第三章: 森のお姫様
家に帰るなり、向陽は脱水症状でも起こしたかのようにベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめる彼の脳裏には、放課後に図書館の入り口で高橋さんとすれ違った、あのわずか数秒の光景が何度も何度もリプレイされていた。
*「もし……もし、あの時もう少しだけ勇敢になれていたらな」*
向陽は自嘲気味に呟いた。だが、これが単なる勇気の問題ではないことくらい、自分が一番よく分かっている。
「後で後悔するって分かってるのに、なんであの瞬間、一歩を踏み出せないんだろう……」
女の子を前にすると、喉元まで出かかりながらも結局飲み込んでしまう言葉たちが、いつも終わりのない自己嫌悪へと変わっていく。あの瞬間、時間が止まってくれれば、いっそ巻き戻ってくれればと何度願ったことか。だが、もし本当に時間が巻き戻ったとしても、きっと*『このセリフを言ったら、あっちのセリフの方が良かったって思われるかな?』*という無限ループに陥り、最終的にはまた台無しにするだけなのだ。
「ガチャ――」
静かなドアの開く音が、向陽のうじうじとした思考を断ち切った。マルコがドアを開けて入ってくると、ベッドにぐったりと横たわる向陽を上から見下ろし、すべて見透かしたかのように口元を歪めた。
「どうだ? どうやらこの賭けは、僕の勝ちのようだな」
「それはそうだけど、でも……!」
向陽が起き上がって反論しようとしたその時、隣の窓から何かがまさぐるような音が聞こえた。直後、ポーロが窓の外から身軽に這い入ってきた。床に足を着くと、いかにも失敗しましたという顔の向陽を見て、大げさに「あーあ」とため息をつき、呆れたように首を振った。
向陽は大きく目を見開き、自暴自棄ぎみにボソボソと呟く。
「次……次はきっと上手くいくから! 次は何か進展があるって、せめて友達から始めればいいわけだし」
「なぜ『次』があると言い切れる?」マルコは彼を見下ろし、冷徹かつ的確に突き刺した。「『次がある』なんて甘えは捨てろ。約束通り、お前が負けた以上、これからは僕が正式にお前の人生に介入させてもらう」
「俺もいるぜ!」ポーロも楽しそうに手を挙げた。
向陽は警戒して少し首をすくめた。
「助けてくれるのはありがたいけど……一体どういう風に助けるつもりなんだよ?」
ポーロはドカッと向陽の隣に腰掛け、その肩に腕を回すと、ニヤリと笑って眉を上げた。
「心配すんなって! 俺たちのオペレーションはプロフェッショナルだからよ。お前、俺たちの気配すら気づかないぜ、絶対に!」
「本……本当に?」向陽はゴクリと生唾を飲み込んだ。目の前にいる、自分と全く同じ顔をした二人の未来人を見つめていると、どうにも胸騒ぎがして、強烈な嫌な予感が込み上げてくるのだった。
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翌朝、まだ辺りが暗い頃。
向陽は眠りの中で、誰かに乱暴に揺さぶられているのを感じた。極度の苦痛に耐えながら目を開けると、そこにはマルコの冷淡な顔があった。
「え……? まだ6時じゃん……」向陽はスマホを手探りで確認し、ガラガラ声で文句を言った。「俺、いつもならあと1時間は寝てるんだけど。マルコ、時差ボケでも直ってないわけ?」
マルコはすぐに唇の前に人差し指を立て、静かにしろというジェスチャーをして、囁き声で言った。
「声を落とせ、ポーロが起きる。一日の計は朝にあり、だ。早く起きろ」
30分後、向陽は何が何だか分からないまま、マルコに学校の裏庭へと連れてこられていた。
裏庭は学校の中でも少しへんぴな場所にあり、普段は花壇の手入れや、授業用の一部の小動物の飼育に使われている。早朝の校内には人っ子一人おらず、不気味なほど静まり返っていた。なぜこんなに早く学校に来なければならないのか全く理解できず、向陽は困惑してマルコを振り返った。
「なんでわざわざ、こんなところに来たんだよ?」
歩いていたマルコが突然足を止め、素早く物陰に身を隠すと、視線で前方を示した。
「見ろ」
向陽がその視線を追うと、思わず息を呑んだ。
前方にある花壇の傍らで、一人の黒髪の少女がこちらに背を向け、じょうろを手に、優しく花に水をやっていた。
向陽の目が限界まで見開かれる。彼は慌てて振り返り、前方を狂ったように指差しながら、マルコに向かって必死に声の出ない身振り手振りで訴えかけた。
*『嘘だろ、高橋さんじゃん!? なんでこんなところにいるんだよ!?』*
マルコは表情一つ変えずにすました顔で頷くと、
「行って話しかけてこい」
「無理無理無理!」向陽は顔を真っ赤にし、声をひそめて抗議した。「こんな時間に突然話しかけたら、ただの不審者だろ!」
土壇場になってまだ弱腰で逃げ腰の向陽を見つめ、マルコはメガネのブリッジを押し上げた。その瞳に冷酷な光が宿る。
次の瞬間、マルコは前触れもなく、喉が張り裂けんばかりの大声を張り上げた。
「あ! 先客がいるぞおぉ――!」
叫び終えるや否や、マルコは一瞬にして背後の茂みへと完全に気配を消した
「ちょっと待――!?」
一人残された向陽は、その場にカチコチに硬直した。脳が完全にフリーズしている。
物音に気づいたのか、水をやっていた高橋さんが不思議そうに振り返った。そして、少し離れた場所で、おかしなポーズのままオロオロしている向陽の姿を捉えると、小さく首を傾げた。
「あなたは……?」
「あ……その……!」向陽は心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴っていた。極限のパニックの中、脳のネジが一本吹き飛び、口から出まかせの最悪な言い訳が飛び出した。「あ、あの、陸上部が最近新入部員を募集してるって聞いて! ここが受付なのかなって思って……」
高橋さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに面白そうにクスクスと笑い声を漏らした。。
「陸上部の受付……普通はグラウンドじゃないかな?」
「そ、そうだよね……あはは、そうか、グラウンドか……」向陽は今すぐ地面に穴を掘って埋まりたかった。
彼は気まずそうに頭をかきながら乾いた笑いを浮かべ、話をそらすため、向陽は慌てて問いかけた。
「あ、あの……高橋さんは、こんなに早くここで何をしてるの?」
高橋さんは特に疑う様子もなく、優しく微笑んで答えてくれた。
「私、毎朝ここに来て、お花に水をあげたり、小動物に餌をあげたりしてるんだ」
「小動物の餌やり……?」
「うんっ!」高橋さんは頷くと、地面にあった飼料の袋を抱え、隣の飼育小屋の方へと歩き出した。それを見た向陽も慌ててその後を追った。
ウサギのケージの前で、高橋さんは軽やかにしゃがみ込み、一掴みの餌をすくい取ると、顔を覗かせた小さなウサギたちに根気強く、ゆっくりと与え始めた。向陽も隣へ行き、少しぎこちない動作で彼女の傍らにしゃがみ込んだ。
周囲が一瞬、静寂に包まれる。聞こえるのは、ウサギたちがカリカリと餌を咀嚼する微かな音だけだった。
向陽は緊張のあまり手汗が止まらなかった。彼がそっと顔を上げると、はるか遠くの木々の隙間から、マルコが半身を乗り出し、焦った顔でこちらを睨みつけているのが見えた。その両手は狂ったように*『早く話せ!!』という激しい手信号を送り続けている。
未来の自分からの巨大なプレッシャーを背に受け、向陽は意を決し、真っ赤になった顔を彼女に向けて絞り出すように聞いた。
「あの……どんな動物が好きなの?」
質問された高橋さんは、すぐには答えなかった。彼女は少し首を傾げ、両手を小さく握りしめて胸の前で交差させ、顎のあたりに添えながら、少し困ったように、でも楽しそうに考え込んだ。
朝の澄んだ光が木漏れ日となって降り注ぎ、花壇と少女を優しく照らす。向陽は目の前の黒髪の少女を見つめた。咲き誇る花々に囲まれ、両手を胸の前で握りしめて祈るような姿勢をとる彼女は、まるで森の中に佇むお姫様のようだった。
一瞬間、向陽はあまりの美しさに、言葉を失って見とれてしまった。
しばらくして、考えがまとまった少女は向陽を振り返って微笑み、少し自信なさげに、けれどひどく愛らしいトーンで言った。
「う……ウサギかな……?」
言い終えると、彼女自身もウサギのケージの前でその答えはあまりにひねりがないと思ったのか、少し恥ずかしそうに笑って、気まずい回答をごまかすのだった。
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その頃、向陽の家では。
「バン!」と、部屋のドアが乱暴に押し開けられた。
優依が嵐のように踏み込んできた。しかし、彼女が想像していた「まだ朝寝坊している向陽」はベッドにはおらず、代わりに、向陽と全く同じ顔をした一人の男が、床の上で大の字になって爆睡していた。その顔には広げられた漫画本が乗せられており、いかにもだらしなく「フゴォ――」とイビキをかいている。
その光景を目にした優依は、呆れ果てたと同時に信じられないといった様子でため息をついた。彼女は歩み寄ると、拡声器並みの特大ボリュームで、床に転がっている男に向かって叫んだ。
「起きなさーーい! 遅刻するわよーー!」
「う~……遅刻……?」
床の上のポーロは、顔の漫画本を乗せたまま、モゴモゴと寝ぼけた声で呟いた。
「そんなの俺に関係ねぇだろ……朝っぱらから……」
この期に及んでまだ寝ようとする男の態度に、優依の怒りがついに頂点に達した。彼女は一切の容赦なく足を振り上げ、ポーロの腹部に向けて、熟練の「お早うキック」を叩き込んだ!
「オラ!」
その身体に染み付いた懐かしい痛みと衝撃が、ポーロの肉体の奥深くに眠る筋肉の記憶を瞬時に呼び覚ました。彼はまるで電流が走ったかのように床から跳ね起き、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
ポーロはパニック状態で辺りを見回し、そこに立っている怒髪天を突く優依の姿と、向陽とマルコの席がとうに空っぽになっていることに気づいた。
*『や……やべぇ、向陽と間違えられてる! しかもマルコの野郎、先に行きやがったな!?』*と、ポーロは心の中で悪態をついた。
すると、優依は腕を組み、怪訝そうな目でポーロをジロジロと睨みつけてきた。
「あんた、ベッドがあるのになんでわざわざ床で寝てるわけ?」
ポーロはハッと我に返り、あははと乾いた笑い声を上げながら、気まずそうに後頭部をかいて誤魔化そうとした。
「あ……あはは! 昨日、漫画読むのが遅くなっちゃって、ついうっかり床で寝落ちしちゃったんだよ。あはは〜……」
そう言いながら、ポーロは顔を上げ、目の前にいる、エネルギーに満ちあふれ、その両足でしっかりと自分の前に立っている少女を見つめた。彼の瞳が、無意識のうちに言葉にできないほどの優しさを帯びていく。
「でもさ、わざわざ起こしに来てくれてありがとな、優依」
いつもと違う「向陽」の、あまりにも優しく、どこか愛おしむような視線で見つめられ、優依の身体が一瞬カチッと強張った。彼女の頬に微かな赤みが差し、慌てたようにそっぽを向くと、いつものツンとした態度でフンと鼻を鳴らした。
「ふんっ! わ、私、毎日起こしに来てあげてるわけじゃないんだからね! もう行くわ!」
言い捨てるなり、優依はバタバタと大きな足音を立てて、急ぎ足で部屋を飛び出していった。
去っていく優依の背中を見送り
「懐かしいな……昔は毎日こんな感じだったっけ」
その場で数秒間、ふぅとため息をつくと、手元にあった漫画本を再び「パンッ」と自分の顔の上に乗せ、真っ直ぐ床の上に横たわった。
「ま、いっか……どうせマルコの野郎が上手くやるだろ。俺は二度寝するわ……」
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一方、学校の裏庭。
向陽と高橋さんはウサギのケージの前で、話をしているうちに少しずつ雰囲気が和んでいった。
高橋さんは何気なく腕時計に目をやると、小さく「あ」と声を上げて驚いた。
「あ、もうこんな時間だね」
向陽も慌てて時間を確認し、勢いよく立ち上がった。
「本当だ、そろそろ教室に行かないと」
片付けを始めようとする高橋さんを見つめ、向陽は深く息を吸い込んだ。せめて今日、自分の名前だけでも覚えてもらおうと、拳をぎゅっと握りしめて緊張気味に言った。
「あの……俺、向陽って言います! 新学期、よろしくね!」
高橋さんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべ、礼儀正しく応えてくれた。
「私は高橋。よろしくね、向陽くん」
「うん! 」向陽は嬉しそうに手を振り、少し興奮気味にその場を後にした。
高橋さんは遠ざかっていく向陽の背中を見送ると、ふわりと微笑み、それからまた花道具の片付けに戻るのだった。
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教室に足を踏み入れた時、向陽はまるで雲の上を歩いているかのような気分だった。彼の脳内は、先ほど裏庭で高橋さんと見つめ合った瞬間や、席に座ったまま「へへへ……」と怪しい笑みを漏らしていた。
「あんた、さっきから何一人で気持ち悪い笑い方してんのよ?」
聞き慣れた突っ込みが、突如頭上から降ってきた。
向陽はビクッと身体を震わせ、勢いよく振り返った。
「あ……優依か」
優依は腕を組んで彼の机の横に立っていた。眉をひそめ、その瞳には強い不信感が宿っている。
「おかしいじゃない……私、今日あんたより先に出たのよ? 道中あんたの姿なんて一度も見なかったのに、なんで私より先に教室にいるわけ?」
向陽はそこで初めて矛盾に気づき、困惑して頭をかいた。
「あ、確かに……なんでだろ?」
優依は目を細めて数秒間じっと向陽を睨みつけていたが、やがて呆れたように大きなため息をついた。
「まぁいいわ、私には関係ないし」
そう言うと、優依はつまらなさそうに唇を尖らせ、自分の席へと戻っていった。
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そして、昼休みの時間。
向陽が賑やかな食堂の片隅で一人、黙々と定食を食べていた時のこと。突然、彼の左右にほぼ同時に誰かが腰掛け、一瞬にして両側を挟み込まれた。
左側に座った男は帽子を極限まで深く被り、うつむき加減に低い声で問いかけてきた。
「どう?」
向陽はご飯をモグモグと咀嚼しながら首を傾げ、心の中で*『……誰だよこれ?』*と突っ込みつつ、反射的に答えた。
「どうって……この日替わり定食、結構美味いよ?」
すると、右側に座った、鼻の下に付け髭をつけた男が呆れたように声を上げた。
「違う、バカ。こいつは今朝の件を聞いてるんだ。ちなみに僕はポーロだ」
「あ、今朝のことね……」向陽はそこでようやく合点がいった。彼は箸を置き、茶碗の中を見つめながら、少しトーンを落として言った。「二人とも、俺を助けてくれるのは嬉しいんだけどさ……でも何て言うか、自分の努力じゃない方法で上手くいってもさ、ちょっとズルしてるっていうか……自分の足でちゃんと歩いてるっていう実感が湧かないんだよね……」
「おっと〜、そんな風に考えるなよ!」右側のポーロがガシッと向陽の肩を抱き寄せ、大雑把な口調で諭した。「お前は俺たちのことを『チャンスを作ってくれる裏方』だと思えばいいんだよ。実際にそのチャンスを掴めるかどうかは、結局お前の実力次第なんだからさ! 例えばサッカーでさ、同点のまま後半90分のロスタイム、俺が後方からお前にロングパスを出したとする、それをゴールに叩き込めるかどうかは、結局お前のシュート次第だろ」
向陽はポーロの方を向き、死んだ魚のような目で突っ込んだ。
「例えが独特すぎるだろ……」
「ふん、無駄な話を。」左側のマルコが容赦なく切り捨てた。「ポーロの出すパスなんて、大抵オフサイドになるのがオチだ。僕のやり方なら野球と同じだ。真っ直ぐ、堂々とど真ん中にストレートを投げてやる。あとはお前にバットを振る意志があるかどうかだ」
ポーロがすかさず負けじと反論する。
「言いやがったな! お前の投げる球なんて、ただのデッドボール(危険球)だ!」
マルコとポーロは言い争いをピタッと止め、向陽を挟んで激しく火花を散らしながら睨み合った。
二人に挟まれた向陽はため息をつき、これ以上の不毛な争いを止めるべく、割って入るように口を開いた。
「……あのさ、自分でドリブルしてレイアップシュートを決めるタイプなんですげと」
向陽のその少し格好つけた反論を聞いた瞬間、マルコは真顔のまま秒速で返した。
「24秒ルール違反」
ポーロも抜群のコンビネーションで頬を膨らませ、セルフ効果音付きで叫んだ。
「ピピッ――、トラベリング(歩きすぎ)!」
叫び終えるや否や、二人の未来の自分は同時に自分のトレイを持ち上げ、振り返ることもなく疾風のごとく食堂を去っていった。
一人残された向陽は呆然と立ち尽くし、一瞬で消え去った二人の背中を見つめた。
「……なんなんだよ、あの二人」
「あんたの友達、ご飯も食べずにどこ行ったの?」
トレイを持った優依が、去っていった二人の後ろ姿を見つめながら歩み寄ってきた。
向陽は優依を見上げ、引きつった笑いで頷いた。
「あ……まぁ、」
優依は向陽の向かい側に腰を下ろすと、両手で頬杖をつき、悪戯っぽく微笑みながら向陽を覗き込んだ。
「それで、どうなの? どうなの? 陸上部の件、考えてくれた?」
向陽はハッとした。(あ……優依は陸上部のこと聞いてるんだ!)
彼は最初、はっきりと断るつもりだった。しかし、言葉を発しようとしたまさにその瞬間、視界の端を、高橋さんが食堂の通路を歩いているのが見えた
「あ!! 俺、見学行ってみるわ!」
優依の目が一瞬で輝き、驚きの声を漏らした。
「ほ……本当!?」
だが次の瞬間、自分が喜びすぎたことに気づいた彼女は、コホンと咳払いをして笑顔を強引に隠すと、ぷいっとそっぽを向いてツンと澄ましてみせた。
「べ、別にあんたが入部するからって嬉しいわけじゃないんだからね! だ、だったら放課後、一緒に見学に付き合いなさいよ!」
向陽はただ、腹をくくって頷くしかなかった。
「分かったよ。放課後、一緒に行こう」
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放課後、夕日が廊下を眩いほどの黄金色に染め上げていた。
向陽はスクールバッグを肩にかけ、優依との待ち合わせ場所へと向かっていた。しかし、廊下の曲がり角を通りかかった時、ポーロが窓辺に寄りかかり、両手をポケットに突っ込んで、まるで彼を待ち伏せしているかのように立っているのが見えた。
向陽は足を止め、怪訝そうに尋ねた。
「お前……ここで何してんだよ?」
ポーロはゆっくりと顔を上げた。夕日によって彼の影が長く床に伸びている。その顔からは、普段のあの軽薄でだらしない笑みが完全に消え去り、その瞳は驚くほど深く、沈んでいた。
彼は向陽の前に歩み寄ると、その大きな手を伸ばし、向陽の肩をドシッと力強く叩いた。
「覚えとけ」ポーロは低い声で言った。
「ボールが来たら、必ずシュートしろ」
言い残すと、彼は風のように向陽とすれ違い、一度も振り返ることなく廊下の奥へと消えていった。
残された向陽は、頭の上に大量の疑問符を浮かべながら、理由の分からない強烈な震撼に包まれたまま、ただ呆然と夕暮れの廊下に立ち尽くすのだった……




