。


そのとき、すでに先生の服を脱いで私服に着替えたマルコが、真剣な顔で向陽の隣に並んだ。

向陽は落ち込んだ声で先に言った。「ごめん……さっき、自分から話しかけるべきだったよな。でも、本当に何を言えばいいか分からなかったんだ」


マルコは立ち止まり、冷たい声で問いかけた。「向陽、お前は俺とポーロがわざわざこの時代に来た目的を何だと思っているんだ?」

向陽は戸惑いながら答えた。「それは……俺に彼女を作らせて、未来で結婚できるようにするためだろ?」


「違う!」マルコは声を強め、真剣な目で向陽を見た。「俺たちが決めるんじゃない。お前自身が『選ぶ』ことを学ぶためだ! 『どうすれば相手に好きになってもらえるか』ばかり考えるな。そうじゃなくて、『自分が相手のどこを好きなのか』を知るんだ」


向陽は顔を赤くして、恥ずかしそうに言い返した。「別に好きなんて言ってないだろ……ただ、ちょっと気になってるだけだ」

マルコは向陽をまっすぐ見つめ、

「そう、気になっている。じゃあ、お前が気にしているのは、今、目の前にいる高橋か? それとも、お前の記憶の中で美化された高橋か?」


向陽は完全に言葉を失い、静かに下を向くしかなかった。


悩む過去の自分を見て、マルコはため息をつき、ようやく声を少し優しくした。彼は向陽の肩に腕を回し、苦笑いした。

「……まぁいいさ。俺も昔は今のあんたみたいに、全然自信がなかった。でも少なくとも、俺はあの日、一歩を踏み出したよ」

向陽は疑うような目でマルコを横目で見た。「お前の世界も、俺の今と全く同じだったのか?」

マルコはすぐにいつもの自信たっぷりな顔に戻って胸を張った。「まさか。俺は最初の日、自分から高橋に話しかけたぞ」

向陽は思わず乾いた笑い声を漏らした。「ははっ……そんなわけないだろ、嘘つくなよ」

「本当だ。嘘をついてどうする」


二人の雰囲気が少し和やかになったそのとき、向陽のポケットの中でスマホが鳴った。

取り出して画面を見ると、優依からのメッセージだった。

『まだ学校にいる?』


マルコは横からその画面をチラッと見ると、笑顔を収めて、向陽の背中をポンと叩いた。「行ってこい」

向陽は少し躊躇った。「でも、お前とポーロって敵対関係だろ? お前は高橋派で、あいつは優依派……俺が今から行くの、いいのかよ?」


マルコはため息をつき、メガネを直しながら、少し深い笑みを浮かべた。

「言っただろ、決めるのはお前自身だ。俺がここに来たのはお前に選択をさせるためだ。どんな可能性かのうせいも、俺は邪魔しないさ」


向陽はスマホの画面を見つめ、深く考えずに指を素早く動かして返信へんしんした。

『まだ学校にいるぞ!』

そして彼はくるりと向きを変え、夕焼けの校舎に向かって勢いよく走り出した。


マルコはその場に立ち止まり、元気に走っていく向陽の後ろ姿を見つめながら、優しく微笑んでいた。

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